第4話 俺と彰、紅美と沙也伽は高等部の一年生になった。
〇朝霧希世
俺と彰、紅美と沙也伽は高等部の一年生になった。
中等部とは校舎が違うし、グラウンドも違う。
同じ広い敷地内に存在はするが、会おうとしてもなかなか会えないのが現実。
校内で紅美に会えなくなった、まだ中三の沙都は。
かなり、ぶーたれている。
沙也伽と紅美は同じクラス。
俺は、その隣のクラスになった。
彰は、また離れたクラスで、どちらかが会おうとしない限り、これまた…なかなか会う事はない。
どうせ事務所に行けば会うからいいんだけど。
事務所。
そう…
俺達『DEEBEE』は、ビートランドに所属するバンドとなった。
念願のデビューを控えて、今は色々多忙だ。
「続けてく自信がねー…」
机に突っ伏してつぶやくと。
読んでる雑誌に目を落としたまま、紅美が小さく笑った。
「……」
紅美の冷たい態度に沙也伽を見ると。
「あたしに慰めろって?」
沙也伽は首をすくめて。
「紅美、希世が一人にして欲しいって。」
立ち上がって紅美の腕を持った。
「なぁー…んでだよ。俺、わざわざこっちに来たのに、そりゃないだろ…」
そう。
昼休み。
わざわざ俺は、隣のクラスにまで来て愚痴っている。
「うじうじうじうじ…情けないったら…」
…どうも…沙也伽が冷たい。
最近ずっとだ。
「…マジ大変なんだよ…」
俺がうなだれたまま言うと。
「だったらデビューしなきゃいいじゃん。」
沙也伽はさらに冷たい言葉。
「…あのなあ。」
「何よ。」
「最近、おまえ何なの。すっげー俺に突っかかってないか?」
「それ、被害妄想ってやつだから。」
「そうか?おまえ、俺がデビュー決まったのが悔しいんじゃねーの。」
「そっそんなの、あるわけないじゃない!!」
「どうだか。」
「何なのよ!!あんた、いちいちこっちに来て、あたしにケンカ売るとか…マジ鬱陶しい!!」
「はあ?売ってないし。てか、俺は紅美に会いに来ただけだし。」
「うわ、そう来る?あ、そう。でも紅美はあたしと…」
「……」
気が付くと、紅美がいなかった。
あれ?あれ?なんて…二人して、教室を見渡す。
しばらくすると、濡れた手をヒラヒラさせながら、紅美が帰って来た。
「ハンカチ忘れた。」
「……はい。」
紅美の言葉に、ハンカチを差し出す沙也伽。
「いつの間にいなくなったんだよ。」
俺が頬杖をついて言うと。
「え?あ、ああ…高校ぐらいは出ときなさいって。」
紅美は何もなかったかのように、そう言った。
* * *
デビューはしたものの…
まあ…軽く玉砕的な…
バレンタインにCDを出した。
それは、売れた。
そこそこに売れた。
でも…音楽雑誌には酷評された。
人気はそこそこにあるけど、見た目だけだな。的な。
…ショックだった。
そこからしばらくの間、俺達のバンド活動は暇になって。
そのせいで…少しみんなギスギスした。
こんな時は…遊ぶに限る!!ってんで…
春休み。
誰かが企てた小旅行。
俺は卒業した詩生くんから話をもらって、行く事にした。
彰も誘ったが、あいつは雑誌に書かれた事が相当悔しかったらしく。
「俺は行かない。練習する。」
って、たぶん食う物も食わずに練習してるはず。
俺は、オンとオフは必要だと思うんだけどなー。
この小旅行、なんとなーく…だけど…
詩生くんは、F'sの神さんの娘の華月さん(学のイトコ)といい雰囲気で…
でも、そこに華月さんのモデル仲間らしい沙也伽の兄貴がちょっかい出して、変な雰囲気になってたり…
この小旅行を企てたらしい、SHE'S-HE'Sのボーカル知花さんの、歳の離れた弟…聖くん(学の叔父?マジ?)と、ほとんど誰もしゃべらない…何とかちゃんって言うキリッとした淡泊系女子(紅美と学のイトコらしい)はずっと二人でくっついてるし…
沙都は相変わらず紅美にベッタリで…
詩生くんの妹のチョコは…気が付いたら映ちゃんとどこかに消えてた。
…あまってるのは、俺と学と…沙也伽。
なんだこれ。
って、ちょっと目を細めてると。
「あたし、兄貴んとこ行ってこよ。」
ちょっとブラコンなんだよねー。
って自分でも言ってたけど。
この旅、沙也伽は兄貴の隣を死守してる事が多い。
俺より二つ上。
学校では全然見かけなかったけど、こんな男前…どこに潜んでたんだ?
