ハックのぼろぼろの手
この日、いつものように帰ってみるとハックはまだ帰っていなかった。こんな日は珍しかった。ハックの仕事は朝早く始まる代わりに夕方にはもう仕事は終わっているのだった。それから二時間余り待っていたが、一向に帰って来なかった。さすがに気がかりになったので、ハックの仕事場に行ってみることにした。
外に出るともう夕暮れ時だった。夕暮れの太陽は町を黄金色に染めていた。町を歩く人々は足早に家路へと向かう。各家庭からいい匂いが漂っていてケントの腹が、キューと鳴る。家々からは、にぎやかな声が心地よく響いてくる。(みんな、にぎやかに食べるんだな)。ケントは、小さい頃を思い浮かべていた。母親は三歳の頃にはすでにいなかった。忙しい兄と父は宮廷で夕食をとっていた。ケントはいつも一人だった。確かに好きなものは何でも言っていいほど食べられた。しかし、寂しさというものがいつも付きまとっていた。いつしかまた心の中に寂しさが入り込んで来た。それを振り払うように地図を取り出すと歩きだす。
ハックが働いている工場に着くと、もう明かりが点いていた。中を覗くと何人もの人が一生懸命働いている。ハックはと探してみると、端っこの方で斧らしき物で木を削っていた。覗き見していると、肩をぽんと叩かれた。後ろを振り向くと、がたいのいいおじさんが不審そうにこっちを見ていた。
「お前さん、何か用か?」
おじさんの威圧感に怯み返答に窮していると、またおじさんが言った。
「名前は? この町の者か?」
ケントは名前を言う。おじさんは「あ~」と言う。
「ああ。そうか、ハックの所にいる坊主か」
豪快に笑った。
「知っているんですか?」
「知っているとも、ハックがお前さんの事をいつも話しているよ」
おじさんは、腕組みして考えていたがやがて、
「お前さん、ハックを迎えに来たんだろ?」
むにゃむにゃと言葉を濁す。ここで「はい」と言えない。
「もう少し、時間がかかるから工場見学していくか?」
ケントは「是非お願いします」と言った。おじさんは満足そうにうなずいた。
「それと、俺の名前は、レン。宜しくな。」
ケントは息を呑む。この人がレン親方なんだ。そう思うと緊張してきた。
「よろしくお願いします。」
深々と頭を下げた。レン親方は豪快に笑った。
この工場で作っているものは樽である。側面の板と鏡板と呼ぶふたを作り組み合わせていく。この過程を行う上で大切な事は、頑丈でなければならない事、漏らないようにする為に繊細さも求められることである。
最初の工程の側面の板を作るのを体験させてもらった。しかし思うようにいかなかった。道具の使い方も分らなかったし、なにより体力が持たなかった。それをみて、レン親方は豪快に笑った。
「大変だろ。この仕事も」
「はい……」
ケントは、痺れる右手を擦りながら答えた。
「ハックはすごいんですね」
「そうだな。自慢の弟子だな」
親方はハックの方を見る。そしてつぶやくように言った。
「あいつは根性がある。見込みもある」
ケントもハックの方を見た。必死になって仕事をしている。
「座って見学してもいいですか」
「みんなの邪魔だけはすんなよ」
ケントは「ありがとうございます」と答える。レン親方は満足げに頷いて向こうの方に歩いていった。しばらくハックを見ていたがいつもと感じが違っていた。かっこいいのだ。必死になって物事をやっている姿は泣きたくなるほど感動的だった。いつもハックは手がぼろぼろになるまで働いて家に帰ってもぐち一つ言わない。それに比べて、自分が情けなくなってしまった。そっと立ち上がると、工場を抜け出して家に帰った。
帰ると食材を探して肉団子のスープを作った。そうして、ハックの帰るのを待っていた。待っている間、一人フルートの練習をしていた。
それから一時間程すると、ハックが帰ってきた。
「ただいま~。今日悪かったな。待たせちゃって」
家の中に入ると、ハックは驚いた。
「へえ、ケント、作っといてくれたんだ。サンキュー」
「まあね、ハックも大変だからこの位は、しないと」
ケントは、椅子から立ち上がって鍋から二人分のスープをよそいパンを用意した。
「なにからなにまで悪いな」
「まあ、ハックの大変さがよく分かったので」
ハックは、
「なんか、今日あったのか?いつもと様子が違うぞ……。熱あんじゃねえのか」
ハックは本気で心配している。
「それよか、早く食べようよ。冷めるよ」
ハックは「それもそうだな」というと椅子に座った。そうして二人はいつものように冗談言いながら夕食をとった。ハックの手はやっぱりぼろぼろだった。
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