150 雪遊び

 今日は一段と寒くて、布団にくるまったまま寝たふりを続けていれば、土方さんが普段とは違う台詞を口にした。


「積もってるぞ」

「……積もってる?」

「おい、起きてんじゃねぇか……」

「あ……」


 それでも聞こえないふりで布団から飛び出せば、すでに雨戸は開いていて、いつも以上に障子が白く光っている。

 両手を広げるように一気に開ければ、見慣れた庭の景色は真っ白な雪に覆われていた。


「うわぁ……。土方さん雪ですよ!? 積もってますよ!」


 土方さんも隣にやって来ると、見るから呆れ顔で私を見下ろした。


「ったく、普段は寒い寒いうるせぇくせに、雪だと朝から元気だな」

「不思議と雪の日の方が寒く感じないじゃないですか!?」


 寒いのは苦手だけれど、雪は嫌いじゃない。

 隊務まで雪遊びでもしようかと考えていれば、土方さんが鼻で笑った。


「まるで餓鬼だな」

「ガキで結構ですー。雪を楽しめなくなったら年をとった証拠ですよーだっ」


 わざとらしくあっかんべーをしてみせれば、案の定視界の端から腕が伸びて来る。咄嗟におでこを庇ったものの、直前で方向転換をした手が私の頬を容赦なく引っ張った。


「馬鹿め。罰として雪かきでもしてこい」

「ふにゃ!?」


 いったい何の罰!?

 とはいえ断ったところで副長命令が飛び出しそうな雰囲気に、仕方なく雪かきすることにしたのだった。




 朝餉を終えさっそく玄関を出てみれば、今はもう止んでいるものの、夜中から降り出したらしい雪は十センチほど積もっている。

 隅の新雪を両手で掬い上げ、そのまま握りしめるようにして雪玉を作った。さらに一回り小さな雪玉も作って上に乗せればお馴染みのものができ上がる。


「ミニサイズの雪だるま完成〜!」


 どうせなら門の横に大きな雪だるまを作ろうと、雪かきついでに転がしていけば、想像以上に大きな雪玉ができた。

 同じように一回り小さな雪玉をもう一つ作るも、大き過ぎて一人では上に乗せられないことに気がついた……。

 どうしたもんかと考えていれば、ちょうど斎藤さんが通った。


「あっ、斎藤さん! ちょっとだけ手伝ってもらえませんか?」


 二人でなら簡単に乗せられるはず……と小さい方の雪玉を大きい方の上に乗せたいのだと説明すれば、一人で軽々と乗せてくれた。

 けれど、雪だるまを指さしながら訊いてくる。


「これは何だ?」

「へ? 雪だるまですよ」


 この形はどこからどう見ても雪だるまだ。

 顔や腕はまだついていないけれど、大きくて立派な雪だるまにしか見えない。


「雪達磨ではなく、ただの雪まろげだろう」

「雪まろげ?」


 斎藤さんが言うには、雪まろげとは、雪を転がして雪玉を作る遊びのことらしい。


「なら、その雪まろげをこうして二段重ねたのが雪だるまですよ」

「違う。そんな雪達磨見たことないぞ」

「へ?」

「お前まさか、雪達磨を知らんのか?」


 知らんも何も、目の前にあるこれが雪だるまだと言っているでしょうが!

 斎藤さんの方こそ、雪だるまを知らないんじゃないのか?


