第22話 昨日、ばあちゃんとデートして。

 〇二階堂紅美


 昨日、ばあちゃんとデートして。

 今日から…


「久しぶり~!!紅美ちゃん、元気だった!?」


 マキちゃんの家に、二泊三日お邪魔する事に。


「うん。元気……」


 マキちゃんとハグをしようとして…


「あ…ごめん…言いづらくて…」


 マキちゃんのお腹は…随分と大きい。


「…太ったね。」


「なっ…」


「あははは。うそ。おめでとう!!」


 優しく、抱き寄せる。


「…ありがと…ごめんね…」


「なんで謝るの?早く言ってよ。何か買って来たのに。」


 そっか…

 そりゃ、気を使うよね…

 あたし、この家で…



「えーっ、何これ。楽しそう。」


 あたしは、慎太郎の家で撮った写真を見せた。

 彼が病気なのは…もう、ナナちゃんからの連絡で知っていたらしい。


「今も、余命更新中ってメール来たよ。」


「そっか…慎太郎、あの頃よりずっといい顔してる。」


「うん…」


「この写真、何枚かもらえない?いつか…子供にも見せたいから。ママの事、すごく助けてくれた人なんだよって。」


 マキちゃんは、お腹を触りながら言った。


「うん。それ、全部あげる。あたし、データ残ってるから。」


「ほんと?ありがとう。」



 それから、マキちゃんの作ったチョコレートケーキを食べた。

 お茶しながら、マキちゃんのリクエストで持って来た、Live aliveの映像を見る事に。


「……」


 あまりにも必死で見入るマキちゃん。


「だ…大丈夫?胎教に悪くないかな…」


 あたしは遠慮がちな声で問いかけた。


「これ、沙都坊だよね?」


「う…うん。」


 沙都はあたしを探し回ってくれてたから、ヘヴンのみんなは沙都を知ってるし、『沙都坊』なんて愛をこめて呼んでくれる。


「へえぇぇぇ~…」


 マキちゃんは首を振りながら。


「沙都坊、めちゃくちゃカッコ良くなったわね。」


 笑顔になった。


「そう?変わんないと思うけど…」


 画面の沙都を見る。


 …うん。

 変わらず…可愛い。


「いやー、男らしくなったわよ。相変わらず、『僕の紅美ちゃん』なんて言われてんの?」


「言わないよ。まあ…いつもそばにはいてくれるけどさ…やっぱり、昔みたいなわけにはいかないから。」


 マキちゃんは、あたしと沙都が早くから寝る関係だったのを知ってる。


「…あれから、海くんとは?」


「あー…ほんっと色々あったんだけど、一泊二日で終わらせる旅に出たんだ。」


「え?」


 マキちゃんはテレビのボタンを一時停止にして。


「ごめん。歌も聴きたいけど、そっちも気になる。」


 立ち上がって、お茶を入れ直し始めた。



「ねえ、この沙都坊の反対にいる男の人は?」


 マキちゃんは真剣な目で、一時停止した映像を指差した。

 画面には、わりと大きく…沙都とあたしと、ノンくんが映ってる。


「え?ギタリスト…」


「どういう関係の?」


「どういう関係…とは?」


「幼馴染とか?」


「あー…イトコ。あたしのイトコ。」


「え?じゃあ、海くんの身内みたいな?」


「ううん。海くんは父さん方のイトコで、この人は母さん方のイトコ。」


「…ふうん…」


 マキちゃんは手にしたお茶をずずっと飲むと。


「…いい男ねえ…」


 なんて言うか…舌なめずりでもしてしまいそうな雰囲気で言った。


「…まあ、いい男だよ。」


「うんうん。背高いし、顔もいい。沙都坊は可愛いけど、この人は内に秘めるような熱って言うか、黙っててもぐいぐい来る何かがあるわね。」


「……」


 な…何だろ。

 マキちゃん、えらくノンくんを褒めるな…


「で、海くんと終わらせる旅に出て…終わらせられたの?」


 マキちゃんがテレビから目を外して、あたしに向かって言った。


「…んー。そうね。スッキリはしてるかな。」


「そっか…」


「一緒にいる間、本当に…大好きでたまんないって思った。だけどさ、あたしが海くんを好きでいると…彼はずっと苦しんじゃうんだよね。」


「…その辺の詳しい事情、あたしには分からないけど…二人がどうしても一緒にいたいって願ったら、叶わないかなあ?」


「……」


 強く願えば…願いは叶うんだろうか。

 二階堂の体制は、昔から少しずつ変わってきてるとは思う。

 だけど…

 あたしみたいに二階堂の仕事に全く関係なくて、メディアに出たりするような人間が…二階堂の人と結婚なんて…


 …うん。

 あり得ない。



「きっと、海くんもさ…あたしを危険な目に遭わせたくないから、ちゃんと終わらせるために一緒にいてくれたんだと思う。」


「……」


「最後に…一緒に逃げないかって言われちゃってさ…」


「え?」


「全部何もかも捨てるから、おまえもそうしてくれないかって…嘘でも…嬉しかった。」



 おまえのためなら二階堂を捨ててもいい。

 その覚悟を持って、おまえを愛してる。


 今思い出しても…胸が締め付けられる。

 それほど…あたしの事、愛してくれたなんて…。



「逃げちゃえば良かったのに。」


 マキちゃんは、上目使いであたしを見ながら言った。


「え?」


「逃げちゃえば良かったのよ。」


「…そうはいかないよ。あたし達…デビューするためにこっちに来て…みんなですごく悩みながら…」


「それは、口実。」


「……」


 マキちゃんの強い声に…あたしは何も言えなくなった。


「海くんが全部捨てるって言うなら、紅美ちゃんも捨てられたはずよ?だけど捨てられなかったのは…」


「……」


「紅美ちゃんの中では、もう終わってたか…」


「…か?」


「もう、誰か気になる人がいるか。」


「ない。」


 あたしは背もたれに寄りかかって即答。


 …だけど。

 なぜか…チクチクした。


 マキちゃんが言ってる事は…当たってるの…?



