主と奴隷の正しい在り方

けんざぶろう

主とその奴隷と

 首輪に魔力を流し込まれる感覚。 パキンと軽い音とともに鉄製の首輪にヒビが入り一瞬にして首輪は砕け散った。


「おめでとう、今日からお前は自由だ」


 薄暗い部屋の一室で、年老いた老人が事務的に俺に対して祝福の言葉をかけてくれた。


「久しぶりに首輪の違和感から解放されました」


 俺は、首をさすりながら、軽い感動を覚える。 旦那様が俺を奴隷として10年、ようやく自分を買い取る金額を貯めることができた。 これで俺も解放奴隷として生きていける。 旦那様が言った通り自由になることができるのだ。


「なあ、お前さえよければ、もうしばらくここで働いてもいいんだぞ? お前は働き者だったからな、奴隷で得られる安い賃金ではなく、正式な使用人としての給金を支払うが……どうする?」


 奴隷としての扱いではなく正式に雇いたいと言う旦那様の提案は正直、魅力的だ。 何故ならば、奴隷上りは安く見られがちで差別的なのが世間の現状である。 当然、解放奴隷が仕事を探すのはそれなりに苦労する。 旦那様は俺が再び借金で首が回らなくなり奴隷落ちにならないか心配してのくれたのだろう。 だが、この提案を飲むことはできない。


「すみません旦那様、お言葉は嬉しいのですが、俺は国に帰らせていただきます。 今まで、家族には連絡程度は取れていたのですが、身分が身分だっただけに帰国することはかないませんでしたので、久しぶりに顔を見せて安心させてあげたいのです」


「なるほどな、悪かったな引き留めるような事を言って」


 家族のことを引き合いに出すのは少し卑怯だっただろうか、旦那様が少し目を伏せ申し訳なさそうにしている。


「いえ、今の俺があるのは旦那様が私を買い取ってくれたおかげです。 旦那様が私腹を肥やすだけの人物だったなら俺は、一生飼い殺しにされていたでしょうし、本当に感謝しても感謝しきれません」


「対価はもらったのだ、お礼を言われる筋合いなど無い」


 プイとそっぽを向く旦那様は、照れているのだろうか? 少しだけ耳が赤くなっている。


「気分を害されたのならばすいません。 ですが、奴隷に落ちて今まで、家族に会いたい一心で頑張ってこれたのです」


「別に気分を害してはいない。 それよりも10年ぶりの帰国だろう、コレを持っていけ」


 旦那様は、無造作に巾着袋を投げてよこした。 俺は反射的にその袋を掴む。 ジャラジャラと音がした袋はずっしりと重かった。


「旦那様、これは?」


「餞別だ、帰国するのに手ぶらでは残してきた家族に格好がつかないだろう。 少ないが、それで何か土産でも買って帰るといい」


「……旦那様」


 感極まって涙が頬を伝う。 奴隷をこんなにまで丁重に扱ってくれる者は他にはいないだろう。


「泣くな馬鹿者。私だって寂しくなるのだ。 お前がいなくなればもうこの屋敷には私一人なのだからな」


 そう言って静かに椅子に腰を下ろした旦那様は、どこか寂しそうだった。 確かに屋敷は広い。 一見すれば奴隷や召使が常時複数人いそうなほどにこの屋敷は立派である。


 旦那様は昔は貴族だったのだそうだ。 しかし、私腹を肥やした大臣や周囲の人々に在らぬ罪を押し付けられ莫大な借金を抱え込んだ。 先祖から受け継いだこの屋敷を守ることで精いっぱいだったと言っていたことを思い出す。


「……旦那様、やはりこのお金は受け取れません」


「気にするな、金は大切だが。 その大切な金をもっと大切なお前にやるだけのことだ。 それに、お前ならば正しく金を使うことができる。 一時の感情で使い込むことは無いだろう」


 旦那様は感情が表に出ないようにできるだけ淡々と言葉を発しているような気がした。 その言葉を聞いて俺の心が熱くなる。


「ならば尚の事、このお金はお返しします」


「……何故だ」


「それは俺にとっても、お金より旦那様が大切だからです、その代わり一つだけお願いしてもいいでしょうか」


「何だ? 言ってみろ」


「俺は家族を連れて再びこの国に来ようと思っています。 ですが、俺は奴隷上りなので、きっといい仕事は見つかりません。 何かその時に家族全員が住み込みで働ける仕事を紹介していただきたいのです。 例えば屋敷の手入れや、料理、掃除など、少しお年を召した方に使えるような仕事ですね」


 その言葉を聞いた旦那様は目を大きく見開き、少しだけ涙ぐむ。


「……お前は物好きだな。 ……ありがとう」


「お礼なんてらしくないですよ旦那様。 それではお元気で、近いうちにまた会いましょう」


 そう言葉を残して深く頭を下げた俺は部屋のドアを丁寧に閉め、目を腫らして帰国した。

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