246 鉄之助くんらしく
出立の前日。
土方さんと井上さんと私と、そこへ鉄之助くんを加えた四人で恒例の
私と土方さん、そして井上さんと鉄之助くんの二人ずつで歩いていたら、後ろの鉄之助くんが急に大声を出すからびっくりした。
「すみません! 本当なら、今日ここにいるのは沖田先生ですよね? 俺が……わ、私があの日、沖田先生に無理をさせてしまったせいでっ……」
足を止めて深々と頭を下げる鉄之助くんは、沖田さんが血を吐いたのは、自分が何度も向かっていき無理をさせたからだと思っているらしい。
「鉄のせいじゃねぇよ。あいつの自業自……いや、俺の――」
「そんなわけっ! す、すみません! どんな罰でも受けます! だからどうか俺に! 俺に
「だからお前のせいじゃねぇって言ってんだろ」
「そうだぞ、鉄之助。お前も総司も、もちろん歳も。誰も悪くない。悪いのは労咳だ」
そう言って、井上さんが鉄之助くんの肩をぽんぽんと叩くけれど、幼いその身体からはやっぱり拭いきれない不安が滲み出ている。
「ねぇ、鉄之助くん」
一人に声をかけたつもりが、三人一斉に私を見るからちょっと緊張するけれど……。この際だから思い切って訊いてみる事にした。
「どうしてそこまでお兄さんの事を気にするのかな?」
以前、“親代わりの辰之助さんに迷惑をかけたくないから”とは言っていたけれど。それにしたって、とも思う。
土方さんも薄々感じていたみたいで、いい機会だからと理由を尋ねた。
鉄之助くんは戸惑いながら俯くけれど、副長を前に沈黙を貫くのは難しかったのか、諦めたように顔を上げた。
「両親が死んだのは、四年前でした」
ゆっくりとした歩みを再開させながら、少しずつ、記憶を辿るように言葉を紡いでいった。
鉄之助くんがまだ幼かった頃、父親は大垣藩の藩士だったらしい。ある日、上役と揉めた事で国を追放され、以降近江の親戚を頼って生活するも、その生活はとても苦しいものだったという。
追放の理由は兄の辰之助さんですら教えてはもらえなかったそうで、今となっては知る由もないのだと。
ただ、幼い鉄之助くんからみても
けれど、辰之助さんが十八、鉄之助くんが十の時に亡くなり、後を追うように母親も亡くなってしまったのだと。
「それからは兄が、好いた人との縁談を断ってまで私の面倒をみてくれているんです」
鉄之助くんは、両手で拳を握りながら話を続けた。
「兄が新選組に入ったのは、私のためなんです。でも、私だってもう一人で生きられる……。兄には兄の人生を生きて欲しい……。だから、我が儘を言ってついて来たんです」
けど……と、言葉に詰まった鉄之助くんの視線は、とうとう地面に落ちた。それでも、悔しさの滲む声音で懸命に続きを吐き出した。
「ここでも俺はまだ子供で……。小さくて弱くて……。せめてこれ以上
そうかそうか、と井上さんが鉄之助くんの頭をぽんぽんと撫でた。
僅か十四才……子供と大人の狭間で揺れながら、鉄之助くんだって今までたくさんの事を我慢してきたに違いない。
「なぁ、鉄」
それまで黙って歩いていた土方さんが、足を止めて鉄之助くんに向き直った。
「知っての通り
「っ! けどっ、それは俺のためで――」
「安心しろ、咎めてるわけじゃあねぇ。むしろ歓迎だろ。明確な目的がある奴ってのはな、その分きちっと仕事もこなすもんだ」
「……なる、ほど」
ほっとした表情を見せる鉄之助くんに、だが、と土方さんが続ける。
「今のお前はどうだ? 兄貴に心配かけたくねぇばっかりに、お前の中心にいるのは辰之助だ。それが悪いとは言わねぇが、そんなんじゃいつまでたってもこのままだろうな」
再び俯きかけた鉄之助くんの前髪を、土方さんは片手で掴み無理やり顔を上げさせた。同時に間近で見下ろし真剣に問う。
「お前は誰だ?」
「……市村、鉄之助……です」
「いいか。新選組に入った時点で俺はお前を一人の隊士として見てる。年齢なんざ関係ねぇ。
そう言って、鉄之助くんを解放するなり羽織を翻して歩き出す。
呆然と立ち尽くす背中に、優しく微笑む井上さんがそっと手を添え歩みを促した。
「歳も同じなんだ」
「……同じ?」
「歳も幼い頃に両親を亡くしてな。
「……副長、も……」
そんな会話が聞こえてそっと振り返れば、鉄之助くんの視線は土方さんを見ていた。鉄之助くんの前を真っすぐに歩くその背中は、今の鉄之助くんの目にどう映っているのかな……。
「ただまぁ、鉄之助と違ってそれはもう札付きのやんちゃだったんだけどな」
「そうそう! バラガキなんて言われるぐら……って、イッタイ!」
思わず会話に参加したらデコピンが飛んできた。
って、どうして私だけ!?
