コンサート

 朝練は大変だった。しかし、ケントは二か月前のケントとは違った。毎日率先して参加するようになった。楽しかった。みんなの意外な面を知ることもできた。結構ドジなロン。食いしん坊で怖がりだけどとても優しいセイル。面白い事をいうマーク。他の人とも仲良くできた。ケントに居場所ができた。みんなでコンサートを完成させたい。みんなで喜びあいたい。そんな思いが募っていった。しかし、そんな中にもグレンは来ていなかった。しかし、みんなの説得で朝練に来るようになった。いつしかみんなが一丸となっていた。


 そんなある日の事だった。ケント達がフーオ先生の講義を聞いているとこんな事を言っていた。

「一つの曲の中にも、山場があり、それを支える場がある。それが相互に共鳴しあって、曲が出来上がっています。作曲者は場面場面に魂を吹き込んでいます。だから、君達のこれからの課題は、その魂を感じ取って自分なりに理解すること。そして場面とともに悲しみ、うれしさなどの感情を乗せて音楽をする事です」

 するとマークが手を挙げた。

「なんですか。マーク」

「先生の言う事が難しくて分りません」

 先生は苦笑すると、こんなことを言った。

「一言でいうと、心を込めて自分達も音楽の流れに乗ることです。」

「分りましたね。マーク」

「はあ」

 なんともあいまいな返事であった。

「心を込めて吹きなさい。音楽と一体になれる」

 そう締めくくって先生はこの日の授業を終えた。ケント達は、この事を心の片隅に留め置いた。


 時は過ぎ冬になった。ケント達の結束は、ますます強くなっていった。もちろん毎日練習が続く。いつしか笛を吹く事が楽しくなってきた。笛を吹くたびに爽快な気分になる。上達もしていく。いつしかそれぞれが最高のパートナーとなっていった。

 二回目の総合練習の時、フーオ先生は驚いていた。

「いいですね。いやあ、本当にすごいですね」

 お互いに顔を見合せて笑った。その様子にフーオ先生は、

「よくまとまっていますね。この調子で頑張ってください」


 帰り道、みんなで近くの川に飛び込んだ。寒かったが慣れてくると気にならなくなった。グレンも、ケントも、ロンも、マーク、セイルも、みんなで遊びまくった。ロンが叫ぶ

「コンサート、成功させようぜ」

「おおっ!」みんなも一斉に叫ぶ。

「皆で、いっぱい楽しもうぜ!」

「おおっ!」

 その言葉とともに、ロンはすっころんだ。そして馬鹿みたいに思いっきり笑った。グレンなんか涙流して笑っている。笑い声は、いつまでも絶えなかった。


 月日は流れ、春になりコンサートの前日になった。その日の夜、眠れなかったので、ハックと話していた。

「明日か。頑張れよ」

「うん」

「緊張すんなよ。気楽に行けよ」

「分かった」

「俺も行くからな」

「ええっ? 仕事は?」

「親方が工場をその日休みにしてみんなで応援しに行くことになったってわけよ」

「緊張するな」

 ハックは、しばらく黙っていたが意を決したように言った。

「なあ、この町にいつまでいるんだ」

「分かんない」

「ずっといりゃいいじゃん。住むところあるんだし」

「サンキュー」

 ケントは、笑い、思った(ずっと住むのも悪くない。)いつの間にか夜は更け、二人は眠りについた。


 本番当日、起きるとハックはもうパンを食べていた。二人は無言で食べた。ケントが、「行ってきます」といって、ドアを開けると、ハックが「頑張れよ」と声を掛けてくれた。ケントは「ありがとう」と言う。ハックは笑っていた。

 学校に着くともうすでにみんなは制服を着ていた。ケントも机の上にあった制服を着ると、武者震いがした。とうとうこの日なんだ。泣いても笑ってもすべてが決まる。緊張をほぐす為、ケントはロン達とふざけあった。その間にも時間は刻々と過ぎる。不意に先生が教室に入ってきた。

「馬車がついたから、順順に乗って」

 それぞれに自分の楽器を抱え分かれて馬車に乗った。


 会場に着くと人がたくさんいた。ケントとロンは顔を見合わせ苦笑した。

「人多くない?」

 ケントが素朴な質問をする。

「他の町からもお客さんが来てるからなあ」

 ロンは頭をかく。舞台裏から壇の上に上がりそれぞれの席に着く。足が震える。となりに座っているロンが、ガッツポーズをした。(そうだ……ここまできたらやるきゃないんだ)

 やがて幕が開き光の閃光がケント達を照らす。満開の拍手。ケント達は楽器をいつでも弾けるように吹けるように叩けるように用意する。フーオ先生の合図で演奏する。演奏は大きな流れとなりケント達、観客を包みこむ。ケントもそっとその流れの中に自分の笛の音を乗せる。心を込めて。すべてが一体感に包まれたようだ。気が付いた時にはもう演奏が終わっていた。会場に割れんばかりの拍手の中幕は閉じて行った。幕が閉じるとケントは、達成感に満ち溢れていた。うまく言えないが湧き上がるこの気持ち……初めての事だった。音楽と一体になった気がした。

「やった!成功した」

 誰かが叫んだ。ロンだった。ロンは満開の笑顔だった。


 フーオ先生の家に戻っても興奮が収まらなかった。フーオ先生の家に珍しい客がきた。

「よ! ケント、みんな」

 ハックだった。ハックは大きな箱を持っていた。

「うちの親方から差し入れ」

 みんなは、「おおっ」って言った。 

「ジュースに鶏肉十キロ、それにチーズ。食べてくれって」

 ハックは、にやっと笑った。そしてビンを一本取った。


 その夜は宴だった。ケントも、ロンや、マーク、グレン、セイルとふざけながら食べた。ケントは幸せだった。しばらくすると、ロンとセイルが大食い対決を始めた。二人ともよく食べる。周りも気づいて集まってきた。それぞれに「やれ~やれ~」と囃す。二人は一心不乱に食べ続けていたがへたばってしまった。笑っていると、ケントもやってみろとどこからかヤジが飛んできた。ということでケントもやることになった。ケントは、すぐに満腹になった。ロンが情けねえなあと言って笑う。しばらくするとロンは来年もまた、打ち上げやろうぜと言って笑う。皆も(ケントも)、また来年同じメンバーでと言った。そして思いっきり笑い合った。今だったら言える。心の底から音楽が好きだって。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る