第17話 首長会盟

 その年の晩秋近く、オオドは三国一円の首長を集め会盟を行った。前の年オオドが倭へ向かってからちょうど一年が経っていた。会盟に先立って、三尾氏の各首長と里の長だけが集まり、これから行う大工事についてオオドから説明を受けた。すでに皆がかなり詳しくオオドの意図について知っており、異を唱える者はなかった。

 会盟の場所が三国の津の近くだと聞いた雄島の長以外の異族の首長たちは、いぶかしく思った。会盟の場所と言えば、前王の墳丘墓を築く場所が慣例になっており、近い先例では松岡の東の山腹、少し遡った例に倣えば三尾氏の祖霊の住む横山一帯になるはずであった。なぜ三国崎なのか、道々首長たちは考え込んだが、わからなかった。三国の津に着いた首長たちは、辺りに無数の竪穴の家が建築中で、大集落が生まれつつある様子に驚いた。「新王は横山から王宮を遷すつもりなのか」というのが、首長たちの想像であった。

 新造の客殿で宿泊した首長たちは、翌日客殿から少し登った三国崎の丘陵で会盟した。彼方には黒龍の沼が鈍く光っている。集まった首長の顔ぶれは、そのまま三国の連合王国の勢力圏を示す。まず、三尾の同族では、横山、高向、三国の津の首長を兼ねるオオドのほかに、松岡の首長、そして女形谷の幼君には家宰が付き添っている。このほかに同じ神を祭る江沼の君は同族の扱いになる。三尾氏以外では、足羽(あすわ)、加賀、及び能登半島の西の付け根にある羽咋(はくい)の首長、そしてこれらの海域を勢力圏とする海部氏の首長であるが、このうち足羽の君の勢力はオオドに次ぐ大きなものであった。各首長には重臣が一人ずつ付き従っている。オオドは真佐手を伴っていた。

「白山の神の神託により、黒龍の沼を開口し竹田川河口につなぐ工事を行いたい。これは新たに生まれる土地に稲田を開き、豊かな三国の礎を築くためでもあります。前王の塚の築造は工事が終わるまで延期したい」と、オオドは宣言した。

 宣言したとはいっても、連合内で王として認められるためには、各首長の盟約が必要である。盟約は話し合いの内容を各首長が承認した後で行われるのであるから、「オオドは提案した」といった方が適当かも知れない。オオドが話し終わると、

「異例ずくめの会盟ですな」と、足羽の君が棘(とげ)を含んだ声で反対の口火を切った。

「そもそも新王は前王の墓を築くことで王権を受け継ぐのが慣例。墓も築かぬうちに白山の神などというものを持ち出し、三国の民を労役に狩り出すとは承服できませんな。オオド殿は新たな神を皆に押しつけられるのか」

 足羽の君は、王と言わずにオオド殿と呼ぶことによって、新王を支持する盟約には加われないという拒絶の態度を示した。

「白山の神を押しつけるつもりは毛頭ありません。三尾の一族も高向以外では昔のとおりの祭祀を行っています。白山の神は黒龍川と関わって生きる者たちの神となるでしょう」

 と、オオドは穏やかに言った。実際オオドは信仰を強制するつもりは毛頭なかった。諸々の神を排除しないという態度は幼い頃からオオドの身に付いたものであり、この点でワカタケルの三諸山や葛城山の神に対する態度とは異なっていた。

「三尾の一族を豊かにするために、ほかの一族が働かされるのは道理に合わぬ。ここにおられる各首長の方々もきっとそう思っておいでだろう」

 急所を突いたという得意な面もちで座を見渡しながら、足羽の君は言った。

「足羽の君は勘違いをしておられる。黒龍の沼は確かに三尾氏の住処に一番近い。しかし沼の底から現れる沃土(よくど)は、坂中井(さかない)の民がすべて移り住んで耕したとしても耕しきれないほど広大なものです。白山の神の神託は、黒龍川の中流で洪水に悩まされてきた我々三尾氏にとって光明ですが、足羽川の氾濫に苦しむ君の一族にとっても天啓なのではありますまいか。ましてや稲田を開けぬ土地に住む人々にとってはまたとない機会であるはず。工事が成った暁には、三国中の民がこぞって移り住まれるがよい。それが首長の方々の肝煎(きもい)りであってもよい。租を三尾の首長のもとだけへ納めさせるなど思いもよらぬこと」

