第28話 「おっ。久しぶり。」

 〇森崎さくら


「おっ。久しぶり。」


「あっ、またここで会っちゃったね。」


 秋。

 以前、バッタリ出くわした事のあるジュエリーショップの前で。

 また、廉くんに会った。


「もしかして、まだ指輪買ってないの?」


「まだとかいうなよ。タイミングがあるんだから…」


「ふうん…」


「おまえは?」


「…うん…ちょっと…プレゼントって言うか…」


「え?高原さんに?」


「う…うん…」


「へー………って…もしかして、結婚する気になったか?」


「……」


 廉くんは無言のあたしを見て。


「よしよしよしよし!!」


 あたしの頭をくしゃくしやにして、喜んだ。


「もっ…もー!!痛いっ!!」


「良かった。あー…なんか安心した。」


「…ごめんね。色々心配かけて。」


 このまま店の前にいるのも…って事で、二人で店内に入る。

 廉くんは、もう色々決めてたみたいで。


「この指輪の…サイズは9号で…名前入れてもらえますか?」


 店員さんに、テキパキとオーダーしてる。


「ダイアナ…」


 …ふうん…

 前に言ってた、ベーカリーショップの女の人かな?

 ダイアナかあ…

 きれいな名前。



 あたしは、なっちゃんとの結婚指輪…なんて…ちょっと眺めたりした。

 …リトルベニスで式を挙げるはずだった時は…

 なっちゃんが用意してくれてた。

 でも、結局…あたしがいなくなって…

 あの指輪は、どうなったのかな…


 なっちゃん、全然話にも出さないから…どうなったかも分からない。

 まあ…話に出せないよね。

 あたしが気にするって思ってくれてるだろうし…



 だから。

 今度は…あたしが買って…

 あたしから…プロポーズ…してもいい…よね?


 なっちゃんの指輪のサイズは知ってるし…

 あたしも、変わってないし…

 …なっちゃん、お金持ちだけど、別に超高価な指輪じゃなくてもいいよね?



「これ、見せてもらっていいですか?」


 シンプルなプラチナの指輪や。

 ゴールドとプラチナが混ざり合ったようなデザインの物。


 うーん…

 あたしは…プラチナの方が好きだけど、なっちゃんはゴールドの方が似合いそうだなあ。


 色々吟味してると…


「…これは?」


 あたしは、一つの指輪のデザインが気になって問いかける。


「こちら、指輪を重ねると、お二人のイニシャルが出来上がる物です。」


「わあ…」


 素敵!!


「あ…あの、この指輪って、オーダーメイドになるんですよね?どれぐらいの期間でできますか?」


「今ですと、一ヶ月ぐらいでお渡しする事が可能です。」


 …一ヶ月なら、次になっちゃんに会う時には…渡せるのかも?


「じゃあ…この指輪でお願いします。」


 金額は、予算より随分オーバーしてしまったけど。

 すごく気に入ってしまったから…いい事にしよう。



 廉くんを見ると、彼女に贈る物の他にも…何かオーダーしてる。

 あ…もしかして…

 ご両親、復縁されたのかな?



「決めたのか?」


 あたしの視線に気付いた廉くんが、ニヤニヤしながら近付いてきた。


「うん。素敵なの見付けちゃった。」


 あたしがショーケースの中にある指輪を指差すと。


「ほお…高原さん、泣いて喜ぶだろうなあ。」


 廉くんは、嬉しそうにそう言ってくれた。



「泣いて喜ぶ?なっちゃんが?」


「賭けてもいいぜ。」


「……」


 何だか…待ち遠しくなっちゃった。



 喜んでくれるといいな…



 〇高原夏希


「さくらー……」


 さくらが帰って来てすぐ、抱きしめると。


「なっちゃん!!いつこっちに!?」


 さくらは驚いた顔で俺を見て。


「やだー!!もう!!言ってくれてたら、今日出かけなかったのにー!!」


 俺を、ポカスカと叩いた。


「あいたたっ…驚かせたかったんだよ。」


「驚いたけど…1秒でも長く一緒にいたいよ…」


「……愛してるよ。」


 ギュッと抱きしめて、キスをする。

 何度こうしても…俺の中のさくらへの熱は、冷める事を知らない。

 ああ…もうこのまま…日本に連れて帰りたい…


「…何日こっちに居られるの?」


 ズキズキズキズキ…

 さくらの言葉が、胸に突き刺さる。

 1秒でも長く一緒にいたいって言ってくれたばかりなのに…


「…明日の夕方には、出なくちゃならない。」


「…1日のために、こっちへ?」


「じゃなきゃ、またしばらく会えないからな…」


「……」


 ワールドツアーでも長い期間会わなかった。

 だけど…あれと今とじゃ話が違う。

 正直…

 ワールドツアーは毎日ステージをこなすだけだったが…

 今は、毎日違う事をしている。


 …楽しくて仕方がない!!


