大切なもの・後編

「どうして……」

 ケントは言葉に詰まってしまった。ニーフさんは笑う。

「また会いましたね。迷い人さん」

 ケントは口をあんぐりと開けた。

「どうして、ここに……」

「どうしてって、ここは私の森の中ですよ」

 ケントは周りを見回した。いつの間にか周りは木だらけだった。

「それよりもどうしたのですか? こんな夜更けに……」

 ケントは言葉に詰まってしまった。まさか逃げ出してきたとは言えなかった。

「探検です」

「なにか見つかりましたか」

 ケントはうつむいた。

「今日はもう暗い。明日にしたらどうですか」

「はい」

 ニーフさんは、木の皮で作った布団を持ってきてくれた。

「しっかり休みなさい。今は、休息の時です」

 ニーフさんはそれだけ言うと、どっかに行ってしまった。ケントは布団の中に潜り込む。布団の中で泣いていたがいつの間にか寝てしまった。


 笛の音が聞こえてくる。いつの間にかケントはルーン国の実家にいた。

「ケントも、もう六才か。誕生日おめでとう」

 父だ。

「頑張れよ」

 兄も祝福してくれる。どうもこの場面は六才の誕生日の日らしかった。その日は、父も兄も時間を作ってくれ一緒に祝ってくれた。そして、この日は忘れられない日でもあった。

「ケント、一つ聞いておきたい事がある」

 幼いケントは父を食い入るように見つめる。

「本当に音楽家として頑張る自信はあるのだな」

 ケントはうなずく。父が椅子の下から箱を取り出してケントに渡す。

「誕生日プレゼントだ」

 ケントの目が輝く。

「開けてもいい?」

 父はうなずく。ケントは包み紙をはずして開けると年期物のフルートが入っていた。

「その笛はこの家の創始者のユート・スワローが持っていた数少ない笛の一本だ。」

 ケントは飛び上がって喜んだ。

「本当にいいの?」

 父は微笑んでうなずく。兄も良かったなあと祝福してくれる。幼いケントは思った。どんな時も頑張ろう。この笛に恥じない人間になろう。目には、うっすら涙が浮かぶ。


 ニーフさんがフルートを吹いていた。(なんだ。笛の音はニーフさんだったのか。さっきのは夢)。周りには、リス、キツツキ様々な動物が集まっていた。そっと上体を起こす。ニーフさんは、目を瞑って吹き続ける。ケントの腕前とはまるで違う。目を瞑れば、木々のざわめき、川のせせらぎ、鳥のさえずる様子が浮かんでくる。いつまでも聴いていたい。そんな音色だった。しばらくすると演奏が終わった。動物たちは、しばらくその場にいたがやがて散っていった。その様子をニーフさんはずっと見守っていた。

「もっといればいいのに」

 苦笑するとニーフさんは言った。

「忙しいのですよ」

 意味が分からなくて黙っているとニーフさんが教えてくれた。

「秋のうちに食べ物を集めなくてはこれから来る冬を生きていけませんからね」

 ケントが感心していると、ニーフさんは思い出したように言った。

「今日は私が森を案内しましょう」


 ニーフさんは軽やかに歩いて行く。ケントは付いて行くのがせいいっぱいだった。一時間程歩いた頃であろうか。急に陽だまりにでた。中央には、大木が折れている。おそらく、この木が折れて、その分、日が当たるようになったのだろう。

「大分前に落雷で折れました」

 近寄って触る。

 ニーフさんは木を撫でる。

「何百年何千年と生きました。何百回と嵐にも耐えました。」

 何も言えない。こういうシリアスな時にはいつも言葉が出てこない。

「足元を見て何か気付きませんか?」

 ケントは足元を見ると、何本もの若木が生えている。

「生あるものはいつかは死んでいきます。厳しいようですがこれが現実です」

 壮大すぎて黙るしかなかった。

「しかしここの木の生気は、次の者達へと受け継がれます。ここに住む動物達、ここに、生えている若木達に……大切な命をもらった若木達、動物達はまた、せいいっぱい生きていきます。またそうしなければ生きていけません」

 そういうと、ニーフさんはケントにこう言った。

「ケント、どう生きるかは自由です。でも、せっかく生まれてきたのです」

 いつの間にかニーフは、ケントと呼んでいた。足元の若木を見る。まだ枝が細長く頼りないがそれでもせいいっぱいぴんと体を伸ばしている。健気な様子に自身の行動を重ね合わせるとたまらなく恥ずかしかった。