 オオドの言葉を聞く足羽の君は当てが外れたという表情をしたが、ここで退き下がるわけにはいかないと思ってか、矛(ほこ)先を転じた。

「雄島の君にお聞きしたい。黒龍の沼が干されれば、海部氏は大切な漁場を失うことになるが、そのような工事を君は認められるのか」

「沼の開口は我らの一族にとって吉と出ました」

「漁を捨て田を耕されるのか」

「我らは田は耕さぬ氏族です。常に海と水と共にあります」

 聞いているオオドは、再び雄島での厳粛な気持ちが甦った。

「それでも工事には反対なさらぬのか」

「さよう」

「わからぬ、まさか工事に人は出されまいの」

「人は出します」

「なにゆえじゃ」

「三国の民が一つとなり成し遂げるに値する壮挙と思うゆえ、人を出すのです。工事は我が一族に恵みをもたらすでしょう」

 オオドはまた長に助けられたな、と思った。

「さてさて、雄島の君は三尾氏に跪(ひざまず)く腑抜けになられたか」

 足羽の君の蔑(さげす)みの声が座を切り裂いた。

「失礼であろう。言葉を慎まれよ」と江沼の君が大声を発した。

 女形谷の家宰が休憩を提案し、一同異議はなかった。

 この時点で、足羽の君は異族の首長たちの支持も失って孤立したと言える。オオドの即位の承認は疑う余地のないものと初めからわかっていたが、会盟を有利に運べばひょっとしてという一抹の期待は持っていた。しかし最も大きな見落としは、墳丘墓を築く余裕の出てきた首長層の心に、黒龍の沼の干拓のような大事業に共感する部分が存在しているということを理解できなかった点であろう。オオドが沼の見える三国崎を会盟の場に選んだのは、その意味で効果的であった。

「良い場所を選ばれましたな」と、江沼の君が景色を見ながらオオドに話しかけた。

ーーこの人は少しも興奮していない。

 とオオドは思った。修羅場を知った演技力というものであろう。

「足羽の君は工事から外されたらよろしいでしょう。さほどの影響はないと存じます」

 と、江沼の君は続ける。

「三国の民全体がこの工事に取り組む点を大切にしたいのです」と、オオドは考え込む。

 そのとき「私が説得して参ります」と、真佐手が言った。

「やってみてくれるか」というオオドの言葉で、真佐手は足羽の君に近づいた。

 他の首長から離れた所で、足羽の君は家臣と二人きりで沼の方を眺めていた。

「オオド様の臣の真佐手でございます。遠路お運びいただき恐縮でございます」

 真佐手は相手を刺激しないように「王」という言葉を避けた。足羽の君は挨拶を返さず、

「あのような痩せた荒れ地に家を建て並べ、主(あるじ)殿は何を考えておられるのかな」

 と、嘲笑った。

「あれは工事に携わるものが家族で泊まる家でございます」

「何と用意のよいことよのう。会盟の行方も見ずにか」

「オオド様は三尾氏単独でもやり遂げる御決意でおられます」

「その方が迷惑が少なくてよい。それなら吾も反対はせぬ」

「干拓が成った暁には、氏族を問わず、誰でも開墾できるようにするおつもりです。君は足羽の民が移り住んでもお止めにはなりませぬな」

 足羽の君の顔色が変わった。

「その方は吾を脅しているつもりか」

「とんでもございません。条件の悪いところから条件の良いところへ多くの人が移って来るだろうという物のなりゆきを申し上げているのでございます」

 足羽の君はここでしばらく考え込んだ。後の律令制の時代のように、人々は居住地について支配層の束縛を受けることはなかったのである。痛いところを突かれて他人事ではなくなったのである。

「工事に加わられて、君御自らによる開墾の余地を残された方がよくはございませんか」

 言葉は穏やかだが、真佐手が絶対優位の状況になってしまっている。足羽の君は真佐手をにらんだまま、言葉が出ない。真佐手は最後に付け加えた。

「足羽氏は雄族でありながら、海に出られないばかりに大きな不便を感じていらっしゃるのではないでしょうか。工事が成れば、足羽川と三国の津は直接舟でつながります。この企てが頓挫すれば、絶好の機会が失われてしまうことをお考え願います」

 真佐手は拝礼して去った。

 年若い相手にしてやられた足羽の君は苦虫を噛みつぶしたような表情であったが、少し冷静になると真佐手の言うとおりであることを認めないわけにはいかなかった。

 再開された会盟のあっけない幕切れに、一同は狐につままれたような気分であった。足羽の君は、「工事が三国の民全体のためになることがよくわかった。足羽氏は協力を惜しまぬ」というのである。そればかりか、「新王は工事がつつがなく行われるように、黒龍の神、いや白山の神の祭祀に励まれよ」と付け加えた。