まあ…美しい兄だよな…
モデルしてるだけある…
俺も、モテないわけじゃないけど…隣に立つのは気が引ける。
どう見ても、華月さんの事が好きで…詩生くんと奪い合ってるっぽい。
詩生くん、色恋に興味なんてないのかと思ってたけど、なるほどな…
あのCDに入れた詩生くんの書いたバラード…
華月さんあてか?
「学、論文とやらはどうなったんだよ。」
悲しいかな。
俺と学は男二人で浜辺に座って語る。
「いつのやつ?」
「…そんなにたくさんやってんのか?」
「あー、まあ。」
「バンドは?」
「…もう、俺がいなくてもイケるっしょ。」
学は首を傾げて苦笑い。
「…戻って来いよ。」
「練習とか出れねーし。」
「とか言って、おまえ結構遊んでんじゃん。」
「えっ?」
「こないだ、女と歩いてるとこ見た。」
「あー…はは…」
「もし戻れるなら、戻って来いよ。」
「……」
俺の言葉に、学は口元を少し笑わせたまま、波の向こうを見た。
それにしても…
蛙の子達はみんな人付き合いが下手なのか?って思うほど、学校では一人でいる姿をよく見かける。
実際俺も、一人でいる事のが多い。
まあ…紅美と沙也伽とはつるむ事はあるが…
学校で群れるのは苦手だ。
が、沙都は違う。
癒し系だからなのか?
沙都の周りには、常に人がいる。
沙都はそれを振り払ってまで、紅美にまとわりつきたいようだが…
紅美は、のらりくらりとそれをかわしているようにも見える。
でもなー…
あいつらには、何か絆的な物を感じるんだよな…
防波堤で紅美の腰に手を回してる沙都を見て、そんな事を思ったりした。
「…希世ちゃん。」
「ん?」
「あそこ。」
「……」
学の指差した方に…可愛い系の女の子が二人。
「……」
「……」
「行くか。」
「うん。」
暇人と化していた俺と学は。
「二人で来てんの?俺達もなんだけど。」
ナンパを楽しんだ。
* * *
俺達は無事に高等部二年に進級した。
あの記事の悔しさをバネに、俺達はかなり必死で頑張った。
周りから見ると、若干鬼気迫る物だったと思う。
「俺、学校辞める事にした。」
夏休みに入る前。
突然、彰にそう言われた。
学校では全然会わなかったけど。
会わなかったクセに、学校がおもしろくなくなる。なんて思った。
俺も…俺も辞めたい!!
バンドの事だけ考えたい!!
だけど…俺の願いはかなえられず…
現在に至る…
そんなわけで、二年の時の思い出なんて…特にない。
すげーキツイ思いをした。
そんな感じか。
テストで赤点なんて取ろうものなら、追試とか補習とかで時間を奪われる。
そんなもったいない時間の使い方をするな。って映ちゃんに言われて…
俺は、バンドの練習とテスト勉強と学校と…で。
もはやクタクタ。
楽しい。なんて思う事すら出来なくなっていた。
そんな調子で三年生になって…一学年下の二年には、弟の沙都。
二学年下の一年には、妹のコノ。
…まあ、可愛い弟と妹だが…
「希世ちゃーん。」
何かと学校で声をかけてくる。
…おまえら、彰が在学中でも俺は全然あいつに会えなかったのに、どうやって俺を見付けてんだよ。
そう言いたくなる頻度で、俺に駆け寄っては…
「今日、乗せて帰って。」
可愛いお願いポーズをしやがる。
学校と事務所と家を行き来する俺は。
学校にも許可をもらって、仕事のある日は原チャリ通学だ。
本当はカッコいいバイクに乗りたかったが、それは却下された。
「バカか。ニケツなんてしたら、原チャリ通学取り消されるからダメだ。」
「そこを何とか~!!」
「ダメ。」
「希世ちゃ~ん!!」
「ダメ!!」
可愛い弟と妹だが…ほんっと、たまにイライラさせられる。
何回同じこと言わせんだよ!!って。
こいつら…将来大丈夫なのか?
