第23話 「えーと。まず、オフ明けはスタジオで一週間リハな。」

 〇二階堂紅美


「えーと。まず、オフ明けはスタジオで一週間リハな。」


 ノンくんの言葉で、あたし達三人は手帳を開く。


 あたしも沙也伽も沙都も、お揃いで買った『DANGER手帳』なる物を持ってるけど…ノンくんは、一切そういう物を持たない。

 ギター以外、基本手ぶら。

 ポケットに裸銭。

 携帯は持ったり持たなかったり。

 そんなスタンス。



 あたしと学は少しばかりIQが高くて、頭の良さとか記憶力には自信があるけど…ノンくんは、頭がいいっていうのとは違う…いや、いいとは思うけど、あたし達のそれとは違うんだ。

 何だろう。

 生まれ持った何かなのか…


 だから、ミーティングしても、メモる事もない。

 あたし達は譜面を書くけど…ノンくんはそれも書かないし。

 …どんな頭の中なんだ?



「それで、思ったんだけど、リハでは紅美ちゃんが全曲歌ってさ。」


「あー、なるほどね。」


 沙都と沙也伽が意見して、あたしはそれを頷きながら聞く。


 …ノンくんは…

 ちょっと、どこかにお出かけ中みたいな顔。



「ノンくん、聞いてる?」


 沙都が眉間にしわを寄せた。


「聞いてるぜ。ライヴのリハでやる曲は全曲紅美が歌う方向な。」


「なんだ。ちゃんと聞いてたのか。上の空に見えたから…」


「あと、沙都が時差ボケで寝言がひどくて…」


「あーっ!!ノンくん!!」


 沙都が立ち上がってノンくんの隣に行って。


「それ言わないでって言ったのに!!」


 ポカスカと殴ってる。


「それこそ言ってねーだろ、おまえ。」


「えー?何々?気になるなあ。沙都、どんな寝言言ったの?」


 沙也伽がニヤニヤして頬杖をついた。


「実は沙都の…ふがっ」


 言いかけた所で、沙都がノンくんの口を塞いで。


「ノンくん、言ったら…、バラすよ?」


 一瞬…ノンくんが曽根さんに言ったハッタリを思い出した。

 沙都、それって本当に効力あるの?


 だけど、ノンくんはそれにコクコクと頷いた。

 そして、沙都が安心して手を離した途端…


「こいつ、パンツ穿くの嫌なんだってさ。」


「あ――――!!もう!!何で言うんだよー!!」


「あははははは!!沙都、ノーパン!?」


「違う!!寝言だったんだから!!」


「願望じゃないの~?ま、ノーパン健康法ってのもあるみたいだし、いいんじゃない?」


「…紅美ちゃ~ん…」


「よしよし。」


 やっぱ、ノンくんのがうわてだよなあ…


「あーあ、言っちゃったね。沙都、ノンくんの、バラしたら?」


 沙也伽はそう言ったけど。


「そんなの最初からあるかよ。ハッタリだよな。」


 ノンくんは余裕かましてる。

 すると…


「…ノンくん…さくらばあちゃんと、カプリ行って…」


 沙都が、反撃に出た。


「待て。その話は…」


「えーっ、何々?」


「沙也伽、紅美、耳を塞げ。」


「カプリに行って…」


「うんうん。」


「沙都————!!」


 …珍しいな。

 ノンくんが慌ててる。


 でも、それって…あれ?

 ばあちゃんと歌って泣いたってやつ?

 …沙都も知ってたんだ?



「カニが美味しいって三人分も食べて、お腹壊したんだよね!!」


 ガクッ。


「あははははは!!ノンくん、バーカ!!」


 沙也伽は大笑いしたけど。


「ちくしょー。」


 ノンくんは…全然悔しがってない。


 …ふうん…


「お茶入れるね。」


 沙也伽が立ち上がって。


「あ、手伝う。」


 沙都が続いた。

 あたしは、手帳に視線を落としたまま言う。


「本当は…」


「…え?」


「本当は、ばあちゃんと歌って、感動して泣いちゃったんだよね。」


「……」


「いい事聞いちゃった。」


「…クソばばあめ…」


「大好きなクセに。」


「……」


 ノンくんはガックリとうなだれて、キッチンを少しだけ振り返る。


「カプリのケーキ、ホールでよろしく♡」


 あたしがそう言うと。


「…契約成立。漏らすなよてめぇ。」


 …よっぽど、知られたくないらしい…。



 可愛い男。





「じゃーなー。」


「え?もう帰るの?」


 立ち上がったノンくんに、沙也伽が言った。


「ああ。」


「…沙都も?」


「う…うん…一緒に車で来たから…」


「どこに引っ越したのよ。」


 あたしが気になってる事を、沙也伽がズケズケと聞く。

 だけど二人は…


「……」


 顔を見合わせて。


「何だ。寂しいのか?」


 ノンくんが、ニヤニヤしながら言った。


「あー、はいはい。帰って。沙都、時差ボケ早く直しなさいよ。」


 え?

