第27話 「今日、どこの席だっけ?」

 〇森崎さくら


「今日、どこの席だっけ?」


 なっちゃんが聞いたけど。


「内緒。」


 あたしは…教えない。

 だって、なっちゃん…

 あたしが座ってる場所に向けて、すごく何かとアピールするから…何だか、客席の中でも贔屓されてる気がしちゃって。

 他のファンの人に申し訳ないのよ。



 今日は…

 Deep Red最後のコンサート。

 とうとう…活動休止に入る…



 二人揃っての二週間のオフは、まるで夢のようだった。

 一緒に買い物をして、一緒に料理をして、一緒に散歩して…

 なっちゃんは遠出するか?って聞いてくれたけど、あたしは近くの公園で十分だった。


 ありきたりの毎日が、大切な宝物になった。



「調子どう?」


 いつものように、個々の控室が用意されて。

 あたしは…なっちゃんの腰に手を回して問いかける。


「サイコーにいい感じ。」


 笑顔のなっちゃん。



 年が明けてからは、あっと言う間だった。

 国内をトレーラーでの移動。

 あたしは今回も同行はしなかったけど…行ける限り、ステージは見に行こうと思って…

 ズルいけど、席の確保はお願いした。


 ケリーズが休みの日や、どうしても行きたいステージに足を運んで。

 なっちゃんが…毎回最高のステージを見せてくれる事に感動した。

 本当に…なっちゃんって…

 最高のシンガーだ…。



 今日は早めに控室を出て。

 五人で一緒に過ごすって言われた。


 うん。

 それがいいよって。

 あたしも、早めにロビーに向かった。


 ずっと一緒にやってきたメンバー。

 あたしは…ナオトさんに色々言ってもらったにもかかわらず…今もまだ、その輪には入れないけど…


 でも。

 ずっと、応援する気持ちは変わらない。




「俺の、最高の仲間たちです。」


 三度のアンコールが終わって。

 Deep Redが、ステージの最前に並ぶと。

 あたしも含めて…周りはみんな、涙・涙・涙だった。


 客席は涙だけど…Deep Redの五人は満面の笑みで。

 やり遂げた。

 そんな…顔をしてた。



「…本当に、みんなに支えられてここまで来れた!!ありがとう!!」


 なっちゃんがそう言って。

 五人は繋いだ手を高く上げて…深く、お辞儀をした。

 そして…



「まさか、これで終わりや思うなよ?」


 マノンさんが言った。


「俺ら、アレで始まったんや。終わりやないけど、一応の終わりも、アレやろ?」


「だな。」


「んじゃ、もう一発行くか!!」


「最後だ!!燃え尽きるぜ!!Burn!!」


 もう終わりだと思ってた会場は、また…息を吹き返して。

 総立ちで、こぶしを振り上げた。



 今日、控室で…


「ねえ、なっちゃん…」


「ん?」


「…活動休止、あたしと関係あるよね?」


 あたしは、なっちゃんの膝に抱えられたまま…問いかけた。

 なっちゃんは無言で…優しくあたしに額をぶつけると。


「正直に?」


 低い声で言った。


「うん。」


「…考えるキッカケにはなった。」


「…そっか…」


「おまえがいなくなって、歌えないって気付いた時…これで終わりたくないって思った。」


「……」


「ちゃんと、Deep Redとして最高の形を作って、そして終わりたいって。」


 なっちゃんは、あたしの頬に手を当てて…ちゃんと目を見つめて言った。


「だから、おまえの『せい』じゃなくて、おまえの『おかげ』だと、俺は思ってる。」


「……でも…」


「終わりじゃない。スタートだ。」


 あたしの目から、涙がこぼれた。

 あたしは…このツアーが終わりに近付くにつれて。

 赤ちゃんの事以外の罪悪感が大きくなっている事に気付いた。


 それが何なのか…ずっと、気付かないフリをしてた。


 Deep Redが…あたしのせいで活動休止なんて…

 認めたくなかった。


「なんで泣く?」


 なっちゃんは、優しくあたしの涙を拭って。


「俺達、日本でもつるんで新しい事やれるんだぜ?何か演りたくなった時には、すぐにできる環境だって揃う。」


「……」


「何も、問題はない。」


 頬にキスしてくれた。



 会場を埋め尽くす、多くのファンの人に。

