大切なもの・前編
月日は早いもので三か月も流れた。夏は過ぎ、秋になった。そんなある日、フーオ先生から重大発言があった。
「皆さん、聞いてください」
ケント達は、楽器を持つ手を止めた。
「春にコンサートを開きます。」
教室はざわめいた。実は学校の費用の負担の一部をコンサートでまかなっているのだった。フーオ先生は続ける。
「気を引き締めて練習して下さい」
こうしてケントたちのコンサート出場は決まった。ケントたちが出場するのは二曲。ただちに練習が始まった。楽譜を受取りフルートで合わせていく。難しい。学生一同も練習の方も当然のように熱が入る。授業の間だけではなく、休みの日、休みの時間にも練習する。そればかりではない。朝は七時に公園に集まって練習する。夜も遅くまで練習する。朝から晩まで音楽三昧である。ケントはしばらくして朝練をさぼる様になった。面倒くさくなったのである。最初は、ロン達はケントの来ない事を気にかけて励ましてくれていたが、そのうちいつもの事だと笑って流すようになった。ロン達は、コンサートが近付くにつれ、結束が固くなっていったが、ケントは孤立していった。ケントの孤立が決定的になったのが、最初の音合わせの時だった。ケントはフルートのグループに属しているので、まず、そのグループで音合わせをすることになった。しかしケント一人が合わなかった。
「ちゃんと合わせろよ」
「ごめん」
「一人だけなんだぞ」
「ごめん。」
ただただ謝るしかなかった。惨めなものだった。こんな事はハックにも言えなかった。その夜やはりケントの様子はおかしかったのか、「どうしたんだ」と聞いてくる。「なんでもない」というと、何か言いたそうにしていたが寝てしまった。それから三日後。そんな日が続き、ケントは、この町を出ようと決心した。その夜荷物をまとめるとこっそりドアを開けた。
「おい!」
ふいに声がした。ハックがこっちを向いていた。
「俺に何もいわずこの町から出ていくのか」
なんとなく怒気を含んでいた。
「ごめん」
「お前がそんな情けない奴だって思わなかった」
「ごめん」
「グレンもお前の事見損なったって言ってたぞ」
(ハックは、知ってたんだ……)なにも言えなかった。
「何も言い返さないのかよ。それじゃあ、いいよ!」
ハックは怒鳴る。
「出てけ。俺の前に二度と面みせるな」
ケントは逃げるようにして出てきた。不覚にも涙がにじみ出てきた。いつもの事だけど今回は辛かった。涙が滲み出てきた。町には霧が出ていた。とぼとぼと町の入り口まで歩いて行った。
町を出ると霧で周りが見えなくなった。それでも歩いていくと笛の音が聞こえた。聞き覚えのあるメロディーだった。近づいていくと人影がみえた。ニーフさんだった。
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