『愛してる。』


 こんな時なのに。

『あずき』で、ノンくんにそう言われたのを思い出した。

 あの時のノンくん…ちょっと、見た事ないような表情で…

 ドキドキしたな…

 いい声だったし…

 でも、曽根さんがいて。

 …笑うしかなかった。



「…赤くなってるけど、今、誰の事考えてる?」


「は…え…ええっ?」


「赤くなってる。」


「……」


 マキちゃんは…なんて言うか…

 男と女の世界で仕事をしていたからか…

 こういう、色恋的な話になると…


 鋭い。



 あたしは小さく溜息をつくと。


「…あたし、海くんの事、今も好きだよ。」


 真剣に言った。


「うん。」


「誰かと誰かを比べるとかじゃなくて…あの人は本当に…あたしの中ではお日様みたいで、お守りみたいな存在って言うか…」


「うんうん。」


「だけど…今思い出してたのは…」


 あたしはテレビ画面に向かって。


「…ノンくんの事。」


 ノンくんの顔を見た。


「こっちのイトコ?」


「うん。」


「あたし、海くんと最初に別れた後…壊れかけてた。」


 マキちゃんはあたしのカップに二杯目の紅茶を入れてくれた。


「誰でも良かった。そこにいたのがノンくんで…振り回されてる気がして落ち着かなかったけど、今思うと…彼はすごく…んー…やっぱり…よく分からない人なんだけどさ。」


「彼は紅美ちゃんの事、好きなの?」


「…一瞬付き合うみたいになって、だけどやっぱりあたしは無理って離れて…それでも仕事仲間として、今まで通りに接してくれて…」


「…いい人ね。」


「うん…その、仕事仲間として…の時に、一度ハッキリ…愛してるって告白された。」


「…海くんは、お日様でお守り。彼は?紅美ちゃんの中で、どんな存在なの?」


「……」


 考えた事もなかったな…。

 あたしの心の中には、ずっと海くんがいたし。

 誰かが入って来るなんて思わなかったから…


 だけど。

 もし、ノンくんがいるとしたら…


 …ふと。

 地下鉄での事を思い出した。

 ノンくん、なんで…あそこにいたのかな。

 あたしに呼ばれてる気がしたとか何とか言ってたけど…



「…守られてるなって思う。」


「……」


「守られてる…」


 あたしのつぶやきを聞いたマキちゃんは。


「その、『ノンくん』がいたから、終わらせられたんじゃないかな。」


 笑顔になった。


「…え?」


「あたし、紅美ちゃんが、もし海くんと逃げてたとしても…きっと、その『ノンくん』は守ってくれたと思うな。」


「……」


「まあ、まだ分からないわね。沙都坊も巻き返してくるかもしれないし。」


 マキちゃんはそう言って一時停止のボタンを押して、映像を再生させた。


「…楽しんでる?」


「えー?だって、紅美ちゃんを射止めるのが誰か、楽しみだもん。」


「……」


「あー、悩んじゃうなあ。海くんもいいけど、ノンくんもいいし、沙都坊も捨てがたい。」


 マキちゃんは楽しんでる風じゃなく、本当に真面目にそう言った。

 それを聞いたあたしは、ポリポリと頭をかいて。


「しばらく恋はいいよ…」


 低い声で言った。



 …うん。

