カフェでバイトすることになったんだ
東雲からその後何回も連絡が来た。最初のうちはほっといたのだが、誘惑に負けて一回ラインを返してからはそれからはずっと連絡は続いている。しかしまだまだ業務連絡みたいなやりとりである。
「今日は天気がいいですね」
とか、
「最近では東京では何が流行っているの」
みたいな、である。
それからラインがしばらく続いて、僕の本性が出始めた。自分語りをする癖である。自慢する癖である。自分自身でのこの癖の嫌なことは本当に分かっているので、だから自分から人間関係を断っていたというのもある。
「この大学ではこんなことを学んでいるんだよ」とか、「うちの大学の先生は」とか、自分語りをし始めた。最初のうちは東雲はふ~ん。そうなの。とかラインを返してくれていたが、ある日、突然返事が返ってこなくなった。会いに行くと、むかつくんだよって玄関先で追い返された。
いつもの絶交パターンである。さすがに今回はまずい。またまた寝込んでいたら、母親からカフェでの清掃のバイトのチラシを渡された。
「何だよ。これ」
「掃除でもやって心を綺麗にしんさい。あんた社会なめてるから、一回痛い目みないと分からんだろう」
「何、人の子供をクズ扱いしてんだよ。出てけよ」
母親に殴る真似して部屋を出させた。
本当のことを言われたから心にぐさりと突き刺さる。自分のダメなところは、人を馬鹿にする癖、社会を馬鹿にする癖、自慢癖である。こんなんじゃ、社会に出ても先輩社員にいびられるだけである。いずれ何とかしなくてはいけない癖である。僕はバカじゃから、経験して失敗しないと分からない人間だから、ここで失敗しておくのもいいかも知れない。最近自分がバカだと気付いた。頭が良くないのだ。人が失敗しない失敗をたくさんしてしまうし、余計な一言を言って、人を激怒させてしまう、自慢話をしてしまう、さらにはその癖自己主張はあまりしないから、たくさん仕事を押し付けられてしまう。その結果潰れる。今までずっとそうだった。不器用に生きたいです。とよく人に言う。が、よく考えてみればみんな不器用な生き方をしているんだと気付いた。ある人は言う。いつもこの道でいいのか迷うと。お前だけが不器用な生き方をしているんじゃないんだよ。みんな何かしら事情があって生きていて例外なく不器用な生き方をしているんだよ。人生なんておさき真っ暗だからな。お互いがお互いを羨ましがっている。お前なんかまだいいよ。奥さんや子供、彼女もいないだろ。奥さんや子供、彼女がいると、たとえ崖っぷちにたっても守りたいものだから、それだけ責任が増すんだよ。身がすくんで動けなくなるんだよ。子供なんて出来てみろ。大変だから。何にも責任がないお前。だからお前は甘ちゃんなんだよ。
「ははっ、甘ちゃんか。そうだな僕は世間知らずで甘ちゃんだな」
階下に降りて母親に尋ねる。
「僕ぁ、世間知らずで甘ちゃんかな?」
母親はぴしゃりと、
「世間知らずもいいとこよ。何も知らないんだから」
「バイトしたら世間知らずじゃなくなるかな?」
「やらないよりマシじゃない?」
「分かった」
二階の自分の部屋に戻ると、バイトをしようとするカフェに電話を掛けた。通じない。何回掛けても通じない。どうしようもなくなって、居ても立ってもいられなくて、地図を出すと、町まで歩いて行った。そしてカフェに着く。中にお客様もいっぱいいる。そおっと中に入る。
「すみません」
「いらっしゃい。お客さん、さあ入って入って」
ちょこちょこっと隅っこの椅子に座る。前に店長さんらしき人がマグカップをきゅっきゅっと磨いている。声が出ない。
「お客さん、何しましょうか?」
「じゃあブレンドを」
「ミルクはどうします?」
「ミルク入りで。ブラックは飲めないので……」
その時、端っこでコーヒーらしきものを飲んでいた白髪のおじいさんが、
「おじちゃん、怖がらせちゃだめだよ」
そういってあっはっはと笑った。おじちゃんと呼ばれた人も頭を掻いて、そうかなと言って笑う。しばらくしてブレンドコーヒーが出た。ミルクを入れる。一口飲む。美味しかった。おじちゃん店長が言う。
「坊主、この辺じゃみない顔じゃねえか。どこの子だ」
「R町から来ました」
「ほお~、で何でまた?」
ここだ。言葉を選んで話す。
「ここで雇ってくれませんか?」
「何かのチラシで見たのかい?」
「はい?」
「どうしてうちなんだい? 君見たところ、ウチっぽくないよ」
すうっと息を吸いこんで言った。
「僕は社会常識が欠けていまして、また人見知りを直したいとか、社会を斜めにみる癖とか直したくてここのカフェ様で働きたく思いました」
おじさんは突っ込んでくる。
「社会常識がないってどういうことだい。具体的には?」
息をすうっーと吸い吐く。そして、
「社会を馬鹿にする癖があることや、余計な一言を言ってしまう癖や、自慢する癖です。直さなきゃいけないことだって分かっているんです。そんな情けない自分を変えたいなって思って。お願いします」
「お前さん、カフェの経験は?」
「無いです」
おじさん店長は腕組みする。その時、お客の白髪のおじいさんが、
「マスターいいじゃんかよ。雇ってやりなよ」
「じゃあ掃除くらいしかないけどいいか。時給はこれくらい。それでもいいなら来なよ。鍛えてやるよ」
「ありがとうございます!」
そうして次の日からカフェで働くことになった。
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