第2話 悪女再会

この春、親の転勤で季節外れの高校2年の5月となんとまあ中途半端に転校することになった。子供の頃にも住んでいた場所なので、まったく縁がないというのは嘘になるが、小さい頃の思い出なので、あまり記憶には残っていない。仲の良い友達などはいたが、昔は携帯というものもなかったので、今では疎遠である。時間というのは残酷であり、人は記憶というのを、忘れる生き物なのである。急に転校したことも原因をしていると思うが、仕方ない。これから思い出というのは作ればいい話だ。

桜並木地道の長い坂を登る。ちらほら見える綺麗な桜とは裏腹に、俺の心の中は、おかしな時期に転校というので、うまくいくのかという不安な心境だ。

「よし、バラ色の学校生活を送るぞ!楽しい生活を送るぞ!」

小さく意気込み、不安を吹き飛ばそうと気合を入れる。

こういう時は言葉に前向きな口に出しておけば、気持ち的に楽になるとなるのが、人間らしい。だから、前向きな言葉を考える。まぁ、幼馴染の受け売りだが、使えるもの信じよう。

ちょっとだけ、気持ちに余裕ができた気がした。

寒い春だったせいだろうか、時期としては遅めの桜が咲いている。

少し時期のズレた春の訪れの咲く花に小さなギャップを感じつつも、これは自分の新たな門出を祝っているのかなと解釈し、小さく微笑みがこぼれていた。

先ほどとはうってかわって、足取りが軽くなる。

初めて訪れる学校の門を勢いよくくぐると暖かい心地のいい風が吹いた気がした。

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「お前ら静かに!今日は突然だが転校生を紹介するぞ」

教室の中から先生の声、生徒たちの声が聞こえる。

今の時期に?かわいい子!?といったお馴染みの野次をあしらう男の先生。元気な子供を相手する。先生ってお仕事は大変だと思う。

先生から、入っていいぞと声をかけてもらい戸を開ける。

「今日からここのクラスになる立花 奏太たちばな そうたです。どうぞ、よろしくお願いします」

初めて見るクラスメイトに緊張し、少し強張った表情で笑顔を作り、ぺこりと頭を下げる。頭を下げてから少しの沈黙ができ、少し簡潔しすぎたかと思うなど、変に不安が頭をかき巡り、頭が上げられない。

「あと、立花は親御さんの都合で転校してきたみたいだぞ。とにかくみんな仲良くな」

先生が沈黙を破るように、また、質問攻めにならないように先生が代わりに時期外れ乗り有を代弁してくれた。ありがたい、先生グッジョブと心の中で親指を立てる。これが年の功とうものだろうか。なんとか場を納めてくれた。

空いている席は1番後ろの席にというおきまりの展開で席につく。

ただ、以前はどこに住んでいたのかなど質問攻めは思ったより少なかった。どうやら季節外れの転校生はおれだけではなく隣のクラスにもきていたようだ。噂に聞くとかなりのイケメンらしい。それは当然そっちにいくだろう。ただ、凡人の数少ないアドバンテージを持てるとこまで、イケメンは持って行くなと思う。まぁ、ともあれ無事にこの学校でも生活にできそうだと安心した。平穏な日々も悪くない。いや、いかんいかん。ここで弱気になっても何もおこらない。バラ色の生活というのはこれからなのである。

教室全体もGW空けということもあり、ふわふわしており、先生も休み明けで気持ちが入ってない授業になっている。先週のおさらいから始まり、ぼーとしてうける授業も終わり、昼の合図を告げるチャイムがなる。待ちに待ったお昼休みということもあり、周りは急に騒がしくなる。お昼を食べるにしろ、学食とかあるのか確認しないいといけない。あたふた中、俺に話かける小柄な少年がいた。

「立花くん、弁当とか持ってきてる?ないんだったら、食堂まで案内するよ」

「丁度困ってたんだ、お願いしようかな。名前は、えーと、、、」

「ごめん、名前がまだだったね。僕は遠山 とうやま れんだよ。よろしく。」

少年は小さく笑みを浮かべ、俺にも気さくに話しかけくれる。これは見た目だけではなく、気配りもできる好青年みたいだ。差し伸べられる手に握手しする。こういう子は今後の生活で必要だ。是非仲良くしたい。

