バリュー

水樹 皓

おめでとうっ!

「おめでとう!」

「……はい?」


 朝、ゴミ出しに行くと、突然近所のおばちゃんに、そう声をかけられた。

 そしておばちゃんはそれだけ言うと、俺が反射的に首を傾げるのもお構いなしに、スタスタと去っていった……。


「おめでとっ!」

「はぁ……?」


 ゴミ出しを終えた俺は、久し振りに与えられた休日を謳歌するため、ふらふらと街をブラついていたのだが……。


「今の子……誰?」


 朝のおばちゃんに続いて、今度は見知らぬ小学生に声をかけられた。


「今日、俺の誕生日……じゃないよな? てか、もしそうだったとしても、知らない小学生に祝われる道理が……?」


 首を撚る事しかできない。

 今日は何かがおかしい。


「今日は大人しく家に帰るか」


 特に用事もないし。

 そうやって、帰る道すがら。

 高校生らしき少女、中年のサラリーマン、お爺さんにお婆さん。多種多様な人々から「おめでとう」という言葉を投げかけられた。


「……分からん。俺の何がそんなにおめでたいんだよ!?」


 日課の筋トレをしながら、思わずそう叫ぶ。

 何故なら、さっきも言ったけれど、今日は俺の誕生日でもなければ、誰かと結婚したわけでもない。誰彼構わず祝われるような何かをした覚えは、全くない。


 むしろ……。


「はぁ。今日はこんなもんか」


 あまり調子が出ず、筋トレも途中で止めた。


 最近、良いことがない。

 ここ一週間は、何をするにもやる気が起きず。今日だってせっかくの休日なのに、こうして床に寝っ転がってぼーっと天井を見つめるばかり。

 そこに追い打ちを加えるように、今日の奇妙な出来事だ。


「はっ。世にも奇妙な世界線にでも入っちまったか?」


 等と、軽く冗談を言えるだけ、まだマシな方なのだろうか。

 どちらにせよ、調子が上がらない事には変わりはないが……。


「それにしても、”おめでとう”――か」


 今日貰ったその言葉は、全て「なんのこっちゃ?」だったが……。

 いつかは、意味のわかる「おめでとう」を言われるようになりたいものだ。


「はぁ……にしても、本当に何もやる気起きねぇ――ん?」


 無駄に大声を出しながら軽く延びをしていると、スマホが着信の音楽を奏でた。

 俺は芋虫のように這って、2m先のスマホまで辿り着き、


「もしもし?」

「おう! 久し振りやな!」


 電話の先から聞こえてきた胡散臭い関西弁。それを聞いた俺は、懐かしさから、知らずの内に口角を上げていた。


「久し振り。高校卒業以来だから……4年ぶりか? どうしたん、いきなり?」

「いや、大した様やないんやけどな」


 そうやって軽い口調で言った後、高校時代の大親友の彼は、相変わらずの訛のきつい関西弁で、


「おめっとさん!」

「……はぁ、お前もか」

「ん、何や? ため息ついたりして?」


 心の何処かでまさか……と思っていた矢先、そのまさかだったものだから、俺は溜息を飲み込むことすらできなかった。

 だから、取り繕うように、


「いや、何でもない」

「ほんまか――とっ、嫁が呼んどるからそろそろ切るで! ほな、またな!」


 一方的にそう言い残すと、通話が切れた。

 本当に、嵐の様な男だ。


 ……急に静かになった。

 別に、電話がかかってくる前と同じはずなのに……。


 俺はこの妙な静けさに耐えきれず、取り敢えずテレビでもつけることに。

 どうやら、ニュースのスポーツコーナーが放送されていたらしく、若い女性アナウンサーが興奮した様に、


『――選手、日本人初の8位入賞、本当におめでとうございますっ!』

「だから、何がそんなにおめでたいんだよっ!」

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バリュー 水樹 皓 @M-Kou

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