店長の教え

 カフェとかではもちろん、パンやパスタなどを売るため当然ゴミが出る。燃えるゴミ、燃えないゴミ、缶、ビンなど。そこでよく外にあるゴミ箱までさまざまなゴミを捨てにいくのだが、最初のうちは「ひいい~」って思ったが最近では大分慣れた。思ったのは、屋根のあるところで住めて幸せだということ。昔、世の中を見たくてホームレスのおじちゃんの支援をするボランティアに参加したことがあるが、害獣、暑さ、寒さなど大変そうである。

 昔は真理を知るために闇を知りたいと思ったこともあったが、このときのこと思うと、普通がいいのかなあって思う。まあ普通の定義って言っても人それぞれだと思うが、水が飲めて、みそ汁などの温かい汁物が飲めて、風呂に入れて、布団で寝れて、働けて、案外それが幸せなのかもしれないと思った。

 ともかく「ひいい」って内心思いながらゴミを捨てて店に戻ったら、また叱られた。殊の顛末はこうである。

「お前さあ、なんか匂わない?」

「えっ、匂います?」

 店長は僕のことをくんくんと嗅ぐ。そうして、

「エプロンちゃんと洗ってるの?」

「毎日きちんと洗ってます……」

「本当?」

 本当はもう一週間エプロンを洗っていないのである。帰ったら疲れて寝てしまい、そのままカバンにいれっぱなしであった。そのまま何日も過ぎバイトに来ている。

「ちょっとエプロン脱いで」

「いいですよ。別に……」

「いいから!」

 店長は僕からエプロンを脱がしてひったくると、たらいにお湯をためて洗剤を入れて、エプロンをその中に着けた。そして揉み洗いをする。水が真っ黒くなる。

「一波! 嘘ついてんじゃないよ。洗ってないじゃん!」

「すみません」

 店長は僕の頭をはたく。

「嘘つくと、信用なくすよ。分かってんの!」

「はい……」

「嘘だけはつくな。約束しろ!」

「約束します」

「それとここは仮にもお客様にご飯を提供する所なんだから、清潔にしなさい。なっ!」

「はい」

「じゃあ、もういい。仕事に戻って!」

 その日はずっと店長はピリピリしていて怖かったので、小心者の自分はビクビクしていた。他にも、清潔にしろと言われて夏場は汗で匂いが気になったので、コンビニで匂い付きの消臭剤を買った。その時にも叱られた。

「一波くん、香水はダメだよ。食べものに匂いが移っちゃうから」

「えっ、香水なんてつけてないですよ」

 店長は「えっ」って言うと、「じゃあその匂いは?」僕は匂いを嗅ぐと、ああと言って、汗拭きのシートと匂い消しの消臭剤をカバンから取り出し見せる。店長はこれはダメだよって言う。

「どこで買ったの?」

「近くのコンビニです」

「これは匂いきついよ。無臭タイプのがあるからそれにしなさいな。何度も言うけど食べものに匂いが移っちゃうからさ」

 ここのバイト先でバイトをしてからはこのように匂いにも気を付けるようになった。夏場は頻繁に汗を拭く、匂い消しに消臭剤を脇の部分などに掛けるなどである。

 最近では接客のいろはも教えてもらった。接客は目をみてはいけない。目を見ると威嚇していると思われるから、顔のあたりをぼんやりと見る。とか、最初かっこいいから低音の声で接客していたが、もっと声を高くしなさいと言われた。確かに低い声は威圧感があるなあと思い声のトーンを上げるようになった。

 この日もいつものように叱られていると、ドアの鈴がカランカランと鳴った。

「いらっしゃいませ」

 声を少しずらして、僕も

「いらっしゃいませ」

 と言う。

「いっちゃん、今日も盛大に怒られているねえ。外まで聞えて来たよ」

 その声は、東雲野花である。東雲は、

「今日も暑いねえ」

 そういうのは店長。

「飲み物は何する?」

 東雲はこっちを向くと、

「いっちゃん、おすすめは何?」

 そういわれてはっとなった。

「いっちゃんって僕?」

「そうだよ。他に誰がいるのさ」

「いっちゃんって……」

「それじゃあ、一波くんって呼んでほしい?」

「そりゃ……」

 思わず言葉を濁してしまう。かわいい女子にあだ名で呼ばれるのはロマンがあると思う。っていうか、今までは女子に「おい! 豚」とかよくて、「一波!」とさげすむように言われていたか、無視されていたので、めちゃくちゃうれしい。

「私はいっちゃんって呼びたいなぁ」

「じゃあそれで」

「それで?」

「お願いします」

「よろしい!」

 と店長が僕らの会話を聞いていて、「はっはっはっ」と笑う。

「仲がいいねえ」

 その時、二人して否定した。

「ないです!」

「絶対ないから!」

 で結局、なんだかんだ言って、東雲はブレンドとショートケーキを頼んだ。

「てんちょー」

「何だい?」

「今日もいっちゃん終わるまで待ってていい?」

「いいけど、遅くなるよ」

「はーい」

 その後、何人かお客さんがやって来た。みんなおじいさんだ。おじいさんたちには、坊主、坊主と言われて何かしら可愛がられている。店長はあまり甘やかさないでくださいよって言う。たくさん世の中を教えてくれている店長には感謝してもしきれないほどである。

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