「ねえねえ、希世。」
「あ?」
教室の窓から外を眺めてると。
隣のクラスの沙也伽が来た。
結局沙也伽は高等部になって三年間、紅美と同じクラスだった。
「希世んちの父さん、ドラムクリニックとかしないの?」
沙也伽は俺の前の席に座って、弾むような声で言った。
「あー…いつだったかな。近い内にやると思う。」
「えっ!!本当!?それ、あたしも申し込めるかな!?」
「…申し込んどいてやるよ。」
「うわー!!ありがと!!」
…そっか。
確か沙也伽…
親父のファンなんだよな。
中1の時、Deep RedとSHE'S-HE'SとF'sを聴かせて…親父のドラムのファンになった。
いくらドラマーだからっつってもさ…そこに行くかな。
俺だったら、高原さんの声に惚れるけど。
「じゃ、日程決まったら教えてね!!」
沙也伽は嬉しそうにそう言うと。
「あたし達、ちょっとマジで頑張るから。」
なぜか小声でそう言って、小さくガッツポーズなんてしてみせた。
「……」
沙也伽の不敵な笑みにざわついて。
その夜、俺は沙都にバンドがどうなってるのか問いかけた。
「桐生院の華音くんが入ってくれてさ。」
「え。」
F'sの神千里の息子。
超サラブレッドな桐生院華音くん。
去年ぐらいから、たまにスタジオに来てギター弾いてるのを見たけど…
「おまえらのバンドに?持ち腐れすぎやしないか?」
沙都たちがどんなバンドなのか知らないままだが、そう言うと。
「DEEBEEが慌てちゃうようなバンドに仕上がると思うよ?」
沙都までが…
沙也伽のような不敵な笑みを見せた。
* * *
高等部三年の秋。
紅美が行方不明になって。
自然と…沙也伽が俺の所に来るようになった。
ぶっちゃけ沙也伽がそばにいると、他の女が声をかけて来ない。
…ってまあ、俺に声かけて来る女なんていないんだけどな。
「お、なんだよ。これ…。」
俺は、沙也伽が買ったという新しいスネアを前に、目を丸くした。
「いいでしょ。」
沙也伽は腕組みをして、得意げな顔。
「めっちゃいいじゃん。叩いてみていいか?」
「うん。」
春に…
ノンくんが沙也伽達のバンド『DANGER』に加入して…
来年デビューの話が決まってたが…
紅美、失踪。
んー…
何があったのかは知らないが…こんなのってありかよ。って、ちょっと紅美には萎えた。
血眼んなって探してる沙都とか、口には出さないけど落ち込んでる沙也伽を見ると…
ほんっと、紅美に腹が立った。
「……」
沙也伽のドラムセットを叩きながら、寂しそうな顔の沙也伽を見る。
「…おまえさ。」
叩く手を止めて、沙也伽に声をかける。
「何…。」
「彼氏とか作んねーの?」
「…何よ急に。」
「男がいれば、今も…寂しくないのかなと思って。」
「…紅美がいないのとそれは、秤にかけれない。」
「そんなもんか。」
「……」
俺は…
長い間紅美を好きだったが、沙都との仲睦まじい様子を見てるうちに、その気持ちは静かに消えた。
そして今は…
これまた…どうこうしようとは思わないんだが…彰の妹、音が気になっている。
二つ年下。
妹のコノの親友。
俺の好みはハッキリしてるんだな。と笑いが出た。
音は、紅美のように長身だ。
今時の女子高生。って感じで、少し毒っ気もあるが…キリッとしていてカッコいいと思う。
Sっぽい女が好きなんだろうか…。
だが…音は。
かなりレベルの高い男としか付き合わないらしい。
しかも、一般人。
今の所、23歳の社会人と付き合ってるそうだ。
「そういう希世だって、彼女いないじゃない。」
沙也伽は椅子に座って足を組みながらそう言った。
「アイドルには特定の相手がいちゃいけないんだよ。」
「はあ?」
「みんなが夢見れないだろ?」
「……」
沙也伽は口を開けて俺を見て。
「妄想こわっ。」
首をすくめて。
「アイス食べに行こ。」
立ち上がった。
* * *
〇宇野沙也伽
あたしは…
紅美がいなくなって、ずっと…悶々としてる。
