133 秘密の暴露

 翌日、巡察へ行く土方さんを見送った足で稽古場へ向かおうとすれば、前方からやって来た三浦くんに呼び止められた。

 どうやら近藤さんが私を呼んでいるようで、普段から局長の側で身の回りの世話をしている三浦くんがわざわざ呼びに来てくれたらしい。

 二人で局長の部屋へ向かえば、三浦くんが丁寧に訊いてきた。


「琴月さんのお父上も、身分の高い方なのですか?」

「いえ、しがないサラリー……えーっと一般人、普通の人です」

「普通? 武家の出身ではないのですか? それなら豪商とか?」

「全然、全然! 本当に普通の……町人とかかな? 実は私色々あって、家族のこと含めちょっと記憶が曖昧で……」


 町人という表現が正しいのかもわからないまま何だか根掘り葉掘り訊かれそうな雰囲気に、咄嗟に記憶喪失設定を持ち出し誤魔化してみた。

 三浦くんは怪訝そうに顔をしかめるけれど、すぐに何か思い出したように表情を緩めた。


「ああ、そういえば……琴月さんは大八車に轢かれて一部記憶がないと聞きました。本当なんですね」


 誰から聞いたのか知らないけれど、説明の手間が省けて助かった。同時に、この話も終わりかとほっとしていれば、さっきまでの雰囲気が一変、三浦くんは蔑むような目で私を一瞥してから呟いた。


「何だ。いつも土方副長の側にいるからてっきり親が名の知れた奴なのかと思えば……どこの馬の骨ともわからねえ奴かよ……ふん」

「……え?」


 あれれ、気のせいかな? 今、鼻で笑わなかった? 言葉遣いまで変わっていた気がするけれど?

 そういえば三浦くんのお父さんは、亡くなってしまった佐久間象山しょうざん先生で、叔父は幕臣だとも言っていたっけ。


 初対面時、“猫かぶってるだけ”だなんて沖田さんが言っていたけれど、これはもしや、三浦くんの本性を垣間見てしまった?

 そんなことを考えていたら、後ろから呆れたような声がした。


「へー。オレは親の七光りなんてごめんだけどね」


 驚いて振り返れば、そこに立っていたのは藤堂さんだった。しまった、という顔をする三浦くんをじっと見つめている。


「誰が親だとか誰の子だとか、そんなのどうでもいいでしょ。蛙の子が蛙とは限らないし、とんびたかを産むならその逆だってあり得る。爪も上手く隠せないようじゃ、鷹にはなれないよ」


 そう言って私に視線を移した藤堂さんは、じゃあね、と残して去って行った。

 もしかして、庇ってくれたのかな……?

 隣でチッと小さく舌打ちをした三浦くんが、遠ざかるその背中を睨みつけながらぼそりと呟いた。


御落胤ごらくいんのくせに……」


 ごらくいん?

 よくわからないけれど、いい意味で使った言葉ではなさそうな気がして聞こえないふりをした。


 近藤さんの部屋につき促されるまま正面へ腰を下ろせば、三浦くんは席を外し、近藤さんと二人きりになった。

 何やらお説教でも始まりそうな緊張した雰囲気に、身体は強ばり手には変な汗までかき始める。


「春」

「は、はいぃ!」


 素頓狂な返事に、近藤さんが吹き出した。


「その慌てっぷり、総司と何か悪さでもしてるのか?」


 そこで真っ先に沖田さんの名前があがるあたり、妙に納得しそうになるけれど……共犯者だと思われていることに気づき慌てて身の潔白を訴えれば、冗談だ、と近藤さんは笑窪を作った。


「俺と一緒に江戸へ行かないか?」

「……江戸へ、ですか?」

「んむ」


 大きく頷く近藤さんは、驚く私に江戸へ行く理由、私を誘う理由を順に説明し始めた。

 およそ一月後の九月、将軍再上洛の要請と隊士募集をするため近藤さん自身が江戸へ下るらしく、江戸出身の私も一緒にどうか、という話だった。

 以前、私には両親と兄が江戸にいるけれど、事故の影響で顔も名前も思い出せない、と咄嗟についた嘘を信じて覚えてくれていたらしい。

 江戸へ行けば、何か思い出せるのではないか……と。


「そういうわけで、一緒にどうだ?」


 素性がバレないためとはいえ嘘をついてしまったこと、そんな私のためにわざわざ気を遣わせてしまったこと。

 凄く申し訳ないと思うと同時にありがたい。

 そして何より……江戸に行ってみたい!


「行きます! 連れていってください!」

「おお、そうか! ならば、歳には俺から話しておくとしよう」


 近藤さんが満足げに笑窪を作り、急遽、私の江戸行きが決定したのだった。




 その日の夜、布団を敷いていると廊下の先からドスドスと不機嫌な足音が近づき、部屋の前でピタリと止まるなりすっ飛んでいきそうなほど勢いよく襖が開かれた。


「おい! この馬鹿っ!」

「な、何ですか!? いきなり!」


 着替えの最中だったらどうしてくれるのか!

