第26話 「トレーラーハウスにはあまりいないかもしれないから、急用があるなら、連絡はここにくれ。」

 〇高原夏希


「トレーラーハウスにはあまりいないかもしれないから、急用があるなら、連絡はここにくれ。」


 俺はそう言って、メンバーにさくらの部屋の電話番号を渡した。


 明日はクリスマスイヴ。

 長いツアーの第二部が、昨日…ようやく終わった。

 間で数日のオフはあったものの、半年間もの長いツアー。

 強行突破でのワールドツアーだったもんだから、手順良く会場を回るなんて事が出来ない内容になってた。


 ま…これが終わったら辞めるのを知ってる社長としては、稼げるだけ稼ぎやがれって感じだもんな…

 応えてやるさ。



 しかし、さすがにスタッフの間にも疲労が見えた。

 オフにはリゾート地でリフレッシュできるような手配もしたが、それでも数人脱落者は出た。

 そのたびに、新しいスタッフを加えて新たにミーティングをする…

 ほんっと…この半年はバンドを始めて以来の地獄だった。



 空港で解散して、タクシーに乗った。

 トレーラーハウスに帰る事なく、そのままケリーズへ。



「こんばんは。」


 俺が店のドアを開けながら言うと。


「………ニッキー!!」


 すでに顔見知りになっているケリー一家の面々は、俺を見て声を上げた。


「まあ!!どうしたの!?」


 モリーに駆け寄られて、一歩退く。


「ああ…ツアーの第二部が昨日終わって、さっきこっちに着いたばかりで…」


「それはおかえりなさい~。一番にここに来てくれるなんて、光栄だわ!!」


 サリーに手を握られる。


「…さくらは?」


 俺が二人に問いかけると。


「…あ。」


 二人を顔を見合わせた。


「もう、二人とも…当然でしょ?何勘違いしてるのよ。」


 二人の背後から出て来た長女のエイミーが、苦笑い。


「サクラなら、一時間ぐらい前にスプリンターみたいにダッシュで帰ったよ。」


 デレクが笑いながら言った。


「そうか。あー…デレク、ちょっと頼みが…」


 そこで俺は。

 ケリーズの面々に、頼みごとをした。

 さくらをやめさせるわけではないが…少し、多目に休みをくれないか、と。

 本当に今回のツアーはハードで。

 束の間のオフは…できるだけさくらと一緒に居たい。



「いいよ。サクラは本当に働き者だから、特に君がいない間は休みなんかなくていいって、よく働いてくれたからね。」


「そうなんですか…」


 まったく…

 俺には無茶するなって言うクセに。


「じゃあ、明日は仕事に来ると思いますが…その時に打ち合わせてやって下さい。」


「分かったよ。」


「あ、それとー…これ、土産。」


 バッグから、どこで買ったかははっきり覚えてないが、ちゃんとケリー一家にと思って買った香水と靴磨きのセット、大きなクッキーやチョコの缶を取り出す。


「ニッキーにお土産もらっちゃったわ!!」


 悲鳴を背中に受けながら、俺は店を出る。

 さくらのアパートは、すぐそこ。

 窓を見ると…灯りが点いてる。


 ああ…久しぶりだ。


 今夜はたっぷり…




 〇森崎さくら


「くー……」


「……」


 なっちゃんが、帰って来た。

 帰って来たけど…


「…よく寝てる…」


 あたしは、ベッドに横になったまま動かないなっちゃんの頬を、ツンツン、と突いてみる。


 …起きない。

 仕方ないよね。

 すごくハードだったし。



 今夜は、半年ぶりに二週間以上のオフが出来て。

 Deep Redもスタッフも、全員が一時帰国。

 残す二ヶ月間のツアーに向けて…


『体も心もリフレッシュだ。帰ったらすぐ抱く。覚悟してろよ。』


 なーんて電話で言ってたけど…


「…まずは睡眠よね。」


 あたしは小さく笑って、キッチンに戻る。



 今日は仕事が終わったらダッシュで帰った。

 帰ったらすぐ抱く…って言われたのを、真に受けたわけじゃないけど。

