店長のライブとおコンのライブ
夜の9時。照明がほのかに輝く。店長はいつもの制服を着てフォークギターを肩から下げていた。そしてジャランと鳴らし、唄い始める。
あのころ ぼくは18だった
あのころのぼくは社会と戦い続けていた
何も知らない馬鹿野郎だとは思いもしなかった
スーツを着て疲れた顔をして会社に赴くサラリーマンをあざ笑い
こんな人生は送らねえとせせら笑い
そのくせ人見知りでお人好しで
そのくせ人間関係が苦手で
そのくせ本音で生きたいと願い一杯人を傷つけ傷つけられていた
30になってやっと大人の会話術の勉強をしようと思ったんだ
むきだしの炎だった
今は…‥少しは変わっているだろうか 成長しているだろうか
あがいてあがいて余計に心のひねくれているのに絶望するぜ
ひとつわかるのは、未だに社会を斜めに見る癖が抜けない
大バカ野郎だってことさ
大バカ野郎だってことさ
だから成長したいと抗い続けるのさ
何のため?
さあ、何のためなんだろうね
理由なんてないさ
ただ、心がそう求めているんだよ
ハスキーボイスの声が店一杯に響き渡る。店の中には10人くらい。思い思いにグラスを傾けている。タバコをふかしている。店長が唄っているのを目を閉じて噛み締めているおじいさんもいれば、グラスに入っている酒と氷を傾けてじっとしているおじいさんもいる。一つ言えるのはみんな思い思いに唄に聞き惚れている。人の声ってこんなにすごいんだと思う。と同時に悲しくもなった。僕の人見知りが無くなって人に怯えなくなって、もっと唄に入り込めればもっと感動できるのではないか。それくらい何もかも忘れてしまって聞き惚れたいと思った歌声であった。
いつの間にか歌は終わり店長、「ありがとう」と一言。おじいさんたちは拍手する。喝采も飛んだ。「いいぞ! 純ちゃん」とか「色っぽいよ」とか。
それから店長はギターを手に他のメンバーの演奏をサポートしていた。これからの人生でもしも人見知りを克服出来たらいろんなライブに行ってみたい。今は人酔いするから大勢のいる人の場所にはいけないがである。夢の一つである。僕の人見知りは結構重く映画館の人のざわめきでも落ち着かなくなるし、対人恐怖症になる。今まで女子と付き合えなかったというのも、一つにはこの対人恐怖症が関係している。だから今日の体験は本当に貴重であった。ありがとう店長ぉ! と叫びたいくらいである。
ところでいろんな啓発本に「人に感謝することが大事」と書いてあるが、人に感謝するってどういうことと悩んだ時期がある。カフェにバイトを応募した理由も、実は「ありがとう」という言葉の本質を知りたいからであった。一時期悩みに悩んだ。今でも思う。僕の心の欠けている部分なんじゃないかと。感謝の意味が分からないと辛い思いをたくさんする。みんなで涙を流して感動しているときも涙が出ない。一人で青春ものをみているときはたくさん泣けるけど。もしかしてそれは障害なんじゃないかという人もいる。そうか障害かと諦めてしまうのは簡単かもしれない。でも思うんだ。欠けているからこそ感謝の言葉の意義を考えることが出来るのではないかと。それにそんなに人間の身体って柔じゃないと思いたい。だってさそうだろ。かけがえのないたった一つの自身なんだよ。そんな簡単に人生を諦めたくはない。最近、友のGにこんなアドバイスを受けた。
「一波っていろいろもらってばかりだよな」
「うん」
「これは提案なんだけど、誕生日とかにプレゼントとか、暑中見舞いを相手の健康を気遣って書くとかやってみたら?」
友は続ける。
「めちゃくちゃ悩んで選んだプレゼントが相手に喜んでもらえたらうれしいもんだよ」
「そっか」
実際に友には誕生日プレゼントを悩みぬいてプレゼントして喜んでもらえたときはうれしかった。プレゼントの箱を開けるまでのドキドキは忘れられなかった。もしかしてこの体験を繰り返せば、もしかしたら欠けている心にも何かしらこころの灯火が宿るかもしれないと少し期待している。
いつの日か本当の心の底からの「ありがとう」が言いたい。
と幸せな時間を過ごし家に帰り自室へと戻る。するりとどこからかおコンが出て来た。手にはフォークギターを抱えている。
「おコン何やってんだよ」
「いいじゃんよ。ギター弾けるようになりたくてさ」
確かにおコンが二足歩行で歩いてギターをべんべん弾くところを見たい。おコンが唄う。
コン、コン、コン
秋風吹いて 稲穂が揺れる
コン、コン、コン
黄金色にたなびくその姿
今日はご飯を炊いてっとさ
たっくさん作ってたべまひょ
お稲荷さん
それっ それっ
お稲荷さん
それっ それっ
コン コン コン
もいっちょ一緒に
コン コン コン
ココンのコン
秋の夜におコンの声がすっと響いていましたとさ。
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