「遠山くんね。うん、よろしく。」

「苗字とかあまり好きじゃないから蓮でいいよ」

「蓮くんね。俺も奏太で大丈夫だ。食堂まで案内をお願いしようかな」

「じゃあ、いこうか。」

食堂に着くと思っていたより、綺麗な場所で少し驚く。

「驚くでしょ?うちの食堂は最近新しくなって綺麗になったんだよ。」

少し得意げに話す蓮。確かに蓮のいう通り、食堂は改装したばかりなのか

自分のことでもないのに、胸をえっへんと自慢げにはなす蓮に少し笑いが溺れる。

蓮本人には言えないが、子供がほめてとせがるような格好だ。親切な蓮に失礼なことを考えていかんと考えを戻す。

「なにかおすすめとかある?」

「うーん、そうだねー、メニューはいくつかあるけど、オススメはボリュームがある唐揚げ定食ととんかつ定食ね。一押しは唐揚げに明太子トッピングね」

蓮はこの唐揚げ定食明太子トッピングを迷いなく注文する。蓮だけではなく、あたりを見渡すと唐揚げを頼む人は多い。あげたてで大きな唐揚げは食べ盛りの男性陣には人気のようだ。確かにボリュームはあった。メニューに目を落とすと、カツ丼、うどん、ラーメンなど定番のものは基本的にそろている。その中で、唐揚げより俺の目を惹くメニューがあった。

「おっ、チーズハンバーグ定食もあるじゃん。俺はこれするよ。」

「奏太、お目が高いね。チーズハンバーグも美味しくて好きな人には人気メニューだよ。ただ…」

「ただ…?」

蓮が言葉をいいかけているうちに券売機を押してしまったので、それを食堂のおばちゃんに渡す。

でも、人気のメニューなのに、何かあるのか?と疑問に思う。周りでハンバーグ定食を食べてる人はいない。そうこう考えているうちに「へい、お待ち」食堂のおばちゃんが、その噂のハンバーグ定食がでできた。

ぱっと見だと、冷凍ものではなく、手ごねのハンバーグで、その上にチーズが覆いかぶさっているので、かなり美味しそうに見える。更にできたてのとろけるチーズというのは、空腹の腹を増長させ食欲をそそる。ただ、先ほどの蓮の反応が気にかかる。しかし、メニューを頼んでしまったからには仕方ないと意を決してハンバーグを口に運ぶ。毒味をするようにおそるおそるだったのだが、食べてみて見ると、やわらかく肉汁はあふれんばかり口に広がり、かなり美味しい。一口はすぐなくなり、、二口、三口と口に運ぶとそこで異変が見つかり、口が止まる。外だけと思っていたチーズが口の中に広がる。どうやら外だけではなく中にもチーズが溢れんばかりに入っている。もちろん、まずいわけではなく美味しいのは間違いないのだが、外にも中にチーズと味がくどい。

「ははは、みんなその反応するよ」

「蓮、そういうなら頼むのを欲しいよ」

腹を抱えて、笑う蓮に対し、俺はげんなりして、自然とため息がでる。

まぁ、この味も慣れてくるとチーズが好きな俺にとってはスルメの味な気がする。チーズまみれのハンバーグもたまにはいいだろうと自己完結する。程よく満腹になったお腹をさする。

気分転換に外を見ると、快晴の空には日向ぼっこにでも使えそうな気持ちの広いテラスが見える。テーブルもいくつか並んでおり、食事をしている生徒たちも居る。

こんな天気がいい時にテラスでご飯を食べられたなら、さぞかし楽しいんだろうなと思う。そう、あれこそが、俺の考えているバラ色の高校生活なのだ。これは使わない手はない

「なあ、蓮。今度の昼はテラスで昼飯にしようぜ」

ただ、ただの楽しく昼食をしたいと誰しも思うだろう。決して、可愛い子がいるからとか邪な気持ちがあるからというわけではない。確かに可愛い子も多いが、そういうのに流されたわけではないのだ。俺はそう紳士だからな。あわよくばがあれば、お近づきにはなりたいというのも事実だ。


「それもいいんだけど、テラスは文化祭のミス・ミスターコンテストの景品なんだよね」

「そうなんだ、残念」

なるほど、遠目に見てもだから可愛い子などが含め、美形が多いのは納得。ただ、テラスを景品にするとは文化祭の運営をするやつを恨むぞ。まさにリアル充の住処か。我らが一般ピーポーには手が届かないということか、無念だと肩を落とす。態度に出したつもりはなかったが、俺ががかっりしていたようなので、蓮は慌てて言葉を付け加える。

「ただ、優先ってだけだし、空いてたら使ってもいいみたいだよ。まぁ、気まずくて使う人はいないみたいだけどね。」

蓮、それは慰めにもなっていないぞ。結局は勝ち組の席か…残念だ。


慣れないことをしていると時間があっという間に過ぎていくもので、気づいたら放課後である。

帰る準備をしている中に蓮から隣のクラスの人が呼んでいるよと声がかかる。はて、誰だろうと教室の入り口を見るとそこには少女が立っていた。整った顔立ちに、華奢な体つき、腰まで伸びた艶のある髪。まさに華があるというのはこのことで、思わず目を奪われる。ぼーと見とれていると、蓮が耳打ちで、隣のクラスの小鳥遊たかなしさんだよと教えてくれる。学生のマドンナといってもない女性が男性生徒を呼ぶということで、クラスの注目があつまる。

