第5話 「おまえんちのアイス、マジ美味いよな。」

 〇宇野沙也伽


「おまえんちのアイス、マジ美味いよな。」


 今日も希世はうちに来た。

 教室に行くと、また来たのか。なんていうクセに。

 希世は色々理由をつけて、うちに来る。

 スネアを見せてくれとか、シンバル見せろとか。

 上達したか叩いて聞かせろとか、暇だから行っていいか、とか。



 まあ…

 紅美がいなくなって、あからさまに元気がなくなったあたしに。

 気を使ってくれてるのかもしれないけど…

 申し訳ないほど、あたしは…元気が出ない。



 紅美を好きだ。

 そう気付いて…聖子さん(さすがに聖子ちゃんとは呼べない)に打ち明けて…

 その気持ちは、ますます膨らんだ。

 紅美に…会いたい…

 じゃれるフリして、抱きつきたい…

 でも、気持ち悪がられるのかな…


 そんな事を考えてると。


「…おまえ、好きな奴いんの。」


 前も、こんな事聞かれたな…なんて思いながら。


「…いるよ…」


 小さく返事する。


「いるんだ?」


「いちゃ悪い?希世は?好きな子いんの?」


 今度はあたしが問いかけると。


「…いるよ…」


 希世は、アイスを完食して…小さく答えた。


「……」


「……」


 もしかして…あたし?

 ちょっと、そう思った。

 だって…希世…毎日あたしと帰るし…

 でも、あたし…

 紅美の事…


 あ、ダメだ。

 紅美の事考えると…泣けてきた…


「…え…っ…」


 希世が絶句してる。

 そうだよね。驚くよね。困るよね。

 何の前触れもなく…いきなり泣かれちゃあさ…


「さ…沙也伽?どうした?」


「…ううん…何でもない…気にしないで…」


 希世に背中を向けて、涙を拭う。


 …紅美。

 どうして…あたしに何も話してくれなかったの?

 何か苦しんでたんでしょ?

 あたしは…あんたの親友だと思ってたのに…あんたは、あたしの事なんて…



 拭ったはずの涙は、次から次へと溢れて。

 もう…希世には帰ってもらおう…と。

 振り返ろうとすると…



 * * *


 〇朝霧希世


「え…」


 つい…沙也伽を後ろから抱きしめた。


 好きな奴がいるのかと聞いたら、いると答えた沙也伽。

 続いて、俺に好きな女がいるのかと聞いて…いると答えると、泣き始めた。


 こいつ………俺の事好きだったなんて…!!



「沙也伽…」


 泣いてる沙也伽は…なんていうか…無性に可愛かった。

 振り向かせて、ゆっくりと唇を近付けると。


「ま…待って…あたし…」


 沙也伽は一瞬拒んだが…

 もう、火の着いた俺は…どうしようもなかった。


「沙也伽。」


 右手を頬にあてて、左手で頭をぐいと引き寄せた。

 唇が重なると…沙也伽も抵抗はしなくなった。

 長いキスをして…一度唇を離した後、ついばむようにキスを繰り返した。


「あ…」


 沙也伽の声が漏れた途端…もう、俺は歯止めがきかなくなった。


「沙也伽…おまえ…可愛いな…」


 ゆっくりと押し倒して…首筋にキスをする。

 沙也伽は戸惑ってる様子だったけど…しばらくすると、背中に手を回してきた。


 まさか沙也伽とこんな事になるとは…

 でも、予想外に…好みの体だった。

 そして…初めてだった。

 俺は…何度か美味しい思いはして来たけど。

 相手はいつも年上で、どちらかと言うと…リードされて来た方で…

 初めて、俺がリードする側になった。



「あっ…希世…も…ダメ…痛い…」


「え…痛い…?んー…ここ…こうしても…?」


「ん…っ…あ…っ…少しは…いい…」


 今までは…気持ちのいいばかりのセックスだったけど…

 すごく…

 すごく気を使う!!



「は…あ…変な…感じ…」


 沙也伽の声が、すげー色っぽくなって…

 俺はいつどこで美味しい事があってもいいように忍ばせてる、コンドームを取り出して装着した。


「…力抜いて…」


 耳元で言うと、沙也伽は目を閉じて…小さく深呼吸した。

 足を持ち上げて…ゆっくりと…


「ああっ…いっ…」


「…痛い?」


「…少し…」


「ごめんな…ゆっくりするから…」


 ここまで来たら、最後までしたい!!