 そうなってもいいように…って言うのは、ちょっとあったけど…

 帰って料理して。

 花を飾って、シャワーして。

 待ってると…なっちゃんが帰って来た。


「さくらー会いたかったー…」


 もう、声からして…疲れてる感半端なかった。

 そりゃそうだよね…

 おびただしい数のステージ、こなして来たんだもん。



 よく眠ってるなっちゃんを起こすのは可哀想だし。

 あたしは、一人で食事する事にした。

 ごめんね、なっちゃん。

 あたしは、お腹がすいてるの。



 部屋の片隅には、ケリーズで買ったツリー。

 今まで飾った事なんてないけど、今年はちょっと…飾りたい気分だった。

 12月になって、街中がクリスマスムードで。

 そんな中、一人で殺風景な部屋に帰るのが寂しくて。


 それだけの理由で、買ったツリーは…

 大活躍してくれた。


 あたしはそこに、まるで七夕みたいに。

『Love&Peace』って書いた物や、『なっちゃんに会いたい』って書いた物。

 あたしの独り言がたくさんの、オーナメントが飾られたツリー。


 キラキラと輝くそれは…随分とあたしを励ましてくれた。



 基本…一人には慣れてると思う。

 だけど、なっちゃんと出会って、幸せを知って…

 一人じゃないんだ。って心強さって言うか…

 …守られてる。

 …愛されてる…って。



「……」


 あ。

 あたし、オーナメントの取り換えしてないや。

 独り言たっぷりのやつは、さすがに…人に見られると恥ずかしい。

 …なっちゃんにも。


 なっちゃんは、そういうのも見たいって言うだろうけど。

 …弱音も書いてるからな~。


 よし。

 今の内に取り換えよう。



 あたしはそっとツリーに近寄って、Love&Peace以外のオーナメントを外した。

 そして、トナカイやサンタの物や、雪の結晶を模ったような物を飾った。

 これでよし…と。


 独り言オーナメントは、箱に入れてクローゼットへ。

 来年使う事があれば、字を消して使えるかな?



 小さな音でラジオをつけると、そこからはクリスマスソング。

 うん…盛り上がって来た。


 ベッドで、くかーって寝てるなっちゃんと。

 キラキラ輝くツリーを見ながら。

 それが一人の食事でも…

 あたしは、何だか…とっても、幸せだった。




 〇高原夏希


「行ってきます。」


 チュッ


 頬に唇の感触。

 目を開けると…


「…えっ?えっ?ええええ?」


 さくらが、ドアを出て行く所だった。


「さくらっ!!おい!!」


 走って手を掴むと。


「なっ…何?」


「どっどこへ?」


「どこって…仕事…」


「え?」


 俺は自分の姿を見下ろして。

 昨日の恰好のままだと気付く。


「……」


 それから、さくらを見て…


 …えーと…


 昨日帰って抱きしめた時は…

 Tシャツ…で…シャワーの後だった…よな…

 今は、トレーナーに…デニムのミニタイト。


「…もう、朝?」


「うん。」


「俺、晩飯食ってない…」


「うん…よく寝てたから。」


「シャワーもしてない…」


「起こしたけど、ダメだったから。」


「おまえも抱いてない…」


「…ぐっすりだったよ…?」


「……」


 うなだれる俺の手を外して。


「ちゃんと食事してね?いってきまーす。」


 さくらは笑顔で仕事に向かった。


「……」


 一人部屋に残された俺は…


「あー…」


 テーブルの上の料理を見て、ますますうなだれた。

 夕べ、頑張って作ってくれたんだろうに…

 これ、一人で食わせちまったのか…俺は…


 とりあえず、シャワーをしてからテーブルについた。


「いただきます。」


 作ってくれたさくらに感謝しながら、美味しくいただく。


「うん…美味い。」


 ああ…夕方まで会えないのか…

 いや、昼休みに帰って来るか?

