第30話 歌い終わると、会場中に大きな拍手と口笛が響いて。

 〇朝霧沙都


 歌い終わると、会場中に大きな拍手と口笛が響いて。

 僕は、ちょっと驚いた。


 えっ…?

 これ、僕の歌に…?



 何だか勘違いしそうになっちゃった僕は。


『聴いてくれて、ありがとう。これからもよろしくー!!』


 そう言って、ステージを降りた。



「ノンくん、ギターありがとう。」


 テーブルに戻って、ノンくんにギターを返すと。


「沙都。」


「ん?」


 ノンくんが立ち上がって…


「え?」


 ギュッ…と。

 抱きしめられた。


「…いい歌だった。」


「……」


「サンキュ。」


「…サンキュって…何が?」


「色々。」


 そう言って、ノンくんは僕の背中をポンポンと叩いて離れた。


「沙都…」


 続いて…紅美ちゃんが、ハグしてくれた。


「…ちょっと、場違いだったかなあ?」


 小さく笑いながら言うと。


「そんな事ない。沙都、いい声してるなって聴き惚れた。」


 紅美ちゃんが…頬に触れながら言ってくれた。


 ああ…

 何だか、今頃になってドキドキしちゃうよ。



 沙也伽ちゃんは…

 少し離れた位置で、腕組みして『うんうん』って頷いてる。


 何がうんうん?

 僕が首を傾げると。


 いいのよ、分かんなくて。

 と言わんばかりに、首を横に振った。



「沙都くん!!良かったよー!!」


 突然、曽根さんが走って来て。


「うわっ…!!」


「カッコ良かった!!」


 ギューッ!!って、抱きしめられた…!!


 …曽根さんからこんな事されるの、初めてだなあ…なんて思った。

 それに、カッコいいって言ってくれた。


 僕は、こんなにのっぽなのに…

 昔から、可愛いって言われてばかりで。

 カッコいいなんて…

 嬉しいな。


 曽根さんにギュギュッとされてると、その後ろから…


「沙都、歌上手いんだな。」


 海くんが拍手しながら来た。


「上手いとかは分からないけど…そう聴こえた?」


 曽根さんに抱きつかれたまま答えると。


「ああ。泣きそうになった。トシ、いい加減離れろよ。」


 海くんはそう言って、僕から曽根さんを引き剥がしてくれた。

 ははっ。

 バリバリッて音が聞こえそうだったなあ。



「おまえの気持ちなんだろうけど…」


 海くんは僕に一歩近付いて、小声で言った。


「みんなの気持ちを代弁したような歌だった。」


「…ほんと?じゃあ…伝わったかなあ?」


 照れくさくて自分の足元を見る。


「伝わったさ。」


 海くんは僕の頭をくしゃっとして。


「俺達はそろそろ帰る。トシをよろしく。」


 僕とノンくんにそう言った。


「は?曽根も連れて帰ってくれよ。」


 座ってたノンくんが立ち上がる。


「今日のあいつは手に負えない。面倒だから置いて帰る。」


「いやいやいやいや…」


 ノンくん、少し酔っ払ってるのかな?

