253 藤堂さんの勝負とその結末②

 翌日の午後。

 隊務を終えるなり、伊東さんのを信じて近江屋へ向かった。もちろん、ここでもこっそり影から様子を窺うにとどめているけれど……いつの間にかこの時代のアバウトな時間感覚に慣れ過ぎてしまったのか、正確な時間を確認しておけばよかった……と少しだけ後悔した。


 それでも少し待てば、遠くから見知った顔がやって来た。

 伊東さんに藤堂さん、そして、なぜか土佐訛りの薩摩藩士さんだった。

 小さめな声で話しているせいか、この距離からでは会話の内容までは聞き取れないけれど、伊東さんと藤堂さんが土佐訛りの薩摩藩士さんの後を追いながら、何かを訴え説得しているような、そんな雰囲気だった。


 ところで、二人もあの人と知り合いなのだろうか……?

 そんなことを考えていたら、土佐訛りの薩摩藩士さんが近江屋の前で足を止めた。


「中に人を待たしゆうき、ここまでにしとうせ」


 その口調はどこか棘があるだけでなく、引き留める二人を鬱陶しそうにしながら近江屋の中へと入って行った。

 二人はそれ以上追うこともなく、お互いに困ったような顔で見合うなり歩き出すから、裏手から先回りをして、偶然を装い二人が歩く少し先の脇道から出た。


「あっ。藤堂さん!」

「え……春?」

「こんなところで会うなんて偶然ですね!」


 ではなかったと思うのに、そうだね、と素っ気なく返されただけでなく、もう行くね、とすぐにその場を去ろうとするから慌てて引き留めた。


「あ、あの! ちょっと遅くなっちゃいましたが、今年もおまじない……紅葉勝負しませんか?」


 藤堂さんなら乗ってきてくれるはず……そう思ったのだけれど、全然乗ってくる感じがしない。むしろ断られそうな雰囲気に、黙って見ていた伊東さんが口を開いた。


「おまじないとか勝負とか、何やら楽しそうですね。平助、これも何かの縁です。私なら一人で帰れるから、行ってくるといい」

「しかし、そういうわけには……」

「そ、そうですよ! 藤堂さん、私いつもの場所へ行ってるので、よかったらあとから来てください!」


 待ってますね! と告げれば藤堂さんが引き留めようとするけれど、全部無視して伊東さんに視線を移した。すぐに返ってくる爽やかな笑みには会釈で返事をして、猛ダッシュでその場をあとにする。

 後ろからはなおも藤堂さんの声が聞こえるけれど、申し訳なく思いながらも無視してしばらく走ったあと、だいぶ距離があいてから立ち止まり振り返れば、二人が並んで歩く後ろ姿が見えた。


「少し強引過ぎたかな……」


 そうは言っても、あのまま伊東さんを一人で帰らせるなんて出来ないし、私が付き添うわけにもいかない。よくよく考えれば、新選組と衛士の立場を考えると、藤堂さんが来てくれる保証だってどこにもない……。

 それでも、キッカケを作ってくれたのは伊東さんだから、その後ろ姿に向かってお礼の言葉とともに丁寧に頭を下げた。

 気づけば……胸元の着物を握りしめ、込み上げる感情を言葉にしていた。


「ごめんなさい……」


 わかっている。どんな言葉であっても決して赦されはしないこと。

 だけど、それ以外の言葉が浮かばないから、遠のく後ろ姿を目に焼きつけてその場をあとにした。




 東福寺へ着くなり、一人橋の上から紅葉を見下ろした。

 今年は少し遅めだからか、見頃は過ぎて紅葉の雲海とは呼べそうにないけれど、時折落ちる葉が作り出す赤い絨毯は、より一層際立っていた。


「来年は、また綺麗な紅い雲海が見れるといいなぁ……」


 ……もちろん、藤堂さんも一緒に。うん、一緒に。

 そのために私はここにいるんだから。


 橋の上からの景色を堪能してから下へおりれば、いつも勝負をする場所へ行く。一歩、また一歩とゆっくり進めるたびに、落ち葉を踏みしめる音が寂しく響いた。

 だいぶ日が西に傾いてきた頃、もう一つ、背後から別の足音が聞こえてきた。


「春」

「藤堂さん! よかった、来てくれたんですね」

「本当は来るつもりなんてなかったんだけど……伊東さんに追い出されてさ」

「えっ!?」


 驚く私の前で、藤堂さんが吹き出した。


「アンタってホント面白い。……まぁ、追い出されたってのは冗談だけど、行ってこいって何度も言われたのはホント」


 ……そうなんだ。伊東さんにはあんな脅しまでされたというのに、今になって感謝しっぱなしになるなんて。

 もし、中途半端な知識なんてなければ……?

