第29話 無事ライヴが終わって。

 〇二階堂紅美


 無事ライヴが終わって。

 今は、関係者だけの打ち上げで、カプリを貸し切っている。



「お疲れさん。」


 声を掛けられて振り向くと…


「環兄…え?ライヴ来てたの?」


 環兄が、ビール片手に立ってる。


「ああ。五人で行ってた。」


「五人?」


 あたしの問いかけに、環兄はテーブルを振り返る。

 そこには、海くんと曽根さんと、しーくんと富樫さん。

 曽根さんは一番前で、はじけまくってたから…知ってるけど。



「…珍しいね。二階堂の人がライヴとか。」


「ああ。興奮してたよ。だんだん前に行って、それに気付いて恥ずかしそうに戻ってくる志麻に和ませてもらった。」


「へえ…嬉しいや。」


 あたしはテーブルに向かって歩くと。


「今夜は来てくれてありがとう。」


 四人に声をかけた。


「お疲れ様。良かったよ。」


 真っ先に海くんがそう言って…手を差し出した。


「え?」


「ファンとしては、握手が欲しい。」


「……」


 何だか…温かい気持ちになった。

 あたしは口元をゆるめながら、右手を差し出す。


「じゃ、私も記念にお願いします。」


 そう言って、富樫さんが立ち上がった。


「こいつ、耳栓してたんだぜ。」


 海くんが笑いながら言って。


「えっ?富樫さん、酷いなあ。」


 あたしがしかめっ面で握手すると。


「しっしてませんよ!!始まるまでは不安でしたが、全然…もう、しなくて良かったです。」


 富樫さんはペコペコとお辞儀しながらそう言った。


「いやー、ほんっとカッコ良かった。紅美ちゃんの歌は、ライヴの方が断然いいね。」


 曽根さんが興奮した様子でそう言うから。


「ほんと?じゃ、帰国したら『あずき』で一番定食ご馳走されてあげる。」


 あたしは笑いながら、そう返す。


「え?何?これどういう意味?一番定食って、あそこで一番高い奴じゃん。」


「自分じゃ頼まないから、ご馳走させてあげるって言ってるの。」


「何だよー!!こんなに稼いでるのに!!」


「あははは。」


 しばらく、そのテーブルで話をしてると。



『今夜は、僕達DANGERのライヴを成功させてくれて、スタッフのみんな、本当にありがとう。』


 お店の中央にある、小さなステージに沙都が立って言った。

 店のいたるところから、拍手と口笛。


 え?沙都…?

