帰還
夜遅く家に帰り寝たのは覚えている。しかし、ふと目を覚ましてみると、何故か森の中にいた。目を擦ってみても、風景は変わらない。ほっぺたをおもいっきりつねってみる。痛い。夢じゃない。周りを見回すと、ニーフさんが、切株に腰かけていた。
「ニーフさん。どうしたのですか」
ニーフさんは、うんとうなずいて話す。
「今こそ、この町の秘密を話そうと思います」
「秘密?」ケントは、首をかしげた。ニーフさんは続ける。
「この町は一度滅びかけました。」
「えっ」
ニーフさんは、息をすうっと吸った。
「この町ルートムは、商業都市として莫大な富を蓄えていました。そこに目をつけたある国が略奪の為にこの町を滅ぼそうとしたのです」
「伝説は本当だったんだ」
ニーフさんは、うなずいた。
「そうです。百二十七人の英雄たちが防戦してこの町に近づけないようにしている間に隙を見て、この町一帯に結界をはり、この異界に移動させたのです。今の住人はその末裔です」
ニーフさんは、かみしめるように話を続ける。
「ケントは、森を通って町に来たでしょう」
「あれは、一種の結界魔法です。迷わせる森です。二度とルートムが攻められないように、守るための用意の一つです」
ニーフさんは、ケントの目をしっかりと見据えた。
「結界の力の源は何か分かるかな」
ケントはかぶりを振った。
「それはこの町に住む人の希望。希望の力で、成り立っています」
ケントは、ハックが自慢気に自分の仕事について話すのを思い出した。ここで、ふっとケントは疑問に思った。
「他の町の人達はどうやってこの町に入ったのですか?」
ニーフさんは、ああと言って答えた。
「この町に来る人は、この町に入るための道を知っています」
ケントは、それでは……とまたまた疑問に思った。
「ニーフさん。どうして、僕はこの町に入れたのですか」
「この町の一部となった英雄たちが助けてくれたのでしょう」
ニーフさんは顔を緩めた。
「私が思うにはケントの心がまっすぐだったのが一つ。それに、居場所を求めて必死だったのがこの町の英雄たちの心に響いたのだとおもいますよ」
「ニーフさんは、一体何者ですか?」
ニーフさんは、ふっと笑った。
「わたしは、この町の守り神、この町と共に生きるもの」
ニーフさんは、続ける。
「これからどうするつもりですか?」
「この町に暮らすと考えてます」
それを聞いたニーフさんがきつく言った。
「心配しているものの下に帰らなくてもいいのですか。ケントには、もう帰るべき居場所がある。家族がいる。それは幸せな事です」
ケントは肩を落とした。
「三日後の朝にここに来なさい。私が故郷まで送ってあげます」
そしてこう付け加えた。
「縁があったらまた会えるかもしれません」
うなずくが足取りは重い。とぼとぼ森を出ていった。ニーフさんが、静かに、けれどもしっかりと言った。
「ケントが来て、一年間楽しかったです。ありがとう」
ケントは、みんなにおわかれを言いに行った。まず、フーオ先生。フーオ先生は、涙を流して、これからも頑張ってくださいといってくれた。ロンは、ケントの胸倉を掴んでうそつくなと叫んだが、本当だと分かると教室を出て行ってしまった。その日は、授業は無くて、みんなで遊んだ。
家に帰るとハックが窓から外をみていた。目がうつろだった。ケントが声をかけられずにいるとハックが口を開いた。
「なあ……この町出るって本当か……」
「どこで、それを」
「今日、用事があって、フーオ先生に会いにいったら、教えてもらった。」
「本気か?」
「うん」
昼が夜になったが、ハックは不機嫌だった。
二日目は、一人で石碑に花を供えにいった。花を供えた時、視線を感じた。振り返ると、でかい剣をかついだ壮年のおじさんが笑って見ていた。髪は茶髪の短髪、服装は緑色のシャツに灰色のズボンのラフな格好。ひげの生えた顔でいかつい顔をしていたが優しい笑顔だった。しかし、よく見るとおじさんの体が半透明なのだ。びっくりしたケントは、目をこすってまた見ると消えていた。泉にあった彫刻をふっと思い出した。もしかしたら、この町の英雄の一人なのかな。そう思うと、ありがたく思っていつまでも手を合わせていた。
そして、その日の夜。ケントは、ハックと、夜釣りに出かけた。ポイント地点に着くと、二人は、仕掛けをつくりそれを川に投げ入れた。その間、終始無言だった。月明かりで照らされた川は淡く青く光り流れとともにきらめいていた。しばらくするとハックがぼそっと言った。
