風邪を引いて少し心が弱っちゃったよ

 頭ががんがんと痛い。寒気もする。だるくてベッドから起き上がれない。仕方がないので市販薬の風邪薬を飲み、おかゆを食べる。胃に優しいものが身体を欲していたのである。

「だるい、頭痛い~」

 ベッドで毛布をかぶって眠っている。こんな日は気持も落ち込む。今までの人生で失敗した出来事をさんざん思いだしては悩み苦しんでいた。今日はおコンは見当たらなかった。話し相手が欲しかった。不安で押しつぶされそうで、思わず口に出す。

「ああ、苦しい……」

「苦しいよ」

「ああ、もう死にたい」

 やっぱりおコンは出てこない。

「薄情狐め……」

 苦しい、苦しいと言いながら苦しんでいるうちにうとうとと眠りに入った。


 ここは、学校? 学習机に椅子、前では先生がチョークで黒板に何かを書き付けていた。ああ、ここは昔いた中学校だ


 人間のクズ 死んじまえ

 育て方を間違った とても人前にはだすことは出来ない

 悪魔の子 悪魔の子

 ここにお前の居場所はないんだよ

 ここはお前がいていい場所じゃないんだよ

 悪魔の子 悪魔の子

 悪魔の子 悪魔の子


 気がつくと、周りの学生も先生もみんな血走った目でこっちを見ている。馬鹿にしたように笑っている学生もいる。


景色がぼやける。今度はトイレである。遠くの方で先生からバカにした笑みを浮かべられている。


「一波は悪魔の子じゃないよ。やさしい、やさしい、それでいて一生懸命生きている、頑張り屋さんだよ。ぼくの大切な大切な親友だよ」


 急に虹色の光が射し、周りの景色が一変した。のどかなのどかな山の頂上に風景は変わった。太陽がさんさんと照っている。温かい。いつの間にか頭の上におコンが乗っかっていた。おコンは太陽みたいな顔でにこにこと笑っている。


「大切な大切なぼくの親友……」

 おコンはぼくをぎゅっと抱き締めた。


 そこで急に目が覚めた。目からつうっと涙がこぼれ落ちた。しばらくじっと天井を見つめていた。涙を出したせいかは分からないが気分は落ち着いた。と物音がしたので、ふと横を向くと、東雲がスマートフォンでリズムゲームをしていた。声を掛けようと思ったが、この静寂も悪くないと思い、また天井をみていた。しばらくして、

「起きたの?」

 東雲がスマートフォンから顔を上げこちらを見ていた。

「うん」

「そっか……」

 また静寂になる。

「なにか水とかもらってこようか?」

「お願いします……」

 東雲が部屋から出てしばらくしてからやかんと透明のコップをもらってきた。

「やかんの中に氷水が入っているから」

「ん……。ありがと……」

 東雲にコップに水を注いでもらう。コップがひんやりする。こくこくと水を飲む。のどの焼けつくような痛みが和らぐ。胃の中に水分が入っていき、幸せな気持になる。

「何か泣いてたね」

「見てた?」

「うん……」

 東雲がスマートフォンに目を落としながら、

「中学時代のこと思いだしてたの?」

「そう……」

 東雲がカバンからどら焼きを出す。

「甘い物食べて元気出しんさい」

 ぼくに押しつける。包装を開けて、食べようとしたが、ふと半分にして東雲と一緒にどら焼きを食べたいなと思った。どら焼きを半分に割る。そのうちのひとつを東雲に渡す。実は言うと怖かった。自分の触れたものは汚いんだと小学校、中学校のときに同級生たちから散々罵られたからだ。消しゴムが転がってきたときに拾って女子に渡そうとしたときがあった。しかし、その女子から言われた言葉は、

「一波が消しゴムに触れちゃったからもう汚いからそれあげる」

 であった。


  汚い子 けがれの子

  近寄るな

  汚い子 けがれの子

  けがれが移るから こっちに来るな

  けがれが移るから 一切俺たちのものに触れるな

  汚い子 けがれの子


 そういえば、よく人生の師と仰ぐ先生にはよく出会う。一番最初に出会ったのは小学校の5年生、6年生の担任であった。中年の女性の教師であった。当時一波はこの当時からひねくれていて、誉め言葉をもらっても逃げてばかりいた。この当時同級生たちにも嫌われていた。ただこの小学校でのいじめられたことは一波が8割近くは悪いと思う。同級生たちはやさしく接してくれていたが、一波がひねくれすぎていたのだった。給食当番をさぼる。宿題はやってこない。掃除もさぼる。文化祭とかまじめに一生懸命やらない。今思うと、自分自身でも嫌われてまあ当然だなと思う。そんな一波に小学校のときの担任は、いろいろと説教してくれた。上履を踏むな。給食当番はさぼるな。鼻はちゃんとかみなさい。ハンカチはきちんと持ち歩きなさい。友達は悪友やいい友達とか、ごった煮だから自分でしっかりと見極めて友達を作りなさい。とかである。今思えばめちゃくちゃいい先生であった。


 他にも中学2年、3年の時に通っていた塾の先生も恩師であった。この当時めちゃくちゃいじめられていた。塾に通っていたが真面目に勉強しなかった。授業中寝ていたところ、めちゃくちゃ怒られて、「帰れ」と言われた。で、正直に帰ったところ、家に電話がかかって来て、母親と一時間位話していた。そして、電話を替わり先生に言われたのは、

「ここでお前に挫折してほしくないんだよ。いつまでもくよくよしてんなよ」

 とか、発破をかけられて、それから次の日学校が終ってから塾の先生のところに行き謝ったら、「頑張れ」って言ってくれた。



 東雲に

「どら焼きいる?」

 震えながら聞く。

「ん。ありがとう」

 東雲は一波からどら焼きを受け取るとぱくっと食べた。


 ささいなことかも知れないが本当にうれしかった。いままでけがれの子と言われ続け、近づいてもくれなかったが、東雲は普通に接してくれている。それだけでうれしかった。

 涙がこみあげてきたので、一波もどら焼きをぱくっと食べると布団にもぐり布団の中でむせび泣いた。東雲と友達でよかった。心の底からそう思った。


 布団から顔を出して、東雲に、

「いつもありがとう」

 って言う。

「うん……」

 東雲はそう言って一波の顔をきらきらした目でずっと見つめていた。その顔がまぶしすぎて顔を直視できなくて俯いていた。


 東雲は夕方に帰って行った。

 東雲から元気をもらった一波は翌日に元気になった。

 太陽の光がまぶしかった。

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