妖星観測局 朗読台本

星杜鳳弥×星灯楓花

世界というのは実に多様なものだ。長く丸く続いていくのが正常な姿だがそれができる世界は望外に少ない。可能性はあまりに多様で、創成をなす者はあまりに多く、大きく広く世界を維持し、涵養していられるだけの素養を持つ者はそう多くない。


一瞬だけの世界。街1つ分の世界。半球だけが稼働している世界。出来損ないの分岐点のその先の世界。寄せては返し、夕日が沈んでいくだけの波打ち際。雨の振り続ける湖畔。ただ焼けては戻ることを繰り返す森。完成されているから手のつけようがなく、手の施しようがないとも言えるかもしれないが、兎にも角にも記録するのは楽で、何時でもそういう風にあるというのは訪れる側としては気が楽だ。これだけ未完成な世界を維持し続けるというのはある種のエゴみたいなものだが、記録者の特権と言っても差し支えない。


ゆらりと揺れる世界の扉をくぐって1つの世界へと向かう。沈むことのない夕焼けが空を茜に染めて止むことのない地方都市の歓楽街。設定だけが早って構築され、誰も生まれることなく印象的な風景のまま忘却に飲み下されるのを待つだけの世界。無人の食堂で尽きることのないシチューが丁寧に湯気を立てている。それだけの世界だ。


どこか荒涼としながらも温かみを持つ、それでいて誰もいない世界が俺は好きでよくここに足を運ぶ。くだらない人間の営みから離れられる時間は、こんな生き方をしていたって得がたい物だ。


「こんにちは、局長さん。」


誰も居ないはずの世界で、柔らかな少女の声が届いてくる。しかも、自分に向けられて。


「人違いだな。あるいは他人の空似か。」


観測局の記録は今まで接続したあらゆる世界に残っていないはずだ。万一知られていたとして、俺がその構成員で、かつ局長だという部分にまで至る手がかりは全くのゼロに違いないのに。


「警戒しなくてもいいんですよ。妖星観測局の局長さんでしょう?名前で呼ばれるのが苦手な。」


「ふん、それだけの情報を持って警戒するな、とはな。お前はいかなる手段をもって、いかなる理由をもってここにきやがった。」


持てるだけの対応手段を脳裏にうかべながら語気が強めの返事を返しつつ、少女の方へ向き直る。彼女の表情は逆光の夕日に紛れて見えなかった。この世界で何万回目かの強い風になびく髪が、その周りだけ夜が訪れたかのように錯覚させる。


「だだお話がお話がしたかっただけです。わたしたちって、あんまり他の人と話さないでしょう。ちょうどこの世界はいろいろと都合がいいので。局長さんなら、分かりますよね。」


そうだ、この世界はほとんど創作的にも、メタ的にも、登場人物に鑑賞するだけの因果を発生し得ない。同じ時間を繰り返すのみでその先へ進むことはないから話をしようと言うならいくらだってできる。町という定義をされた以上は腰をおちつける場所だって潤沢だ。しかし、目の前の少女は一体何者だ。


すっと、少女が近ずいてきて、吐息が混ざり合うほどに下から覗きこまれ、ふわりと後退してステップを踏む。1連の動作には敵意がなく、前兆も隙も全くなく、ただそうあるかのように染み付いていた。


「どうして、お前がそれを理解している。お前は一体……何者だ。」


「わたしはあなたと大元を同じくする存在です。私達はお話をなぞるだけの役者でしかない。でもそんなのって寂しいじゃないですか。あなたなら、どうにか入れ替わるための方法を知ってたりしないかなって。」


なるほどそういうことか。俺と同じ、世界を渡り歩くに足る不確かさを抱えた存在。そして創作を涵養するための創作であるということか。それを口にさせてしまうとは、我らが作者殿は相当な無茶をする。


「興味が無いな。俺は在りたいように在ることが出来ているし、余計に自我を拡張しようとも思わない。」


「つまらない人。わたしはちゃんと本物に触れてみたい。たくさんのわたしの可能性の中から、わたしにはそれが提示されているんですから。あなたはそうは思わないの?」


「へぇ……ありうる可能性の全てを自覚して包括しているのか。面白い在り方だな。」


目の前のこいつは、複数の世界に在る同一の自分の全てを知っているらしい。世界の外にオリジナルがあって、ある種俯瞰で見ているというべきか。身も蓋もない言い方をするなら、二次創作すら一次創作に組み込まれいくといったところか。


「興味がないと言っただろう。本物と言ったが、ここにあるものだって本物であることに違いはない。これが本物のでないと言うならばそれは全ての記録に対する冒涜だ。俺は観測局にあって、あらゆる世界が本物であることを担保し続けなければならん。外に出ようという気はないな。」


「やっぱりだめみたいね。作者さんはそう在ることをとても大切にしているみたいだし。ねぇ局長さん。わたしもあなたの記録する世界にお邪魔してもいいかな。」


「勝手にしろ。どうせ作者が、我らが主どのがこの会話だってみてるんだろうよ。これで色々氷解したわけだ。それなりに有意義な茶会だったな。」


「ふーん。わたしが得たものはほとんどなかったんだけど。可能性が大きく広がったからよしとしようかな。またたくさん世界が増えるかもしれないから、しっかり記録するのお願いしますね、局長さん。」


そういうと最初からなかったみたいに少女はたち消えてしまう。舌打ちが俺以外誰もいないがらんどうの世界に虚しく響いた。自分の存在を知る話し相手ができるのなら、それも悪くないのかもしれないと少しだけ考えて、長い会話を交わして未だ温度を変えず湯気を立てる黒いコーヒーを飲み干した。


苦い味は、この世界を去ったあとも舌の上に残り続けた。

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妖星観測局 星空の鍵 @hosikagi

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