 おまけにいきなりバカ呼ばわりとか!


「江戸に行くってどういうことだ!」

「あー、えーっと……そのままの意味だと思います」

「ああ!? お前のことだ、どうせ旅行気分で気安く行くなんて言いやがったんだろう!?」


 なっ、失礼な! 近藤さんの気遣いを無下にできるわけがないし!

 そ、そりゃ、江戸なんて見たことないし、見てみたいと思ったのも事実だけれど!


「馬鹿野郎っ!」

「イタッ!」


 言葉にはしていないのに、避ける間もなくとびきり痛いデコピンが飛んできた。


「ったく、あの人も一度言い出したら聞かねぇが……今回はいつも以上に意地張りやがった」


 どうやらついさっき、近藤さんから私の江戸行きを聞かされたらしい。

 すぐさま反対したものの、最後には局長という立場を持ち出され、引かざるを得なかったと。


「呑気な顔してるが、お前まさか、江戸に行く面子を知らねぇとか言うんじゃねぇだろうな?」

「知ってますよ。近藤さんですよね?」

「他は」

「え、他?」

「おい……」


 やっぱり、というように大きなため息をつかれた。


「武田もいるんだぞ」

「え……」


 どうやら永倉さんと武田さん、そして尾形俊太郎おがた しゅんたろうさんが同行し、藤堂さんが一人先行するらしい。


「で、でも、武田さんとはあれ以来本当に何もないですし……」

「あっても困るだろうが、馬鹿野郎! とにかく、奴と一緒に行かせるわけにはいかねぇ!」


 再び不機嫌になる土方さんは、ぐちぐちと文句を言いながらぶつぶつ独り言をこぼし、しばらくして、何かを諦めたように大きなため息をついた。


「仕方ねぇ。平助に同行して二人で先行しろ」

「わかりました」

「平助には明日、お前が女だと話す」

「はい。……って、ええっ!?」






 翌日、巡察を終えたばかりの藤堂さんが部屋に呼ばれると、三人で向き合うような形で座るなり土方さんが険しい顔で腕を組んだ。

 まるでお説教でも始まりそうな雰囲気に、藤堂さんは身に覚えがないとばかりに訝しむ。


「話って何?」


 二人分の視線を集めた土方さんは、眉間に深い皺を刻みながら重そうな口を開いた。


「平助、これから話す事は他言無用だ。口外するような事があれば……切腹してもらう」

「そんなに重要な話?」

「ああ。まぁ、腹を切るのはこいつだが……」


 そう言って、土方さんが視線だけを横にずらせば、つられたように藤堂さんが私を見る。


「……って、私!?」


 どんどん追放だけじゃ済まなくなっている!

 しかも今回は人任せって、おかしいからっ!


「春……何やらかしたの?」

「な、何もしてないですっ! ……たぶん」


 改めて何かをしたわけじゃない、女なのは元からなわけで……いや、この弁明も何だかおかしな気がするけれど。


「で、春が切腹しなきゃいけないくらい重要な話って何?」


 藤堂さんが土方さんに視線を戻せば、実はな……と本題に入った。


「こいつは……女だ」


 短いような長いような、とにかく深い深い沈黙が落ちた。

 そんな沈黙を最初に破ったのは、真顔の藤堂さんだった。


「……え?」

「いや、だからな。こいつは、琴月は……女なんだ」

「藤堂さん。今まで隠していてすみません」


 深く頭を下げれば、再び訪れた沈黙を破るのは、またしても藤堂さんだった。


「何の冗談?」


 ここにいるために男のふりをすることに了承したのは私だし、バレるなと言われていたのでそのつもりで過ごしてきたのも事実だけれど。

 女らしさ……すでに息絶えているのかもしれない……。


「どうせ見た目も中身も全然女っぽくなんかないですよ……」


 全く信じてもらえない様子にそっぽを向けば、今さら藤堂さんが慌て始めた。


「ちょっと待って。……え、本当なの?」


 その驚きぶりに驚きなのだけれど。

 撃沈する私の横で、土方さんが説明していった。私が女であること、そして、それを隠している理由を。もちろん、未来から来たことだけは秘密のままで。

 最後に、急遽私の江戸行きが決まったことも告げられた。


「……というわけで、悪いんだがこいつと二人で先行して欲しい」

「そういうことなら仕方ないね。驚いたけど、とりあえず事情はわかった。わかったけど……オレは、女相手に今まで負けまいと息巻いてたんだね……」


 こうして、部屋の中には二人分の盛大なため息が響き渡るのだった。

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