草がなびき、魚も鳴いて

東雲野花の手紙

 お袋にバイトをやめたことを伝えたら、まあいいんじゃないと言われた。いつもは期待されていないと寂しい気持ちにもなるが、今日はほっとした。のもつかの間。それから説教が始まった。少しは痩せたか。身なりは整えているか、口臭が臭くないように歯は磨いているのか。あんたは人がいいから騙されやすいんだから気を付けないよ。などなど。延々と続く説教の嵐、思わずもうお腹一杯だから切るねと言って切ろうとする。お袋が付け加える。


「そうじゃ、東雲野花ちゃんから手紙来とったわよ。転送したから返事書きんさい」

「東雲から手紙、何じゃろ?」

「私に聞かんといて! 私神様じゃないんだから。そもそもあんたは昔から……」

 また説教が始まった。じゃあねと言ってプツリと切る。


 東雲野花(しののめ のはな)は昔の幼馴染である。よく昔はプロレスごっこで実験台にされた。膝蹴りされて3日間苦しんだ思い出もある。あまりに痛すぎて医者に行ったら、そのお医者さんが心配そうな顔をしながら、「辛かったら学校休んでいいんだよ」としみじみ言われた。少女漫画とかも読んでいてよく借りていた。よく緑色の上下のジャージを着て、頭を一つに結んでいたイメージがある。手はいつもポケットに突っ込んでいた。漫画についてはめちゃくちゃ詳しかった。この東雲野花とはろくな思い出がない。山に登ろうと言うので、いいよと言ったら、朝の六時にうちにやってきて、寝ぼけ眼の僕の耳を引っ張って起こすと、行きだけで4時間、ひたすら自転車を漕いだ。そして山にすたこらと昇ると、さっさと降りてまた帰り道、ひたすら自転車を漕いだ。本当にきつかった。筋肉痛で次の日呻いた。



 手紙には社交辞令のことしか書かれていなかった。懐かしくなって久し振りにみんなに会いたくなった一波は、鈍行列車にのろのろと2時間ほど乗って実家に帰った。稲穂の風景が多く見受けられるようになってきた。列車に乗り、窓から稲穂の群を見つつ考え事をしていた。なんで自分はこんなに人間関係が下手なんだろう。いつも最初は人が集まって来るのだが、最後は孤立してしまう。原因は分かっている。気に入らない人がいると、我慢しないでキャンキャンとかみついてしまう。また人を馬鹿にする癖もある。ある時、親友と大喧嘩になったことがある。その時の会話である。その親友の名は仮にGとしておく。


「お前、今まで学校でいじめられ続けてきたって言ってたよな」

「うん」

「原因分かった気がする」

 僕は身を乗り出し何々と聞く。

「怒らない?」

「怒らないよ」

「お前、人の事を小馬鹿にする癖がないか?」

 反射的にカッと頭に血が上り、全力で否定する。

「そんな癖は一切ないよ。どういうところ見て言ってるんだよ!」

 声を荒げてしまう。

「そりゃ、見ていて分かるよ。同じく大学生活送ってたじゃん。少しでも出来ない人がいると、なっちゃいねえ、とかほざいてたし、なによりお前、バカにする態度、顔に出てるよ」

 それからはGと殴り合いの喧嘩に発展した。Gが思い切り僕の腹に蹴りを入れると、

「お前だっていつか弱くなるんだよ。ずっと強い人なんていないんだよ」

「こんにゃろ! 死ね!」

「俺はバカだよ。自覚してるよ。でもお前だってバカなんだよ。記憶力だって弱いし、話はずれるし、たまにとんちんかんな回答するし、親とのことでコンプレックスの塊だし」

 僕は思いきりGの頭をグーで殴る。

「でもさ、弱い人っていちゃいけないの? 仕事が出来ないから、学歴が無いから、居場所がなくていいんだ? そんな世界だったらくそくらえと思わない?」

 ひるむ。目が泳いでしまう。

「どんな出来ないと思われている人だって、何かしら能力は持っているはずなんだよ。いろんな能力があって、いろんな人がいて、ごった煮になってひとつの社会なんじゃないかな」

 Gは話を続ける。

「何をして偉いんだよ、バカなんだよ。お前だって兄弟で比較されて嫌な気持沢山味わってきただろ」

 すとん、と考えがパズルのようにかちっとはまる。

「そりゃそうだ」

 それから無言になりGと二時間、ゲームをした。

「ありがとな、いつも」

「いいよ。俺にもクズなところがたくさんある。もしも暗黒面に落ちたら俺も頼むぜ」

 そう言ってお互いに握手して別れた。


 そうなのだ、いつも優秀な弟と比べられてきた。いろいろと……。


 そうこうしているうちに駅に着いた。それからバスに揺られて、歩いて実家に着いた。途中橋を渡る時に川を見た。昨日雨が降ったのか少し流れが強く濁っている。ちなみに自分はインドア派である。外で遊ばないで学生時代、本ばかり読んで過ごしていた。


 中学時代には高校生になったら制服デートとか女子と一緒に登校とかも出来るのかなと思っていたが、そんなものは甘い幻想であった。高校時代、一度もそんな甘い経験はなかった。高校に入って、何か部活に入ろうと思ったが、最初にテニス部に行ったら美男美女ばかりで場違いな感じがして、一時間で逃げ出した。それからサッカー部とか軽音部とかも以下同じ理由である。結局、一年の時には卓球部に入った。しかし、卓球部でふざけていた結果、卓球部から干され、その後、柔道部に入りいろいろと問題を起してしまう、暗黒時代の高校生活を送った。ある意味トラウマである。今でもこの時代のことを考えると、自己嫌悪に陥る。とはいえ、高校時代にも恩師に恵まれ、散々怒られ、同志と呼ばれる親友にも出会った。母校には散々迷惑を掛けて最悪な人間に思われているかもしれないが、母校には感謝しても感謝しきれないほどである。勉強を頑張ったとはいえ、中学時代、先生たちに嫌われ、高校受験は本当に崖っぷちであった。というのも、内申書がいらないとか内申書よりテスト重視とかの高校は限られていたからである。公立は内申書が必要なので全滅。私立しかなかった。

そんな問題児だった僕を受け入れてくれた私立の母校は当時神様に見えた。

 


 そして、家に着く。ベルを押すとはーいと言って母親が出て来た。家に入って、十分もすると、身だしなみなどで説教がやっぱり始まった。それから弟の自慢話が始まった。あわてて逃げ出すと、部屋に籠った。

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