星空の下で―Angel`s dream―
星 太一
星空の下で―Angel`s dream―
「今日は星空がきれいだね。」
ふと、君は言った。
「そうだね。」
僕はそう返した。
僕らの真上には満天の星空が広がっている。――今にも星が降ってきそうな、そんな夜。
「こんなに美しいのに、あそこに行くことはできないんだね。」
君はそう言ってため息を吐く。
「あそこでサイクリングができるなら、どんなに楽しいだろう? あなたはどう思う? ……楽しいかな?」
君のきれいな瞳に思わず本当のことを言ってしまいそうになる。――行けるよ。とても楽しいって。言ってしまいそうになる。でも――。
「楽しいだろうね。きっと星空は寒くて、そしてきらめいているだろうね。」
「ふふふ、そうね。……あなたって本当に不思議。よく知っているみたいで。」
「……いつもあの星空に思いを馳せていたからね。」
全く……僕は正直だ。
僕が彼女に会った時からずっと、僕は正直だった。
いつだったかは忘れてしまったけれど、その日、僕はけがをして動けなかった。とても痛かったから、僕は我慢をせずに正直に泣いた。そうしたらあの子――君が助けてくれたんだ。改めて「正直」って大切だと思う。
「ねえ。」
こんなことを思っていた時、ふと君は僕に話しかけてきた。
「あ、な、何?」
「黙り込んでどうしたの?」
「え……そ、それは……その。」
「分かった。また思い出していたのね?」
「な、何を?」
「昔のこと。」
「え……?」
ばれた。やっぱり僕は正直だ。嘘がどうしてもつけない。
「ちょうど一年前ね。お散歩の途中であなたに会ったの。」
「一年前? そんなに昔だったっけ?」
「そうよ。……覚えてないの?」
「ごめん。一年の間に色々ありすぎたみたい。」
「何よ。そういう時は『そんなことないよ』って少しは嘘をつくものよ。」
「そうなのか。――ごめん、僕に嘘は難しくって……。」
「そうなんだ。うふふ、おばかさん。」
そう言って君は僕にゆっくりともたれかかる。君の香りがした。柔らかい、子どものようないい匂い。
「じゃあ、正直者のおばかさんは、私がいつか空を飛べるようになると思う?」
「……。」
それは……返答に困る。
誰だって飛べる。生きとし生けるものは本当は皆飛べる。――その体が重すぎるだけだ。その体はいろいろなものを抱えすぎている。だから飛べないんだ。――もう羽は君の背中にも生えているのに。
「ねえ、おばかさん、聞いてる?」
「えっと……。」
「何?」
「信じていれば叶うと思うよ。」
「絶対?」
「うん、絶対。」
「本当に?」
「本当だよ。」
やっぱり僕には嘘がつけない。――上手な嘘が分からない。
「じゃあさ、連れてってよ。」
「え? どこまで連れていってほしいの?」
「あの星空まで。あの星空でサイクリングがしたいよ。いいでしょ?」
「……だめだよ。ちょっと間違えたら落っこちちゃうよ。生き物の体は重すぎるから。――もちろん、君も。」
「けち。あなたって本当にけち。」
「何とでも言えばいいよ。」
「意地悪。正直すぎて逆に意地悪。」
「そんなの知ってたことだろう?」
ふと沈黙が走る。
でもそんな沈黙も、君がすぐに破る。
「じゃあ……なんで私たちの体は重すぎるの?」
「簡単だよ。いろいろ抱えすぎなんだ。」
「何を私たちは抱えすぎているの?」
「え……と、例えば、何だろう?」
言葉に詰まる。――ぱっと思いつかない。あまりにもありすぎて、良い例がすぐに思いつかないんだ。
「何でも良いよ。」
「良いの?」
「うん。――怖い例えでも受け止める。」
「……実行しちゃ、嫌だよ。」
「大丈夫、気になるだけだから。」
僕はその言葉を聞いて、その言葉をゆっくりかみしめて、重たいものを打ち明けることを決意した。
「重たいものはいろいろある。脳みそとか心臓とか。それは生きるために必要な物でもあるし、生き物たちを地上につなぎとめておくためのおもりでもある。」
「心臓とかってそんなに重たいの。……だとしたら心臓とか脳みそを外せば生き物は軽くなる?」
「……軽くなるけど、実行しちゃ嫌だよ。――それに、それだけじゃ生き物は軽くならない。なるとしてもちょっと持ち上げやすくなるだけだ。」
「じゃあ、何が一番重いの?」
「心。気持ち。」
「こころ……きもち……? それは脳みそとは違うの?」
「そこはよく分からない。これはお父さんがよく言っていたことだから。僕には詳しいことは分からない。」
「無常ね。なんだか儚いな。――じゃあさ、空を飛ぶためには心とか気持ちとかそういうのを捨てればいいの?」
「そう。――実行しちゃ、嫌だよ。」
「分かってるって。……気持ちを捨てるって、なんでも捨てるの?」
「うん。」
「嬉しいも?」
「うん。」
「おいしいも?」
「うん。」
「悲しいも?」
「うん。」
「温かいも?」
「うん。」
「大好きも?」
……。
「……うん。」
「……。じゃあ、あなたは私のこと大好きじゃないの?」
「そんなことない! 絶対に! ありえない……うん、ありえない。」
「……。」
君のきれいな瞳が僕に向かって真っすぐに光を放つ。そしてすぐにこんなことを言った。
「戦ってるね。」
「うん、戦ってる。」
「かわいそう。」
「ごめんね。」
ぽつり、ぽつりと僕らの口から言葉の塊があふれ出てくる。
「私……私ね?」
君が僕を見る。ほほが少し濡れている。――大丈夫かな、どこか痛いのかな?
「泣いているの?」
「そんなことはどうでも良いから私の話を聞いて。私ね、おばかさんのあなたは好き。でも、かわいそうなあなたは嫌い。」
「……うん。」
「――だから、私はまだあなたと一緒に空を飛べそうにないよ。」
「ごめんね。」
僕は正直に泣いた。でも、すぐに止まる。――僕の心は奇妙で切ないよ。
「本当にかわいそう。あなたはこの星で生きるには、本当にかわいそうよ。」
「仕方ないよ。……そろそろ帰らなくちゃ。またね。」
「忘れちゃう?」
「多分。――でも。」
僕は立ち上がりながら言う。
君も僕のまねをして立ち上がった。
お互いに向き合う。
「会う度に、君の星空の瞳に恋をする。」
僕は君のほほに口づけをぽとんと落とした。――彼女のほほは海の味がした。
「君は地球だね。星空も、大海も持っているんだね。」
「変なの。――本当におばかさん。」
僕はそう言って笑う彼女に微笑みかけて、白くて大きな「翼」を背中から取り出した。
「また、私に恋してね。」
「うん、きっとね。」
「そういう時は『絶対に恋するよ』って言うものよ! おばかさん!」
――ざああっ!
僕を迎えに来た風の吹く音と君のその台詞は同時に起こった。だから君がなんていったのかは実はよく分かっていない。
僕は天使。
君は人。
僕らの願いは星空で巡り合うこと。
星空の下で―Angel`s dream― 星 太一 @dehim-fake
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