第24話 「……」

 〇高原夏希


「……」


「…何ニヤついてるん?」


 ふいに、マノンがドアップで迫ってきた。


「うおっ…何だよいきなり…」


「さっきから声かけてたで?」


「…それは、すまん。」



 昨日のさくらの歌を思い出して、ついニヤけてしまった。

 歌詞は妙な物だったが、可愛くて愛しくてたまらなかった。

 今も、逃げ出したくなる事があるのか?と…気になったが…

 ベッドで、愛してる…と繰り返した。

 さくらにも、半ば無理矢理言わせた。


 俺を壊しそうで怖いと言ったが、そばに居てくれるなら、どんな事を言われようが構わない。

 俺はもう…何があっても壊れる気がしない。



「ナオトんとこ、産まれたらしいで?病院行く?」


 今日は、何となく事務所に集まった。

 セットリストの見直し等、する事がないわけではないが…ナオトがいないなら、話にならない。


「おお。行くか。」


「んじゃ、車出してくるわ。」


 ゼブラとミツグに声をかけると、一旦帰ってから行くとの事。

 俺はマノンの車に乗り込んで、病院に向かった。



「おー、パパ。おめでとう。」


 廊下でナオトを見付けて声をかけると。


「おまえら…病室に派手な風船贈り付けやがって…!!」


 ナオトはそう言って、俺とマノンに抱きついた。


 愛美ちゃんが産気付いたと聞いてすぐ、たくさんの風船と花束を病室に送った。

 出産なんて、俺達男には出来ない偉業だ。

 愛美ちゃん、よく頑張った。


 病室に入ると、愛美ちゃんの隣に小さな赤ん坊。


「おめでとう、愛美ちゃん。」


「ありがとう。こんなに派手な部屋、めったにないって病院の人達みんなが見に来るのよ?」


「ははっ。」


 ナオトは、持って帰る時に半分やる。と、俺の手首に風船を結びつけたりした。


「お?まこの時より小さいか?」


「200gほど。」


 そんな会話をしてると、ゼブラとミツグも到着。

 病室がむさくるしくなりそうで、俺は外に出る。


 少し離れた待合室に、るーちゃんと光史、まこがいるのを見付けて。


「ああ…子供は入れないんだっけな。」


 声をかけると。


「あ、こんにちは。」


 るーちゃんは、満面の笑み。


「俺が見てるから、行ってくれば?」


 病室を指差すと。


「んー…でも、さっきまでずっといたから。」


 少しだけ、笑顔が曇った気がした。


「俺達が留守の間、色々世話になったね。」


「いえ、そんな…あたし、何も出来なくて。」


「いや、本当に助かってるよ。マノンもナオトも、るーちゃんがいてくれるから、安心してプレイできてるしね。」


「……」


 俺は本音を言ったまでなんだが…俺のその言葉に、るーちゃんは無言になって…うつむいた。


「…どうした?何かあった?」


「…あたし、酷いんです。」


「酷い?何が?」


「…みんなに…感謝される資格なんて…ないです。」


 るーちゃんは、涙ぐんでる。


「…光史、あそこのブロックで家作ってくれよ。俺に似合いそうなやつ。」


 すぐそばで絵を描いていた光史にそう言うと。


「いいよ。おっきいの作ってあげる。」


 光史はまこの手を取って、少し離れた場所に置いてあるブロックを手にして、並べ始めた。



「何かあった?」


 光史たちから、るーちゃんの顔が死角になるよう座り直す。


「…彼には…」


「ああ、言わない。」


 るーちゃんは、涙を我慢して。


「…あたし、二人目…流産したんです。」


 小さく、つぶやいた。


「…いつ。」


「…三年前…」


 三年前…


「その事、マノンは?」


「それは知ってます。あれから…本当は、まこちゃんを見るのが辛くて…」


「…三年前の、いつ。」


「…四月。」


 三年前の四月って言うと、さくらがいなくなって…

 俺が廃人同然になっていた頃だ。

 マノンは…頻繁にうちに通ってくれてた…



「気が付いてすぐの流産だったから大げさにしなかったんだけど…もし産まれるとしたら…まこちゃんの少し後ぐらいに産まれる予定で…」


「…それは、重ねちゃうね。」


「……二人目が欲しいんだけど…また流産したら…って悩んだりしてるうちに…愛美ちゃんに二人目が出来て…」


「……」


