第23話 「ふわあああああ~…」

 〇島沢尚斗


「ふわあああああ~…」


 ナッキーの大あくびを聞きながら、俺は苦笑いをした。


 一週間オフがあって…

 その間に、俺は愛美の検診や真斗のピアノのレッスンや…

 何より、ベビー用品の準備に余念がなかった。


 これで、いつ産まれて来ても大丈夫。

 早く産まれておいで。


 ツアーが始まるまでに、一日でも多く一緒に居たい俺は。

 毎日のように愛美のお腹に、そう話しかける。



「さっきからアクビばっかだな。寝てないのかよ。」


 さすがに聞き飽きた俺は、ナッキーに問いかける。


「いや?たっぷり寝た。寝すぎてだるい。」



 今日は、メンバーとツアースタッフのミーティング。

 数人のスタッフ交代があるため、その引き継ぎや次のスケジュールの詳細確認。

 本来スタッフだけで済ませてもいいような会議にも、俺達は参加する。

 これは、こっちに来た頃からナッキーの意向でそうしている。



「なあ、一昨日留守やったやん。二回行ったで?」


 俺の右隣にいるマノンが、俺を通り越してナッキーに言った。


「あ?一昨日?一昨日…寝てたか…走りに行ってたか…留守電かメモ残せよ。」


 心の中で、さくらちゃんちじゃなかったのか?なんて言いながら…

 俺は二人の会話を聞く。



「愛美ちゃん、もうそろそろ産気付く頃か?」


 ナッキーが、資料を眺めながら言った。


「ああ…一昨日検診に行って、安心したよ…四月に一度入院したとか言うし…」


「えっ、それ大丈夫なのか?」


「あー…俺も昨日やっと、るーから聞いたわ。悪かったなあ…」


「いや、光史も熱出して入院してたんだろ?全く…奥様会には物申さなきゃいけないな。」


「それ、賛成やわ。気ぃ使うてくれるんはええねんけど、絶対後でバレるねん。ちゃんとその時報告させな。」


「奥様会な…」


 俺とマノンの苦言を聞いたナッキーは。


「ま、みんな良かれと思って気を使ってくれてるんだ。いい女ばかりじゃないか。今回の件は、無事だったならもうあまり言ってやるな。」


 ボールペンをプラプラさせながら、そう言った。


「まあ、確かにな。」


「それでも、無事だったから良かったようなものを…だな。こんな気遣いは要らないって意味も込めて、愛美ちゃんが出産を終えて一息ついたら、何かみんなで奥様方にプレゼントでも考えようぜ。」


 ナッキーは笑いながらそう言って。


「まだ始まんねーな。俺、飲み物買って来る。」


 席を立った。


「それにしても…安定してえかったなあ。るーも、責任感じてたみたいやから…」


 マノンがため息交じりに言った。


「いや、るーちゃんだって、光史がいて大変なのに…こっちこそ申し訳ない。」


「…そう言えば、聞いたか?」


「え?」


「例の…愛美ちゃんに付き添ってたって言う…」


「ああ…オードリーヘプバーン?」


「マジなんかな?」


「そんな、映画の衣装で歩いてるかよ。」


「せやろ?なのに、るーは医者が一緒に撮った写真を飾ってたのを見たけど、ホンマやったって言い張るんや。」


「愛美が言うには…俺らの曲、歌ってたって。」


「はあ?ヘプバーンが?」


「ああ。手を握って、歌ってくれてたって。」


「…夢やないんか?」


「やっぱ、そうだよな…」


 でも。

 真斗はどうしてヘプバーンを見ると喜ぶ?