「雪かきをするんだろう。なら、雪をここへ集めろ」


 言われた通り私の雪だるまとは反対側の門の脇へ雪を集めれば、平行して斎藤さんが何やら形作っていく。

 雪かきもある程度終わる頃には、斎藤さんもでき上がったらしい。


「これが雪達磨だろう」


 そこにあったのは、確かに雪だるまだった。いや、雪達磨。

 目の部分は炭の粉を丸めた炭団たどんでできていて、ご丁寧に墨で髭まで描いてある。

 そう、まさに達磨。雪で作った雪達磨。

 ところで……。


「斎藤さん、器用ですね……」


 斎藤さん作成の雪達磨はやけにリアルで、門の横にどんと鎮座するその姿は威圧感が半端ない。門番なんていらないと思えるほど。

 けれど、こんな雪だるまは見たことがないうえに全然可愛げがない。

 私も炭団で目と鼻を追加し腕代わりに枝を二本挿せば、お馴染みの可愛い雪だるまができ上がった。

 なんならバケツ代わりに木桶を乗せても可愛いと思うのに、再び斎藤さんがダメ出しをしてくる。


 あろうことか、通る隊士は揃いも揃って斎藤さんの雪達磨を褒めて行くのに、私のは何だそれ……や、ただの雪まろげだと言う。

 どうやらこの時代、雪玉を二つ重ねたお馴染みの雪だるまは存在しないらしい。

 こっちの方が断然可愛いのに!




 隊務へ行くという斎藤さんを送り出し中庭へ行けば、突然雪玉が飛んできて私の肩に当たった。

 飛んできた方向を見れば、木の陰から沖田さんがひょっこりと顔を覗かせている。


「あれくらい避けられないようじゃ、まだまだですね〜」

「なっ。陰からいきなり投げるなんて卑怯ですっ!」

「いきなりじゃなければいいんですか? じゃ、いきますよ〜」


 そう言って、隠し持っていたらしい雪玉を二つ三つと連続で投げてくる。

 とはいえ、投げられるとわかっているのなら避けられる。こういう遊びなら負ける気がしない。

 それでも沖田さん相手に油断は禁物。危うく当たりそうになりながらも全て避けてみせれば、沖田さんが感心したように言う。


「なかなかやりますね」

「どこかの誰かさんに普段から厳しく鍛えられてますからね。雪合戦くらいなら、そう簡単には負けませんよ」

「雪合戦? 合戦とは、また随分と大げさな言い方しますね。ただの雪投げですよ〜」

「……え?」


 どうやら雪合戦ではなく雪投げと言うらしい。

 雪達磨といい、雪投げって……そのままじゃん!

 なんて突っ込みを入れている間にも、雪玉は飛んでくる。かわしつつ反撃に転じるも、沖田さんはすぐに木の陰へと隠れてしまう。


「沖田さん! 隠れてばっかりずるいですよっ!」

「戦略ですよ〜」


 ちょうどその時、庭に面した廊下を永倉さんが通ったので加勢を頼めば快く引き受けてくれた。

 瞬時に状況を理解したらしく、雪玉を持って木の横へと移動する。


「春、総司を追い出すから出たところを撃て!」

「了解ですっ!」

「春くん。二対一なんて卑怯ですよ」

「ずっと隠れてる沖田さんには言われたくないですっ!」


 沖田さんは永倉さんからの横からの攻撃も華麗に避けてみせるけれど、狭い場所で避け続けるのは困難と踏んだのかあっさり出てきた。

 作戦通りすぐに狙うも、ひらりと避けられる。そのまま二人で集中砲火を浴びせるも、なかなか当たらない。

 そんな中、永倉さんの投げた雪玉が大きく逸れ、ちょうど廊下を歩いていた近藤さんの顔に当たった。


『あ……』


 思わず声を揃えて動きまで止まる。事故とはいえ、少し前には建白書を出した出された仲なのに……と妙な不安にかられていれば、パサっと落ちた雪の下から現れたのは大きな笑窪だった。