 そんなわけで、Deep Redの面々は…日本に帰る準備を始めた。


 弟の陽世里ひよりもロンドンから引き上げる事になり、陽世里の嫁さんである頼子ちゃんと仲のいいるーちゃんのために、マノンは向かいに家を建てた。


 ゼブラもミツグもそれぞれ家を建てたりマンションを買ったり。

 ナオトも、愛美ちゃんの実家の近くに家を建てた。


 俺は…まだ、漠然とし過ぎていて。

 事務所に寝泊まりしている。



 さくらが…一緒に帰ってくれるなら。

 事務所の近くにマンションを買うか、郊外に家を建ててもいいんだが…

 さくらは、まだ返事をくれない。



「…欲しい。」


 耳を噛みながら言うと。


「…うん…」


 さくらは、背中に手を回して来た。



 離れていても…

 以前のような不安はない。

 さくらは、もう俺から逃げ出したりしない。



「さくら…」


 さくらの肌に唇を這わせながら。

 また数日会えない日々の寂しさを埋めるかの如く…

 その感触を味わった。


「…あ…なっちゃ…ん…」


 背中に、さくらの指が強く食い込む。


「あたし…」


「…ん?」


「あっ………っ…」


「…なんだ?」


「……日本…帰る…」


「え?」


 つい、動くのをやめた。


「……」


「今、なんて?」


「……日本に、帰る…」


「明日?」


「それは、無理だよ…」


「そうか…無理か…」


「…一ヶ月…待ってくれる?」


「…分かった。」


 ああ…

 さくらと日本で暮らせる…!!


「なっちゃん…」


「ん?」


 さくらが、俺の首筋に唇を押し当てて。

 たどたどしく…キスをする。


「…愛してる…」


「…俺もだ…」


「…あのね…」


「ん?」


「……やっぱり…一ヶ月後にする…」


「何だよ…出し惜しみか?」


「うん…」


「…楽しみにしておこう…」


 上になってたさくらを下にして。


「さくら…ありがとな…」


 気持ちを込めて…キスをする。



 日本に帰ったら…

 さくらのボイストレーニングをしよう。

 ゆっくりでも…さくらを歌えるようにしたい。

 せっかく、いい声を持ってるんだ。

 …俺だけが楽しむのもいいが…


 もっと…さくらの声を、世界に届けたい。




 〇森崎さくら


 その日は…

 何だか、朝からおかしな空模様だった。



 12月。

 今日の夜、なっちゃんが一ヶ月ぶりに帰って来る。

 あたしは、それだけでテンションが高かった。



「あっ…雨…?」


 空から、ポツポツと冷たい雨が落ちてきて。

 傘を持ってなかったあたしは、唇を尖らせながらそばにあった店の屋根の下に入った。



 昨日、ジュエリーショップから電話があって。

 今日は…指輪を取に行く。


 どうしよ。

 ちゃんとラッピングしてもらった方がいいのかな?

