オートロックの正しい破り方

flathead

第1話

 夜も更けてきた。不意に時計を見ると午後七時三十分。せっかくの平日の休みなのに私は今日一日を無為に過ごしてしまった。そろそろ晩御飯でも買いに近くのスーパーに行こうかと支度を始める。この時間であれば多少の割引シールが貼られても良い頃だ。別にお金に困っているわけではないけれど、割引という言葉に惹かれてしまうのは良い習慣なのだろうかとふと疑問に思う。

 そんなことはさておき、マンションの一室に住んでいる私は窓の外で音もなく光り輝く赤いランプと扉の外から聞こえる騒音を不審に思い玄関の戸を開けた。そこには警官と隣に住むおじさん、そしてマンションの管理人さんが話し込んでいた。

「何かあったんですか?」

 私は顔だけ外に出して警官に尋ねる。

「あ、こんばんは。こんな夜分に五月蝿くて申し訳ありません」

 警官ははぐらかそうとしてるのか、それとも礼儀正しい人間なのか、どちらにしても私の質問すぐには答えてくれなかった。

「ご丁寧にどうも。私、刑事です。宮城県警の。何の事件ですか?」

 質問に答えない警官に苛立ちを感じ、ついつい身分を明かしてしまう。警察手帳は玄関にはないから提示を求められたら少し面倒だが。

 すると警官は慌てて私に軽い敬礼をする。

「ああ、刑事殿でしたか。これは失礼しました。実はこちらの方が空巣に遭われまして……」

「空巣ですか。そういえば昼に大きな音が聞こえましたね。何かが落下した様な」

 私は少しでも参考になればと思い証言をする。まぁこの程度で何か分かるわけでもないだろうが。

「そう!壺が割れていたんだ!結構高いやつなのに!」

 隣のおじさんが答える。

 うん、心からどうでも良い。

「いや違う違う。そういう話じゃない!どうやって犯人は私の家に入ったのかという話だ!」

 お、どうやら話は思っていたより進んでいたようだ。私は体を玄関の外に出して話を本格的に聞くことにした。

「まずはどうやってマンションの中に入ったかという話だ。このマンションはオートロックが売りのマンションだ。それがこう簡単に破られては問題じゃないのか?」

 おじさんは管理人さんに向かって怒っているようだ。

 すると警官がなだめるように反論をする。

「いやぁ、でもマンションのオートロックって言ったって結局は機械がやるものでしょう?それなら抜け道はどうやったってありますよ。例えば中から人が出て来たときにすれ違うように中に入るとか…」

「それはできませんよ」

 私が口を挟むと全員が一斉にこちらを見る。

「このマンションはセキュリティに自信があると謳っているだけあって一日中警備員が入り口を見張っています。そんな不審なことをしたら間違いなく警備員に呼び止められますよ」

 だからこそ私はこのマンションに住むことにしたのだ。女性の安全な一人暮らしのためにはそれ相応のコストがかかるものなのだ。

「そうです。警備員には住人の顔を覚えるように教育しております」

 管理人さんの援護も入る。

「そうでしたか……。ではどうやってオートロックを破ったのか……」

 警官は考え込む。

「それを調べるのがあなたたちの仕事でしょ!なんとかしてくださいよ!」

 警官はおじさんの無理な注文に困っている。

 警察の仕事は推理ではない。いや、推理が必要なことはあるにはあるが推理小説にあるような事件を解決することなんてそうそうない。

 警官が困るのも当然である。そんな彼に私は助け舟を出すことにした。

「破られていないんじゃないですか?」

 再び私に視線が集まる。なんでそんなに意外そうな目で私を見るんだ。

「オートロックが破られていなかったら……犯人を特定するには至らずとも犯人を絞り込むことができるんじゃないんですか?」

 全員がぽかんとした顔で私を見ている。なんでこんなにこの人たちは鈍いんだ。

「マンションの住人の誰かが犯人ってことですよ。それならオートロックを破らずとも簡単にマンション内に堂々と入ることができます」

 隣のおじさんは一呼吸置いて

「そ、そうだ!それに間違いない!で、でもどうやって私の部屋の鍵を破ったんだ?」

「そんなのピッキングの技術があれば簡単に開けますよ。つまりこのマンションの住民の全員が容疑者ってことになりますね。管理人さん、確かエントランスには防犯カメラがありましたよね。それを見れば犯人が逃げたか、まだこのマンション内に潜んでいるかわかると思いますよ。そういう人間はどうしても不審な仕草をするものですから」

「なるほど……」

 警官は考え込むように顎に手を当てている。

 私は時計を見る。もうすぐ午後八時にさしかかるというところだ。そろそろスーパーの割引されためぼしい商品がなくなってしまう。

「そろそろ私は失礼しますね。これから用事がありますので」

 そう言って私は現場を後にしようとしたとき。

「待ってください!」

 警官からお呼びがかかる。

「何でしょう?」

 私は振り返り、再び警官たちを見る。

「実はあまり人手が足りていなくて……手伝っていただけませんか?」

 なんだ。そんなことか。私の答えは決まっている。

「今日は休日でーす」

 そう言って私は小さな謎を解いた開放感を抱えてスーパーへと出かけたのであった。

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