 イヴだから、店は早く閉まるかもしれないな…


 一人でそんな事を考えながら、ふと…部屋の隅にツリーがある事に気付く。


「……」


 食事の手を止めて、ツリーに近付いた。


 …夕べは気付かなかったな…

 どれだけ疲れてたんだ、俺…


 飾られたオーナメントを眺める。


「Love&Peace…ふっ。さくららしいな。」


 他にも、さくらが描いたと思われる絵や、小さな文字を見付けた。


「…デレクが長生きしますように…七夕か絵馬と間違えてないか?」


 それから、雪の結晶のオーナメントや…星の形の物や…


「…ん?」


 それらのオーナメントを見てみると…裏に番号がついている。


「…足りないぞ?」


 ツリーの下を見てみるも…それらしい物はない。

 どう見ても…これじゃ殺風景だ。

 ケリーズで買い足すか?


「……」


 とりあえず、食事を済ませよう。



 ありがたく食事を済ませ、片付けをして。

 自分の荷物を…


「うーん…」


 トレーラーに一度戻るか?

 でも、実は…二週間、ここに居座るつもりだったりもする。

 そうすると、この荷物はここでほどいても…

 さくらは荷物も少ないし。


 よし。

 クローゼットの片隅を間借りしよう。



 俺はクローゼットを開けて、自分のスーツケースを入れる。


「おっ…と。」


 勢いよく入れすぎて奥の方で何かが転がった。


「あーあー………って、あるじゃねーか…」


 転がったのは、オーナメントの入った箱。

 こぼれ落ちた中身を手にすると…


「……」


『なっちゃんに会いたーい』


『早く帰って来てー』


『なっちゃん好き好き好き好き』


『夏希♡さくら』


「ぷっ…」


 つい…笑ってしまった。

 なんだ、こいつ…

 こんなの書いて、隠してたのか?

 …飾ってたのを隠したのか。

 あれだけ、書いた物は見せろって言ったのに。

 …まあ、これは…見なかった事にしておいてやろう…


「…ん?」


 一つだけ…特別小さな文字で書いてある物があった。


「…クリスマスイヴ…ごめんね…?」


 ……イヴに謝るような何かが?