 沙也伽、食い下がらないの?


 沙也伽は、しっしと手で二人を追い払ってあたしの隣に座った。


「んじゃ、明後日スタジオでな。」


「またね、紅美ちゃん、沙也伽ちゃん。」


「バイバーイ。」


「…じゃあねー…」


 元気のない声になってしまった。



 あたしは…

 今夜は、久しぶりにみんなでご飯。なんて思ってたし。

 それに…

 引っ越し先も、教えてもらえると思ってた。


 なのに。

 なんで?


 それに…


「…沙也伽。」


「ん?」


「引っ越し先、知ってるでしょ。」


「えっ…知らないよ。引っ越したのだって、こっち戻って知ったのに。」


 …引っ越し先は知らない…と。

 じゃ、何を知ってるのかな。


「あたしが電球換えてる時、ノンくんと何か話してたでしょ?」


「ああ…あれね。あれは…」


 沙也伽が上を見た。

 考えてる…


「あれはー…」


 考えて…

 青くなって。


「…ごめん…言えないわ。」


 あたしに頭を下げた。


「…なんで?」


「たぶん…その内分かるよ…」


「その内って?」


「……」


「あたしにモヤモヤしたままリハしろと?」


 沙也伽は眉間にしわを寄せて、唇をアヒルみたいにして。


「紅美がいじめる…」


 泣きそうな声で言った。


「あたしだけ知らない事があるって、気持ち悪い。」


 あたしも沙也伽と同じような顔をして言うと。


「…分かった。分かったけど…ノンくんに相談してからでいい?」


 そう言って、ノンくんに電話したけど…


「…出ない…」


 沙也伽がすごく困った顔してる。

 …どんな秘密だ?



「まあ…いいわ。」


 あたしは溜息ついでに、そう言う。

 沙也伽を責めた所で…どうにもならない。

 悪いのは沙也伽じゃないし。

 悪いのは…あの男どもだ!!



「まあ…今夜は女二人で外食でもしようよ。」


 沙也伽が申し訳なさそうに提案した。


「…そうだね。」



 そうして、沙也伽と二人で出かけたカプリで…


「あっ、紅美…えっ、沙也伽ちゃんもー。」


 そこで、またもや酔っ払った空ちゃんと。


「おう、久しぶり。」


 環兄に会った。



 * * *



『おはよー。紅美、あたしちょっと走って来るね。』


 まだあたしがベッドでうだうだしてると。

 沙也伽がドアの外でそう言った。


「うん。気を付けてね。」


『はーい。』



 夕べカプリで空ちゃんと環兄は、あたし達が席に着く頃には帰り支度をしてて。

 ワインを一本残してってくれて。

 調子に乗ってたらふく食べたあたしと沙也伽は、アパートまでの道のりを歩いた。


 歩きながら…沙也伽の家族に対する想いとか、バンドをどうしていきたいとか、色んな話を聞いた。

 なんか…いいなって思った。

 沙也伽には守りたい物がいっぱいある。

 あたしには…何かあるのかな。


 守りたい物。



「…あたしも走るか。」


 とりあえず起き上がる。


 いくらオフのスイッチを入れてるからって、サボり過ぎだ。

 ボイトレだけは少ない時間でもやってたけど、ギターは少し寝かせ過ぎたかも。


 まあ…オフ最終日。

 今日は、何となく明日に向けての充電をしよう。



 軽くブランチをとった。


 沙也伽、どこまで走りに行ったのかな。

 バーク公園なら落ち合えるんだけど。


 海くんにもらった『経費』で買った、新しいトレーニングウェア。

 あたしはそれに着替えると、沙也伽にメールを入れた。

 これで、行き違いになってもよし。

 ウエストバッグに、携帯と財布を入れて。


「よし。行こ。」


 階段を下りて、いざバーク公園へ。



 公園にたどりついて、携帯をチェックするも…沙也伽から返事はなし。

 …どこに走りに行ったんだ?

 ま、あたしがここに来たのは伝えてるからいいか。


 あたしは芝生で軽くストレッチをすると、再び公園内を走り始めた。

 今日は10月後半にしては気温が高い。

 ほんのり、いい汗をかいた。


 あ、今ちょっといい感じのフレーズが湧いた。

 忘れないように、携帯を取り出して、ボイスメモに口ずさむ。


 …うん。

 新曲作る時に、どこかに埋め込もう。


 天気もいい事だし、いつもはアパートとバーク公園の間で買い物をするんだけど、今日はアパートより南に行ってみよう。

 そんな気分になったあたしは、走ってアパートまで戻ると、軽くシャワーをして出掛けた。


 …沙也伽は、まだ帰って来ない。

 それどころか、連絡もない。

 ポケットに入れてる携帯を取り出した瞬間…


「…やっと来たか。」


 沙也伽から電話が。


「もしもし?」


『あ、ごめーん。事務所まで来てみたら、早乙女さんがいたもんだから盛り上がっちゃって。』


「え?早乙女さんが?」


『うん。ノンくんのおばあちゃんと。』


「え?」


 ばあちゃん?