 Deep Redを愛して育ててくれたスタッフのみんなに。

 あたしは…すごく申し訳ない気持ちでいっぱいだったけど。



「ほんっと!!おまえら×××で×××××や!!」


 マノンさんの…放送禁止用語を聞いて…


「サイコーだった!!ありがとう!!」


 普段は何も言わないナオトさんが叫んだのを聞いて…


「おまえらサイコー!!俺達もサイコー!!」


 ゼブラさんとミツグさんが、驚くほど息ピッタリに叫んだのを聞いて…


「またいつか会おうぜ!!」


 とびきりの笑顔のなっちゃんがそう言ったのを聞いて…



 うん。

 Deep Red、最高だ。


 心から、そう思えて。



「Deep Redサイコー!!」


 このワールドツアー中、初めて…

 あたしは、飛び跳ねながら大声を張り上げた。




 〇高原夏希


 いよいよ…最後のステージの日が来た。

 年が明けてからは、あっと言う間だった。

 先に遠い国を優先してツアーに回ったからか、専用のトレーラーハウスでの移動は、かなり楽に思えた。


 …色々あったな…



「お、なんや。誰もおらん思うて来たのに。」


 ステージに立ってると、マノンがやって来た。


「残念ながら、最後も俺が一番乗り。」


 客席を見ながら言うと。


「ははっ。ホンマ、ナッキーはずっと真面目やなあ。」


 マノンは隣に並んで…俺の肩に手をかけた。


「ん?」


「ここまで連れて来てくれて、ホンマ…感謝してるで。」


「…何言ってんだよ。俺が連れて来たわけじゃない。」


「いや、ナッキーが俺に目つけてくれへんかったら、今日はなかったで。」


「俺は、おまえの情熱に助けられてたよ。」


「…まだまだ、これからもや。」


「ああ…宜しく頼むよ。」


 二人で客席を見たまま、しばらく立ち尽くした。


「とりあえず、今日は燃え尽きるで?」


「ああ。」


 小さく笑う。


「燃え尽きて、くすぶって…また火をつけて…俺達は終わんねーよ。」


 そうだ。

 俺達は終わらない。



「あっ、なんだ。もう二人も来てやがった。」


 声に振り向くと、ゼブラ。


「うわ、珍しい奴が早く来やがった。」


「なんでいっつもみたいに遅刻やないんや。縁起悪いやんか。」


「失礼な奴らだな~。」


 そうして…

 いつもより早い時間なのに。

 間もなく、ミツグとナオトも来た。


 俺達は五人でステージに立って。

 初めてのダリアを思い出したり…渡米して最初のライヴを思い出したりした。


「泣いても笑っても、Deep Redの第一章は今日で終わる。」


「ぶちかまそう。」


「おーし。」



 そして、二時間後…幕は上がった。



 いつもより客席のボルテージは高かった。

 それに応えようと、俺達もいつもよりステージを走った。

 誰のソロも…いつもより濃くてカッコ良かった。

 まさに集大成。



「俺の、最高の仲間たちです。」


 三度のアンコールが終わって。

 俺達Deep Redは、ステージの最前に並ぶと。

 みんなで肩を組んだ。

 客席では、泣いてる客に紛れて、一線を退いたスタッフの顔も見えた。


「…本当に、みんなに支えられてここまで来れた!!ありがとう!!」


 五人で高く手を上げて…深く、お辞儀をした。

 そして…


「まさか、これで終わりや思うなよ?」


 マノンが言った。


「あ?」


「俺ら、アレで始まったんや。終わりやないけど、一応の終わりも、アレやろ?」


「だな。」


 マノンの言葉に、みんなが賛同して。


「んじゃ、もう一発行くか!!」


 俺の言葉にあたふたしたのは…スタッフだったが。


「最後だ!!燃え尽きるぜ!!Burn!!」


 俺の言葉と共に…スタッフも、持場に散らばった。



 会場中が、深紅になった。

 告知したわけでもないのに、みんな深紅のTシャツやタオルを身に着けて。

 自分達の楽曲でもないBurnを最後の最後にやるなんて、どうかしてるな…って笑いも出るが。

 それが俺達だ。


 それで繋がった、俺達だ。



 全ては、ナオトと出会った音楽屋から始まった。

 ミツグの家の小さな倉庫で。

 オモチャみたいな楽器でのBurnを聴いて。

 俺も入れてくれ!!