 さっきまでの沙也伽の様子を思い出して、気持ち良さそうにしてた所を思い返す。

 右の胸は…かなり敏感に反応してたっけな…

 ゆっくりと挿入しつつ、沙也伽の胸を舐める。


「あっ…」


 うん。いいぞ。

 沙也伽の息が荒くなった。

 俺の頭を抱きしめて、さっきより声が出てる。


 …可愛い。

 そう思うと、もう止まらない。

 一気に奥まで入れて、少しずつ…腰を動かすスピードを速めた。


「あっ、希…世…あっああ…」


「沙也伽…気持ちいい…」


 ぎこちないけど…

 今までの誰より…気持ち良かった。

 沙也伽の肌は、すごくしっとりしてて…本当に気持ち良かった。



「……」


「……」


 終わって…二人であおむけになって天井を眺めた。


「…こんな時間…」


 沙也伽が時計を見て言った。


「…ほんとだ…」


 ゆっくり起き上がって…寝転がったままの沙也伽に…キスをした。


 これは……恋。



 じゃ、ない。



 沙也伽…



 悪い。



 * * *



 〇宇野沙也伽



「……」


 希世と…寝てしまった。


 あたしが泣いてるの見て、希世は誤解したのかもしれない。

 あたしが、希世を好きだ。って。


 抱きしめられて…キスされて…押し倒された。

 あたしは初めての事で…頭がボーっとして。

 何が何だか…分からなくなって。

 されるがまま。だった。


 だけど…気持ち良かった。

 まさか希世におっぱい舐められる日が来るなんて、思いもしなかったけど。

 おっぱい攻めは…最高に気持ち良かった。

 もう、それだけしてて。ってぐらいだった。


 だけど、そうはいかないのが…男よね。

 希世はあたしの下半身にも手を伸ばした。


「濡れてる。」


 って嬉しそうに言われた時は、は?何が?って思ったけど…

 なるほど…

 あたしのアソコ、結構ジンジンしてたもんね…

 触られると…恥ずかしいぐらい熱くなったし。


 希世はいつも持ち歩いてるのか、どこからともなくコンドームを取り出してつけてた。

 こいつ…あちこちでこんな事してんのか。

 もしくは、最初からその気で来てたのか。

 って、少し冷めた気持ちも湧いたけど。

 あたしの処女、希世にならいっか。

 なんて…どうでもいいような気持ちもあった。


 どうせ…

 紅美となんて、無理だし。



 やってる最中は気持ち良かったけど…終わると…空しかった。

 二人で天井眺めて…ボンヤリとすごした。



 翌日…どんな顔して会おう。

 なんて…思ってなかった。

 普通に、今まで通り。

 希世もそうしてくれた。


 昼休みは二人で弁当食べて。

 放課後はまた…一緒に帰った。

 希世はあたしんちには来なかったけど、店の裏で少しだけ…キスをした。


 よくわかんないけど…

 どうもあたし達はお互い都合よく、少しだけエッチな気分を楽しんでるような感じだった。


 …気が紛れていいと思った。

 だけど、セックスをするチャンスはなかなかなくて。

 あたし達は、やたらとキスと…

 たまに胸を触って来るぐらいの事を繰り返した。



 ところが。

 にわかにDEEBEEが超多忙になって。

 あんなに卒業しろって言われていたにも関わらず…希世は12月の終わりに…学校を辞めざるを得なくなった。


 すごくショックだった。

 紅美がいない上に…希世までいなくなった。

 あたし、ひとりぼっちだ…



 そう思ってたけど…意外と、希世はあたしを気にかけてくれてたのか。

 学校帰りに音楽屋で落ち合ったり。

 たまに、店の裏に来てたりして。

 まあ…たぶん何かヤラシイ気持ちになった時に来てたのかな。

 相変わらずキスと…胸を触られる感じで…

 そろそろ希世のあたしを見る目がケダモノになって来た。と思い始めた頃…



「うっ…」


 あたしに、思いもよらぬ吐き気が訪れた。

 これってさ…世で言う…つわり?


 うん…やっぱあれだよね。

 あれ。


 …妊娠。


 あたし、自慢じゃないけど…よっぽどの事がない限り吐かない。

 吐き気なんかあたしの生きてきた18年間で、腐った牛乳飲んだ時の一回だけ。

 それに…


 たぶん同級生の女子の中では、すっごく遅れて始まった生理。

 いまだに…不順だから、いつが安全とか危険とか…分かんないしな…


 それにしても…

 希世、コンドームつけてたよね?

 なんで?

 破れてたとか、漏れたとか、そういう事ってあるのかな。



 これまた自慢じゃないけど…あたしって、こういうのに疎いんだよね…

 紅美とはバンドの話ばっかしてきたし…

 こんな事なら、沙都とどんな感じにやってんの?とか聞いときゃよかったのかな…


 …って…


 あたしは、紅美と沙都がそういうのをしたって分かるたびに、若干不機嫌だったから…聞くなんてできないか。



「……」


 さて。

 どうするかな。

 病院…行ってみる?


