第24話 …何だよこいつ。

 〇桐生院華音


 …何だよこいつ。


 何でここに座ってんだよ。

 不法侵入か?


「……」


 俺は溜息をつくと。


「どーやって入ったんだよ。」


 ソファーに座ってる紅美の頭をパコンと叩いて隣に座った。


「…開いてたし。」


 紅美は痛がりもせず、低い声で答えた。


「よくここが分かったな。」


「…外に、沙都の自転車があったから。」


 紅美の答えに、小さく『あちゃ~…』って声が聞こえた。

 海の後にいる、沙都の声だ。


 紅美は…自分の足元に視線を落としたまま。

 強張った表情。


「ま、バレちゃ仕方ない。こういう事だ。」


 俺がそう言って立ち上がると。


「こういう事って…何よ。」


 紅美は座ったまま、相変わらず低い声で言った。


「シェアしてんだよ。曽根はおまけみたいなもんだけど。」


「あ、どうも…おまけの曽根です…」


 曽根が小声であいさつをしたが、紅美は無言だった。


 まあ…動揺するか。

 状況が把握できてない曽根だけは、みんなの顔を落ち着きなく見回してる。


 落ち着けよおまえ。

 キョロキョロすんな。


 すると…


「紅美ちゃん、ちょっと来て。」


 沙都が、紅美の手を取って…裏口から外に出た。


「……」


「……」


「…何なのかな…?」


 俺と海が無言でいると、曽根が俺達を覗き込んで言った。


「…紅美と海、デキてた。」


「えっ!!」


「もう終わった。」


「はっ!?」


「本当に終わったのか?」


「えっ…?」


「おまえも聞いてただろ?」


「……」


「聞こえたぜ。愛してるって言い合ってたのが。」


「……」


「…でも、終わった。」


「……」


「バカじゃねーの。愛してるって言う女を、なんで突き放すかな。」


「それ以上言うな。」


「バカだね。バーカ。」


「おま…」


 海が俺の胸ぐらを掴んだ。

 そんな事をされたところで、俺の口は止まらないけどな。


「何もかも捨てる覚悟があったなら、その覚悟を持って最後まで守れよ。」


「おまえに何が分かる。」


「あー分かんねーな。俺だったら迷わねーか」


 ガツッ


 左頬に一発見舞われてしまった。


「うわっ!!やっやめ!!やめろよ!!」


 曽根が慌ててるが。

 俺は基本。


 やられたらやり返す。



「…おら、殴らせろよ。」


「あ?」


「俺は殴られるような事は言ってない。」


「……」


「何で殴られなきゃなんねんだ。不条理だろうが。」


「ケンカにそんなもんあるか。ムカついたから殴っただけだ。」


「んじゃ、俺も遠慮なく…」


 右手を出すふりして左手を出したところで、交わされるのは分かってる。

 だから…


 足を出した。


「!!」


 足を払われた海が転びそうになったところで、胸ぐらを掴んで左頬を殴る。

 が…


「ぐはっ!!」


 殴ったと同時に…みぞおちに一発もらってしまった。


「…てめぇ…」


「やっやめろよ!!キリもニカも!!」


「うるさい!!おまえは黙ってろ!!」


 曽根にそう吐き捨てて、再び殴りかかろうと…


「は~い、もうおしまいにして?」


 玄関から可愛い声と共に。


「若い男の殴り合いなんて、すごく刺激的だけど。私、日本に帰るから空港まで送ってくれる?」


 ばーちゃんが、首を傾げて俺達に言った。


 * * *


 〇二階堂紅美


「紅美ちゃん、ちょっと来て。」


 沙都に腕を取られて、あたしは裏口から庭に連れ出された。


 何でだろう。

 何で…海くんがいたんだろう。

 何で…ノンくんと沙都とシェアなんて…



「…大丈夫?」


 沙都はあたしを芝生に座らせると、顔を覗き込んだ。


「…混乱してる。」


「…だよね…」


「…どうして?」


 あたしの問いかけに、沙都は小さく溜息をついて。


「…さくらおばあちゃんが、連れて来たんだ。」


 予想もできない事を言った。


「…ばあちゃんが?」


「うん…海くんの事、変えたいって。」


「…どうして…ばあちゃんが…」


 ますます混乱した。


「…それはどうしてか分からないけど、でも…この二日そこらで…海くん、すごく変わったよ?」


「変わった?どういう風に?」


「二階堂の外の事を知ろうって気になったのかな…僕達と同じような事して、楽しいって笑って、ノンくんの歌聴いて泣いて…ちゃんと、オフには鎧を脱いでいいって…気付いたんじゃないかな。」