「…嫉妬しちゃいました…」


 るーちゃんの涙が、ポロポロとこぼれる。


「醜いって…そんな嫉妬する自分が嫌で…苦しくて…」


「……」


「あたしが、こうだから…妊娠できないんじゃないかって…被害妄想ばかり…」


 俺の知る限り…るーちゃんと愛美ちゃんは、本当に仲がいい。

 だけど、仲がいいからこそ…



「当たり前の事だと思うよ。」


 ハンカチを探したが、持ってなかった。


「ごめん。ハンカチねえや。」


「…ふふ…いいです…」


 るーちゃんは自分のバッグからハンカチを出して涙を拭くと。


「…言って、ちょっとスッキリしました…」


 小さくつぶやいた。


「るーちゃん。」


「…?」


「俺、誰かを妬むとか、羨むって、悪い事じゃないと思うぜ?」


「……」


「相手が愛美ちゃんだったから、苦しいんだろうけどさ。」


「…そうです…ね…」


「欲しい物は誰にだってある。でも、まだ諦めるのは早いぜ?マノンだって、野球チーム作れるぐらい欲しいっつってたし。」


「もう…無茶ばっかり…」


 るーちゃんは少しだけ笑って。


「…怖がったり、妬んだりしてる場合じゃないですね…」


 顔を上げた。


「いいさ。そういうのが、人間なんだ。苦しいだろうけど、俺はるーちゃんの人間らしい所を知れて、ちょっと得した気分だな。」


「…もっと、いい所見せたかった。」


「ははっ。」


「…ありがと…」


 るーちゃんの頭を撫でると。


「ナッキー…人の嫁に何手ぇ出してんねん…」


 背後から、マノンの低い声。


「…るーちゃん、可愛くて可愛くて。」


 抱きしめるフリをすると。


「触るなぁぁぁぁ!!」


 背中にケリが入った。


「うおっ。」


「も…もう!!やめてよ!!」


「変な事されてへんか?」


「されるわけないじゃない。」


「ならえかった。」


 マノンは、るーちゃんの腰をしっかり抱き寄せて。


「るー、次のツアー、一緒に行こ。」


 こっちが照れるぐらい、カッコいい声で言った。


「…え?」


「今のナッキーみたいに、おまえに迫る奴がおったら、イヤや。目の届く所におってくれ。」


「……」


「な?」


 るーちゃんは、泣きそうな、だけど嬉しそうな顔。


「でも…愛美ちゃん、出産したばかりなのに…」


「るーちゃん、いいよ。自分のしたいようにすればいいんだ。」


 俺はマノンの肩越しにるーちゃんに言う。


「俺的には、マノンの調子が上がるから同行して欲しいけどね。」


「せやろ?」


「……考える。」


「行きたい言うてくれや~。」


 マノンの情けない声を聞きながら、俺は病室に。

 ナオトとゼブラ、ミツグと話して…何とか全てが上手く行くよう、話をまとめた。


 …ああ、俺も…

 さくらを連れて行きたい。

 これが本音だが…


 もし、さくらがツアーに同行すると…

 きっと俺は、周りが見えなくなる。


 …て事は。



 ま、今ぐらいがいいって事か。



 メンバー達の愛溢れる様子を餌にして。

 頑張ればいいだけだ。


 そして…

 帰ったら…たっぷりと愛し合おう。


 うん。

 それがベストだ。



 〇森崎さくら


「よー、久しぶり。」


 仕事を終えて外に出ると。


「晋ちゃん!!」


 すごく久しぶりの、晋ちゃんがいた。


「わー!!元気だった!?」


 あたしが飛び跳ねる勢いで駆け寄ると。


「おまえ…子犬か。」


 晋ちゃんは、ははって笑った。


「一人なの?」


「今から廉と飯食いに行くんやけど。おまえどうかな思うて。」


「…なっちゃんがツアーに出たから誘ってる?」


 あたしが顔を覗き込むと。


「ははっ、バレたか。」


 晋ちゃんは、前髪をかきあげて笑った。



 昨日、Deep Redはツアーを再開した。

 この一ヶ月は、会える時だけ会う…ってスタンスから、少しレベルアップと言うか…会いたかったら、ちょっと無理してでも会う。みたいな感じになっちゃって。

 相変わらず、あたしはトレーラーハウスには行かないんだけど。

 なっちゃんに…部屋のカギを渡した。


 すると当然…なっちゃんは、あたしが帰るより先に部屋にいたりするんだけど…

 最初少し感じた罪悪感も…すぐに消えた。

