第3話 沙也伽に触発されて、俺と彰はメンバー集めをした。

 〇朝霧希世


 沙也伽に触発されて、俺と彰はメンバー集めをした。

 難航すると思われたそれは、意外とあっさり決定した。

 その経緯は置いといて…


 俺達は中等部二年になった。

 バンドメンバーも揃った事だし。って、やっぱり最初はDeep Redのカバーをしたりした。

 が、ちょっとジャンルが違うかな?って事になった。


 Deep Redはカッコいいんだけど、俺達はもっとこう…ハードロックって言うよりは、もう少しポップでもいいんじゃないかって。

 それで、早速だけど…オリジナル曲を作る事になった。


 みんなで、あーでもない、こーでもないって言いながら作る曲もあれば、それぞれが何となく作ってみた物を持ち寄ってみたり。

 それはなかなか楽しい作業に思えた。


 そういう楽しみが出来たからか…俺と彰の興味ナンバーワンは、女からバンドへと変わっていた。

 まあ…そりゃあ…美味しい話があればいいなとは常に思ってたけど、そんなに都合良く転がってる物でもなくて…

 授業中も、休憩時間も、俺の頭の中はバンドの事になっていた。



 夏休みは、時間があれば集まるようになった。

 オリジナルが何曲か出来上がったら、スタジオに入ってみようって事になって。

 それだけでも、かなり盛り上がっている。



 そんなある日…



「沙都ー、風呂ー。」


 弟の沙都の部屋の前で声をかける。


『分かったー。』


 先に風呂に入った俺は、頭の上にタオルを乗せて、そのままリビングに。


 うちは結構な屋敷だ。

 レンガ調の外壁は、じいちゃんの好み。



「あちー。」


 夏休みも、あと十日か…

 家族のスケジュールが書き込まれた、でっかいカレンダーを眺めながらうちわを手にする。



 何か面白いテレビでもやってねーかな。

 テレビのリモコンを手にしてスイッチを入れると…


 エマニュエル夫人…


「……」


 リモコン持ったまま、瞬きも忘れて見入ってしまった。


 はっ…

 こんな所、誰にも見せらんねーし!!

 でも、見たいし!!

 なんでうちは金持ちなのに、リビングと客間にしかテレビがねーんだよ!!


 …客間で見ようか…

 いや、あそこはじいちゃんとばあちゃんの部屋が近いから…


 俺が葛藤しまくってると。


「あ、希世ちゃん、スケベ。」


 後ろから沙都が笑いながら抱きついて来た。


「うわっ!!」


「しーっ。みんな起きちゃうよ。」


 そ…そうだった。

 じいちゃんと父さんはまだ帰ってないけど、ばあちゃん、母さん、コノはもう寝てる。

 沙都はトランクス一丁で、俺みたくタオルを頭に乗せてソファーに座った。

 俺が立ったままチャンネルを変えると。


「あれ?見ないの?」


 あっけらかんとして言った。


「何が悲しくて、弟とエロい映画を…」


「えー、いいじゃん。」


「やだね。」


 …て言うか…

 何なんだ。

 沙都の、この…余裕な感じ。

 女の裸にときめかないのか!?



「……」


 沙都を横目で見る。

 こいつ、いきなり背が伸びた。

 兄弟の中で、唯一ハーフの母さんの血を濃く引いていて、本当…きれいな顔してやがる。

 二年の女子の間でも、沙都のファンクラブらしき物が出来てて。

 あまりヘラヘラ笑わない俺より、天使の笑顔を持つ沙都は断然人気がある。


 まあ…

 兄の俺が言うのも何だけど…

 可愛いんだよな、沙都。

 驚異的に頭が悪いって所がまた…情けなくて可愛かったりする。


 そんな頭の悪い沙都の先生は、紅美。

 二階堂家の姉弟は、二人ともIQが高い。



「……」


 ふと…

 沙都の体にあちこちに…


「おまえ、何か怪我でもし…」


 俺が沙都の体に手を掛けて言おうとすると。


「はっ…!!」


 沙都が両手で体を隠すようにして…真っ赤になった。



「……」


「……」



 …キスマーク…!?



 * * *



「…どうした?希世…」


 バンドメンバーで彰の家に集まった。

 そこで、どんよりした俺に…ベースの映ちゃんが問いかける。


「いや…何でもないっす…」


 眉間にぐぐっと力を入れる。


「顔色、良くないな。」


 ボーカルの詩生くんにも言われてしまった。



 夕べ…

 沙都の体に傷のような物を見付けた。

 沙都はそれを隠そうとしたが、時すでに遅し。



「おまえ…それ…」


 俺がゆっくり近付くと、沙都は食いしばって後ずさりをした。


「沙都…!!」


 捕まえようと跳びかかると。


「ひゃー!!やめてよ希世ちゃん!!」


 気が抜けるような、可愛い声を出す沙都。

 しばらくリビングで追いかけっこのような事をして…沙都が観念した。


「……こ…これは…」


 どんなもんなんだろう?って…

 彰と笑いながら自分の腕の内側を吸ってみるという、バカらしい事をしたあの日を思い出す。


 …キ…キスマーク…



「…父さん達に言わないでよ…?」


「つ…つまりおまえ…」


「……」


「紅美と…?」


「……うん…」


 あああああああああああああ!!



「…希世?」


 今度は彰が目を細める。


「大丈夫か?腹でも痛いのか?泣きそうな顔んなってるけど。」


 こうでもしてないと、泣きそうなだけだ!!