「……」


 少しだけ気にはなったものの…

 俺はそれを全部箱にしまった。

 そして、自分のスーツケースもクローゼットの前に置いて…

 全ては、なかった事に。


 さくらが、イヴに何かを懺悔しているとしても…

 それは、本人が言う気になるまで…俺は知らなくていい事だ。

 …チューリップを見て、暗い気分になる事も。


 今が幸せなら…


 過去は、要らない。



 〇森崎さくら


「なっちゃん‼︎ただいまー‼︎」


 バーン。と、勢いよくドアを開けて部屋に入ると。


「…あれ?」


 なっちゃんは…いなかった。


「…なんだ。帰ったのかな?」


 独り言をつぶやきながら、バッグを置く。



 今日、仕事に行ったら、デレクが。


「サクラ、クリスマスプレゼントだよ。」


 そう言って、ニコニコした。


「えっ!?プレゼント!?」


 あたし…もろに嬉しそうな顔してしまって。

 何が出て来るんだろうって、デレクの事…ワクワクした顔で見てしまった。

 だけど、プレゼントはなかなか出て来ない…


「…えーと…」


 あたしがキョロキョロすると。


「二週間、お休みをあげよう。」


「……え?」


「ずっと働き詰めだったからね。しっかり、ニッキーと一緒に休んでおいで。」


「え?え?に…二週間も?」


「いいんだよ。」


「…ありがとう!!デレク!!」


 デレクに抱きつくと。


「おおっと、うちの孫は大きくなったなあ。」


 デレクはそう言って、照れ笑いをした。



 ふと、ベッドの上に大きな箱とカードがあるのを見付けて。

 それを手にして…座る。


「…さくらへ。」


 それは、なっちゃんからだった。



 おかえり、さくら。


 今夜は外で食事しよう。


 ドレスに着替えて待ってて。


 7時に迎えに来るよ。




「ドレス…?」


 箱を開けると、中には…


「わ…すごい…きれい…」


 深紅の、ドレス。

 おまけに靴も。


 …やだな、もう…

 どこまであたしを喜ばせたら気が済むんだろ…


「でも、似合うかなあ~?こんな高価そうなドレス…」


 ドレスをベッドの上に広げて。


「…んー…髪の毛は…アップした方がいいよね…」


 鏡の前、両手で髪の毛を上げて、角度を変えて見てみる。


「…アクセサリー…おもちゃしかないや…」


 つい、目を細めてつぶやく。

 とりあえず、シャワーだ。

 時間、そんなにない!!


 慌ただしくシャワーを済ませて、髪の毛を乾かした。

 メイク…どうしよう…

 あたし、やり過ぎちゃうと…もろ変装だもんなあ…

 でも、あんなセクシーなドレス…

 このままじゃ似合わない気がする…


 ちょっと悩んだけど、薄くメイクして…口紅だけ、ドレスに合わせて深紅にした。

 髪の毛もアップして…うーん…アクセサリーどうしよう?

 胸元、何もないのは寂しいなあ。

 Lipsで使ってたネックレス…おもちゃだよね…

 あれじゃマズイかな…


 なんて、ごちゃごちゃ考えてると。


「あ。」


 もう来た?