 それほど、一緒にいる事が嬉しかったから。



「Deep Redのワールドツアー、スケジュールめっちゃタイトやな。」


 晋ちゃんに連れて行かれたのは、意外にも和食のお店だった。

 廉くんはまだ来てなくて、あたし達はメニューを眺めながら、仕事の話をする。


「晋ちゃん達もツアー始まったでしょ?」


「ああ。でも、俺らのはアメリカ全域とアジアの数ヶ所やけど…Deep Redはホンマにワールドワイドやもんな。」



 なっちゃん達は…

 体、大丈夫なのかな…って心配になるぐらいなスケジュールが組まれてた。

 急な企画だったにも関わらず、会場は全て円満におさえられて。

 四月からの二ヶ月だけでも、かなりのステージをこなして。

 ナオトさんのお子さんが産まれる六月は、一ヶ月丸ごとオフみたいな感じだったけど…

 また、昨日から…ツアー再開。


 少しの休みを挟みながら、来年の春まで長い長いツアーが続く。



「ついて行けばえかったのに。」


「ううん。仕事もあるし…帰って来た時に話を聞くのも楽しみだし。」


「近場のも行かへんの?」


「秋には行けそうなのがあるかな?」


「……」


「ん?」


 無言の晋ちゃんを見ると。


「…今、ええ顔してたな思うて。」


 笑顔。


「えっ…そ…そうかな…」


「…幸せか?」


「…うん…」


「なら、えかった。」


「…ほんと…晋ちゃんと廉くんのおかげ。ありがと。」


 座ったまま、ペコリと頭を下げると。


「あ~…あん時はヒヤヒヤやったなあ…」


 晋ちゃんは大げさにそう言って笑った。



 しばらくすると、廉くんも来て。

 久しぶりの三人の食事を楽しんだ。



「そう言えば晋ちゃん、甥っ子二人目おめでとう。」


 愛美さんは、六月半ばに、男の子を出産された。

 お祝いに行きたい気持ちもあったけど…

 それは、いつか…って事にした。

 あたし、あの時ヘプバーンだったしね…。



「ああ。俺としては女の子が…」


「もう、そんな事。」


「…俺の子も男らしいんやけどな…」


「……」


 晋ちゃんの言葉に、つい黙ってしまうと。


「いつか会えるさ。」


 廉くんが、言った。


「え?」


「俺ら、もっと有名になってさ…日本にツアーに行く時に、招待すればいいんだよ。」


「…アホか。そんなんできるか。」


 晋ちゃんは苦笑いしたけど。


「できるさ。いつか、また…あの頃のみんなで笑い合える日って、俺は来ると思うぜ?」


 廉くんは至って真顔。


「あの頃のみんなって…クリスマスに話してくれた、高校生の時の?」


 あたしが問いかけると。


「そ。あの時のみんなで…同窓会みたいにさ。」


 廉くんは、遠い昔を懐かしむような目。


「…いいな。あたし、学校行ってないから、そういうの羨ましいや。」


「…あんな事があったんやで?もう、みんなで会うたり出来るわけないやん。」


「大丈夫。いつか会える。」


 後ろ向きな晋ちゃんに対して…なぜか前向きな廉くん。

 その根拠は分からないけど、何だか…廉くんならいつかそうしてしまうんじゃないかなって思えた。



「うん…いつか会えるといいね。」


 あたしが二人にそう言うと。


 晋ちゃんは苦笑いをして首を傾げて、廉くんは笑顔になった。


「あたしだって、無理だって思えた再会が…二人のおかげで出来たんだもん…きっと、何かキッカケはあるよ。だって、大事な人達なんでしょ?」


「…せやな…」


 相変わらず苦笑いのままの晋ちゃんは、力のない声でそう言ったけど。


「もっと、あの頃の事を笑うて話せるぐらい先にならんと…無理やろな…けど、いつかそうなったらええな…」


 夜空を見上げて、小さく頷いた。



 * * *


「……」


 あたしはこっそりと、その様子を観察した。


 その様子…とは。

 ナオトさんの奥さんの、愛美さん。



 先月再開したツアーには。

 るーさんと光史くんと。

 ミツグさんの奥さんのキャシーと、長女のももちゃんも同行。

 そして…ホームシックになっちゃうんじゃ?って心配な、ナオトさんちのまこちゃんも。


 そんなわけで、愛美さんと次男の奏斗かなとくんは、お留守番…

