107 洛陽動乱②

 全員の割り振りが決まり会所を出れば、鴨川の手前で予定通り二手に別れた。


 沖田さんの口添えで無理やりねじ込んでもらった近藤隊は、沖田さん、永倉さん、藤堂さんら少数精鋭と呼ぶに相応しいメンバーおよそ十名で構成されている。

 いくら沖田さんの体調が心配だからとはいえ、この中に加わった以上足だけは引っ張らないようにしないと……。

 そう思いながら振り返れば、谷三兄弟真ん中の万太郎さんの隣を、私以上に不安そうな顔で歩く三男の周平くんが見えた。


 周平くんは最初、土方隊に割り振られていたけれど、出発直前になって近藤さんが、周平も……と自分の隊に指名したのだった。

 ついこの間養子縁組をしたばかりだし、近藤さんの気持ちもわからなくはないけれど……。

 当の周平くんは、近藤隊の人数が少ないことに相当不安を抱いている様子で、結局、見兼ねた土方さんが兄の万太郎さんも一緒につけたのだった。


 はたしてどちらの隊が会合場所を見つけるのか。もちろん、どちらも見つけられない可能性もある。

 けれど、あんな身勝手な計画を企てるような輩は、絶対に見つけ出して阻止しなければいけない。

 とはいえ、今日だけは沖田さんに無理はさせたくない。何もなく終わってくれたら……そんな気持ちも強かったりする……。




「御用改めである! 主人はいるか?」


 最初の店に入った近藤さんが、さっそく大きな声で告げた。堂々とした近藤さんのその姿は、まるで映画のワンシーンのようで、不謹慎かもしれないけれど、凄く格好良いと思った。


「ほら春くん。近藤さんに見とれてないで始めますよ」

「あっ、す、すみません」


 思わずぼーっとしていた私の頭を、沖田さんの片手が嬉しそうにポンポンと跳ねた。

 店主の許可を得て各部屋を探すも、怪しい集団やそれらしい会合が開かれている形跡は見当たらなかった。


 続いて次の店へ。

 すると突然、沖田さんが先陣を切ると言い出し、そのまま近藤さんの返事も待たずに入っていった。

 仕方がないな……と微かな笑みを浮かべて譲る近藤さんの横を、私も慌ててすり抜ける。


 全く、体調が悪いくせに何をしているのか……。

 急いで隣に並び、誰よりも先に口を開いた。


「御用改めです。ご主人はいらっしゃいますか?」


 沖田さんの驚いた顔も無視して、奥から出てきた店主に事情を説明し改めを開始する。途中、心配し過ぎ、と沖田さんに笑われたけれど、きっと心配し過ぎるくらいがちょうどいい。

 それなのに、次の店も先に行こうとするから慌てて追い越し前へ出た。


「御用改めです。ご主人は――」

「主人はいる?」


 突然言葉を遮られ、驚きながら沖田さんとは反対側の横を見れば、そこに立っていたのは藤堂さんだった。

 店主を呼びに行く背中を見つめる横顔が、こちらに向き直りわざとらしいほどの笑顔を浮かべた。


「春ばっかりズルいよ」

「え、いや、そういうわけじゃ……」


 私はただ、沖田さんに無理をさせたくないだけで……っていうのは、誰にも言わないという約束があるから言えないけれど。

 ……って、こんなところでまで対抗心燃やさなくていいからっ!

 そんな私の心中を知ってか知らずか、沖田さんは私を見下ろしながらニヤニヤしている。

 沖田さんめっ!




 その後もわざとらしく前へ出ようとする沖田さんを阻止するべく私が前へ出れば、当然のごとく藤堂さんも前へと出たがるわけで。


「俺も、若い者たちには負けてられんな」


 そう言って、笑窪を作る近藤さんまで加わった。

 端から見れば、随分と仕事熱心に見えるかもしれないけれど、近藤さん以外の三人は、動機が不純な気がしてならない……。

 永倉さんなんて、すでに生暖かい目で見守ってくれている。


 そんな調子で次々と店を改めて行くけれど、なかなか見つからず、正直、緊張感はだいぶ薄れていた。

 沖田さんの体調が悪化している様子もないし、会合は土方隊の方で見つけて、こっちはこのまま終わってくれたら……そんな風にも思い始めた頃。

 ふと、次の店の提灯を見て足が止まった。


「池田屋……?」

「春、どうした? 行かないなら次は俺が行くぞ?」

「え、あ、はい。どうぞ……」


 ポンと私の肩に手を乗せた近藤さんにそう返すと、沖田さんや藤堂さんも近藤さんに続いて店の中へと入って行った。

 もう一度提灯に視線を移せば、妙に引っかかるその店名を再び口にする。


「池田屋って……まさか、あの池田屋?」


 詳しくは知らないけれど、“御用改めだ!”って乗り込んで、激しい戦闘が繰り広げられる……そんなドラマや映画のワンシーンが、私の脳内で再生されている。

 ……って、あれ? それってまさにこれなんじゃ!?


