また、半袖の季節

今年も、夏がやってきた。

5月の終盤、初夏だ。

長袖が、半袖に変わる。


気が重いのは、私の腕が傷だらけであるということ……。

ナイフや彫刻刀で、ぶっ刺しまくった跡と、タバコの火を皮膚で消した跡……、これが露呈してしまう。

まぁ、正直言って、ここまでボロボロの腕は、街で見かけたことがない。


「その傷、どうしたの?」

この言葉から、様々な人間模様がなだれ込んでくる。

日本人は、恵まれた環境でヌクヌクと生きてきた被害妄想者と、不幸の背比べをして意地でも勝とうとしたがるクソガキしかいない。

そんな被害妄想者たちが、私の傷を見て、こいつは被害妄想者だと勝手に決めつける。

その上で、私は、望んでもいない『被害者』という称号を懸けたアンマウントポジションの取り合いに、強制的に参加させられてしまう。

声なき声が聞こえてくる。


『私の方が、苦しいんだ』

『私の方が、辛いんだ』

『私の方が、遥かに困難な人生だった』

(傷を見て、ニヤッと笑った上で)『わかった、わかった、はいはい……』

『坊や、誰に慰めてほしいのかな?』

『何があったのか言ってみなよ。何でも聞いてあげる』(……と言ったあと、私の方が遥かにツラい人生経験を積んでいるからね、と余裕ぶった表情を見せる)

『私には傷は無い……、なぜなら、そういう行動を起こさないことが我慢強さであり、美徳である』

そんなクソガキどもの無言の挑発は、顔を見ればすぐにわかる。

私は思う。


『いいよ、お前が被害者で。もともと、そんな争いには興味無いから……。そもそもあからさまに不幸の背比べを挑んでくる奴なんて、私と同じ、路上と牢屋を行ったり来たりなんて絶対に経験していない。破壊的に壊れないと、そこまでいかないことを、経験上、知っている。もう、その時点でわかるよ。どうせ、家族いるんだろ!または、円満に死別したんだろ!それなりの暮らしをしてんだろ!20年、30年、この世に会話の相手とメールの相手が1人もいない人生じゃないんだろ!天涯孤独じゃないんだろ!友人や恋人が、生涯、1人もいない人生じゃないんだろ!逮捕歴無いなんて、あり得んからな!恵まれた環境でヌクヌクと生きてきた被害妄想者どもが……。そんなに不幸の背比べをして勝ちたいか?そんなに自分が世界一不幸じゃないと気が済まないか?どうせ、私が送ってきた人生の事実を話しても、信じないだろ、お前ら……。「30年、この世に会話の相手とメールの相手がいない……」「私も30年、この世に会話の相手とメールの相手がいない……」「飛んだけど助かった……」「私も飛んだけど助かった……」と、どうせ、オウム返ししてくるだけだろ。それに留まらず、今度は、「余命宣告受けた」「レイプされた」「心臓を刺した」「首を刺した」とファンタジーの世界に踏み込んででも、私に勝とうとしてくるだろ?なぜ、そこまでして勝とうとしてくるのか……。それは、お前が恵まれた環境でヌクヌクと生きてきたクソガキだからだよ。私の話が、初めからファンタジーにしか聞こえないだけ。私の女顔を見て、『こいつは金持ちの家に生まれた、気の弱い引きこもりのボンボン』という先入観を持つのは勝手だけど、どちらかと言うと真逆の人生だから、そういう態度を取られるとウザいんだわ。私が、ドス声で怒鳴り散らしたり、刃物振りかざして襲ったり、弁護士を伴って告訴の準備をするだけで、いつも、逃げ出すやん、お前ら……。暑いから半袖を着ているだけで、被害妄想を振りまくために着てんじゃねえわ、ボケカスが!』

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