 ナオトさんは一緒に行こうって言ったみたいだけど、愛美さんがのんびりしたい…って。

 時々、こうして…ゼブラさんちの奥さんの菜々子ななこさんが、長女のめいちゃんと、長男の友季ゆきくんを連れて遊びに来てるみたい。


 庭で、めいちゃんと友季ゆきくんが遊んでるのを、パラソルの下で愛美さんと菜々子さんが眺めてる。

 うん…元気そう。



 あたしも…ツアーに同行しないかって、以前聞かれたけど…

 あたしの生活の全部が、なっちゃんとDeep Redになっちゃうなんて…

 夢みたいだけど、ちょっと怖かった。


 そりゃあ、そばにいたいし…歌うなっちゃんを観ていたいとも思う。

 でも、あたしはあたしの生活をして。

 あのね、今日ね。って話したいと思った。



「…あ。」


 愛美さんの様子を木陰から見た帰り。

 意外な場所で、意外な人に遭遇した。


「…誰かに贈るの?」


 背後から近付いて声をかけると。


「うわっ!!…な…なんだ、さくらか…驚いたな…」


 廉くんは胸を押さえて、オーバーに驚いた。

 あたしは、廉くんが覗いてたショーウインドウに目を向けて。


「彼女出来たの?」


 廉くんが見てたと思われる…指輪を見た。


「…晋にはまだ言うなよ?」


「え?どうして?」


「あいつ…今、落ち込んでるから。」


「落ち込んでる…?なんで?」


「…日本にいる彼女がさ…」


 日本にいる彼女…

 早乙女涼さんか…

 確か、お見合いして、結婚されたんだっけ…


「うん…」


「子供産んだらしい。」


「……それって、お見合い結婚した人との…?」


「ああ。」


「……」


 結婚したんだから…当たり前って言ったら…そうだけど。

 まだ、晋ちゃんの中には彼女がいて…

 分かってても。

 幸せを願ってても。

 それを…心のどこかで否定したい気持ちは…

 分からなくもない。



「…そっか…辛いね…」


「だから、俺が浮かれてるなんて知られたくない。」


「…それはそれで、いいんじゃないの?」


「もう少し、時間を置いてから話したい。」


「…そっか。分かった。」


 廉くんと並んで、指輪を眺める。



 …貴司さんにもらった結婚指輪は…桐生院を出る時に、置いて来た。

 なっちゃんにもらったものは…ずっとお守りみたいにして持ってたけど…

 ツアーが再開して、なっちゃんが旅立って。

 あたしは、その指輪をネックレスに通して身に着けている。


 何となく…指にするのは…

 まだ、ためらいがある。


 …何でだろ。



「彼女、どんな人?」


 指輪を見たままで問いかけると。


「ベーカリーショップの店員。」


 廉くんも、指輪を見たまま答えた。


「ふうん…良かったね。好きな人、できて。」


「まあな。」


 ずっと、るーさんを忘れられずにいた廉くん。

 晋ちゃんも廉くんも、俺達しつこいよな!!って笑ってたけど…

 それほど、想いが深いんだよ…って思った。



「ああ、そう言えば…おふくろが、さくらは元気になったかって気にしてた。」


「えっ?」


「好きな人の所に戻ったって言ったら、喜んでたよ。」


 廉くんのお母さんは…

 あたしが廉くんとこっちに戻る時、背中を押してくれた人。

 気にしてくれてたなんて…嬉しいな。


「お母さん、元気?」


「ああ。実は…別れた親父とヨリ戻すみたいでさ。」


「え?」


「別れてからもずっと連絡取り合ったり…なーんか煮え切らない関係だったんだよな。別れてから大事な事に気付いたって言うかさ…」


「…それで廉くん…あの時、やり直しがきくとかどうとか…」


 あたしだけに言ってるんじゃなかったんだ…


「それで、もし復縁するなら…指輪でも送ろうかなって見てたんだけど…」


「あははっ。あたし、早とちりしちゃったんだね?」


「でも彼女が出来たのも、図星だったからなー。」



 ハッピーな気分になった。

 廉くんに彼女が出来て。

 別れてたご両親が復縁するかもしれない。

 うん…幸せだ。



 晋ちゃんにも…

 ハッピーなニュースがあるといいな…


 そう思いながら。

 あたしは、廉くんと手を振って別れた。

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