 それとも…さりげなーく…はいっ。って、そのまま…


 シチュエーションを想像して、つい…一人で口元がニヤけちゃう。


 今夜、あたしは…なっちゃんにプロポーズする。

 クリスマスとかまで待てばいいのかもしれないけど…

 一日も早く、約束をして…なっちゃんに、安心して仕事に励んでもらいたい。



 雨が少し小降りになって、あたしは次の大きな屋根に向かって走る事にした。


「えいっ。」


 今日は冷えるなあ…

 なっちゃんが帰る頃、雪になってたりするのかな…

 今夜は温かい物でも作ろう。



 次の大きな屋根は、電気屋さんだった。

 ショーウインドーに並ぶテレビは、どれも同じニュースを流してる。


『昨日のゾーイ港での銃撃戦は…』


『犯人グループは今もなお逃走中で…』


『テロの可能性も…』


 …そう言えば、先週もどこかで銃撃戦があったって、ラジオで流れてたな…

 うちにはテレビがないから、映像で見ると…何だかちょっと本当の事なんだって思えて怖いな…



 テレビ画面には、ニュースキャスターの後で、倒れた人が救急車で運ばれるシーンや、その様子を見ていた人が泣きながらインタビューに答えるシーンが流れた。

 …こういう事件って、二階堂も出動してるのかな…

 漠然と、そんな事を考えながら。


「よし、行こ。」


 あたしは、もう、その先に見えて来たジュエリーショップに向かって走った。


 けど…



「え…まだ出来てないんですか?」


 息を切らして店内に入って。

 前回対応してくれた女の人に『指輪はまだ出来てない』と、言われた。


「一ヶ月後って言われて、昨日出来ましたって電話ももらったのに…?」


「……すみません。こちらの手違いです。」


「……」


 何だろう。

 何となく…違和感…

 なんて言うか…

 このピリピリした緊張感みたいなの…


 何だろう…

 どこかで…味わったことがある…



「おっ…」


 後ろから声がして。

 振り向いたら廉くん。


「なんか、最近ここでしか会ってないよな。」


「本当。もしかして、あたしの事つけてんの?」


「ははっ。まさか。指輪取りに来たのか?」


「うん…だけど…出来てないって言われて…」


「え?」


 廉くんは店内をぐるりと見渡して。


「あれ…俺の担当の店員がいないな…」


 つぶやいた。


 カチャ


「……」


 あたしの耳が。

 ある音を拾った。


「…廉くん。」


「ん?」


「挨拶して、さりげなく外に出よう。」


「あ?なんで…」


「…誰か…銃持ってる…」


「……」


 廉くんは、ゆっくりと顔を上げて。


「…俺の指輪も出来てないみたいだな。またにする。」


 そう言って、あたしの腕を取って…外に向けて歩き出そうと…


「あ……」


 男の店員が…入り口の前に立って『close』の看板を出した。


「騒ぐな。」


 低い声に振り向くと。

 あたし達に…銃口が向いてた。



「……」


 おとなしく、二人で手を上げる。


 …どうしよう…

 これって…何?

 もしかして…

 さっきニュースでやってた…あれ?


 確か、犯人グループは逃走中って…


「……」


 確かに…

 店員さん、前回とは…ほぼ違う顔。



「あっちに歩け。」


「……」


 言われた通り、お店の奥に歩いて行くと…店の奥にある事務所の入り口に…縛られて口にガムテープを貼られた店員さんが見えた。


「……」


「……」


 廉くんと顔を見合わせて…息を飲む。

 これって…完全に…乗っ取られてるよね。


 こういう時って…どうしたらいいんだっけ…

 あたしは、二階堂の訓練所で学んだ何かを思い出そうとしたけど…

 落ちこぼれだったあたしに、何かが出来るはずもない。


「…まずいな…」


「…何?」


「…晋が来るんだ…」


「え…?」


「11時に、ここの前で待ち合わせてる…」


「……」


 時計を見ると、あと30分。



 あたし達は、店の奥の給湯室みたいな所に押し込まれて。

 裏口の通路から、バタバタと…まだ人が入って来てるみたいだった。


「…何とか…逃げなきゃな…」


 廉くんは給湯室の戸棚を開けたり、何かを探してるみたいだったけど…

 あらかじめ、何もかも取り払ってるようだったそこには、何も残ってなかった。


「…あの人数に武器なしでは…無理だよ。」


 あたしは、絶望的な声を出す。

 今入って来た足音を入れても…たぶん、犯人グループは15人以上いる。

 店を閉めないって事は…誰かを待ってるのかな…

 だけど、このままじゃ一般のお客さんも巻き添えになっちゃう…



「くそっ!!」


 廉くんが、壁を蹴った。


 すると。


「静かにしろ!!変な気を起こすんじゃないぞ!!」


 ドアが開いて、背の高い男に銃を向けられた。


「……」


「おとなしくしてろ。そうすれば、命は助かるかもしれない。」


 男はそう言って、ドアを閉めた。


「…命は助かるかもしれないけど、どうなるか分からないっつー事だよな…」


 廉くんは溜息をつきながら、床に座りこんだ。


「…俺、結婚するつもりで、指輪買ったんだよなー…」


 突然、廉くんが話し始めた。


「…まあ、指輪って言ったら…そうなのかな?」


「ははっ、ま、そっか。」


 ポケットに何かがあるわけじゃないのに…あたしはポケットの中を探る。

 こんな時…何をどうしたら…



「…晋にも…まだ話してないんだけどさ…」


「うん…」


「子供がいるんだ。」


「え?」


「今、半年。女の子。」


「……」


 つい、口を開けて廉くんを見た。


「…なんか、言えなくてさ。」


「…そうだよね…晋ちゃんも…あたしも、子供の事は、ちょっと敏感になっちゃってたし…」


 あたしは、背筋を伸ばして。


「おめでとう。」


 笑顔を向けた。


「…サンキュ。」


「なんて名前?」


「瑠璃色の瑠に歌って書いて瑠歌るか。」


「…それってー…」


瑠音るねとは関係ないぜ?ダイアナ…彼女がさ…初めて俺の歌を聴いた時に『あなたの声は、瑠璃色みたい』って言ってくれて。」


「瑠璃色…」


 歌声を色に例えるって、何だか素敵だなって思った。

 廉くんの彼女…きっと、すごく素敵な人なんだ…


「そっか…いつかあたしも会わせてね。瑠歌るかちゃんに。」


「ああ…今日…指輪を持って…晋の前で誓おうと思ってたんだよな…」


「……大丈夫。きっと、大丈夫だよ。」


 何の手段も確信もないけど…

 そう祈るしかなかった。


 神様…

 廉くんを、彼女の元に…

 ダイアナと、瑠歌ちゃんの元に行かせてあげて。

 そして…晋ちゃんの前で…


 永遠の愛を、誓わせてあげて…。

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