「俺の話はどうでもいいだろうが」
言い出しっぺは井上さんなのに!?
痛む額を押さえながら睨み合いを始めるも、ぷっと吹き出す鉄之助くんの声で即終了となった。
「あ……す、すみませんっ……」
「それくらい、謝らなくて平気だよ?」
「そんなんで怒るほど俺も暇じゃねぇしな」
ほぉー。すぐデコピンはするくせにー。
ちらりと横を見たら速攻で睨み返された。何でバレた!?
追撃のデコピンを回避すべく、再び鉄之助くんへ話かける。
「鉄之助くんはさ、もっと自分に正直になってもいいんじゃないかな。怒ったり笑ったり、さっき土方さんが言っていたように、“鉄之助くんらしく”、ね?」
「俺、あっ、私ら――」
「ほら、それも」
「……それ?」
「“俺”でいいと思うよ」
バラガ……訂正。傍若無人になれってわけじゃない。そもそも鉄之助くんは、自分を殺して無理にいい子ぶらなくたって、ちゃんとわきまえて行動できる子だもん。年相応に、少しずつ大人になっていけばいいと思う。
翌日。
早朝にもかかわらず、今日は調子がいいという沖田さんが屯所の入り口まで見送りにきてくれた。その隣には鉄之助くんもいて、少しの間挨拶や雑談に花を咲かせる。
「あ~あ、僕だけ留守番だなんて酷いなぁ……」
「お、沖田さん!? やっぱり一緒に――」
「冗談ですよ。僕は近藤さんの護衛をして待ってます」
「……はい。あの、無理だけはしないでくださいね」
相変わらず心配性ですね~、と茶化しながらも素直に頷いてくれる。
「じゃあ、いい子にしてるのでその代わり……」
そう言ったかと思えば突然腕を引かれ、気づけば耳元に沖田さんの顔があった。
「帰ってきたら、一番に僕に会いに来てくださいね?」
「わっ、わかりました……」
だから耳元でしゃべらないで! 擽ったいからっ!
くすくすっと、わざとらしくそこで笑うのもやめてー!
あはは、と今度は声まであげて笑う隙に押し戻せば、いよいよ出立の時間となり、土方さんが沖田さんの隣に立つ鉄之助くんに向き直る。
「鉄。留守にする間、総司のこと頼んだぞ」
「はい!」
その顔は、幼さを残しながらも晴れやかに見える。
「鉄くん。そのまま僕の小姓になっちゃえばいいですよ~」
「沖田先生すみません。俺、副長の小姓でいたいです!」
わぁ……副長の小姓
土方さんは一瞬目を見張るも、お前の好きにしろ、と視線を外してぶっきらぼうに言い放つ。
けれどもすぐに鉄之助くんを見下ろして、その頭をぽんぽんと叩いた。
「総司を頼むな」
「……はいっ!」
元気に返事をするその顔は、照れくさそうにしながらも嬉しさがあふれ出ていて、見ているこっちまでつられて嬉しくなる。
何より、また一つ鉄之助くんの新たな表情を見れた気がする!
そして、同じように土方さんが耳まで赤いのは、たぶん朝焼けだけのせいじゃない……って睨まれたし!
「行くぞ、琴月っ!」
「はーい!」
慌ただしくも改めて二人に挨拶をして、江戸へ向け歩く背中を追いかけるのだった。
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