 海くんの肩に手を掛けて。


「曽根!!おまえの大好きなニカが帰るぞ!!」


 そう叫んだ。


「ばっ…おまえ、そんな事言…」


 海くんが反論に出ようとしたその時…


「えーっ!!マジで!?ニカ、帰んの!?じゃ俺も帰るーっ!!」


 なぜかスタッフのテーブルで打ち解けてた曽根さんが、走って戻って来て。


「よし、帰ろうぜ。」


 海くんと腕を組んで。


「ぶはっ。」


 その姿を見た紅美ちゃんが吹き出して。


「海は曽根のせいで品位がガタ落ちだな。」


 ノンくんのつぶやきに、僕らは爆笑してしまった。



 〇二階堂 海


「今夜は誘って下さってありがとうございました。楽しかったです。」


 タクシーの中から、富樫と志麻が言った。


「俺も楽しかった。」


 俺がそう言うと、二人は少しだけ笑顔になった。


「それでは、おやすみなさい。失礼します。」


「ああ。」


 タクシーを見送ってると。


「ニカ、冷えるから早く入ろうぜ。」


 トシが、自分を抱きしめるみたいな格好をして言った。



 華音に、トシを連れて帰ってくれと言われて、トシも一緒に帰ると言ったから、こうやって帰って来たが…

 本当は、少し一人になりたかった。


 ライヴでの紅美を思い出したり…

 沙都の歌を思い出したりしたかった。


 少しずつ、俺から離れて行く紅美を。

 もう少しちゃんと…整理したくて。



「さ、ニカ。」


 上着を脱いでリビングに入ると、トシがビールを持ってソファーで待ってる。


「…俺はもう寝るぞ?」


「なーに言ってんだよ。一本だけでも。」


「……」


 小さく溜息をついて、トシの隣に座る。

 トシがつけたテレビでは、UKチャートの番組。



「ニカ、紅美ちゃんと付き合ったキッカケって、何。」


 歌なんか聴いてなかったのか、トシは画面を見入ったままでそう言った。


「…何だよ、急に。」


「いや、なんか聞きたくなって。」


「付き合ったって言っても…」


「うん。」


「……」


「何だよ。」


「もう、終わった事だから、話したくない。」


 俺はビールを一気に飲み干すと。


「寝る。」


 立ち上がった。


「まーた、そうやって無理してると、しんどくなるぞー?」


 トシは座ったままで俺を見上げて。


「実は俺さ…今も薫の事、忘れらんねーんだよな…」


 唇を尖らせて言った。


 薫…

 それは、トシが学生時代からずっと好きだった女。

 だが、そいつは華音の事を好きで。

 華音を追いかけるようにして、ビートランド所属のラジオDJになった。とか。


 しかし華音は一向になびかないどころか…

 恐らく、冷たくあしらわれた。

 それに腹を立て。

 トシに結婚という餌を吊るして…ゴシップをリークさせた女。



「あいつは酷い女だよ。俺が真相を知って問い詰めたら、それが何よ!!って開き直ってさ。」


「……」


「結婚するんだろ?って聞いたら、本気にしてたの?だってさ。一筆書かせれば良かったよ。」


 …仕方ない。

 トシが飲み終わるまで付き合おう。



「あんなに酷い別れ方したのに、俺は薫を忘れられないんだ。だから…ニカも、そんなにすぐ忘れられるわけなんてないよな。」


「俺はおまえとは違う。」


「そりゃそうだよ。俺とニカは違うよ。だけど、人を好きになる気持ちって、そうじゃないだろ?理屈じゃねえよ。無理して終わらせるっつってもさ、気持ちは残んだよ。」


「……」


「その証拠に、今日の沙都くんの歌の時…ニカ、意識して紅美ちゃんを見なかっただろ?」


「なっ…」


 何だ!?こいつ…見てたのか!?


「辛いよな。辛いんだよな。あんな歌を歌われて、紅美ちゃんがどんな顔してるかなんてさ、見たくないよな。」


「おまえ…」


「いいんだ。ニカ、素直になれよ。ファンなんてさ…別にいいじゃんか。好きだってさ。」


「……」


「どんな事情があるのか知らないけど、男と女なんて、タイミングと縁があれば、くっついちゃうんだよ。」


 トシの言葉に小さく笑った。

 理屈じゃないとか、タイミングと縁とか…


「…好きでいていいと思うか?」


「いいさ。」


「紅美が、もう終わらせてるとしても?」


「片想いって意外に楽しいぜ?」


「…そうだな…」


 今すぐにでも二階に上がって休みたいと思っていたが、考えを改めた。

 トシは…俺を励まそうとしてくれてたなんて。


 華音や沙都とは違うキャラ。

 何も考えてなさそうな言動。

 今まで、トシにだけは本音を打ち明ける事はないと思ってたが…

 …俺、見る目ないな。


 俺は立ち上がって冷蔵庫からビールを取り出して。


「で、おまえは『薫』をまだ好きでいるのか?」


 トシの隣に座った。

 するとトシは首をコキコキと鳴らしながら。


「うーん。でも、ニカとかキリとか沙都くんとか好きになったから、今ちょっと薫は薄れてるかな。」


「……」


 耳を疑いたくなるような事を言った。



 〇二階堂紅美


 カプリでの打ち上げの後。

 明日はオフだし…って事で、珍しく四人で二次会に繰り出した。

 グレイスからも誘われてたんだけど、ノンくんが四人で反省会をするからって断った。



「へー…なんか、懐かしい感じがするお店だね。」


 ノンくんが連れて来てくれたのは、『Lips』っていう古いお店だった。


「昔、ライヴバーだったんだってさ。」


 そう言われると、こじんまりとしたステージがある。

 今ではそこに、マネキンが五体。

 怪しい格好をさせられて立っている。



「ノンくん、いつこういうお店に来てたの?いつも真面目に家に居たと思ってたのに。」


 沙都がキョロキョロしながら問いかけると。


「ばーちゃんが連れて来てくれたんだよ。昔、ここで歌ってたんだってさ。」


「えっ?」


 あたし達三人は、同時に声を上げた。


「…さくらばあちゃんって、謎の多い人だよね。昔どれだけアメリカで活動してたんだろ…」


「昔の話聞くと、刺激されまくるぜ。」


「ふうん…あたしは聞いた事ないなあ。」


 あたしが少し拗ねた口調で言うと、ノンくんは小さく鼻で笑った。


「とりあえず、今夜のライヴは気持ち良かったし、次も頑張ろ?」


 沙也伽がグラスを上げて言うと。


「紅美、体調管理怠るなよ。乾杯。」


 ノンくんがそう言って。


「そんな乾杯って…乾杯。」


「ほんと、しっかりしてよ?乾杯。」


「う…頑張ります。乾杯。」


 みんな、グラスを合わせた。



「それで…これからなんだけどさ。」


 一口飲んだ後に、ノンくんが言った。


「うん。」


「予定より半年も早いが、年内に帰国しろってさ。」


「えっ!?」


 これまた…三人で同時に声を上げた。


「ね…年内って、あと一ヶ月しかないよ?」


「思ったより売れたのと、ちゃんとデビューしたのと…あと…」


「あと?」


 ノンくんは少し考え事をしてるような顔になって…


「…DEEBEEが、今ちょっともめてる。」


 溜息交じりに言った。


「…え?」


 それには、夫である希世がDEEBEEにしょぞくしてる沙也伽が、一番戸惑った顔をした。


「希世からは何も?」


「毎日電話してるのに…何も聞いてない…」


「そっか。心配かけたくなかったんだろうな。ま、ライヴも終わったし…たぶん、その内言うだろう。」


「もめてるって、どういう事?解散とか…?」


「いや…解散はないと思うけど…」


「誰か脱退するの…?」


「…方向性ってのは、音楽やってると変わってくる事もあるからな…」


「……」


 方向性…

 そっか…

 DEEBEEの誰かが…目指してる物が変わってしまったって事…か。

 同年代って事もあって、すごく刺激されてたのに…

 …誰なんだろう。



「ま、そんな事もあって、年内に帰国だ。こっちで思い残す事がないように。」


 ノンくんの言葉は、何となく意味深に聞こえて。

 沙也伽がチラリとあたしを見る。


 思い残す事…



「じゃあさ。」


 あたしは、思い切って提案した。


「曽根さんもいる間に、みんなで旅しようよ。」

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