第25話 九月。

 〇森崎さくら


 九月。

 お店に頼んで二日ほど休みをもらった。

 今日は、Deep Redのコンサートを観に、シカゴまで。

 本当は、ぶらり電車かバスの旅…なんて思ったけど、なっちゃんが…


『そんな時間かけて来るな!!飛行機でさっさと来い!!』


 って言うから…飛行機に乗った。


 さっさと来いだなんて…って笑ったけど…

 また、二ヶ月ぶり…だもんね。

 しかも、一緒にいられるのは数時間だし…ごもっとも。



 空港に着いて外に出ると。


「さくらー。」


 どこからか…なっちゃんの声が。

 キョロキョロと周りを見渡すと…


「あ。」


 な…何なの!?

 すごく大きな車!!

 二階堂の頭が乗ってるようなやつ!!


「ど…どうしたの?この車…」


 あたしが驚いて駆け寄ると。


「車より、先に俺に会いたかったと言ってくれ。」


 なっちゃんは不満そう。


「あ…ふふっ…会いたかった。」


 車の前で…抱き合って、キス。

 …何だか視線を感じる…と思って、車を見ると…


「…まこちゃん?」


 車の中から、窓を開けて…まこちゃんが見てる。


「あれ?おまえ、まこの事知ってたっけ?」


 なっちゃんが、ドアを開けてくれながら…言った。


「あ…あ、うん。ほら、なっちゃん…写真見せてくれたじゃない。」


「赤ん坊の頃のだろ?」


「…か…変わってないじゃない。」


「ま、そうか。メンバーはみんなリハ中だから、連れて来た。」


「ふうん…」


 なっちゃん、本当に面倒見いいなあ。


「こんにちは。」


「……」


 車に乗り込んで、まこちゃんの隣に座る。

 挨拶してみるも…まこちゃんは無言。


「ああ…ちょっとホームシックと人見知りでさ。」


「そっか…長旅だもんね…」


 あたしはまこちゃんの頭を撫でて。


「まこちゃん、あたし、さくらです。よろしくね。」


 ゆっくり、そう言った。

 すると…


「……」


 まこちゃん、何に反応してくれたのか…突然、あたしの膝に来た。


「お?何だ?」


 なっちゃんが、不思議そうな顔をする。


「あ…はは…どうしたのかな…」


 あたしの膝に座ったまこちゃんは、そのまま…あたしにギュッと抱きついた。


「…ママと離れてるから、寂しいのね。」


「……妬けるが許してやるか。」


「もうっ、子供相手に…」


「このままホテルに直行して、抱きたいって思ってたからさ…」


「な…なっちゃんっ!!」


「ま、お楽しみは後に残しておくか…」



 車が会場に着いたものの…


「おい、まこ。離れろ。」


 なっちゃんがそう言っても、まこちゃんが…あたしから、離れない。

 コアラのように、くっついたまま。


「…いいよ、なっちゃん。あたし、まこちゃん見てるから。」


「……」


 なっちゃんは、目を細くしてまこちゃんを見下ろしてたけど。


「じゃ、16時ぐらいになったらバックステージに来いよ。これ、パスな。」


 そう言って、あたしにステッカーを渡した。


「それと、買い物に行くならコレ。」


 お金も渡されて…


「そんな、いいよ。あたしだって働いてるんだし。」


「ダメ。これ、使い切って帰れ。」


「何言ってんのー?」


「まこと甘い物食ったり、何か楽しんで来い。ここまで来させたんだから、おまえにも、まこにも楽しんで欲しいんだ。」


「……」


 なっちゃんて…

 やっぱり、カッコいい。


「…分かった。ありがと。」


「まこ、さくらの言う事聞けよ?」


 なっちゃんは、まこちゃんに顔を近付けてそう言うと。


「んじゃ、後でな。」


 手を振って会場に入って行った。



 なっちゃんを見送った後、あたしはしばらく会場周辺を見渡した。

 …大きな会場だなあ…

 Deep Redって、やっぱりすごいんだ…

 今更ながら、そんな事を思ってると。


「……」


 まこちゃんが、じっとあたしを見てる事に気付いた。


「…まこちゃん、あたしと二人でも泣かない?大丈夫?」


 まこちゃんを抱っこしたまま、問いかける。


「…うん。なかない。」


 うわー!!今日初めて喋ってくれた!!

