猫のサイゾウ君、ちょっと疲れちゃったよ
親父のことは大っ嫌いだが、バイトをして少し尊敬するようになった。バイトが忙しくてそれどころではないのだった。このお金じゃ生活費に消えてしまうお金である。でもこのお金すら稼ぐので死にそうになっている。ストレスも感じていた。親父は夜遅くまで働いて母親と僕と弟を養っているのだから、それだけは尊敬している。いつか自分もどこかの会社の社員になって働かなくてはならない。父親は偉大だなあと感じるこの頃である。
3年ぶりに自宅の自分の部屋に帰ると、いろいろなものが無くなっているのに気がついた。本棚も無くなっているし、秘蔵本も無くなっている。ちょっといろいろ物無くなっているんだけどと言うと、母親は一言、捨てたと。
「何で捨てたのさ!」
文句を言う。母親はヒステリックに、
「あんな気持ちの悪い本捨てたに決まってるでしょ」
「気持ちの悪い本って何さ!」
「親にそれを言わせる気? 変な漫画とかいい歳していい加減にしなさいよ! 気持ち悪くて本棚の本全部粗大ごみに出したわよ」
それですべてを悟った。秘蔵のエロ漫画本が見つかってそれで芋づる式に全部捨てられたのだと。恥ずかしさの余り、知らんっていうと、部屋に帰った。2時間ほど寝てから。ちょっと出てくると言うと、例の東雲野花の家に向かった。東雲野花は地元の短大に行っていると親は言っていた。
久しぶりに近くで見る山々は荘厳であった。雲が立体的に山に懸かっている。山々の木々は全部同じ緑色ではなくて、所々、黄緑や黄色っぽい緑、赤っぽい緑や深い緑など木々として同じ色は無かった。これを絵画で描くとなると大変だなってつくづく思う。高校の時に美術の先生に、近くの川を写生して提出したところ、先生から自然の川はこんな単純な色使いじゃないと言われた。放課後残って色を塗り重ねた。今では絵画は描かないが、暇があったら風景画とかもやってみたい。風景画とか人物画とかも駆けたらかっこいいんだろうなって思う。今は芸術活動って言ったら、小説を書くことくらい。もう何年も書いてはいるが、一度も賞に引っかかったことはない。自分だけの物語を書くことが大事で、人と比べてはならない、十年、二十年見据えて描く事が大事だって分かっているのだが、正直こころが折れそうになる。苦しい、苦しい。いろいろな想いでこころが押しつぶされそうになる。小説を書くことは苦しいが、それでも苦しいながら書いている。自分の作品には足りないものが多いのは自覚している。
そうこうしている間に、東雲野花の家に着いた。チャイムの前で固まっていると、東雲のおばさんが出て来た。開口一言。
「もしかして一波くん?」
「はい?」
「ちょっとそこでただ突っ立ってるのやめてよ。怖かったじゃない」
「すみません」
「不審者かと思ったわよ~」
それから入って入って勧められる。
「なあに、帰って来たの?」
「その……」
「なあに?」
「野花さんはいますか?」
おばさんは手を合掌させると、
「ごめんね。今学校でもう少ししたら帰ってくると思うわよ」
「そうですか……。また来ます」
そういって走って逃げた。後ろからおばさんの声が聞こえてくる。中で待っていればいいじゃない。僕はすみませんと言って走って逃げた。
それから飯を食って寝っ転がっていると、母親が東雲さんから電話よって下の階から叫んでくる。慌てて電話を取ると、
「あんたってストーカーなの?」
一言目に。
「手紙もらったから……」
「そうだけど。今さら何? キモイんだけど」
そういってがちゃんと切られた。
こうして初恋は傷心を残し終わった。単なる勘違いだった。電話を切ると、母親が口うるさくいってくる。
「ちょっと変なことはやめてよね。住めなくなったらどうするの?」
重い足取りで部屋に向かった。顔が悪いと期待すらしちゃいけないの? あまりにも不公平だよ。何時間も掛けて帰って来て、その結果が、ストーカーって呼ばれるなんて。
しばらく寝込んでいたが、まあこれも取材で小説に使えんじゃんって思ったら気が楽になった。とりあえず、メモに書き付ける。
その時、どこからか黒猫が入り込んできたのか、黒猫が布団にもぐり込んできた。しっぽのぶち。これは近所の菊おばあちゃんの飼い猫サイゾウか。
「お前、サイゾウか?」
黒猫サイゾウはミャーと鳴く。切なくなってギューと抱き締める。
「久しぶり。サイゾウ。お前だけだよ。理解者はよ」
サイゾウはしばらく僕の匂いを嗅いで、部屋を歩き回っていたが、やがてもう一回布団にもぐりこむと、丸くなって目を閉じた。
サイゾウの様子に癒されると眠くなってきた。電気を消すと、サイゾウを起さないように気を付けながら布団に入ると、目を閉じた。
「いろいろあって疲れたなあ」
そんなことを思いながら。
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