「……」


 確かに…海くんは、休みの日も鎧を着てる人だった。

 あたしと一緒にいた頃も、あたしが眠ってる時は…仕事の書類を読んだり、本部に電話したり…

 この間の一泊二日は…そんな事はなかったけど。

 だけど。


 亡くなった一般人の事を忘れられないせいか…

 罪悪感の塊のような気はした。

 それが…ここで消されて行ったなんて…


 あたしには、そんな力がなかった…って事?

 それはそれで、ちょっとショックだけど…



「やめろよ!!」


 家の中から、曽根さんの声。

 沙都と顔を見合わして家に入ると、まさにそこは一触即発…って言うか、すでに海くんとノンくん、二人とも口元には血。


「や…」


 あたしが止めようとすると…


「は~い、もうおしまいにして。」


 能天気にも思える声が、玄関から聞こえて来た。


「…ばあちゃん…」


 そこには、ばあちゃんが立ってて。

 その後ろには…早乙女さんと、沙也伽もいた。

 あたしを見付けた沙也伽は、手を合わせてあたしに謝るポーズをしてる。


「空港まで送ってくれる?」


 ばあちゃんがそう言うと、ノンくんは無言で車のキーを手にして、海くんは二階に上がりかけたけど。


「あら、みんなで送ってくれないの?」


 その言葉に…みんなが凍りついた。


 …今バトルがあったばかりで…


「紅美もいる事だし、ちょうどいいわ。みんなで空港まで行きましょ♡」


 何がちょうどいいんだ。何が。

 あたしは冷めた気持ちでそう思いながらも。

 ノンくんと海くんの出方を待った。



「おまえも車出せよ。本家様。」


 ノンくんが階段の上を見ながら、嫌味タラタラな声でそう言うと。

 すごくムッとした感じの海くんが。


「あー、おまえに言われなくても出しますとも。ハナオト。」


 バカにした口調で言った。


 …本家様にハナオト…

 なんだこりゃ…

 それまでのショックが一気にバカらしくなった。


 この二人。

 子供か。



「…本家様は分かるけど、ハナオトはどうかな…」


 沙都が小さく笑いながら、あたしの後でつぶやいた。


 …ほんと。

 海くん、センスないよ。



 あたし…なんで普通に笑えなかったんだろう。

 海くんとは終わらせたはずで…

 まだ好き…とは思うけど、あんなに笑い合って、大事だと思って別れて。

 一応…スッキリして。


 …ふと、気付いた。

 これが、このシェアハウスが。

 ノンくんと沙都とじゃなかったら。

 なんで海くん、ここにいるのー?って、笑えたはずだ。

 …なんでだろ。


 ノンくんと沙都とは…

 嫌だなって思った。


 これってさ…


 沙都はあたしの初めての男で。

 ほんっと、中等部の時からヤリたいだけやってたから…

 気が付いたら、周りは沙都とあたしの関係に気付いてたし…

 もちろん、ノンくんも海くんも、あたしと沙都が寝てたのは知ってるはず。


 で…

 海くんとあたしが以前こっちで色々あった事を、沙都は知ってる。

 そして、この間の一泊二日で…ノンくんも知ったはず。

 だけど…

 あたしとノンくんが寝たのは…

 沙都と海くんは知らない…たぶん…


(ここから紅美ちゃんは良からぬ妄想タイムに入るので、伏字が多く入ります)


 て事はさ…。


 あたし、ここにいる男(早乙女さんは論外)…

 曽根さん以外とは寝ちゃってるって事で…

 この三人って、俗に言う…×××××ってやつだよね!!

 なんであたし、こんなに近い三人と寝たの!!

 あー!!もう!!

 こんな展開になるなんて思わないし!!


 だいたい、ノンくんと寝たのだって、酔っ払った勢いが最初だったから、事故みたいなもんで…

 ノンくん、あたしが×××で△△△の○○○○○だったとか言ってたけど…

 それ、みんなにもしたとか思ってんのかなあ…!?


 うわー!!やだー!!