 …何だろ。

 珍しい。



「紅美。」


 沙也伽に呼ばれて、あたしはDANGERで座ってたテーブルに戻る。


「ねえ、これどうしたの?」


 あたしが沙也伽に問いかけると。


「いやー…沙都、いい気分に酔っ払っちゃってさ。」


「うん。」


「みんなに、一曲歌いたいって。」


「え?」


 何となく…ノンくんを見てしまった。

 椅子にふんぞり返ってビールを飲んでるノンくんは、ステージの沙都を優しい顔して見てる。


「…ノンくんが?」


 隣に座って問いかけると。


「まさか。あいつが自分から行った。」


 あたしを見ないまま、そう言った。


 沙也伽が、ノンくんの向こう側に座って。

 あたし達はまるで、参観日のような気分で。

 三人並んで、沙都を見た。


『僕をここまで連れて来てくれた…DANGERのみんな、ノンくん、沙也伽ちゃん、紅美ちゃん…本当に、ありがとう。』


 そう言って…ノンくんのアコースティックギターを手にした沙都。

 ベーシストだけど、世界のDeep Redのマノンの孫だ。

 小さな頃からギターも弾いてる。

 あたしより先に、Fのコードを弾けるようになった。



『人前で一人で歌うのって初めてです。ちょっと緊張…だけど、酔った勢いでじゃなきゃ無理だからー…この場を借りて…』


 沙都はギターのフレットを確認して。


『僕の、大好きなみんなに…作りました。』


「えっ。」


 沙都の言葉に、つい声が出てしまった。

 それは、あたしだけじゃなかった。

 それまで、頭の後ろで両手を組んでたノンくんは、驚いた顔でそれを外して。

 その向こうに居る沙也伽は、いてもたってもいられなくなったのか…立ち上がった。



『上手く歌えるか分からないけど…聴いてください。All I want』



 夢なんて漠然とし過ぎててさ

 僕には見る価値もない

 それよりも毎日の天気が気になったり

 大好きな彼女の機嫌が気になったり


 みんなが笑っていられたら

 みんなで笑っていられたら

 僕はそれだけでハッピーなんだけど

 それこそが一番難しい事なのかな



 僕の望むすべては

 どれもささやかで語るほどでもないけど

 もし解ってもらえるなら

 毎日笑顔でいて欲しいかな

 あなたにも

 あなたにも




 沙都の作った歌は…

 DANGERで演るような曲とは、まったくタイプの違う物で。

 沙都の、甘い声が引き立つ…優しい歌だった。



 あたしはそれを、目を閉じて聴いて。

 沙都と…

 初めてセックスした日の事を思い出した。



 お互い、興味本位でしかなかった。

 いいの?って何度も言いながら。

 沙都は、たどたどしく…あたしにキスをした。

 まだ、13歳と14歳だったあたし達は…

 この先、自分達がどうなるかなんて、思いもしなかった。


 ただ…

 それまでもずっと一緒にいた沙都と。

 この先も、ずっと一緒なんだろうなって勝手に思ってた。



 照れ臭くて、何度もキスしながら笑って。

 裸のあたしをベッドに横たえた時、沙都は。


「紅美ちゃん…すごく綺麗。」


 あたしを見下ろして、そう言ってくれた。


 当時すでに男子より背の高かったあたしは、それまで「カッコいい」って言われる事はあっても、可愛いとか綺麗とかって言葉とは無縁だった。


 沙都にそう言われた途端…

 あたしから笑いが消えたのを覚えてる。

 ああ、あたし…沙都とセックスするんだ。って…

 急に…今更みたいに考えた。



 それまでの、物の取り合いでじゃれて抱き合ったりしてたみたいじゃなくて。

 男と女がする事。

 普段触れる事がないような所に触れて、触れられて。

 あたしから、自然と声が漏れた瞬間…

 沙都は「紅美ちゃん…可愛い…」って、あたしの耳元で、ゾクゾクするような声で言った。



 沙都だよ?

 って思いながら…

 男だ。

 とも、思った。


 …ガキのクセに。



 あたし…

 ずっと沙都に守られてきた。

 そう…思い出して…


 少し、泣けた。



 〇曽根仁志


 その時俺は…


 ニカの親父さんと(て事は、ニカには父親が二人いる…と)、部下二人(一人はキリの双子の妹の婚約者である男前)と同じテーブルにいて。

 ステージを見ると、自然とニカと、向こうのテーブルにいる紅美ちゃんとキリ…

 みんなの表情が見れる位置だった。


 ぶっちゃけ…

 今までは、ニカとキリのカッコ良さに消されて…って言っちゃあ悪いんだけどさ。

 沙都くんは、カッコいいって言うより、可愛くて癒し系なんだよな…

 俺達四人の中で、一番身長が高いのに、表情もクルクル変わって可愛いし。


 俺なんかたまに…


「あ~、沙都くんが女の子だったらなあ…」


 なんて思ってしまうぐらい、沙都くんが可愛いって思ってた。


 実際、マスコット的キャラなのか…

 ニカもキリも、何かと沙都くんの頭を小脇に抱えていじったり。

 本当、沙都くんはみんなに愛される、可愛い子だなあって思ってたんだけど…


 今、ステージで歌ってる沙都くんは…

 すごく、カッコいい。

 歌は、相変わらず彼をそのまま出してる感じの優しい歌なんだけど…

 カッコいい。

 男だ。って思う。


 見た目が外人ぽいから、英語の歌でも全然違和感ないし。

 いや、ほんと…

 俺、まずいな…

 ニカにもキリにも、沙都くんにも惚れるなんてさ。



 沙都くんの歌を、ニカは…すごく優しい表情で聴いてた。

 DANGERのテーブルでは、紅美ちゃんが目を閉じて聴いてて…

 その隣で、キリは…

 沙都くんをじっと見て。

 それから、隣に居る紅美ちゃんを見て。

 紅美ちゃんの座ってる椅子の背もたれに手を掛けて…

 紅美ちゃんに、触れようか触れまいか…悩んでる風に見えた。


 俺的には…


「キリ!!そこだ!!肩を抱け!!」


 って思ったんだけどさ…

 キリは、そうしなかった。



 沙都くん。


『大好きな彼女の機嫌』って。

 やっぱ、紅美ちゃんなのかい?

 そうなんだろうね。


 ああ…

 なんだ?この渦巻く四角関係。

 いや…ニカは自分からも『ファン』って言ってたから…離脱って事でいいのか?