 つい嬉しくて笑顔になると、まこちゃんもニコッとしてくれた。



「じゃ、何か食べに行く?」


「いくー!!」


「よし、レッツゴー!!」



 そうして、あたしとまこちゃんは。


「おいしーい!!」


 一緒に、ブルーベリーチーズケーキパイを食べて。


「うわーっ!!まこちゃん!!あれすごい!!」


 植物園に行って、手を繋いではしゃいで。


「しゃくりゃちゃん、みてぇ~!!」


 公園で、まこちゃんがでんぐり返しをするのを見て。

 あまりにも可愛くて…大はしゃぎしちゃって…

 もう…さすがに…まこちゃんは、グッタリ。


 …しまったな…

 これじゃ、まこちゃん…ステージなんて観れないよね…


 あたしは眠ってしまったまこちゃんを抱っこして、コンサート会場まで歩く。


 …可愛いな。

 まこちゃんの重みを、堪能してしまった。

 あたしの赤ちゃんも…産まれてたら、これぐらい。

 ああ…ダメって思いながらも…まこちゃんに我が子を重ねてしまう。


 ちょっといい気分で歩いてると…


 ぐい


 ふいに、腕を掴まれた。


「!!」


 咄嗟に、あたしはまこちゃんをしっかり抱えて、戦闘態勢に入る。


「えっ…あ、さ…さくらちゃん?」


「………ナオトさん。」


 もう、蹴りに入る寸前だったから…

 ナオトさんは驚いてあたしを見てる。

 あたしは蹴り上がりそうだった足を引っ込めて…苦笑いした。


「ご…ごめんなさい。知らない土地で、いきなり腕を掴まれたから…」


「いや、こっちこそごめん…武道か何かしてたの?」


「え…あー…まあ。」


「頼もしいね。真斗、こっちおいで。」


 寝ぼけたまこちゃんは、ナオトさんにそう言われて…


「…やだ。」


 一度ナオトさんを見たものの、再びあたしに戻って来た。


「……」


「あ…ママが恋しいみたいだから…あたしみたいなのでも、女の方がいいのかも…?」


 あたしの言葉に、ナオトさんは小さく笑って。


「こいつ、最近ホームシックのせいか誰にも懐かなくてね。」


 あたしの背中を押して、会場の裏口に誘導してくれた。


「もう…二ヶ月ですもんね。」


「ああ…でも、あんなに懐いてたるーちゃんにも、光史にもそっぽ向いちゃってさ。」


「あらら…」


「…あの時の事、何か思い出したのかもな。」


「あの時?」


「愛美が事故に遭った時。真斗の事、面倒見てくれてたんだろ?」


「あ…」


 あれは…Deep Redのワールドツアーが始まってすぐ。

 ケリーズの前で、自転車とぶつかった愛美さんが救急車で運ばれた時…


「でも、あたし…ヘプバーンだったし…」


 首をすくめて苦笑いすると。


「もしかしたら、声を覚えてたのかもな…」


 ナオトさんは、ようやくあたしから離れたまこちゃんを、ゆっくりと抱きかかえた。


「声…ですか。」


「ああ。こいつも、君と同じで耳はいいから。」


 そう言って、ナオトさんは笑う。


「控室おいでよ。」


 会場の裏口で言われたけど。


「いえ…あたし、ロビーでグッズとか見たいし。」


 そう答えると。


「はあ?欲しいの?」


 ナオトさんは、丸い目をして笑った。


「だって、ファンでもあるから。」


「……」


「ステージ、楽しみにしてます。」


「うん。ありがとう。じゃ、また後でね。」


 ナオトさんに手を振って、あたしは会場のロビーに入る。


 16時に帰って来いとは言われたけど…

 バックステージパス使うのは、ライヴの後でもいいよね?



 開場前だと言うのに、ロビー周辺は大賑わい。

 この調子だと…グッズをゆっくり見るなんてのは無理かなあ?

 ピョンピョンと飛び跳ねながら、どんな物があるのかを眺めようとすると。


「バカだなおまえ。」


「え。」


 いきなり、腰に手が回って来たかと思うと。

 そのまま、腕を掴んで走り出された。


「ニッキーよ!!」


 騒然とするロビー周辺。

 あたしの腕を掴んだなっちゃんは、すいすいと人の波を抜けて、控室入口って書いてあるドアを抜けた。


「な…なんで、こんな疲れる事…」


 …ドキドキしてる。


「待ってたのに、おまえ来ないから。」


「だ…だって、グッズ…見たかったし…」


「そんなの、俺がいくらでもやる。」


「……」


「少し疲れてるんだ。」


「だったらなおさ…」


 言葉の途中。

 唇を塞がれた。

 家族同伴のメンバーもいるから。

 個々に控室が割り当てられてて。

 あたしは、なっちゃんの控室に連れて行かれると…


「…栄養補給。」


「…余計疲れちゃうんじゃ?」


「もっと…」


「……」


 ステージ前のなっちゃんは…

 すごく…

 その…


 …すごかった。





 コンサートは…

 以前見た、コンサートとは違ったオープニングで。

 幕に『Deep Red』の文字が浮かぶと同時に…マノンさんのギターが鳴り響いて。

 会場は足元から響いてくるような…大きな歓声に包まれた。

 そして、爆発音のような激しい音と共に、幕が落ちた。


 走り出るフロントの三人…なっちゃんとマノンさんとゼブラさん。

 …カッコ良過ぎ…!!