 あんな事、誰にもした事ないよ!!


 て言うかさ…

 男ばっか集まったら、そんな話したりすんのかな…


『紅美は、俺の時###で@@@@@だったぜ?』


『えっ!?僕の時は***で&&&&で$$$$だったのに!?』


『いや、マグロだな。』


 ず…頭痛が…



「あっ、俺ニカの車に乗りたい。」


 あたしの頭痛をよそに、曽根さんがそう言うと。


「おまえも一緒に日本に帰れ。」


 ノンくんは冷たい声で言った。


「えーっ!!何でだよ!!」


「いいからトシ、俺の車に乗れ。さくらさん、父さん、俺の車にどうぞ。」


 …父さん?

 え?海くん…早乙女さんの事、父さんって呼んだ?


「じゃあ、紅美もこっちいらっしゃい。」


 ばあちゃんにそう言われて。

 あたしは…


「うん。」


 海くんの車に乗ることにした。


「……」


 一瞬、ノンくんが息を飲んだ気がしたけど。

 あたしは、目も合わさずに外に出た。



 助手席に曽根さん。

 後部座席に、早乙女さん、ばあちゃん、あたしと並んで座った。

 乗ってすぐ。


「…あいつ、来るかな。」


 海くんが言った。


「来るよ。ばーちゃん子だから。」


 曽根さんがそう言うと。


「来る勇気はあるけど、来ない勇気はたぶんないわね。」


 ばあちゃんは、そう言って笑った。

 …ノンくんの事、よく分かってるな…



「紅美、誰に家を聞いたの?」


 ばあちゃんは、あたしの顔を覗き込んで…笑顔。


「…歩いてて偶然見つけたのよ。」


「まあ、すごい。」


「…何で勝手に引っ越しなんか…」


 あたしが小さく文句を言うと、ばあちゃんはそっと…あたしの手を握った。


「…?」


「海さん、曽根さん、今日は何してたの?」


 ばあちゃんが、前の二人に問いかけると。


「えっ……」


「…それは…」


 二人は絶句して…答えなかった。


「何だ?何の楽しい事をしてた?」


 早乙女さんも、からかうような口調で言う。


「……を見に…」


 曽根さんが、海くんをチラッと見ながら言うと。

 海くんも曽根さんをチラッと見て。


「…華音おススメの…な。」


 って…


 華音?

 海くん…ノンくんの事、華音って呼んでんの?


「え?なあに?華音おススメのどこに行ったって?」


 ばあちゃんが、大きな声で聞き返す。


「……」


「……」


 二人はチラチラと顔を見合せてたけど…


「…ストリップハウス。」


 観念したように言ったのは、海くんだった。


「ぶはっ!!あははは!!そりゃあ、いい人生経験だったな!!」


 早乙女さんが、大笑い。

 つられてあたしも…笑ってしまった。

 だって…


「…ストリップ行ったって言うのに、どれだけためらうのよ。ムッツリ君たち。」


 クスクス笑いながら言うと。


「あっ、勇気を持って言ったのに、酷いなあ紅美ちゃん。」


 曽根さんは振り返ってまで言った。


「だって、ノンくんは普通に言ってたよ?裸のねーちゃんがいる店に行って来るって。」


「まあ、華音たらストレート♡」


「キリは普通の心臓じゃないんだよな…」


「同感。あいつはアーティストじゃなくて冒険家にでもなった方が良かった。」


「あはは。なんか分かる。ノンくん、怖い物知らずだし。」


 ごっつい男の人が入り口に立ってる、ヤバそうなクラブとかも平気で入っちゃうもんなあ。

 止められても臆せず堂々と何か喋って入ってるのを見た時は、知り合い?って聞いてしまったぐらい。


「こっちでそんな事言われてるとは思わないだろうな。」


「後ろついて来てる?あ、来てるね。手振っちゃお。」


「ふっ。変な顔してるな。」


「え、ニカ、バックミラーでそこまで見えんの?どれだけ視力いいんだよ。」


「透視できちゃうんだよね。」


「さすがにそこまでは…」


 …なんだ。

 こういう事か。


 ばあちゃんは、ずっとあたしの手を握ったまま。

 優しく笑ってくれてる。


 ばあちゃん…

 なんかよく分かんないけどさ。


 ありがと。

 海くんに…

 友達を作ってくれて…


 ありがと。

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