 そう、叫んだ。


 そして、マノンと出会って。


『俺ら、深紅で深紫を超えますんで』


 マノンの言った、あの言葉…

 俺ら、本当に…ここまで来ちまったな。



 振り返ると、ナオトとミツグがいて。

 隣を見ると、マノンとゼブラがいる。

 最高の仲間たちと、突っ走って来た。


 …終わりじゃない。

 だけど、俺達は次へ行く。


 俺達のように、世界へ出て行く奴らを。

 日本から。



 こんな俺の姿を。

 会場のどこかで見ているさくらへ。

 こんな俺に…

 どうか、ついて来て欲しい、と。

 どうか、そばにいて欲しい、と。

 全身全霊で…届けたい。



 俺は、まだ終わらない。

 おまえとの夢をかなえるまで。


 歌い続ける。




 〇森崎さくら


「はー…やっと帰って来れた…」


 Deep Redは、長い長いツアーを終えて、ようやく…帰って来た。


「おかえり。」


 ベッドに横になったなっちゃんの髪の毛を撫でながら。


「…お疲れ様でした。」


 小さくつぶやく。


 …Deep Redは…これで、活動休止に入る。

 あたしとしては…すごく寂しいけど…

 まだ、彼らには…野望があるから…



「少しは、のんびりできるの?」


 あたしも、なっちゃんの隣に横になって問いかける。


「んー…そうだな…今月いっぱいは、何もしない。」


「今月いっぱいって…あと10日しかないよ?」


「10日も休めば十分さ。四月からは新しい事務所の件で、あちこち飛び回らなきゃなんねーし。」


「……」


 本気…なんだ。

 事務所を立ち上げる事…



「昨日、先に一人で帰らせて悪かったな。」


 なっちゃんが、あたしの頭を撫でる。


「ううん。あたしも、飛び跳ねすぎてクタクタだったし。」


「帰ってすぐ寝た?」


「うん。」


「そっか…俺は寝付けなくて、ナオトと朝まで飲んだ。」



 昨日は…ワールドツアーのファイナルステージだった。

 バスで行ける距離の会場だったから、あたしは深夜には家に帰れた。

 だけど…


 あの興奮のステージを見たから…

 アドレナリンが出まくってて…



「…ほんとは、あたしも眠れなかったの…」


 なっちゃんの胸に顔を埋めて言うと。


「え?寝てないのか?」


「うん…なんて言うか…ステージが凄すぎて…思い出すと眠れなくって…」


「ははっ…じゃ…少し寝るか…俺も眠い。」


「…うん…」



 少しだけ開けてた窓から、柔らかい風が入り込んで。

 なっちゃんに抱きしめられて眠る、春の昼下がり…

 なんて、贅沢なんだろう。



 幸せだった。

 怖いけど…

 これがずっと続けばいいなと思った。


 そして、あたしは翌月21歳になり。

 なっちゃんは、事務所設立のために日本とアメリカを行き来して。


 8月13日。


 なっちゃんの誕生日に。

 日本に…ビートランドという事務所を開設した。


 それにはDeep Redの面々も、もちろん携わっていて。

 世界中から、その事務所に入りたい。と、たくさんのアーティストがオーディション用の音源やビデオを送ってきて。

 実際、ライヴ審査もしたり…かなり、多忙な様子だった。


 るーさんや愛美さん、メンバーの奥さんたちは、まだアメリカにいて。

 メンバーの皆さんも、月の大半はアメリカで過ごされてたけど。


 なっちゃんは…


『悪いな、さくら。』


「ううん。風邪ひいてない?」


『ああ。来月には帰るよ。』


「うん。待ってる。」


『さくら。』


「ん?」


『…日本に…引っ越さないか?』


「…え?」


『まあ…おまえも仕事があるし、決めるのはすぐじゃなくていいけど。』


「……」


『一緒にいたい。』


「…それは…あたしもだよ…」


『考えて欲しい。』


「……分かった。」



 正直…

 日本に帰るつもりは…なかった。

 だけど、なっちゃんと離れてるのは…嫌だ。


 事務所を日本に構えたからには…

 きっと、なっちゃんはこれからも日本に居る事の方が多い。

 そのうち…ナオトさん達も…日本に帰られると思う…



「…日本か…」


 貴司さんの会社は、今も成長を続けていて。

 たまに、雑誌に取り上げられている事がある。


 日本に帰ると…会う事はないとしても…

 身近に感じられて…罪悪感が大きくなる。

 …許されるはずなんてないのに…

 罪悪感なんて、持ってて当たり前なのに…

 幸せになればなるほど、許されたいと思ってしまう。



 …だけど…

 なっちゃんと…離れていたくない。


 この頃から、あたしは。

 少し…意識するようになった。



 なっちゃんと、結婚したい。




 と。

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