 こんなステージを、毎日やってるの!?って…体中に力が入った。

 客席のボルテージは、一度も下がる事がなかった。

 バラードも大合唱で、泣いてる人もたくさんいた。


 もう、文句なし!!


 そのカッコ良さに、あたしは何度も身震いした。

 そして…最後のアンコールの前に…


「おまえらサイコーだぜ!!」


 なっちゃんが叫ぶと、それに応えるファンの人達…

 ああ…すごい!!

 Deep Redって、本当に世界のDeep Redだ!!


「今から、マノンがあまりよろしくない言葉を使うから、子供の耳は塞いでおけよ?」


 ん?何?


「おまえら、ほんっとに×××で×××の×××!!」


 あははははははははは!!と、客席は笑いに包まれたけど。

 少し前にいるのが見えた、るーさんは。

 額に手を当てて苦笑いしてた。


 そうして…Deep Redは二度のアンコールに応えて。

 熱い、熱いステージは無事終了した。



「あーカッコ良かった~…」


「あたし、デトロイトの会場も行くわ。」


 ロビーでたくさんのファンの声を聞きながら、あたしはホテルへ向かった。

 ステージ前に控室で。


「終わったら先にホテルに帰ってろ。」


 って言われて。

 一足先に部屋に帰ると。

 一時間後には…なっちゃんが来た。


「お疲れ様。」


 抱きついてそう言うと。


「さくらと眠りたくて仕方がなかった。」


 なっちゃんは、あたしの頭を撫でて…


「シャワーをしてくる。」


 バスルームへ。

 それから…ベッドに入ると…


「くー…」


 本当に驚くぐらい、すぐに。

 あたしを抱きしめて眠った。



 こうしてると…

 ああ…やっぱり同行したかったな…

 なんて気持ちも出て来たけど。

 これ以上の贅沢者になるのが怖くて、それはグッと飲み込んだ。


 話を聞くと、この会場を最後に、るーさん達も家に帰るそうで。

 今夜はそれぞれ家族で過ごしているらしい。


 来週からは、ヨーロッパとアジアを転々として…たぶん、クリスマス前から年明けぐらいまでがオフ。

 それ以降は、アメリカの南部と西部を専用のトレーラーハウスでの移動になるらしい。



「……」


 なっちゃんの寝顔を…見つめる。

 あの時も…

 こうやって見つめて。

 そして…泣いた。


 周子さんの言葉が胸に刺さって。

 苦しくて。

 なっちゃんと、幸せになるのが怖くて。

 …逃げた。



 あんな事して…

 赤ちゃんまで殺して…

 あたし、本当なら…こんなに幸せになる資格なんてないのに…


 …守りたい。

 なっちゃんの事。

 だから…そばにいたい。

 もう、悲しい想いなんてさせたくない。

 なっちゃんが嫌だって言っても…そばにいたい。


 …疲れてるのに…

 ステージの前に、あたしを抱いたなっちゃん。

 愛してるって、耳元で言われるたびに…

 あたし、言葉にできないぐらい嬉しくて…涙が出た。

 もう、何度も何度も言われてる言葉なのに。

 どうしてかな…

 何度言われても…感激しちゃって…


 なっちゃん。

 あたしの事、大切にしてくれて…ありがとう。



 なっちゃんの胸に顔を埋めると。


「ん…さくら?」


 なっちゃんが、眠そうな声を出した。


「あ…起こした?ごめん。」


「いや…んー…気持ちいいな…」


 なっちゃんは体の向きを少し変えて、あたしを抱きしめて…そうつぶやいた。


「…うん。」


「…幸せだ…」


「……」


「……ほんとに…」


「……」


 なっちゃんは。

 起きてるのか、寝てるのか。

 だけど…そうつぶやくと…また、寝息をたてて深く眠ったようだった。



 …寝言だとしても…

 幸せ、って。

 ほんとに、って。

 そう…言ってくれたのが…すごく嬉しい。



 なっちゃん…

 あたし達…

 もっと幸せになれちゃうんだろうね…


 それが、あたしは…

 怖いけど…




 もう。

 逃げない。



 あたし…


 一生、あなたのそばにいる。

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