恥さらし

 それから二日間、部屋に籠ってひたすら眠った。途中で腹が減って起きたことや、トイレに行きたくて起きたこともあったが、しばらくしてまた強烈な眠気に襲われて布団に入りひたすら眠った。

「これこれ、もうそろそろ起きぬか」

 夢の中で和服姿のおコンが緑茶をすすっている。

おコンは、狐の精霊である。と本人はそう言い張っている。僕は信じていない。何しろこの、狐の精霊、おコンなるもの、精霊なのに美少女じゃない。このコンなるものの、コーンという鳴き声を聞いた時には少し哀愁が漂ったが。

「きつねうどんでも食べて元気出しんさい」

 いつの間にか、眼の前にほかほかと湯気の上った、そして一枚の油揚げの乗ったきつねうどんがどんと置かれた。出汁は透き通っている。一口すする。ショウガのつんとした味がおいしい。疲れた体にこのショウガは癒される。出汁は市販の出汁を使っているのだろうが、この澄ました落ち着いた汁は荒れた胃に優しく染みわたる。優しい味に思わず涙があふれ出る。おコンがよしよしと頭を撫でる。

「全ての良い、悪い、は今は分からんとよ。いちいちグチグチ悩むんじゃなくて十年、二十年単位で物事をみんさい」

 おコンにギューと抱き締められた。抱き締められた僕はその中でしばし眠りについた。温かかった。



 起きて薄暗い部屋を見渡す。時計を見る。昼の11時32分。腹が減った。下の階に降りて行く。親は今いないみたいである。台所にある冷蔵庫を漁る。小鉢に入った煮物と焼うどんを見つける。その他いくつかの料理を手に取ると、さっさと自分の部屋に帰った。そしてがつがつとむさぼり食った。


 そういや、黒猫のサイゾウはどうしたっけなと周りを見渡す。が、もういなかった。そうだ。黒猫のサイゾウの飼い主である菊おばあちゃんにも挨拶に行かなくっちゃな。菊おばあちゃんは、この辺のドンみたいな存在というか、物識りおばあちゃんである。この辺のことは何でも知っている。僕も小さい頃たくさんいろいろ教えてもらったし、遊んでもらった。ので、菊おばあちゃんの下に遊びにいこうと思った。丁度、菊おばあちゃんから来なさいと連絡があった。


 二つの橋を越えると、菊おばあちゃんの家は見えてくる。菊おばあちゃんの家は古い家で、家の中からはよく骨董品なんかも出てくる。チャイムを押す。はいとぶっきらぼうな声がする。

「俺、一波」

「ドア開けて入って来なさい」

 入ると、目の前に青いバケツが置いてあった。中には何枚もの雑巾。奥の部屋から声がした。

「今、掃除中じゃ。手伝ってくれるとありがたいんだけどねぇ」

 そう言われると手伝うしか無かった。菊おばあちゃんの声がまたした。

「とりあえず荷物は二階のいつもの部屋に置きんさい」

「は~い」

 二階のいつもの部屋に行き、荷物を置くと、靴下を脱いだ。そして階下まで下りて行こうとした。その時、下から誰かが上がって来る。黒髪のポニーテールが揺れている。ふくよかな胸の谷間が見える。階下の住人がこっちを見る。東雲野花だった。東雲がうへっと声を上げる。

「もしかして一波くん? 久し振り~! 元気~!」

 急にキャピキャピした声を出して来たので、

「この間はどうも」

 って言ったら、急に東雲が真顔になりこちらをにらんできて、

「何でお前がいるんだよ!」

 って小声でどついてくる。急にムカッときて、

「そんな言い方ないだろ」

 って言い返す。東雲が肘で思い切り脇腹をどついてくる。その時、下から菊おばあちゃんの声が聞こえた。

「早くしんさいよ~」

 その時、東雲が甘ったるい声で「は~い」と言う。そして、僕にきっとにらんで、「どけっ」って言うと、僕を押しのけてさっさと二階に上がって行ってしまった。


 その後、僕は一階の荷物置き場を片付けることになった。ここ嫌なんだよな。でかいクモとかも生息しているし。ゴキブリは見ないけど。多分クモがゴキブリを食べてくれているのだろう。マスクをつけて、軍手をつけてから、まず窓を開ける。うへえ、クモの巣気持ち悪い。カメムシとかもいちいちでかいんだよ。触らないようにしてそおっと片付ける。

「ちょっとあんた何やってんのよ。クモの巣も触れないの?」

 また、東雲だよ。

「じゃあお前、触れんのかよ!」

「やっぱり都会人はダメね!」

 そういうと、東雲はクモの巣を素手で巻き取り、カメムシも捕獲し、僕に渡す。僕も意地でもらうと震えながら外に捨てた。その間にも東雲はどんどん片付けていく。東雲の額から汗がしたたっている。

「大丈夫?」

 東雲は無言で片付けていく。そして窓の掃除が終わった。東雲がへへーんと言いながら、

「どう?」

 その一瞬だった。目がきらきらと輝いていた。そして瞬いていた。頭にはクモの巣が張り付いていたが、それもチャームポイントだった。思わず見惚れてしまった。

「ちょっとなんとか言ったらどうなの?」

「うん。すごい」

 東雲はやったって感じで。その後も部屋を片付けていく。これやってとかあれやってとか、指示だしを沢山される。もう下僕扱いである。


 そうして五時間後。なんとか掃除が終わり、畳の上で伸びていた。いつの間にか意識はあるのだが、自分のいびきが聞こえるという不思議な感じにもなった。30分くらい眠ってから、菊おばあちゃん家で飯を御馳走になる。芋とたこの煮つけと、もつ煮、みそ汁、それに大量の白米であった。味はめちゃくちゃ美味かった。


 帰り道、東雲と一緒になる。お互いに無言。別れ際に、

「なんで手紙なんかよこしといて、そんなそっけないん」

「ごめん」

 東雲は目も合わせてくれない。また無言になる。

「もしかして、.僕、踏台か?」

「踏台って?」

「誰かほかの人にアタックしたくて、僕を出汁に使ってそのカッコイイ彼にアタックしようみたいな……」

 東雲は「そうよ。悪い」って言ってきた。思わず、声が大きくなる。東雲の肩を掴む。

「じゃあ、この僕の気持も考えて見ろよ。僕めちゃくちゃかっこ悪いじゃんか!」

 気がつくと東雲と顔がめちゃくちゃ近づいている。

「ごめん……」

 そういうと、

「もう勘違いしないから」

 そういって早歩きで家に帰った。

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