 そうなると…

 俺的には、キリの一人勝ち…な図が浮かんだけど。


 沙都くん…

 ダークホースだったな…。


 さあ…

 キリ、どうする?


 紅美ちゃん、君は誰が好きなんだい!?



 〇朝霧沙也伽


 その時あたしは…


 ノンくんの隣の席に座ってたけど、思いがけない沙都のオリジナル曲披露に、思わず立ち上がった。

 だって…

 沙都だよ!?

 あたしの義弟だよ!?

 緊張しちゃうよ!!あたしが!!



 だけど、立ってると目立つ事に気付いたあたしは。

 立ってるにしても…もう少し下がろう。と思って。

 DANGERテーブルの後ろ。

 みんなの荷物置き場になってる位置まで、ゆっくり後ずさった。


 あ。

 あたしがここまで下がっちゃうと、紅美とノンくんのカップルシートみたくなっちゃってるな。

 って気が付いたのは、下がってしまってからで。

 まあ…いっか。と、ステージの沙都を見入った。



 沙都の歌は…

 遠回しに、紅美へのラヴソングかなって思った。

 あたしはこの歌を聴いて、先生やノンくんが…

 何より紅美が。

 なんて思うんだろうって、気になった。

 すごく気になった。



 紅美は目を閉じて聴いてて…

 最後、少し泣いてるように見えた。


 ノンくんは…

 紅美の椅子の背もたれに手を掛けて…

 紅美に触れるかどうかの所で…手を下ろした。

 下ろすんかいっ!!って、あたしは心の中で突っ込んだ。



 沙都と紅美。

 紅美とノンくん。

 あたしは、紅美が幸せになるなら…

 相手は誰でもいい…って言ったら悪いけど、実際そうだ。

 先生だってかまわないし、なんなら曽根って人でもいいよ。

 とにかく、紅美が笑っていてくれるなら…

 沙都の歌じゃないけど、そう思う。



 ちなみに、先生は。

 あたし同様、沙都の歌を保護者みたいな視線で見てたと思う。

 紅美の方を見る事は…たぶんなかった。

 先生も、ちゃんと終わらせられたのかなあ。



 そして…

 あたしは、もう一つ。

 ある事に気付いた。


 あたし達のプロデューサーであるグレイスが…

 沙都に熱い視線を送ってる…!?


 グレイス!!

 あーた、確か沙都より16上だよね!!

 沙都が男女問わず年上キラーなのは気付いてたけど…

 あたし、グレイスが義妹になるって…


 やだ!!

 やだやだ!!

 絶対やだ!!



 〇桐生院華音


 その時俺は…


 何となく、自分の中で諦めがついたっつーか…

 …沙都だな。

 そう思ってる自分に気付いた。


 紅美が選ぶのは、沙都だ。と。



 紅美は俺の隣に座って、沙都の歌を聴いた。

 沙都が歌ってる間…

 紅美は目を閉じたり、ステージの沙都を見つめたり…

 何かを思い出したような、懐かしそうな表情も見せた。



 触れられる距離にいるのに。

 紅美を遠く感じた。

 それは、紅美の気持ちがここじゃなくて…ステージの上にあったからじゃないかと思う。


 …まさか沙都が、こんなサプライズを用意してたとはな…


 俺は、今日のライヴの事で頭がいっぱいだった。

 とにかく、紅美の体調を万全の物にしなくてはならない。

 俺達は、四人でDANGERだ。

 やるからには、ベストな状態でやり遂げたい。


 まあ…俺も頑張った甲斐があったよな。

 紅美の体調はすこぶる良さそうだったし。

 だけど俺は気付いてた。

 俺が紅美に与えてたのは、この上ないプレッシャーだって言う事も。


 それを…

 沙都がちゃんとフォローしてくれてたんだよな…。



 紅美がスタジオで倒れかけた時…

 なりふり構わず、紅美を抱えて医務室に走った沙都。

 …悔しかった。

 俺にはできない。

 冷静に判断してしまうがゆえ、その場で休ませるぐらいしかしなかったはずだ。


 だけど沙都は違った。

 誰よりも紅美が大事。


 …なんで俺は…

 こんなにも、紅美を愛しいと思うのに。

 沙都ほどの事ができないんだ。



 沙都が医務室に行った後。

 渉さんと二人になった。

 あ、沙也伽もいたか。


 せっかく来てくれて、リハも見てくれた。

 何か喋ろうと思ったが…

 言葉は出て来なかった。


 ひたすら…

 自分に言い聞かせていた。



 妬むな。

 俺と沙都は違う。

 沙都にしか出来ない事があるように…

 俺にしか出来ない事もある。

 …妬むな。



 だが、俺は妬んだ。

 沙都の純粋さを。

 それでムキになったのかもしれない。

 毎日紅美の食事を用意するなんて…

 今思い出しても異常だ。

 その甲斐あって…の今日だとしても。



 沙都、おまえすげーよ。

 いつ作ったんだ?こんな歌。

 爪を隠してやがったな?