 もし、もっと違う形で出会っていれば……?

 今とは全然違う印象を伊東さんに抱いていたのかな……。


「春、どうかした?」

「え? あ、いえ! そういえば、近江屋の前で話していた人とお知り合いなんですか?」

「あー……うん、まぁ、ね。ていうか、何で一緒にいたこと知ってるの? 今日、脇道から飛び出してきたのって、やっぱり偶然なんかじゃないでしょ」

「あっ、違っ、ぐ、偶然ですよ、偶然! そんなことより、あの人面白くないですか!? 薩摩藩士なのに土佐訛りで!」


 偶然じゃないことも、なんなら伊東さんが協力してくれたこともたぶんバレている気がしてきたけれど、咄嗟に話題を変えれば藤堂さんがまた吹き出した。


「春……何言ってるの?」

「え?」


 思わず首を傾げれば、耳貸して、と内緒話でもするのか手招きされた。

 すっと耳を近づければ、藤堂さんは辺りを見回してから小さな声で話し出す。


「海援隊隊長、才谷梅太郎。……いや、坂本龍馬って言った方がわかるかな……」

「え。ええええええっ!?」

「ちょ、春!」

「あ、すみません……」


 だって、内緒話だったことを忘れてしまうくらい驚いたんだもの! 坂本龍馬って、あの坂本龍馬!?

 言われてみれば、確かにあの有名な写真のいで立ちに似ているかも……。

 いや、そんなことより……知らなかったとはいえ坂本龍馬の姿を見るだけでなく言葉まで交わしていただなんて……もう驚きを通り越して放心状態になりかけていれば、藤堂さんがぽつりとこぼした。


「実はさ、見廻組とかが暗殺を企ててるっぽくて。危ないから藩邸へ移った方がいいって何度か伊東さんとも勧めてるんだけど……やっぱり元新選組のオレらじゃ信用してもらえないみたいでさ」

「元、新選組……」

「って、新選組である春にこんな話するなんて、オレもどうかしてるや……。ごめん、今の話は忘れて」


 そう言って藤堂さんはばつが悪そうにするけれど、思わずそんな話をしてしまうくらい、元新選組という肩書はやっぱり厄介なのだろう。

 そしてそれは、否が応でも近藤さん暗殺計画を思い出させる。今日の本題でもあるはずなのに、思わず俯きかければ藤堂さんの真面目な声がした。


「ねぇ。春もやっぱり知ってるの?」

「……何を、ですか?」

「衛士の中に、悪だくみをしているのがいる……って話」


 それは、もしかしなくても近藤さん暗殺計画のこと、だよね……。

 ……なんて、すぐに返事をしなかったからか、藤堂さんは肯定と受け取り苦笑した。


「やっぱり斎藤が?」

「え……」


 もしかして、藤堂さんは斎藤さんが間者だったことを知っているの?

 すでに衛士側にバレているのだとしたら、斎藤さんの身が危ない!

 そんなことを考えていたら、また苦笑された。


「相変わらずわかりやすいね。でも安心して。衛士の中じゃ、“斎藤は女にだらしがなくて、金を盗んだ引け目から帰るに帰れずどっかに消えた”って言われてるよ」


 確かに斎藤さん自身そうなるように工作したとは言っていたけれど、なんだか酷い言われようだ……。

 ……って、問題はそこではなくどうして藤堂さんは知っているのか、だ。

 けれど私の疑問を悟ったように、藤堂さんは自ら種明かしをした。

 それは単に、何の意図もなくそんなことをする人だとは思えないからなのと、近藤さんや土方さんなら、間者の一人や二人入れているだろうと思ったからなのだと。


「例の悪だくみが出始めたのと同じ頃にいなくなったしね」

「なるほど……」


 素直に頷いてしまった。というより、下手な誤魔化しは意味がない気がした。同時に、二人の付き合いの長さや深さとかを知ってしまったようで、少し悲しくもなった。

 不意に、藤堂さんとの間に紅葉が一つ落ちた。


「そういえば、紅葉勝負するんでしょ?」

「あ……」

「せっかくここまで来たんだし、日が落ちる前にやっとく?」


 藤堂さんと話をするキッカケとして咄嗟に言った台詞だけれど、毎年やっていることだし、やりながらでも話は出来る。

 それに、少しだけ気分も変えたくて、はい! と頷いた。

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