 なっちゃの足音が聞こえる。


 あたしがゆっくりとドアを開けると、なっちゃんはあたしを上から下まで眺めて…


「…意外と似合うな。」


 満面の笑み。

 そんななっちゃんは…タキシード…

 うわあ…うわうわうわうわ…

 か…

 カッコいい…



「い…意外とって。」


 ドキドキして、声が震えちゃった…


「後ろ向いて。」


「え?」


 言われた通りに後ろを向くと。

 首元に…ヒンヤリと…


「…え…これ…ダイヤモンド?」


 ずこくゴージャスな…ネックレス…


「うん。似合う。」


「に…似合う?あたしみたいな…子供っぽい顔にも…?」


 なっちゃんはあたしの頬に手を当てると。


「このドレス着て、こうしてると…全然子供じゃない。」


「……」


「…やっぱ、誰にも見せたくねえな。」


「も…もー…なっちゃん…」


 腰を引き寄せられて…

 ゆっくりと、キスが来た。


「…いつもより、唇が近いな。」


「…ヒール…高いから…」


「…セクシーだ。」


 だんだん…あたしの背中に回した手に力が入って。

 キスも…深くなって…


「…な…なっちゃん…食事…は?」


「………………そうだった。」


 あたしの胸に顔を埋めようとしてたなっちゃんは、大きく溜息をついて。


「しまったな。外で待ち合わせれば良かった。これじゃ、本当に外に出したくない。」


 真顔で言った。


「…気持ちは嬉しいけど、なっちゃんがそんなに褒めてくれるなら…誰かに見られたい。」


 なっちゃんの唇についた口紅を拭いながら言うと。


「…みんな振り返るだろうな。」


 なっちゃんは、あたしの肩にコートを羽織らせながら…少しだけ笑った。




 アパートを出ると、大きな車が待ってて。

 それを、近所の人達が…遠巻きに眺めてる。


「…目立つね。」


「ははっ、悪かったな。」


 なっちゃんはあたしの腰を抱き寄せたまま、車のドアを開けてくれた。


「さくら。」


「ん?」


「今夜の食事…他にも人がいるけど、いいか?」


「え?」


 突然、思いもよらない事を言われて…あたしはポカンとしたまま、なっちゃんを見る。


「…他にも…って、バンドの人?」


「いや、違う。」


「…誰?」


 あたしの中では、周子さんだったらどうしよう…とか、後は…ジェフ?瞳ちゃん?なんて…

 もう、あの三人の事しか頭に浮かばない。

 誰なんだろう…

 そればかり考えてしまって…

 って言うか…

 もう、周子さんの事ばかりがグルグルと頭の中を回って…


「…しわが寄ってるぞ?」


 なっちゃんが、あたしの顔を覗き込んだ。


「…え?」


「ここ。」


 そう言って、眉間を押された。


「二人きりが良かったか?」


「…他の人って…誰?」


「それが気になって、暗い顔してたのか?」


「う…うん…」


「…て事は、さくらは一緒に飯を食いたくないって思う人物が、何人かいるって事だな?」


「……」


 なっちゃんの言葉に、つい…自分の足元を見た。


 …今日は、すごくキレイな格好をさせてもらって…

 なっちゃん、タキシードなんて着てて…

 すごく、ハッピーなクリスマスイヴだって思った。

 だけど、よく考えたら…

 あたし、イヴは…

 祈らなきゃいけない日なのに…


 相変わらず、あたしがズズーンって顔してると。


「ついたぜ。」


 なっちゃんが、あたしの手を取って。


「大丈夫。」


 頬にキスしてくれた。


 …うん。

 そうだよね。



 車が辿り着いたのは、高級ホテル。


「…なっちゃん、ここ…高そう…」


 あたしが見上げたまま言うと。


「一応俺、ダイアモンドディスクを獲得したバンドのフロントマンなんだけどな。」


 なっちゃんは、そう言って笑った。


「…お金持ち?」


「かなり。」


「…トレーラーハウスに住んでるのに?」


「あれは趣味で。」


「…これもこれも、高かったよね?」


 ドレスとネックレスを指差して言うと。


「おまえに金を使うのは惜しくない。」


 ………もう…!!



「なーんて、今夜は招待されたんだ。」


「招待?」


「ああ。ま、それが誰かは、お楽しみって事で。」



 なっちゃんにエスコートされてホテルに入る。

 うわ…みんな、こっち見てるよ…

 やっぱ、なっちゃんって有名人なんだ…


 うん。

 タキシード姿も…めちゃくちゃカッコいいし…

 何だか、夢見てるみたいな気分。


 そのまま、一階の奥に行くと…そこはまるで…


「…パーティー?」


「ああ。」


 な…何のパーティーなんだろう?

 よく分からないけど、案内された席についた。

 すると…


「サクラ!!」


「えっ。」


 ケリーズのみんなが、ドレスアップしてやって来た!!


「えーっ!!どうしたの!?」


「ニッキーに招待してもらったの‼︎」


「わあ…サクラ、すごく素敵よ!!」


「ほんと、よく似合ってる!!」


 なっちゃんを見上げると…満足そうな笑顔…



「それで…これは、なんのパーティーだい?」


 何も知らずに来たのは、あたしだけじゃなかった。

 デレクも、エイミーもサリーもモリーも。

 ワインで乾杯をして、次々に運ばれてくる豪華な料理に、あたし達のテーブルは笑顔が絶えなかった。



『それではここで、T.O.Wグループ社長に就任した、高原たかはら 陽路史ひろし氏よりご挨拶です。』


「……」


 あたしは、お肉を口に入れたまま。

 なっちゃんを見た。


「兄貴。」


 なっちゃんは、あたしを見て…檀上にいる男性を指差した。


 お…お兄さん!?


