まるでショーケースの中に飾ってあるおもちゃを欲しがる子供のように
その場所は、金融系のビルやデパート群が立ち並ぶ、政令指定都市の中心市街地だった。
その日は、初夏の強い日射しにさらされていた。
何車線もある道路と、幅がやたらと広い歩道……、等間隔に設置されている街路樹があった。
葉の色は、力強い緑だった。
歩道は、直射日光の部分と、建造物や街路樹の影になる部分とで、クッキリとコントラストが出来上がっていた。
隣接するデパートには多くの人がいた。
ショーウインドウ前の歩道にも多くの人がいた。
普通に生きていたら、歩道からショーウインドウを眺めることはあっても、ショーウインドウから歩道を眺めることは無い。
あの日……、私はこのショーウインドウの中にいた。(実際は、ショーウインドウというよりはイベントスペースといった感じだったけど……)
若い頃、モデル事務所に所属していた。
主に広告モデルが仕事だったんだけど……、この日はファッション関連の仕事で、マネキンの代わりに本物の人間を使うという、訳のわからない内容だった。
まぁ、時代だなって思う。
ショーウインドウの中で、その服を着て、本を読んだり、コーヒーを飲んだり、日常の動きを再現した。
あれはたった1日の仕事だったけど、私の中では、そこから見えた光景がずっと残っている。
ずっとね……。
あのとき、ガラス越しの歩道を歩いていたのは、同年代の恋する人たちだった。
あのとき、ガラス越しの歩道を歩いていたのは、小さな子供を連れた同年代の男女だった。
仕事中だったけど、精神が持っていかれそうになった。
私も恋がしたい……と、なぜか、より強く思えた。
あのとき、私も近い将来、この当事者になれると信じていた。
どれほどたくさんの人が、あのショーウインドウの前を通っただろうか……。
あんなにほしかったのに、手に入らなかった。
どっちがショーウインドウの中に居るのか?外に居るのか?わからなくなった。
私は最後の最後まで、ショーウインドウの向こう側の世界には行けなかった。
人々が、当たり前のように幸せと成長を手にしている、あっちの世界にはね。
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