だけど、この胸の内を…誰にも話せない。
一人で学校から帰ってると…
「沙也伽。」
声をかけられた。
声の方を向くと…
「…叔母さん…」
彰のお母さんが、車からあたしを見てた。
叔母さん…って呼んでいいのかなって、本当はちょっと悩んでる。
紅美は自分の伯母さんの事も○○姉、なんて呼んでるし…
でも、叔母さんは何も言わなかった。
「どしたの?一人で。」
「……」
「…うち来る?」
「え…?」
「女同士、ちょっとお喋りでもしない?」
そう言われて…ちょっとためらったけど。
あたしは車に乗り込んだ。
実は…
あたしが、この叔母がSHE'S-HE'Sのメンバーだった事を知らないのには…わけがある。
今でこそ…たまにお裾分けを持って行って。って言われることはあるけど…そういうのって、だいたい叔母さんは家に居ない時間帯。
イトコの彰と音とも…実はそんなに会った事がない。
うちの母さんと、叔母さんは…
仲が悪い。
「沙也伽、彼氏いんの?」
リビングのソファーで、コーヒーを飲みながら叔母さんが言った。
「…いない。」
「好きな子は?」
「………いる。」
「そっか。」
「…叔母さん、なんで…うちの母さんと仲悪いの?」
何となく、勢いで聞いてみた。
あたしの問いかけに、叔母さんは。
「お母さんが言ったの?あたしと仲悪いって。」
ニヤニヤしてる。
「…言わないけど…どう見てもそうだよね。」
「んー…そうね。姉さん、あたしの事、恥ずかしい妹って思ってるだろうから。」
「…恥ずかしい妹?」
あたしが聞き返すと、叔母さんは。
「あたしね、女の子が好きだったのよ。」
あっけらかんと、そんな事を言った。
「……え?」
「ずっと、一人の女の子の事が好きでね。それが姉にバレて…すごい剣幕で気持ち悪がられた。」
「……」
「まあ、ちゃんと恋愛も出来たし、結婚も出産も出来たから問題はないかな。でも、姉さんはあたしを許せなかったんじゃないかな。ずっと口も利かないし…」
あたしは…
その話を口を開けて聞いていた。
なんで…なんでそんな事を、何でもないように話すの?
あたし…
あたしは…
「…叔母さん…」
「ん?」
「…もしかして…気付いたから…あたしにそんな話を?」
「…何のこと?」
「あたし…」
あたしは…紅美が好きだ。
小学生の時は、ただ…自分と種類の違う女の子に出会って。
カッコいい、珍しい、独占したい。みたいな気持ちだったけど…
同じ学校に入って…そばにいて…紅美が沙都と寝てる事に気付いた時…
あたし、むちゃくちゃ嫌だった。
沙都の事、大嫌いになりそうだった。
この感情は…何なの?って…
ずっと悶々としてた。
だけど、嫌われたくなくて…紅美の前では、常に笑ってるしかなかった。
あたしの事、親友って言ってくれるなら…一番そばに居られるなら…
「…そっか。紅美の事が好きか…」
静かに打ち明けたあたしに。
叔母さんは、優しく笑った。
「…叔母さんは…その人に打ち明けたの?」
「んー…親友として、愛してるとは言ったよ。」
「……今も好き?」
「親友としてね。今は、旦那と子供を一番に愛してる。」
そう言った叔母さんを、羨ましく思った。
「…あたしにも…そんな人が出来るかな…」
「あんた、希世と出来てんのかと思ってたわ。」
「え?」
「よく一緒にいるじゃない。」
「…まあ…男の中では意識してる方…」
初めて口にした。
希世の事…あたし、意識してるんだ?
まるで他人事のようにそう思ってると。
「そろそろ、あたしに慣れた?」
叔母さんは、あたしの顔を覗き込んだ。
「…ふふっ。うん。」
「じゃ、提案なんだけど。」
叔母さんはコーヒーをぐぐいと飲むと。
「叔母さん、はやめて、聖子ちゃんって呼んでくれる?」
ちょっと、見とれるぐらい…いい笑顔でそう言った。
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