「本当に、ここには残れないのか?」
「うん」
「そうか」
「将来の事。決めたのか?」
「音楽家になりたい」
ケントは、心の底から思っていた。
「ハックはやっぱし樽職人?」
「そうだな」
また無言になった。川のさわさわ流れる音だけが辺りを支配する。今度は、はっきりと、ハックは言った。
「約束だ。今度会う時は、お互い一人前になっていようぜ」
ハックは、ははっと力なく笑う。ケントもつられて笑う。
「そういやさあ、初めて俺んち来た時にはへったくそな笛聞かされたなあ。覚えてるか?」
「覚えてる。覚えてる。自分でもまずいと思った」
「今、笛持ってるか。最後になんか聞かせろよ」
ケントは、袋からフルートを取り出すと、吹き始めた。音色が夜空に染みわたる。心地よい。ケントはこの町での一年間をフルートの音色に込めて吹いた。楽しかった事。辛かった事。いろんな事、すべてを込めて吹いた。最後まで吹くとハックは軽く拍手してくれた。
「うまくなったなあ。それじゃあ」
ハックは、何かを取り出し、ケントに渡した。ケントが、暗闇の中、目を凝らしてみると、いつかの鷹の彫り物である。
「この町に来た記念だ。やる」
「ありがとう」
ハックは声を張り上げる。
「まだ、夜は長いんだ。百匹釣るぞ」
「負けないよ」
釣りをしながら夜遅くまで語り合った。
朝早く町を後にした。森の中をまっすぐに歩いて行くと、広場があった。真ん中にニーフさんがいた。
「お別れを言って来ましたか?」
うなずく。ニーフさんは地面に円を描く。そして、何事か唱えると円の中が白い光に包まれる。
「ここに乗れば、故郷に帰れます」
ハックにもらった鷹の彫り物を取り出してみた。町での一年間が甦る。涙が零れ落ちてくる。ニーフさんは、それを優しく眺めていた。しばらく経った後、ケントは、
「もう大丈夫です。ありがとうございます」
ニーフさんは突然奇妙なことを言った。
「言い忘れていましたが、その鷹の彫り物を決して無くしてはいけません」
「えっ? 親友からもらったものなので……」
「それだけではありません。 その鷹の彫り物はこの町に入る鍵となります。いずれまたケントが私たちを必要とするときまたこの門は開きます」
ぎょっとして鷹の彫り物を落としそうになった。
「そんなに貴重なものだったなんて」
ニーフさんはふふっと笑った。
「鷹の彫り物に生命が宿っています。作った人の生命の一部が。大事にしてください」
ケントは鷹の彫り物を握りしめながら、こくこくとうなづく。
それからしばらくぐだぐだして去り際が分からなくなっていたが、ニーフさんが話を切り上げてくれた。ケントは円の中に入る。
「故郷を思い浮かべて」
自分の家を思い浮かべた。そして、目をつぶって兄や父親を強く思った。景色がぼやける。ニーフは最後にこう言い残した。
「10年後、また会いましょう。その時は……」
シュンと音がするとケントの視界は真っ白になった。
しばらく経って恐る恐る目を開けてみると、そこはルーン国にある自宅の自分の部屋だった。周りを見回す。ケントが出かけたままの部屋だった。一刻も早く家族に会いたかった。大急ぎで、父親の部屋へと走って向かう。ドアを開けると、そこには、兄と父が書類を見ていた。気のせいか父が老いて見えた。ケントが入ってきたのを見ると二人ともびっくりした。
「ケントか?」
兄が尋ねる。うなずく。
「いつ帰ったのか?」
「今……」
「今まで、どこにいたんだ?」
説明しようとすると、兄が歩み寄ってきてケントを抱きしめた。
「おかえり」
「おかえり」の言葉は震えていた。驚いて兄を見る。兄は泣いていた。
「もう一年も連絡くれなかったじゃないか。心配してたんだぞ。親父なんか、毎日かかさずケントの無事を祈ってくれていたんだぞ」
ケントは父の方を向いて居住まいを正した。
「ただいま帰りました」
「上達はしたのか?」
フルートを取り出して、コンサートの時の曲を心を込めて吹いた。兄と父は目を見張っていた。吹き終わって父を見るととても優しい目をしていた。目には涙を溜めていた。父はかみしめるように言った。
「よく頑張ったな。おかえり」
その一言をいうと、父はその場に泣き崩れた。兄がケントを抱き締める。ケントは兄の胸にすがって泣いた。あまりに温かったから。
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