「雪投げか! 見たところ総司が一人みたいだが、二対一では不利だろう」


 そう言うと、近藤さんは沖田さん側に加わった。

 局長が一緒になって雪合戦……何だか凄い光景だけれど、当の本人は凄く楽しそうだからいいか。


 最初こそ近藤さんに投げるのは遠慮がちだったものの、白熱するにつれ上下関係など気にしている余裕もなくなる。

 私が投げた直後に永倉さんが狙い撃つ、という連携プレーで二人を追い詰めていくけれど、こちらもとうに被弾しているのですでに勝敗はそっちのけ。

 ただの雪の投げ合い……まさしく雪投げ状態だった。

 不意に、後ろから盛大な呆れ声がした。


「いい年してお前ら何してんだ……って、近藤さんもか!」

「おお、歳。一緒にどうだ? 楽しいぞ」

「楽しいぞって……局長が何やってんだよ……」


 白いため息を吐き出す土方さんに向かって、永倉さんがわざとらしく言う。


「その局長がやってるんだ。副長の土方さんがやらないわけにはいかないだろう?」

「そういう問題じゃねぇ! 全員今すぐやめ――って、うおい、総司っ! 人が話してんのに投げんじゃねぇ!」


 ギリギリのところでかわして怒鳴るも沖田さんがやめるはずもなく、あろうことか近藤さんや永倉さんまで便乗し始める。

 あげく、近藤さんが大きな笑窪を作りながら私にも雪玉を一つ手渡した。


「ほら、春も日頃の鬱憤を晴らすといいぞ」


 局長直々にそう言われては仕方がない。断る理由もないので一緒になって投げれば、とうとう土方さんが庭に降りた。


「てめぇら、いい加減にしやがれっ!」


 いい加減にしろと言いつつ足元の雪を掬い上げて丸めれば、なぜか私に向かって投げてくる。

 もちろん、避けたけれど。

 チッと悔しそうな舌打ちが聞こえれば、あとはもう四対一の雪投げの幕開けだった。


「鬼は〜そと〜。福は〜うち〜」

「おい、総司!」


 まぁ、確かに鬼の副長だけれど、投げているのは雪であって豆ではない。


「四対一は卑怯だろうが! おい、琴月! お前はこっちにつけ!」

「ええっ!」

「副長命令だっ! こっち来て雪玉作れっ!」


 仕方なく土方さんの側で雪玉を作るも、遅いだなんだの文句を言うのでできたての雪玉を投げつけてみた。


「おまっ……何しやがるっ!」

「こっちの方が早いかなーなんて?」


 次第に敵味方入り乱れての乱戦となって、全員雪まみれになるのだった……。




 全員で縁側で大の字になっていれば、大鍋を手にした島田さんが通って驚いた顔をした。

 局長、副長、副長助勤が揃いも揃って雪まみれで転がっていれば、そりゃ驚きもするよね……。


 ひょいと起き上がった永倉さんが、島田さんの持っている大鍋を覗き込んだ。大鍋と言っても、身体の大きな島田さんが持つと小鍋に見えてしまうけれど。


「お、お汁粉か。美味そうだな」

「たくさん作ったから、よかったらみんなも食べてくれ」


 そう言って、人数分のお椀まで持って来てくれたのでありがたく受け取るも、土方さんと沖田さんだけは遠慮した。

 そういえば、相当甘いと言っていたっけ?

 流行る気持ちを抑えてふーふーと冷ましていれば、一足先に永倉さんと近藤さんが食べた。


「あ、甘過ぎないか?」

「お汁粉だから甘くて当然だが……。それにしても、甘過ぎるくらい甘いが……」


 二人が揃ってお椀を置くということは、やっぱり相当甘いらしい。

  味覚も戻ったので、内心ワクワクしながら一口食べた。


「わっ、凄く甘い……」


 みんなが言うように、確かにもの凄く甘い。

 甘いけれど……。


「美味しいですよ?」

『は?』


 だから、揃いも揃ってその目は何!?

 甘いもの好きな私としては、食べられないほどの甘さというのを期待していたのだけれど、全然そんなことなかった。むしろ美味しいと思うほど。

 二口三口と進めれば、永倉さんたちのような反応に慣れているらしい島田さんが嬉しそうに笑った。


「ほう。みんな島田汁粉は甘過ぎると言うんだが、春とは好みが合いそうだ」


 島田さんが作ったお汁粉だから島田汁粉?

 名前はともかく美味しく完食すれば、沖田さんと土方さんが呆れたように口を開いた。


「春くん……」

「食いやがった……」


 続けて永倉さん近藤さんまで苦笑いを浮かべて言う。


「いくらなんでも、甘過ぎやしないか?」

「さすがは春。舌も頼もしいな!」


 いや、その褒め言葉は少し意味がわからない……。

 残りは島田さんが一人で食べるらしく、また作ったらお裾分けしてくれると言い残して大鍋を持ったまま部屋へと消えていった。

 さすがの私も、あの量全部を一気に食べ切るのは無理そうだな……と苦笑すれば、再び全員の視線が刺さっていることに気づく。

 だから、揃いも揃ってその目は何なのさっ!

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