開かずのタイムカプセル

初めて携帯電話を買ったのは、高校を卒業したあとだった。

それまで世の中には、ポケベルしかなかったからね。

あの頃、モデルや舞台のオーディションを受けまくりながらバイトを掛け持ちしていた。

あれが私の10代後半から20代だ。

携帯電話は、最新のものが発売されるたびに買い換えていた。

今で言うガラケーという奴だ。

そんな過去の携帯が、引っ越しをするたびに、ホコリをかぶって出てくる。


私は、この30年間、仕事と拘禁施設以外で誰かと過ごしたり会話したりした時間の合計が、全部足しても24時間いかない。

この10年に至っては、それが1秒も更新されていない。

もう、死ぬまで更新されることはないだろう。

その24時間の中だけに存在する、あまりにも短い誰かと過ごした時間……、その記録が、あのガラケーの中にある。


「タイタニックっていう映画、イイらしいよ、見に行く?」

「ちょっとぉぉ……家の前まで来てるんだけど、車、どこ止めたらいいの?」

「仕事、長引いているの?今日、会いたかったんだけどなぁ」

「あなたは1人じゃない」

「お熱下がったぁ?何か作りに行こうか?んん?早く返信してくれないと電話しちゃうよ?」

「仕事終わったら連絡してよ」

「今日、クリスマスイブじゃん。知ってた?ははは」

「私……、旦那と子供いるから、電話はしてこないでね、連絡はメールだけって言ったでしょ?」

「この歳で恋ができるなんて思わなかった」

「明日休み?じゃあ、行っていい?」


電源ボタンを押しても、電池が切れているため無反応……。

当時の充電器なんか、もう無い。

この中には、当時のあの人の顔写真と、やりとりしたメールの記録が残っている。

『大きな古時計』の歌詞のように、この携帯が動いていた頃の風景に思いをはせる。

私の恋の記録は、人生で24時間も無い……。

その記録の全てが、そこにある。


当時、使用していた携帯電話たちは、今もこの部屋のどこかに眠っている。

短い1回きりの人生……。

その時間の中で、ほんの一瞬しかない若い時間は、もう、随分前に終わってしまった。

再び、あの時間がやってくることは無い。

ホコリをかぶった開かずのタイムカプセルにアクセスして、思い出に浸る日なんて一生無いのに、なぜか、捨てられない。

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