 足羽の君が支持を表明したことで議事は終了し、後は真佐手から工事の運び方についていくつかの説明があった。工事は来年の晩秋から初冬まで、つまり新暦で言えば十一月初めから十二月の半ばまでを皮切りに、五年がかりで行う。工事を一年の短い期間に限るのは、農繁期や秋の物忌みの時期を避けなければならないこと、真夏の炎天や雨の多い時期、そして大雪いわゆる越の尺余の雪の季節は工事ができない、あるいは捗(はか)が行かないのが理由である。次に真佐手は、参加を期待する人数は一日千人であると言った。この数字を聞いたときは、さすがに首長たちからどよめきが起こった。更に真佐手は、工事に携わる民の宿舎は三尾氏で今準備にかかっていること、工具は一切三尾氏が用意すること、米あるいは粟と塩の食糧については首長の負担とするが、三尾氏以外の首長については、できる範囲での協力をお願いしたいと頭を下げて、説明を終わった。

 このうち食糧の件については、量が膨大であるため、事前の方針決定までに曲折があった。三尾氏以外の氏族の民について全部支給するのは、人を集めるため必要だということで簡単に決まった。どこで暮らしても食べ物はいるのだから、工事の期間、自分の家の食糧を節約できるのはやはり魅力なのである。激論になったのは、三尾氏の民の場合であった。こちらは人数が多いため、三分の一支給、二分の一支給の案が主流を占めた。真佐手も過度の負担は、その後の課税強化となって民にはね返るという理由で、全部支給することには反対であった。ところが指北が言った次の言葉で方針が変わった。指北は「同じ作業をするのに、例え一部とは言え自分持ちの者と公の食べ物を支給される者があっては、不公平感が生じ、五年の工事を続けることはできないでしょう。それに三国の市の米と塩の価の急騰や、食糧泥棒の出没といった事態も予想しなくてはなりません」と言った。結局首長の穀物倉が苦しくなっても、将来の豊かな稔りが見通せるなら、工事の完成のため全部支給するのもやむをえないとの結論になったのである。異族の首長たちの負担については、各氏族が出す人数に応じて負担させるべきであるというものから、そんなことをすれば首長が人を出さなくなるから負担なしとすべきだというものまで意見が分かれたが、協力を求めるという穏便な方針に落ち着いた。

 さて話は脇道にそれたが、会盟の方はその後、土を盛った祭壇に鹿を生け贄として捧げた。各首長が屠(ほう)った鹿の血を注いだ角杯を飲み干し、オオド王への支持を盟約して、一切が終了した。オオドは名実共に三国の王となったのである。首長たちはそれぞれ帰途に着いたが、江沼の君は客殿にもう一泊して、オオドたちと今後の工事について話し合った。雄島の長も帰らずに残った。

 江沼の君はまず真佐手をつつく素振りをして、

「驚きましたな。穏やかな物腰の執政殿がこれほどの凄腕とは」と言った。オオドも、

「どんな術をつかったのじゃ」と、冷やかした。真佐手は、

「道理を言ったまでです。足羽の君は悪い方ではなさそうです。約束は守ってくれるでしょう」と、澄ました顔で答えた。

 オオドは居住まいを正して「またお二人に助けられました。お礼を申し上げます」と謝意を述べ、「長には不愉快な思いをさせて申し訳ありません。海人の氏族に鋤や鍬を持たせては、三国の王は何を考えているのかと笑われましょう。工事に対する族人のお手伝いは無用とお考え下さい」と付け加えた。長は気になさるなというふうに手を振って、

「いよいよ大舟が海を走り始めましたな。塩の手配についてはお任せ下さい」と言った。

 オオドは自分からもそのことをお願いしようと思っていたところだ。せめて三尾から人を送って増産のお手伝いをさせていただきたいと言った。次に江沼の君に向かって、

「君にはすでに鉄製農具で大変なご援助をいただいております。江沼は遠いゆえ、この工事で得るところはほとんどありません。これ以上の御助力は不要とお考えいただきたい。これは羽咋(はくい)、加賀の氏族についても同様に考えておりますので、吾の言葉どおりにお受け取り下さい」と言った。江沼の君は、

「これはすげないことをおっしゃる。元々私は賑やかなことが大好きなのです。三国でこんな大事業が行われるときに、じっとしていることなどできません。うるさいと思われてものぞきに参りますぞ」と言って豪快に笑った。

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