「どうすれば、いいのです」

 ケントは、つぶやいた。

「それは、ケントが決める事」

 いつしか今迄の事を振りかえっていた。少しでも大変な事があると、さぼってしまう情けなさ。その為にたくさんの人を失望させた。そんな目で見られるのは慣れていたがたまらなく辛かった。ケントの脳裏に、ロンたち、ハックが浮かぶ。みんな輝いていた。かっこよかった。生き生きしていた。うらやましかった。ケントは自分が情けなかった。悔しかった。不意にケントの脳裏になぜか父と、兄とケントとで練習していた姿が映った。持ってきた袋からフルートを出すとそれをなでた。なんとなく暖かく感じる。今度はハックのぼろぼろの手が浮かぶ。自分の手を見ると傷一つない。悔しかった。手をぐっと握りしめる。


 ニーフさんの方に向くと、

「しばらくここに住まわせて下さい。」

 ケントは、頭を下げた。

「いいが、何にするつもりかな」

「曲をものにしてみんなに謝りに行きます。そして、コンサートを成功させます。」

 そしてこう付け加えた。

「僕に考えられる事はそれしかないから」

 ニーフさんは、満足気にうなずいた。

「頑張って下さい」

「それとケント、君のフルートから念が感じられるものがある。見せてくれるかな」ニーフさんは、ケントが父からもらったフルートを手に取った。

「このフルートにはケントの父の念が入っている」

 そういうと、ニーフさんは目を閉じる。

「音楽を習うと言った時の父の喜び。練習を投げ出した時の失望。ケントを旅に出す時の父の苦悩……。すべてが詰まっている。知っていましたか?」

「知りませんでした」

 ケントの目がしらが熱くなった。ケントはしきりに袖で涙を拭っていた。空を見ると鳥が三羽大空を舞っているのが見えた。


 その日からケントの猛特訓が始まる。ニーフさんは寝る為に木の皮の繊維で作った布団をよこしてくれた。吹けない所は吹けるまで一生懸命何度も練習した。朝も夜も……こうして、二か月たった。ケントが練習する所を横で見ていたニーフさんはおもむろに口を開いた。

「ケント!」

 ケントは、呼ばれたのに気付いて振り向いた。

「ケント、そろそろ町に戻りなさい」

「はい?」

 ニーフさんは、再び繰り返す。

「町に戻りなさい」

「なんででしょうか」

 そういって、ケントは困惑した。

「聞きなさい。ケントは二か月ですごく成長しました。後は自分次第です。」

「まだ学ばせてください。まだまだ未熟です」

 ニーフさんは苦笑する。

「町に出なければなりません。町に出る事で、まだまだ大切な事が見つかりますよ。分かりましたね」

 有無を言わせぬニーフさんの言葉にうなずくしかなかった。思わず切株に座り込んだ。ケントは、ニーフさんに尋ねた。

「また、来てもいいでしょうか」

「いいでしょう。今度来るときは、この町の秘密を教えましょう」

 謎のような言葉を残して、ニーフさんは森の奥に消えて行った。


 ハックの家の前まで来ると、さすがに、ケントは躊躇った。しばらくそのままにいたが不意にドアが開いてハックが出てきた。目が合う。先に口を開いたのはケントだった。

「ハック……ごめん……」

 頭を下げる。

「っつうか、今迄どこにいたんだよ……」

 ケントは、ハックの家に入れて貰って今迄の事を説明した。ハックは信じられないようだった。

「二か月もあの森で過ごしたのかよ。凄いな」

 ケントは笛を取り出して吹き出した。流れるようなメロディー。耳に心地よい。時間があっという間に過ぎた。終ってからもしばらく目を瞑っていたが、やがて立ち上がり、釣り道具を取ると、ケントによこした。目を丸くしていると、

「お前、二か月もノルマこなしてないんだぞ。今日はたくさん釣れよ」

 ハックを見る。ハックは釣り道具を持って外に出て行ってしまった。ケントもあわてて外に出る。ケントは心に暖かさを感じた。


 次の日、学校に行った。まず、フーオ先生に謝りに行った。フーオ先生は、ケントの笛の音に驚いていた。何よりもケントの音楽に関する姿勢が変わった事に驚いていた。

「分かりました。頑張ってください。」

 そういうと、フーオ先生は握手してくれた。

 ケントが教室に入るとみんなこっちをみた。ケントは、謝るならいまだと思い頭を下げた。

「ごめん」


 その言葉にみんな顔を見合わせたが、ロンがケントの前に近づいてきて言った。

「二か月なにさぼってんだよ」

「森の中で練習してた」

 笛を取り出し吹いた。教室内にケントの笛の音が響き渡る。終わってから教室に静寂が訪れた。みんな黙り込んでいる。たまらなくなってうつむいた。涙がこみあげてくる。


その時だった。


「情けねえ顔してんじゃねえぞ。次はもうないと思えよ」

 声のした方を見ると、ロンだった。笑顔だった。

 ケントはただ、謝るしかなかった。そこでロンにまた突っ込まれる。

「そこはありがとうだろ。謝りの言葉なんて聞きたかないんだよ」

 ケントは、泣きながらやっとのことで言った。


「ありがとう」


と。

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