 決めるのは紅美だ。

 だけど…

 きっと紅美はおまえを選ぶ。



 沙都。

 おまえなら…大丈夫だな。


 紅美を…

 笑わせてやれるよな…。



 〇朝霧沙都


 その時僕は…


 なんかこう…

 不思議な気分を味わってた。



 ライヴが大成功で。

 みんなで控室で抱き合って喜んでたら。

 グレイスが興奮した様子で入って来て。

 あんた達、サイコーよ!!って。

 みんなにキスして。

 特に、ノンくんは白目になりそうなほど…ギュギュッと抱きしめられてたけど…

 平気だったかな?



 カプリで打ち上げだ、って事になって。

 海くん達も誘ったら来てくれるって事で、大勢でカプリに移動して。

 そこで…みんなでビール飲んでたら楽しくなっちゃって。


「ねえ、ノンくん。ギター借りていい?」


 つい、そう言ってしまった。


「あ?ああ。いいけど。どうすんだ?」


「ちょっと、みんなに一曲歌いたい気分だから、行って来る。」


 僕がそう言うと、ノンくんと沙也伽ちゃんは、驚いた顔をした。


 そうだよね。

 驚くよね。

 僕が一人で弾き語りとか、何なら爆笑レベルだよね。



 ノンくんが紅美ちゃんのために料理してる間…

 僕は何もできなかった。

 紅美ちゃんのために何か出来ないかなって考えても…

 僕は自分の腕を磨くしかないんだ…って言い聞かせて。

 ひたすら、ベースとコーラスの練習をした。



 そして…紅美ちゃんがノンくんに決められた『22時に寝る』までに…メールを送った。



『紅美ちゃん、今日もお疲れ様。ノンくんの料理のおかげかな?顔色が良くなったね。』


 …書いては、書き直した。

 ノンくんのおかげ…なんてさ。

 妬み丸出しだよ。



『今夜、紅美ちゃんの夢にお邪魔します。おやすみ!!』


『今日のリハ、紅美ちゃんの声サイコーだったな~!!おやすみ!!』


『今夜は僕の夢に遊びに来てくれる?おやすみー♪』


 …今思うと、恥ずかしいメールばかりだよ…



 紅美ちゃんからの返信は、いつも淡泊で。

 スマイルマークが一つ。

 だけど、僕にとっては…それはすごく特別な気がした。

 だって、紅美ちゃんは絵文字を使わない。

 だから…

 それだけでも嬉しかった。

 それに、なんてったって…スマイルマークだ。

 紅美ちゃん、笑顔で読んでくれたのかな…って。

 勝手に舞い上がっちゃったよ。



 僕がステージに上がると、みんなが不思議そうな顔をした。


 うん。

 僕も不思議。

 周りに誰もいなくて、一人で…だなんてさ。



『僕の、大好きなみんなに…作りました。上手く歌えるか分からないけど…聴いてください。All I want』



 スタッフのみんなからも、拍手や口笛が聞こえて。

 ちょっと…照れくさかった。

 だけど、僕は気持ちをこめて歌った。



 個人練習でスタジオに入る時に、時々気晴らしでギターも弾いた。

 その時…思いつきで作った歌。

 本当に僕は、今が楽しくて仕方がない。

 思いがけないシェアハウスとか…

 事務所に来ると、こうるさいグレイスもいるけど、それでも…スタッフのみんなもすごく優しいし…


 ノンくんは厳しいけど、僕はその分自信が持てるほど上達したし。

 沙也伽ちゃんだって、そうだ。

 何より…一番自分と闘ってた紅美ちゃんには…すごく刺激された。



 昔から、勝手に僕のものって思っちゃってた。

 だから…慎太郎さんの存在や、海くんとの事は…すごくショックだった。

 だけど、それでも…

 紅美ちゃんが僕の大事な人である事に代わりはなかった。



 紅美ちゃん。

 僕…

 紅美ちゃんの事、大好きだよ。

 愛してるよ。


 紅美ちゃんの気持ちが…

 僕にないとしても。

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