 騒ぐ心臓を無視して慌てて店内へ入れば、近藤さんが店主と話をしていて、そのすぐ後ろに沖田さんと藤堂さんが控えていた。

 そして、そこに加わろうとした私の身体はぐらりと揺れた。


「え……わっ!!」


 心眼が発動。……なんて物騒なことではなく、単に躓いて転びかけているだけともいう。

 地べたに転がる直前、咄嗟に目の前にあった布にすがったせいで、勢いよく布ごと倒れた。それどころか、その下にあった物まで倒してしまった。


「イタタ……。って、す、すみませんっ!!」


 足だけは引っ張らないようにと思っていたのに!

 咄嗟に頭を下げるも妙な沈黙に包まれて、慌てて顔を上げれば私を見下ろすみんなの顔が凍りついていた。

 もしや……相当高価な物でも倒してしまったのか……?

 恐る恐る視線を落とせば、私の回りにはたくさんの鉄砲や槍が散らばっていた。


「えっと……こ、これは……」


 どうして鉄砲や槍が、こんなにたくさん立て掛けてあったの? それも、わざわざ布で隠してまで……。

 しんと静まり返るこの場所で、最初に動いたのは近藤さんの目の前に立っていた店主だった。

 随分と慌てた様子で二階へ繋がる階段を駆け上がり、そして叫んだ。


「しっ、新選組が来ておりますっ!」


 それが合図とでもいうように、この場は一瞬にして騒然となった。近藤さんがみんなに指示を飛ばしながら店主の後を追い階段を駆け上がれば、沖田さんは私の元へ来るなり腕を掴み、立ち上がらせながら真剣な顔で言う。


「春くん。どうやらここのようです。急いで土方さんたちに知らせに行ってください」

「え、私!? でもっ!」


 この状況は、やっぱりあの池田屋だ。おそらく戦闘は避けられないし、沖田さんは体調のことなんて気にせず刀を振るうに違いない。


「今は、そんなこと言っている場合じゃないです! 僕は大丈夫ですから! 春くんの足ならすぐに合流できるはずです!」


 沖田さんが珍しく声を荒らげれば、背後から小さく震える声がした。


「あのっ。お、俺が行ってきます!」


 沖田さんと揃って声のした方を見れば、立っているのもやっと……という状態の周平くんがいた。

 そんな周平くんに、沖田さんは容赦なく言い放つ。


「そうですね。そんなに怯えて犬死にでもされたら近藤さんが悲しみます。二人で行って来てください。さぁ早く!!」


 沖田さんの迫力に圧され逃げるように周平くんが店を飛び出せば、階上から近藤さんの声がした。


「御用改めである! 手向かい致す者は容赦なく斬る!!」


 そして、部屋の灯りが消されたのか、薄暗い店内が一層暗くなった。


「春くんっ!!」

「っ! わ、わかりました! すぐに戻りますから!」


 私が外へ飛び出すのと、沖田さんが刀を抜き、近藤さんのいる二階へと駆け上がって行くのは同時だった。


 ここで沖田さんと押し問答をしているのは時間の無駄だと思った。

 戦端が開かれた今、沖田さんは私を無視して刀を抜くのは目に見えていたし、沖田さん一人を庇い続けて被害が拡大しては本末転倒だ……。


 立て掛けてあった武器の数からして、どんなに少なく見積もってもこちらと同じ人数はいる。おそらく、それ以上の可能性の方が高い。

 いくら精鋭揃いとはいえ、長期戦になれば人数の少ないこちらは不利になる。それならば、早々に土方さんたちに合流してもらった方がいい。

 すぐに周平くんにも追いついた。


「春は、怖くないのか?」

「何がですか?」

「伝令頼まれた時、渋ってただろう? そんなにあそこに残って戦いたかったのか?」

「違います」


 戦うために残りたかったわけじゃない。沖田さんに無理をさせたくなかっただけだ。

 それに……激しい戦闘ともなれば、こちらだって無傷で済むとは思えない。

 新選組のみんなを守りたい。傷つくところなんて見たくない……そう思っただけだ。


「そうだよな。あれで死んだら、沖田さんこそ犬死にだ。そんなの俺は絶対嫌だね」

「言い方は厳しいですけど、あれは沖田さんなりの優しさですよ」


 あんなに震えた状態であそこに残っていたら、本当に命が危なかっただろうし。


「おいっ、お前まで俺を臆病者とか思ってんのかよ!?」

「ほら、無駄話してないで急ぎますよ!」


 とにかく早く、土方隊に応援に来てもらわなければ!

 その一心で、全力で祇園の町を駆け抜けるのだった。

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