 テレビ画面の彼女に向かって。


「まこ、しゅき。」


 と、指差す。


 …ああ。

 ツアー…同行させたいなあ…



「ミツグとゼブラはまだ来ないのかよ。」


 向かいのカフェまで行って来たのか、カップのコーヒーを手にしたナッキーが帰って来て。


「あっ、俺も頼めばえかった。行ってこよ。ナオト、要る?」


「いや、俺はいい。」


 マノンがポケットに小銭があるのを確認して出て行った。


「この資料、ちょっと足りない箇所が多いな。」


 座ってすぐ、ナッキーは資料に難癖をつけ始めた。


「足りないか?」


 俺も資料に目を落とす。


「…おまえらの事考えるとさ。」


「ん?」


「これからのツアー、専用トレーラーで行ける所は、嫁さん達同行できればいいんだけどな。」


「……」


「赤ん坊って、何ヶ月ぐらいから長距離移動耐えれるんだろ。ちょっと医者と相談してみよう。」


「…それは、さくらちゃん連れて行きたいからもある?」


 つい、意地の悪い俺の質問。


「あ?あー、俺は連れて行きたい気持ちは山々だが、あいつは仕事があるからな。」


「……」


「今の職場、さくらの事めちゃくちゃ可愛がってくれてるんだよ。あいつも何かと楽しそうだし。」


 すぐに、言った事を後悔した。


 俺は…何を怖がっているんだろう。

 さくらちゃんは、ナッキーを傷付けるために戻ってきたんじゃない。



「それにしても、アバウトな図面だな。」


「ははっ…厳しいな……と、ナッキー、何か落ちた…」


 足元に落ちたそれを拾うと…


 …オードリーヘプバーンの写真…


「ああ…悪い。」


 ナッキーはそれを何でもないように手にして、財布に入れた。


「…今のは?」


「…あいつ。」


「…ヘプバーン?」


「…さくら。」


「……」


「たまに職場で色んな事やらされてんだよ。こんなに足出してると思うと、こっちは気が気じゃねえよな。でも、一生懸命やるのが、あいつのいいとこだし。」


 ナッキーはそう言って、コーヒーを口にした。



 …確か…彼女は…

 変装の名人。


 …All about loving youも…

 きっと、歌える。



「…さくらちゃん…何か言ってた?」


「あ?何を。」


「…その格好をしてる時に…何かあったとか…」


「商品買ってくれた客と写真撮るってシステムになって、売上が良かったって言ってたけど。」


「……」


「何だよ。」


「いや…」



 さくらちゃん。

 君は…バカだね。

 自分のした事を、もっとナッキーに話せばいいのに。



「おっ、ラッキー。間に合った。」


「間に合ってねえよ。遅刻だ、遅刻。」


 コーヒーを買って戻ったマノンと共にやって来たゼブラとミツグに、ナッキーがペンを投げる。


「あいたたっ。ガキかっ。」


「あのさ。」


 俺は、誰にともなく…話しかける。


「あ?」


「ん?」


「え?」


「何だ?」


 スタッフには、日本語は分からない。

 誰一人、こっちの会話には見向きもしない。


「…ナッキー、さくらちゃんとより戻したんだ。」


「……」


 隣で、ナッキーが『おまえ、何言ってんだ?』って顔をした。


「え?」


 マノンとゼブラとミツグは、同時に同じ声を出した。


「俺が、何となく気分良くなくて…口止めしてた。」


「……」


「悪い。ナッキーにも…ごめん。悪かった。」


 俺がみんなに頭を下げると。


「いや…そんなん…ツアー先からあれだけ電話してたら、バレバレやんな…」


「そう。もう、暗黙の了解なのかと思ってた。」


「俺らが知らないとでも?」


「……」


 俺がナッキーの顔を見ると。


「バーカ。」


 ナッキーは、俺にもペンを投げた。



 ああ…

 バカは俺だ。


 さくらちゃん。

 おかえり。



 …ナッキーを、よろしく。



 〇森崎さくら


「いらっしゃいま……あ。」


 お店のドアが開くと共に、カウベルが鳴って。

 あたしはいつも通りにそこに笑顔を向けて…

 …ちょっと、固まった。



「…やあ。」


「……こんにちは。」


 …ナオトさん。


 なんだろ…。

 あたし、なっちゃんから『ナオトがみんなに言うなって言ったから』って聞いて…

 ちょっと、ナオトさんが怖い。

 自分がした事を棚に上げて…なんだけど。



「え…っと…」


 て言うか…どうしてここに?

 あたしは、キャラクターシールの箱を手にしたまま、立ち尽くした。



「…愛美を…うちの妻を、助けてくれてありがとう。」


「………え?」


 思いがけない言葉に、ナオトさんの顔を見る。


「ただ…あいつは今もヘプバーンに助けられたと思ってるから…夢は壊さないでいい?」


「あ…な…なん…の事でしょう…」


 え?え?どうして?