 しばらくは、DANGERだけで。


 手一杯だ。



 * * *



「……」


 あたしは、途方に暮れていた。


 マキちゃんちに二泊して。

 夜、アパートに戻ると…

 ドアの前に、貼り紙。


『引っ越す。連絡を待て』


 この達筆は…ノンくんのだ。

 わざわざ筆で書いてくれてるのはありがたいけどさ。

 引っ越す?


 向かいの部屋のドアを開けると…

 ガラーンとして、何もない。


 …ここってさ。

 事務所が用意してくれたんだよ?

 引っ越すって。

 勝手に何してんのよ。


 あたしは唇を尖らせながら、ノンくんに電話をした。


「…出ない…」


 続いて、沙都にも。


「…出ない…」


 どうなってんの!!


 とにかく、二人にはメールもした。

『連絡して』と、だけ。



 一昨日の朝、沙都から電話があった。


『紅美ちゃん、今どこ?』


「え?」


『アパートに戻ったんだけど、ノンくんも紅美ちゃんもいなくて。』


「え?予定より早くない?」


『うん。ちょっと早くこっちに慣れておきたくて。』


 そうだ。

 沙都は時差ボケしちゃうからな…。


「ノンくんは事務所だと思うよ。」


『そっか。じゃ、僕も行ってみよ。紅美ちゃんは?』


「あたし、友達んとこに泊まりに向かってるとこなんだ。」


『あ…もしかして、マキさん?』


「うん。」


 沙都は、ヘヴンのみんなの事を、ちゃんと覚えてくれてる。


『そっかあ、よろしく伝えてね。』


「うん。ありがと。」


『じゃ、こっち戻ったらねー。』


「はーい。」


 沙都の明るい声。



 ノンくんとは…海くんと別れた夜から会ってなくて。

 それが何となく…引っかかってもいた。

 もしかして、避けられてる?なんて…

 …ノンくんに限って、それはないとは思うけど…



 今夜、久しぶりに三人で晩御飯食べられると思って、楽しみにしてたのに。

 引っ越したって…何でよ…。


 あたしはソファーに倒れ込むようにして寝転ぶと。


「…バカ。」


 誰にともなく、そうつぶやいた。



 * * *


「ただいまー。」


「あっ、沙也伽。おかえりー。」


 翌日の午後、沙也伽が戻って来た。

 あたしはドアまで沙也伽を出迎える。


 相変わらずちっちゃいなあ。

 って、あたしが大きいのか。

 この小さい体で、あのダイナミックなドラムだもんね。

 ほんと、沙也伽にはまいる。



「…どしたの、これ。」


 沙也伽は向かいの部屋を覗いて、こっちに戻って。


「もぬけの殻なんだけど。」


 手には、キャリーケースとダリアのショッパー。

 顔は、少しマヌケになってる。


「なんか、急に引っ越してた。」


「は?どこへ?」


「それが、部屋のドアに『引っ越す。連絡を待て』って貼り紙がされてて、今朝『今から行く』って連絡があった。」


 そう。

 今朝、ノンくんから電話があった。


 しかも…


『あー、俺。』


「…うん。」


『今から行く。んじゃなー。』


「えっ?」


 プツッ


 お…

 おおおおーい!!

 勝手に引っ越した事とか、連絡して来なかった事とか…


 謝れよーーーー!!


