063 年越し、文久四年へ

 再び睡魔に襲われていると、やけに上機嫌な沖田さんが、にこにこしながら私の顔を覗き込んでいた。


「ひっ!?」

「寝たら皺や白髪が増えますよ~」

「え?」


 どうやら大晦日の夜は夜通し起きていないと、皺や白髪が増えるという言い伝えがあるらしい。無理して起きている方がよっぽど増えそうな気もするけれど……。


「私、もうしばらくは十八なので、皺も白髪も大丈夫ですっ!」


 まだ十代なのに、今からそんな心配なんてしたくない。


「何言ってんの。十九になるでしょ。オレと二つ違いなんだから」


 近くにいた藤堂さんが、呆れたように突っ込んできた。

 確かに藤堂さんとは二つ違いだけれど、私はまだ誕生日を迎えていないので十八才のままだ。

 それなのに、土方さんまで呆れたようにぼそりと呟く。


「その年でサバ読んでんじゃねぇよ……」

「なっ……誤魔化してません! そもそも誤魔化すような年でもないですしっ!」

「ああ? お前、何が言いてぇんだ?」

「何かお気にさわりましたか?」


 年齢に触れて欲しくなければ、自分から振らなければいいのに。

 それでも土方さんは、納得がいかない様子で再び睨んでくる。


「もう、お前は万年十八の餓鬼でいろ」

「あのですね、私の誕生日はもう少し先なのでまだ十八才なんです!」

『たんじょうび?』


 私たちのやり取りを見ていた人たちが、一斉に声を揃えて訊き返した。

 何、揃いも揃ってこの反応!


「た、誕生日ですよ。生まれた日のことじゃないですか」


 私の周りだけ、なぜか水を打ったようにしんとして、沖田さんが不思議そうに訊いてきた。


「その誕生日がこないと、春くんは年を取れないんですか?」

「そうですけど……」


 周りの顔が、全員ぽかんとしてこっちを見ているのだけれど……。

 だから何、揃いも揃ってこの反応は!?

 再び訪れた沈黙を破ったのは、永倉さんだった。


「春、何言ってんだ? 年なんて正月にみんな一斉に取るもんだろう」


 ……は?


 ああ! そうだった!

 この時代、年齢は数え年で表すんだった。


 数え年では生まれた時がすでに一才で、その後、元日を迎えるたびに一つずつ年を取る。だから、誕生日で年を取ったりはしない。

 郷に入れば郷に従えと言うし、誕生日を推すのはやめておこう。私ってば大人!


「えっと、勘違いしてたみたいですー。あはは」

「あれだ、ほら。春は色々あって記憶があやふやなところがあるからな、仕方ないさ」


 フォローしてくれた井上さんに、ありがとうございます! という視線を送れば、こちらを見ていた沖田さんの目がきらきらと輝いていた。


「春くんは自分の生まれた日を覚えてるんですね。凄いや~。僕は夏の暑い日だったっていうのを、幼い頃に姉から聞いたことがあるくらいです」

「そう言えば、オレも生まれた日なんて知らないや。いや、聞いたかもしれないけど忘れた」


 沖田さん同様、藤堂さんも知らないらしい。自分の誕生日を知っている、知らないで僅かに盛り上がり始めると、土方さんがどこか得意気な顔で割り込んだ。


「俺は覚えてるぞ。端午の節句の日だ」


 端午の節句というと、こどもの日で五月五日。何とも覚えやすい誕生日だ。

 それよりも、あの鬼の副長がこどもの日生まれって。吹き出しそうになるのを堪えていれば、遠慮なく沖田さんがケラケラと笑い出す。


「端午の節句が来るたびに、あのバラガキもこんなに大きくなって~って親戚中に言われるから、嫌でも覚えちゃっただけじゃないですか~?」

「うるせぇよ! 総司!」


 バラガキとは、触ると痛い茨のような乱暴者という意味らしい。

 土方さん、不良少年だったのか。まぁでも……年を重ねても、何となくそんな面影はあるかもしれない。


「あっ! そういえば土方さん、ついに三十ですか!?」


 五月五日が誕生日とはいえ、元日でみんな一斉に年を取るのなら、土方さんだって例外ではないはず!

 うん、予想通り思い切り睨まれた!


「わー、バラガキ怖っ!」

「うるせぇよ! 万年十八の餓鬼は黙ってろ!」

『こわーい』


 沖田さんと声を揃えれば、さらに怒るバラガキなのであった。




 気がつくと、真っ暗だった空が仄かに白み始めていて、初日の出を拝むことになった。

 縁側や庭に出る隊士たちとともに私も庭へ下りて、徐々に明るさを増していく山際をじっと見た。

 やがて太陽がその姿を現せば、みんな一様に感嘆の声を漏らし、手を合わせ拝んでいる人もいる。思わずつられて私も手を合わせた。


 年越し蕎麦も食べて初日の出も見たから、次は初詣かな? そう思って、近くにいた沖田さんたちに声をかけてみた。


「もしよかったら、みんなで初詣に行きませんか?」

『はつもうで?』

「はい! ……って、ええ!?」


 一斉に聞き返された気がするのだけれど、私、何かおかしなことを言ったか?

 まさか、この時代に初詣はないのかと若干不安になっていると、近くで聞いていた藤堂さんが、もしかして……と言った。


「恵方詣りのこと言ってる?」

「えほうまいり?」


 今度は私が訊き返す番になってしまった。

 すると沖田さんが、何か閃いたようにポンッと手を叩く。


「そういえば、春くんは頭の打ち所が悪くて記憶があやふやなんでしたね……よしよし」


 そう言って、私の頭を撫でてきた。

 都合の悪いことは記憶を失くしたことにするという便利設定にしたけれど、そんなかわいそうなものを見るような目をするのはやめてっ!