 俺がバンドに夢中になってる間に…弟の沙都は…13歳にして…

 みんながいい女だと認めてる紅美と…

 紅美と、あんな事やこんな事を…!!


 悔しい!!羨ましい!!羨ましい!!羨ましいー!!



 はっ…と気付くと…

 紅美の弟、学が俺を見てた。


 学は彰とツインギターで…って、バンドに加入。

 だけど、頭がいいがゆえに色んな所から色んなお誘いがかかって、バンドミーティングにもなかなか出て来れない。


 ああ…

 俺もそれぐらい、女からの誘いがあればいいのに。



 どうこうなりたい。なんて思ってはなかったけど。

 どこかで、あわよくば。なんて思ってたであろう俺のささやかな恋心は…

 弟の沙都によって、打ち砕かれた。



 * * *


 気が付いたら、沙都と紅美の仲は勝手に周りが認めるほどの物となっていた。

 まあ…始終くっついてるしな…沙都が。



 弟が13歳で捨てた物を、俺は15歳までは持っていた。

 が、15歳…中3の夏には、彰と共に美味しい思いをした。

 まあ、これは披露するような事でもないから、割愛。


 その、15歳の夏を過ぎると…

 突然、俺達の周りは慌ただしくなった。

 と言うのも…

 バンドメンバーの親がこぞって所属してる、ビートランドという音楽事務所。

 そこで、新人バンドのオーディションが開催される、と。


 俺達は色めきだった。

 二世だから、出来て当たり前。みたいに言われるのは嫌だったし、親のコネでって言われるのも嫌だった。

 だから本当はビートランドじゃない事務所に…なんて思いもなくはなかったけど。

 それでもみんな…親に近付きたい。越えたい。って気持ちも強くて。

 そんな俺達は、ビートランドのオーディションを受ける事にした。



 ところが…

 ギターを担当する学が、論文を書いてるから無理だ、と。

 ろ…論文…?

 中学生には無縁なような言葉が次々と出て来て、ちょっと学は俺達と世界が違う気がしてきた。

 あいつにギターなんて弾かせていいのかよ…って。



 仕方ない。

 学抜きでやろう。

 そう決定して…

 俺達は、まず…テープ審査で一次通過。

 そして…ビートランドの小ホールでの、二次審査も受かった。


 最終審査は…

 会長である、Deep Redのフロントマン、高原夏希さんを始め…うちのじいちゃんや、F'sの神千里さん…その他…有名どころが審査員席に並んでる。


 …足が震えた。

 だけど…自分達を信じてやるだけだ!!


 蛙の子は蛙!!



 * * *


「希世。」


 廊下で声を掛けられて、振り向くと…紅美。


「おう。」


「オーディション、合格おめでと。」


 紅美は窓際に立って、そう言った。


「サンキュ。」


「来年デビューだって?」


「一応な。」


 俺達は、最終審査に…見事合格。


「おまえは?バンド、どうなってんの。」


 紅美の隣に立って問いかけると。


「三人で細々とやってるけどさ…特に目標とかあるわけじゃないから、イマイチ盛り上がってないって言うか…」


 紅美はそう言いながら、髪の毛を耳にかけた。


 ……色っぺーな。



 制服のシャツ、上二つを開けてる紅美は…身長が高いから、あまり覗き込まれる心配はないとでも思ってんだろうけど。

 俺は、紅美の身長を追い越した。


 チラチラと…

 下着が見えるような…そうでないような…



「紅美先輩…」


 ふいに、階段から声がかかって。

 俺と紅美がそこを見ると…


「あの…調理実習で作ったんです…良かったら…」


 一年の女子三人組が、紅美にクッキーを持って来た。


「えー、マジで?あたしにくれんの?」


 紅美は嬉しそうにそれに手を伸ばすと。


「食べていい?」


 満面の笑み。


「はっ…はい!!」


「いただきー。」


 紅美はそれを口に入れて。


「ん。んまっ。」


 本当に美味そうに食ってる。

 …俺にはないのか、俺には。


「…恨めしそうに見てる奴がいるから、一つやっていい?」


 俺の視線に気付いた紅美がそう言って。


「おすそわけ。」


 手にしてたクッキーを俺にくれた。


「…おすそわけ、どうも。」



 紅美は…女子からも人気がある。

 誰に対しても笑顔対応だし…頭もいいしスポーツもできる。

 先生からの信頼も厚い。


 …今更だけど…

 どうこうなろうとしなかった事を後悔した。

 確かに、ただの幼馴染、ただの友達でいれば…一生その縁はあるけど。

 だけど、何となくでも…好きだ。って…

 伝えときゃ良かったなー…なんて気になった。

 ま、もう言わないけどさ。


 相変わらず沙都が紅美んちに入り浸ってるの知ってるし。



「あ、予鈴だ。みんな、ありがとね。」


 紅美は一年の女子にそう言って手を振った。

 俺はポケットに手を突っ込んで、紅美と並んで歩きながら肩をぶつける。


「何。」


「沙都の事、頼むな。」


「は?」


「…あいつ、ビックリするぐらい頭わりーからさ。」


「頭悪いってより、好きな事以外に集中力が持続しないんだよね。一緒に寺に行って、座禅でも組んで来なよ。」


「なんで俺まで。」


「煩悩消し去るとか。」


「な……何だよ、それ。」


 俺が少し狼狽えると。

 紅美は俺に肩をぶつけて。


「さっきあたしの胸覗いてただろ、てめぇ。」


 低い声でそう言った。

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