「招待って…」


「兄貴の社長就任パーティー。」


「……」



 檀上の人は、全然…なっちゃんとは…


「…似てないね…」


「ああ。全然血の繋がりないから。」


「……」


「でも、真面目で、いい兄貴だ。」


「…そっか。」



 なっちゃんのお兄さんは…なっちゃんほど背は高くなかったけど。

 眼鏡の奥の目は…とても真っ直ぐで。

 これから、色んな物を背負う覚悟が出来てる目だと思った。

 そんな所は…

 血の繋がりがなくても、似てるな…って思った。



「夏希。」


 ふいに、後ろから声をかけられて。

 あたしとなっちゃんが振り返ると。


「ああ…親父。」


 親父!?

 なっちゃんの言葉に、あたしの背筋が伸びた。


「俺の親父。」


 なっちゃんに、そう紹介されて。


「もっ森崎さくらです!!はじめまして!!」


 立ち上がって、お辞儀した。


「…ふっ…」


 …ふっ?

 お…お父さん…

 今、『ふっ』…って…鼻で笑ったよね…?


 お父さんは、あたしを上から下までジロジロと眺めて…

 特に…胸元を見られてる気がして…

 ちょっと、挙動不審になってると。

 なっちゃんが、さりげなくあたしの前に乗り出した。


「そんなに見んなよ。」


「予想外に若い女を選んだもんだと思って。」


「あ、バレたか。」


「肌が若い。」


「どこ見てんだよ。エロじじい。」


「……」



 なっちゃんが話してくれたお父さんは…なっちゃんのお母さんを、愛人にして…た。

 探したら、他にも兄弟がいるかもなー。なんて…言ってたような…

 自分にも親父の血が流れてると思うと、嫌で仕方ない時期があった。

 とも…話してくれたけど…



「ははっ。なんだよそれ。早くくたばれ、じじい。」


「まだまだおまえには負けん。」


 …えーと…

 意外と…

 盛り上がってるような…


 それからしばらくすると、お兄さんも…テーブルに来られて。


「はじめまして。」


 握手を交わした。


 …なっちゃんの…家族。

 そう思うと、ちょっと…胸に来るものがあった。

 あたし、なっちゃんの家族と会ってる…



「ロンドンに婿養子に行った弟は、都合悪くて来れなかったんだ。」


 なっちゃんは…何だか、今までにないような顔。

 家族が一緒だと、こんな感じになるのかな?



「そちらは?」


 お兄さんが、ケリーズのみんなを見て言うと。

 なっちゃんは。


「さくらの家族みたいな人達。」


 って…


「はじめまして。」


 お兄さんは、ケリーズのみんなとも握手してくれて…


「雑貨店ですか。」


 お店の話も…始まった。


「…どうした?」


 あたしが黙ってるのが気になったのか、なっちゃんがあたしの頬に触れる。


「…家族って…なんか、嬉しかった。」


「……」


 心が、温かくなった。

 なっちゃんが、優しく頬を撫でてくれるのも…嬉しかった。



 しばらく、そうやってなっちゃんの家族とテーブルを囲んでると。


『それではここで、スペシャルゲストです。』


「よし。行って来る。」


 なっちゃんが立ち上がった。


「え?」


「ニッキーの生歌が聴けるの!?」


 モリーは大興奮。

 そして、なっちゃんは…


『今夜は、兄のお祝いに集まって下さり、ありがとうございます。みなさんに、愛が降り注ぎますように』


 そう言って…

 Thank you for loving meを歌い始めた。



「さくらさん。」


 ふいに、お父さんとお兄さん、お二人から…声をかけられる。


「は…はい。」


「夏希を、よろしくお願いします。」


「突っ走ってばかりの奴だけど、いい弟なんですよ。」


「…前に会ったのは、八年前か…」


「…いい顔になったよな。」


 そう言って、なっちゃんを見る二人の目は…とても優しかった。



 クリスマスイヴ。

 あたしは、なっちゃんと。

 家族たちと。


 幸せな夜を過ごした。




 そして…


 全然小さくならない罪悪感と…痛みも。

 抱えたまま。



 クリスマスイヴは、終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る