 ところで、“えほうまいり”っていったい何?


「じゃあ、このまま恵方詣りへ行きましょうか~」


 そんな沖田さんの誘いに一番に乗っかったのは藤堂さんで、そのあとに斎藤さんや井上さん、そして土方さんと何人かの隊士が続いた。

 いつの間にかそのメンバーに私も加わっていて、屯所の門を出たところで先導していた沖田さんが振り向き私に訊いてきた。


「今年はどの方角でしたっけ?」

「ほ、方角……?」

「今から行くのは恵方詣りですよ? だから、方角を訊いているんです」


 えほうまいりとやらも知らないのに、なぜ私に訊く?

 そう思うも沖田さんはとびっきりの笑顔を浮かべていて、私が知らないことをわかって訊いているのだと思った。

 案の定、答えられない私の頭を楽しげによしよしと撫でてくる。

 沖田さんめっ!


「総司。あんまり春をいじめるんじゃない。今年はきのえだろう?」


 一緒に来ていた井上さんが庇ってくれた。


「甲かぁ……じゃあ、六角堂にでも行きましょうか」


 よくわからないまま、みんなで六角堂へ向かうことになった。


 道中、井上さんの親切な説明によると、元日にその年の恵方にある寺社に参拝し、その年の幸福を祈願することを恵方詣りと言うらしい。

 ……って、初詣と似ているじゃないか!


 ちなみに六角堂とは、頂法寺というお寺のことで、本堂が六角形の形をしていることから六角堂、六角さんと呼ばれている。

 ところで、甲ってどの方角なのか……。




 六角堂へつくと、お賽銭を投げて手を合わせた。

 願い事ならいっぱいある。むしろいっぱいあり過ぎて、少ないお賽銭では申し訳ないと思うほど。

 それでも片っ端から思いつく限りの願い事をしていたら、突然、頭を軽く叩かれて、目を開けると隣には土方さんが立っていた。


「んな少ねぇ賽銭で、どんだけ願ってんだよ。みんな行っちまったぞ?」

「えっ、じゃあ、最後にもう一つだけ! えーっと……みんなが平和に過ごせますようにっ!」


 あっ……。思わず声に出しちゃったけれど……まぁいいか。

 呆れ顔の土方さんのあとを追ってみんなのところへいけば、数人が御守りを買っていた。

 いつだったか原田さんが教えてくれたように、確かに小袋には入っていないらしい。

 せっかくなので私も一つ買って、本当に小さなお札そのままなんだ~とまじまじと見つめていれば、隣にやって来た斎藤さんが小声で訊いてきた。


「守り袋は用意したのか?」

「あ……まだです」

「なら、その札を貸してみろ」


 言われた通りお札を手渡すと、斎藤さんは懐から取り出した小袋の中にお札を入れて、ついていた長い紐を私の首にかけた。

 それは以前、私が手に取って見たものとよく似ている、梅の刺繍が施された赤い守り袋だった。


「え、いいんですか!?」

「いらなければ今すぐ捨てる」

「勿体ない! それなら遠慮なくいただきますっ!」


 お礼を言って、改めてよく見てみた。


「かわいい」

「そのまま懐へしまっとけ。ご利益がなくなるぞ」

「えっ!?」


 出しっぱなしでもご利益はなくならないと思うけれど、何かに引っかけたりしたら嫌なので言われた通り懐へしまった。


「斎藤さん、ありがとうございます!」

「気にするな」






 屯所へ戻るとお雑煮ができていた。さっそく口へ運ぼうとするものの、思わず箸が止まる。


「あれ……丸餅に味噌?」


 不思議に思ったのは私だけではなかったようで、他にも同じようなことを口にする隊士たちがいて、土方さんもその一人だった。


「お前、餅ついてきたよな? どうなってんだ?」


 そんなことを私に訊かれても……。

 あっ! そういえば、八木さんに言われて一緒に丸餅を作ったんだっけ。


「こっちでは丸餅が主流みたいですよ? 正月早々、角の立った角餅なんて縁起が悪くて食べられへん! って八木さんが言ってました」


 下手な関西弁は華麗にスルーされ、なるほどな、と納得してもらえたけれど。

 再び不思議そうな顔で私を見た。


「何で味噌仕立てなんだ?」

「何でですかね? 私も雑煮と言えばすまし汁に焼いた角餅派なのでわかりません」


 すると、会話を聞いていた山崎さんが笑顔で教えてくれる。


「こっちでは、丸餅は柔らかく煮て味噌で仕立てることが多いのですよ」

「なるほど」


 もちろん味噌仕立ての雑煮もおいしくて、あっという間に完食してしまった。

 一足先に食べ終えていた土方さんが、やっぱり雑煮はすまし汁に焼いた角餅だろ……とぼやいたけれど、私的にはおいしければどちらでもいいので聞こえないふりをした。


「おい。今年は丸餅じゃなくて角餅作ってこい」

「えっ。次も私が餅つきするんですか!? 八木さんなら全部丸くしぃ! って言いそうじゃないですか」

「なら説得しろ。副長命令な」

「ええ!?」


 そんなことで副長命令出すのってどうなのさ! 副長命令出すほど、関東風の雑煮が食べたかったのか!?

 どっちにしろ、そこまで言うなら次は自分でつきに行けばいいのに!


「俺は忙しいんだ!」


 心の中だけで反論したはずなのに、なぜか睨まれた。

 な、何でバレたんだー!

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