これは千載一遇のチャンスなのでは?と思い、この絶好な機会を逃さぬように瞬時に紳士モードに入る。

説明しよう紳士モードとは、女の子にモテるために考えた勝負モードとのことだ。特に深い意味はない。

「俺になにか用なのかな?」

「ええ、話があるの。」

小鳥遊さんの発言で、まさかとクラス中の注目が更に集まる。

これはまさか、まさか愛の告白!?転校初日で、俺にも春が来たのか!うれしさのあまり、にやけそうになる口と必死で隠し、あくまで冷静にと自分を落ち着かせるように奏太は小鳥遊さんの目を真っすぐに見つめる。どうやら、罰ゲームでも嘘ではないみたいだ。

奏太は声のトーンを一つ下げて、自分にできる渋い声で話すように意識し、言葉を発する。

「ここだと、注目が集まる。どこか人のいないところにいこうか」

「ソウ、なにを勘違いしているのかわからないのだけど、あなたその決め顔とその話し方は気持ち悪いわ」

「え...」

今、俺に対して気持ち悪いと言ったか、気持ち悪いって...あれ、話が違うぞと奏太の額が冷や汗で濡れる。無敵の紳士モードが効かないだと!?いや問題はそこじゃない。いや、問題なのだけど、彼女は俺に気持ち悪いといった?まずそれよりも俺のことをソウと呼んだ?初対面の人は知らないはずの俺のあだ名だ。もしかして、知り合い?そんなことはない、記憶違いではなければ、こんな美人な女性とは面識はないはずだ。考えてもわからないことなので、奏太は疑問のそのまま投げかけて見ることにした。


「えーと、君とは面識があったっけ…?」

「私のことも忘れているの?あそこまで密接な仲だったのに…あんなことをしたのにソウって、薄情ものなのね」

小鳥遊さんの発言にクラスには大混乱パニック!?密接な仲!?大人の関係、意外に立花くんはチャラいだのあらぬことを言われる。勘弁してくれ。

ただ、俺はそんな記憶はないぞ!そんな羨ましい記憶があるなら、忘れるわけがない。忘れているのならば、今すぐ思い出せ、立花奏太!


「小鳥遊さんは奏太とどうな関係だったの?」

そんなところに蓮から助け舟が出される。ナイスだ、蓮。俺自身も気になることをよくぞ聞いてくれた。

「さあ?どうでしょう。奏太に聞いてみたら?」

彼女は明確な返事をせず、人差し指を口に当てて、いたずらに笑う。

俺はこんな美人は知らないぞ。教えてくれ。教えてください。お願いしますから!

うん?小鳥遊、そうそうない珍しい苗字、人を弄ぶこの話し方…この笑い方。。。ひょっとして、まさか… 

「まさか、由紀ゆき小鳥遊由紀たかなしゆきか?」

奏太は記憶を辿り、幼馴染みの名前を声をいってみる。

「ええ、そうよ。暑さで幼馴染を忘れるという記憶回路まではいってなかったようね。」

「ああ、忘れるわけがないさ。ただ、きれいになったから、わからなかったけど、久しぶりだな。いつぶりだっけな?」

「うれしいこと言ってくれるけど、貴方は相変わらずね。確か中学上がる前からだから、4年ぶりだと思うわ。そういう貴方はなにも変わっていないからすぐにわかったわ。

「ええ、特に何も考えてなさそうな顔もそのままだったから」

刺があるいいかたではあるが、幼馴染とわかったところで、クラスは一旦落ち着く。そういうことか納得したようだ。あらぬ噂は広まる前にとどまったので安心だ。これで、俺の安住は保たれたのである。ようこそ普通の生活。

「先ほどの質問の答えだけど、ソウとは幼馴染よ。今の所はね」

「ちょ、なにをいって・・・」

更に意味深な言葉にクラスが再度どよめく。

今のところってどういうこと!?やっぱりそういう関係なのひそひそ話が出てくる。

転校初日からこいつはかき回されてるなんて、ついてない。

そうだ、思い出した。由紀は昔からこういうやつだった。こいつと関わるといつも面倒ごとに巻き込まれる。記憶上、ロクなことなく苦い思い出ばかりが、フラッシュバックする。

このままではやばいと思い、奏太はとっさに由紀の手を捕まえ、その場から逃げる。

逃げればなんとかその場を収まるだろうという考えが間違いだった。

教室から離れ際、後ろからまさかあの二人はできてるの!?など、あることないことがクラス中に広がる。完全に裏目にでてしまったが、ここにいるよりはましだ。

とりあえず、この場からはれない一心で由紀の手をひく。

「あら、だいたーん」と由紀は人の気など気にせずに、相変わらず楽しそうに笑う。

さよなら普通の生活。

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君の笑顔に花を添えて 雪宮智 @yukimiya_tomo

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