 なっちゃんは知らないし…

 愛美さんも、瑠音さんも知らないはずなのに…



「隠さなくていいよ。今日、ナッキーが会議の時に写真を持ってたの見たんだ。」


「……写真…」


「君が、変装してるやつ。」


「……」


 な…

 なっちゃーーーーん!!

 持ち歩いてるの!?

 しかも…

 なんで、あの写真なのーーー!?


 あたしが眉間にしわを寄せて、わなわなとしていると。

 ナオトさんは小さく笑って。


「…俺、ナッキーからよりを戻したって聞いた時、みんなに言うなって言っちゃってさ。」


 伏し目がちに…言った。


「…それは…仕方ないです…」


「たぶん、ヤキモチだったんだよ。」


「…………は?」


「だってさ、あいつ…ここ数年、俺達がどんな事をしてもあんないい顔しなかったのに…君と再会した翌日、めちゃくちゃいい顔してうちに来てさ。」


「……」


「悔しかったんだと思う。」


「……」


「ごめんね。こんな大人気ない奴で…」


 あたしは少しの間、口を開けたままにしてしまってた。

 そして、ナオトさんが言った事を…心の中で繰り返した。


 …ヤキモチ…



「…あたしも、ツアーから帰って見せられた写真で、ナオトさんにヤキモチ焼きました。」


「え?」


「なっちゃん、ナオトさんに抱きつかれて、すごくいい笑顔してて。それをまた嬉しそうに見せられて…妬きました。」


 あたしが上目使いにナオトさんを見てそう言うと。


「……」


「……」


「…ははっ。」


「ふふっ。」


 ナオトさんは前髪をかきあげて。


「…メンバーに話したら、もうみんな知ってたよ。」


 思い出し笑いみたいに笑って、言った。


「え?」


「ま、あれだけツアー先から電話してたらな…確かにバレるか。」


「……」


「そういうわけで…さくらちゃん。」


「…はい…」


 ナオトさんは、あたしの目を真っ直ぐに見て。


「もし、君が良かったら…今度、みんなで食事でもどう?」


 すごく、素敵な声で…


「……」


 もちろん。

 すごく嬉しかった。


 だけど…

 即答できないあたしがいる。


 だって…

 あんな消え方して…

 都合良く戻ってきて…

 まだ、今…うん、今、が…精一杯で…



「…君にも、色々理由があっただろうし、今も何か思う事があるだろうから…無理強いはしないよ。ゆっくりでいいから…」


「……」


「罪悪感を、失くしていって欲しい。」


 そう言ってくれたナオトさんは、すごく笑顔で。

 あたしは…胸がいっぱいになった。


 …きっと、あたしの罪悪感は無くならない。

 だけど、少しずつ…

 なっちゃんの大事な仲間たちに…

 歩み寄れるような気持ちに、なれるといいな…。



 * * *


「ん~…んー…んんんー…」


 …うん。

 この程度だと…歌えるんだけどな…

 あたしはケリーズに置いてあった、古いクラシックギターを手に、ベッドに座る。


 結局、このギター。

 誰の物か分からなくて、使う人もいないしって…もらってしまった。

 アコースティックギターの方がいいのかもしれないけど、あたしはあまり問わない。


 ゆっくりとアルペジオを繰り返して…

 息を吸い込んで…


「……」


 …ダメだ。

 なんでだろう…。



 バレンタインの時は、歌えたのに…

 愛美さんについて病院にいた時も…

 だけど、ちゃんと歌おうとすると…なんて言うんだろ…

 心が、拒否してるのかな…。


 どこかで、あたしには歌う資格はないって。



 そのままギターを持ってると、悲しい気分になって来て。

 あたしは、溜息をつきながら、ギターを部屋の片隅に置く。



 …なっちゃんが、すごく…あたしを大事にしてくれるから。

 あたしも、なっちゃんに何かしてあげたい。

 なっちゃんは、どんな事をしたら喜んでくれる?

