手のひらサイズの愛を

家宇治 克

手のひらサイズの愛を


「誕生日おめでとう!」


 家族から受け取る祝いの言葉。私は満面の笑みで「ありがとう」と返す。

 母の作った料理はみんな私の好物で、弟も祖母も料理に舌鼓を打つ。

 私も、母の料理に頬を緩めた。


「これ、お母さんからよ」


 母が私にくれたプレゼントは、ネックレスだった。青い石のついたキレイなネックレスに私は感嘆を零す。母は早速私の首につけてくれた。

「もう高校生だから、オシャレに気を遣うでしょ?こういうのも欲しいだろうと思って」

「ありがとう。とても気に入った!」


 祖母も茶色い包を私にくれた。

 包を開くと、赤と白の手編みの帽子が入っていた。祖母は申し訳なさそうに首を傾げる。

「若い子って、こういうの嫌がるんだろうけどねぇ。どうしても、手作りの暖かいものをあげたかったんだよ」

 祖母は私の顔色を窺うが、私は祖母の帽子を抱きしめた。

「そんなことないよ!」

 嫌がるはずがない。大好きな祖母がくれた、大事な帽子なのだから。

 祖母は私の返事を聞くと、安心したように笑ってケーキをつまむ。

 弟は主役たる私に目もくれず、ガツガツとケーキを食べていた。

 家族で食べ盛りの弟を微笑ましく見守っていると、母が困り気味に口を開いた。


「あのね、お父さんから誕生日プレゼントを預かってるんだけど……」


 お父さん───?

 私は箸を止めた。母はやはりか、とため息をついた。私と父の仲の悪さを知っていたからだ。


 私と父は反りが合わなかった。

 その日の夕飯の献立さえケンカになるほど意見が合わず、進路のことも散々揉めた。

 父の反対を押しきって入学した高校も、最初の頃は文句ばかり粘着質に言われた。

 単身の海外赴任が決まった時、私は清々した。母は私に気遣って父の話をしないけれど、弟は関係なく父の話をずっとしている。それは正直嫌だった。

 私の誕生日に父の話を切り出され、不快な思いをしていると、母はピンクの小箱を私に差し出した。


 手のひらに収まるそれは、中から小気味の良い音がする。ラッピングを解き、箱を開けると、可愛くて少し高そうな腕時計が入っていた。


「お父さんがね、一人で選んだみたいよ。何時間もかけて」


 母は時計から目を離せない私に語る。


「海外赴任する前に渡されたのよ。『誕生日に渡せないだろうから』って。女の子が好きな物が分からなくて、苦手なネットで調べたり、お店に一人で行ったり」


 堅物で、家では偉そうな父が、一人でそんなことをしていたのか。初耳だ。いや、知らなくて当然だ。気取られないようにしていたわけで。

 母はクスッと笑って「変な人よね」と父の話を続けた。


「口ではああ言うんだけどね、あなたがいなくなるとすぐに『言いすぎたか?』ってしょぼくれるし、赴任してからもずっと『子供たちは元気か?』って毎日連絡してくるのよ。こないだなんて、あなたがテストで満点取ったって言ったらお父さん、はしゃいじゃって。全く、子供じゃあるまいしね」


 知らなかった。父に、そんな面があったなんて。

 いつもケンカばかりで、怒ってる所しか見たことがなかったが……

 そうか。そんな姿もあったのか。

 私は時計を箱から出すと、腕につけてみた。女性用の細い時計は手首にピッタリで、まるで自分のためにあるようにも思えた。


 夕食を終え、自室に戻り、友人のお祝いメッセージに返信する。ふと、父に電話をかけようという気になった。


 電話を耳に当て、四回目のコール音で父は出た。

『もしもし』

「もしもしお父さん?」


 電話の向こうの父は少し驚いたらしく、咳払いが聞こえた。

『ゔゔん……どうした。お前が電話をするのは珍しいな』

「……時計、ありがとう」

 父はまた驚いた。

 そうか、と呟く声がうわずり、また咳払いをして誤魔化す。

『その……なんだ、娘の趣味がよく分からないからな。適当に選んで買ってきたが、気に入らなかったか?』


 ──嘘ばっかり。全部知ってるよ。


「いいや。すごく気に入った。何時間もかけて選んだんだって?」

『そんなことない。断じてない。まぁ、気に入ったのならそれでいい』


 変にかっこつける不器用な父を、私はどうして拒絶していたのか。

 嫌がる必要なんてない。分かり合えないなんて考える必要も無い。少し臭いが、思いやりのある優しい父だ。それは昔から変わらない。どうしてそれを忘れたのだろうか。


 父は長いため息をついた。

 電話の向こうでモジモジしているのも、なんとなく予想できた。



『テストで満点取れて良かったな』

「ありがとうお父さん」




『誕生日おめでとう』

「大好きだよ」




 わからず屋! なんて言ってごめん。

 足が臭い! なんて言ってごめん。

 大嫌い! なんて嘘ついてごめん。


 今日は今までで一番良い日だよ。


「ねぇ、お父さん。夏休みそっち行っていいかな」


 今年の夏休みはちょうど父の誕生日が被る。私も、お父さんのために考える時間が欲しい。

 父は電話の向こうで笑っていた。

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