『あ、あんたのばあちゃんね。』


「うん…て言うか、まだこっちいたんだ。」


 確か…あたしがデートした日、もう2.3日したら帰るって聞いたような…


『今夜の便に乗るみたい。』


「そうなんだ。じゃ、あたしも事務所に行こうかな。」


『あ、でも今からどこから出掛けるみたいよ?』


 少し早口に、沙也伽が言った。


 …沙也伽。

 あんた、わかり過ぎるんだよ…


「…分かった。じゃ、ばあちゃんによろしく言っといて。」


『はいはーい。あたしもそろそろ帰るよ。』



 電話を切って、何気なく…視線を左前方にやると。


「あれ…」


 沙都のによく似た自転車、発見…。



「……」


 あたしはその自転車が置いてある家に近寄る。


 沙都は昔から自転車にこだわりがあって。

 何でもいいあたし達三人とは違って、今回もサドルがどうとか、ペダルがどうとか言いながら、吟味して買った折り畳み式自転車を持参した。


 沙都の物だとしたら…310ってサインがしてある。

 あたしは自転車に近寄って、サドルの下にサインを見付けた。


「…沙都のだ。」


 て事は…ここが引っ越し先?

 なんで?

 アパートから歩いて5分もかからない。

 しかも…一軒家ってどうよ。

 何二人で贅沢してんの?


 あたしは眉間にしわを寄せながら、玄関に行って。


 ビー


 ブザーを鳴らした。


「……」


 …誰も出て来ない。

 まあ、オフ最終日だからね…


 何気なくドアノブに手を掛けると…


「…開いてるし…」


 もしかして、二階にいるとか?


「お邪魔しまーす…」


 あたしはゆっくりと中に入る。

 入ってすぐ、見覚えのある靴が脱ぎ捨ててあった。


「沙都のだね…」


 中でゆっくり待たせてもらうか。

 リビングに入って、部屋を見渡す。


 …なんて言うか…

 ノンくんと沙都二人にしては広すぎる。

 そして…

 あの二人にしては珍しく…

 散らかしてる。

 沙都はともかく、ノンくんは育った環境がそうなんだろうけど…

 とにかく、すぐ片付ける。

 見習いたいぐらいだ。



 リモコンを手にして、テレビをつける。

 DVDプレイヤーが作動する音が聞こえた。

 何か見てたのかな?

 やらしい映像だったりして。

 あたしは首をすくめながら、DVDの再生ボタンを押した。


「……」


 Live aliveだ。

 何。

 二人でこれ見てたの?

 もう散々見たじゃん…



「……」


 何となく…見入った。

 画面では、沙都とノンくんに挟まれたあたし。


 沙都は…可愛い。

 小さな頃から、ずっとあたしにくっついて来て。


「紅美ちゃん。」


 沙都から、そう呼ばれるの…心地いいと思う。

 …お互い…初めての相手。

 熱くなると赤くなる、あたしの背中の傷…

 そんな傷があるなんて、沙都が気付かなかったら、あたしも知らなかった。


 沙都のキスは癒される。

 あの腕も…あの胸も…

 あたしを知り尽くしてる沙都。



 ノンくんは…


 まさか、ノンくんがあたしを好きだったなんて、思いもよらなかった。

 物心ついた時には、イトコとしてそこにいたわけだし…

 同じイトコでも…海くんより断然近い。

 だけど、飄々としたキャラ。

 ふざけてるのか本気なのか、分からない口ぶり。


 なのに…

 なのに、なんで守られてるって思うんだろう。



 …比べるわけじゃないけど…

 沙都とのセックスが癒しだとしたら…

 ノンくんとのそれは…

 情熱的で…



「あ。」


 外で車の音。

 あたしはテレビを消して、二人をどう驚かしてやろう。なんて考えた。

 けど…



「いやー、マジで沙都には驚かされた。」


「みんなが悪いんだよ!!」


「結局ニカは一度もチップを挟まなかったな。」


「トシは挟み過ぎだ。それほどの女がいたか?」



 …男の声は四人。

 しかも…

 聞いた事のある声ばかりで…

 その中に…


「うわ。鍵開いてるし。」


「不用心だな。」


 心臓が…

 バクバクする…


「誰が鍵持って出た……」


 入って来たノンくんが、あたしを見て止まった。


「いてっ。急に停まる…な…よ。」


 そのノンくんの後で。


「…紅美…」


 海くんが、あたしの名前を呼んだ。

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