 思い出して唇を尖らせてしまった。

 ドサリとソファーに座る。


「…そっか…何なんだろうね。ところで…」


 沙也伽はあたしの向かい側に座って。


「オフの間、先生と会った?」


 前のめりになって言った。


 …いきなりだな。


「…うん。会って…終わらせた。」


「…え?」


「終わった。ちゃんと、二人で笑ってバイバイってしたよ。」


 沙也伽には、まだ好きだけど。とは言わなかった。


 マキちゃんの所で色々話して…思った。

 一緒に逃げちゃえば良かったのに。って言われて。

 逃げれば良かったのかな。なんて思って。

 だけど、こうして沙也伽の顔見たら…

 逃げなくて良かった。って思うし…


 結局、あたしって…

 自分の気持ちがよく分かってないんだよ。

 海くんを好きなのは確かだけど、全部を捨てる勇気はない。

 海くんは…捨てる覚悟があるって言ってくれたのに。

 あたしには…それがなかった。


 …終わらせなきゃ、海くんに失礼だ。


 ノンくんの事だって、あの告白を思い出すとドキドキするクセに…

 …分かんない。


 沙都は…

 もしかしたらあたし…

 今一番沙都に甘えたいって思ってるのかなあ…


 昔から一番そばに居てくれて。

 あたしの事…ずっと全力で心配して、甘やかしてくれてた。


 ……いや、ダメダメ。

 頭をブンブン振る。


 今は…誰ともそうならない。

 決めたばっかじゃん。



「…廊下の電球の調子が悪いんだった。見てくる。」


 あたしは沙也伽にそう言って、立ち上がった。



 廊下に出て天井を見上げる。

 …脚立か椅子か…

 沙都なら簡単そうなんだけどなあ…


 なんて考えてると。


「よーう。」


 階段の下から、憎たらしいぐらい能天気な声が聞こえて来た。


「あっ!!もう!!ずっと連絡待ってたのに!!」


 ノンくんと沙都を見下ろして怒鳴ると。


「貼り紙してただろ?」


 ノンくんは『何怒ってる?』と言わんばかりの顔。


「連絡してってメールもしたのに。」


「ま、見ての通り変わりない。」


 階段を上がって来たノンくんは、自分を見下ろしてそう言った。


「そうじゃなくて。心配してたのが分かんない?」


 あたしが眉間にしわを寄せて言うと。


「…よしよし。」


 頭を撫でられた。


「だーっ!!もう!!そうじゃなくて!!」


 あたしが叩くふりをすると。


「ははっ。よー、沙也伽。久しぶりー。」


 ノンくんは、あたしの肩を押して部屋に入って行った。


「紅美ちゃん、ごめんねー…」


 続いて…久しぶりの沙都。


「あんたまで連絡くれないとは…」


 唇を尖らせて言うと。


「ちょっと、色々あって…」


 沙都は言葉を濁らせた。


 …色々って何。

 聞こうと思ったけど、やめた。

 あたし、何でこんなにムキになってる?



「電球換えたいの。」


 あたしが天井を指差すと。


「あ、僕やるよ。」


 沙都は腕まくりをした。


「脚立いる?大きいのが倉庫にあったけど。」


「椅子で大丈夫かな。紅美ちゃん、ちょっと押さえてて。」


 沙都はキッチンから椅子を一脚持って来ると、その上に立って手を伸ばした。

 ここは天井が高い。

 のっぽの沙都が、椅子で背伸びしてるぐらいだから、あたしだと届かなかったな…。



「はい。出来た。」


「ありがと。助かった。」


「切れたやつ、保管庫の箱に入れとくね。」


「あんた…気が利くいい男だよ。」


 あたしが沙都の頭を撫でると。


「へへっ。勉強以外なら、紅美ちゃんに褒められる事多いのになあ。」


 沙都は、そう言って嬉しそうな顔をした。


 そうは言っても…

 あの勉強嫌いだった沙都は、日本でデビュー以降…英語を猛勉強した。

 高原さんが『頭が悪い奴は嫌いだ』と事務所のあちこちで言ってたからなのもあるんだろうけど…


 ミュージシャンなら。

 海外進出は夢見るしね。


 音楽以外では集中力のなさを発揮しまくってた沙都だけど、本当に頑張って『やれば出来る子』なのを見せ付けた。



「よし。ミーティングするぞ。」


 ノンくんがそう言って、あたし達はリビングに集まる。


 ああ…久しぶりだ。

 あの緊張感の中に戻れる。


 今のあたしには…

 歌う事。

 それが…一番だ。

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