CM

夜の9時半を回った。

1Kの部屋で独り……、何気なくテレビの電源を入れた。

人生が崩壊してからは、テレビを見なくなった。

理由は、幸せな人生観や家族観が画面から流れてくるだけでも辛くなるから……。

蛍光灯だと明るいので、それをオフにして、テレビを明かりの代わりにしていた。


CMが流れていた。

いろんな会社のCMが流れていた。

CMに興味をひかれることは、ほとんどない。

どちらかと言うと、邪魔くさいし、見たくない。

私は、ただ、テレビを明かりの代わりに使っただけだったのに……。


それは、突然、飛び込んできた。

忘れられないあの人が勤めている会社のCMだ。

その瞬間、記憶の底に沈んでいた彼女のことを思い出してしまう。

精力的に仕事をこなしている姿が浮かぶ。


私は、この30年間、仕事と拘禁施設以外で誰かと過ごしたり会話したりした時間の合計、全部足しても24時間いかない。

その24時間の中の、ほんのわずかな時間の光景でしかないのに……。

ああ……、大企業に勤める人妻なんか、好きになっちゃいけなかったな……。


家族観の無い私は、駆け落ち可能な人以外は絶対に無理なので、どうしても破滅願望がある人が対象になってしまう。

この会社のCMを見るたびに、あの人の姿を思い出してしまう。

それは、いつまで続くのだろうか……。

おそらく、死ぬまで続くだろうな……。


テレビを消しても、どこかでCMは流れている。

会社が潰れない限り、CMはいつまでも流れるだろう。

出会う前なら普通に見ていたCMなのに……。

この世で独りの人生……、時間の流れは残酷だなって思う。

テレビの明かりが、ゴミ屋敷のゴミ部屋を映し出している。

私は、テレビを消した。

すると、部屋の中は、一瞬で真っ暗になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る