 あたしは私服をバッグに詰めると。


「行ってきまーす。」


 何食わぬ顔で、制服のまま家を出た。

 そして途中。


「あ、三年二組の宇野でございます。娘が体調を崩しまして…ええ、はい、はい…よろしくお願いいたします。」


 母さんのフリをして、学校に電話をした。



 総合病院は誰に会うか分かんないしなー…

 とりあえず電車に乗ってみよう。


 時々吐き気に襲われながらも。

 あたしは私服に着替えて電車に乗った。

 電車の中で、なんとなーく広告を見てると…女医がやってる産婦人科を発見。


 よし。

 そこ行こ。



 電車で20分。

 吐き気は何とか我慢できた。

 もしかしたら、つわりなんかじゃないかも。

 そう思いながら、あたしは駅を降りてすぐのビルにある産婦人科に入った。


 ちょっと周りからジロジロ見られてる気もしたけど、あんたらだって同じじゃないの?なんて顔して、堂々としてた。


 もし、妊娠してたら…って不安は…意外と、なかった。

 希世の事はあまり頭にないって言ったら失礼だけど。

 あたしの子供かあ…なんて、のんきに考えてた。



「7週目ですね。」


 先生の言葉に、あたしは無表情だったと思う。

 7週目って?


「…高校生?」


 先生はカルテを見て小さな声で言った。


「はい。」


「親御さんは?」


「知りません。」


「相手の方は?」


「知りません。」


「…どうするの?」


「え?どうするとは?」


「…学生でしょ?選択しなくちゃいけないんじゃ?」


「……」


 あたしはたぶん、先生、何言ってんの?って顔をしたんだと思う。

 たった一回の、しかも避妊していたであろうにも関わらず出来てしまった赤ちゃん。

 なんかさ…

 すごい生命力じゃん!?


「産む事以外選択肢にないです。」


 あたしがキッパリそう言うと。


「…ご家族と相手の方、みんなとちゃんと話し合って、そうできるように頑張りましょうね。」


 先生は柔らかい笑顔で言ってくれた。


「はい。宜しくお願いします。」


 あたしは、まだ何かよく分からないエコー写真を手に、診察室を出た。



 そのまま、希世んちに行く事にした。

 事務所の方が会えるかなと思ったけど、まあ…家に行って希世がいなかったら、沙都と話でもすればいいやと思った。


 一応…言わなきゃダメだよね。

 希世は父親なわけだし…



 電車を降りて、駅から朝霧邸まで…歩くと少しかかるなあ。

 でも病院でお金結構使ったし。

 あたしは、ゆっくり歩いて希世の家に向かおうと…



「おまえ、こんなとこで何やってんだ?」


 声かけられて振り向くと、希世が原チャリに乗って停まってた。


「あ…良かった。希世に話があるの。」


「え?」


 希世は少し嬉しそうな…いや、どうかな。

 まあ、あたしの言葉に。


「…じゃあ…二人きりで話せる所にでも行くか?」


「ああ…その方がいいかもね。」


 あたしは…本当に話をしなきゃと思って、そう答えたんだけど。

 希世はあたしを…



「…それでなんでラブホ?」


「ゆっくり話せるし。」


 って言いながら、希世はすでにあたしを抱きしめてる。

 抱きしめて、片手でスッとブラを外すとか…


 …おい。

 あんた。



「希世。」


「…沙也伽…」


「希世。」


「……」


「希世。」


「……何だよ。空気読めよ。」


「それはあんたでしょ。」


 もう、あたしをベッドに押し倒そうとしてた希世は、眉間にしわを寄せてあたしから離れた。



「何だよ。」


 ドサッとベッドに座る希世。

 あたしは、そんな希世を見下ろしたまま。



「妊娠した。」


 一言、キッパリ。


「……」


「……」


「……」


「妊娠した。」


「………え?」


 希世は目をまん丸くして、口はポカンと開いたままになった。


 何も言わなくなった希世。

 あたしは隣にドサッと座って。


「これ。」


 エコー写真を差し出した。



 それからの希世は…もう、なんて言うか。

 あたしの知らない希世になってしまった。

 顔面蒼白で、ひたすら『妊娠…妊娠…』って呪文のようにつぶやいたり。

 立ち上がったかと思うと、腰を抜かしたようにまたベッドに座って…瞬きもしないし。



「…帰ろうよ。」


 あたしが立ちあがると。


「……さ…沙也伽…」


 希世が、久しぶりにあたしの顔を見た。


「何。」


「…産む…の」


「決まってるじゃない。」


 希世の言葉を遮って言う。


「産むわよ。あんた、命を何だと思ってんの。」


「……」


「……安心して。」


 あたしは希世の肩をポンポンとして。


「あんたの子供って言わないわ。」


 こんな情けない希世を見てたら、腹も決まるっつーの。

 あたしは希世を残したまま、部屋を出た。



 ビックリな事に、希世は追って来なかった。

 ほんっと…ダメ男だな。



「さて…」


 あたしは家に向かって歩きながら。

 親に…なんて告白しよう。


 唇を尖らせながら、考え始めた。

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