 料理とか、そんなんじゃなくて…


 そうやって色々考えてたら、やっぱり…歌なのかなって思った。

 あたしと、いつかステージで歌いたいって言ってくれた。

 だから…

 頑張りたいって思えた。


 なのに…

 …歌えない。



 ちょっと悲しくなって。

 あたしはベッドで膝を抱えて座ると、天使に向かって話しかけた。


「…ママには、歌う資格ないと思う?」


 当然だけど…天使は何も答えない。

 そのまま、ゴロンと横になって…天使を見つめる。


 …ナオトさんちのまこちゃん、可愛かったな…

 髪の毛ふわふわしてて…手も、ちっちゃくて柔らかくて…

 いい匂いがした。

 あたしが歌ってると、一緒になって歌って…

 小さな手で、パチパチって拍手してくれたり…

 あたしの頬に触れたり…



 ねえ…

 あなたがもし産まれてたら。

 まこちゃんと同じような事、してくれてたかな…?

 ここに戻る事はできなくても…

 桐生院の家で、あなたに歌いかけるぐらいの事は…できたかな…?




 あたしの幸せって、何なんだろう。

 今、なっちゃんといて…すごく幸せ。

 だけど、その反面…消えない罪に押しつぶされそうになる瞬間もある。

 その分、あたしはもっともっと、なっちゃんを愛したいって思うし…それは不可能じゃないって分かってる。


 なっちゃんに…笑っていて欲しい。

 幸せだ、って…感じて欲しい。

 あたしが与えられてるって感じる以上の愛を…感じて欲しい。


 あたしは、欲張りなのかな…



「……」


 起き上って、キッチンでミルクを入れる。


 本格的に歌おうとするから…ダメなんだよ。

 今の気持のままを…歌えばいいんじゃない?


 砂糖を少し入れて、甘くした。


 うん。

 美味しい。



 キュッと『美味しい』の唇をして。

 あたしは、ギターを持って椅子に座った。



 ねえ、なっちゃん。

 あたし、毎日楽しいよ。

 くだらないけど、くだらないかもだけど。

 あなたの食べ残したピーマン見ても笑える。


 ねえ、なっちゃん。

 あたし、ちょっと泣きそうだよ。

 だって、すごく幸せで…本当に幸せで。

 シーツに残るあなたの匂い、抱きしめちゃう。


 また幸せが怖くなって、あたしが逃げ出さないように。


 ねえ、なっちゃん。

 優しくばかりしないで。

 たまにはあたしを叱って。

 甘くばかりしないで。


 …でもやっばり甘いのが好き…



「…俺も甘いのが好きだな。」


「えっ!!」


 いきなり後ろから抱きしめられて。

 驚いて顔を上げる。


「カギ、開いてた。」


「……」


 あたしはみるみる真っ赤になったと思う。

 だって…だって!!



「…どこから…聴いてた?」


 恐る恐る問いかけると…


「…俺の食べ残したピーマンの辺りから。」


 ほぼ最初からじゃない~!!



「…嬉しい。」


 あたしが恥ずかしさのあまり外に走り出たくなってるのをよそに、なっちゃんは後ろからギュギュウッとあたしを抱きしめる。


 あー!!恥ずかしいー!!

 ねえ、なっちゃん。なんて歌い出し…

 小学生みたいだよー!!


 なっちゃんなんて、あたしに…

 すごくカッコいい歌ばっかり作ってくれてるのに…


 あたしー!!

 もう!!バカ!!



「…なっちゃんみたいに…カッコいい歌じゃなくて…」


 あたしがガッカリした声でそう言うと。


「さくららしくて、すっげ嬉しい。」


 なっちゃんは…本当に…嬉しそうな声。


「……」


「…逃げ出したくなるか?」


「え?」


「また幸せが怖くなって…あたしが逃げ出さないように…」


 なっちゃんは、さっきあたしが歌ったフレーズを…小さく歌った。


 あ…

 なんか…つい本心を歌ったけど…

 なっちゃんは、不安だよね…



「…逃げ出さないけど…怖いなって思う事は…ある…かも…」


 正直にそう言うと。

 なっちゃんはあたしの手からギターを取って。


「お仕置きだな。」


 あたしを抱えた。


「えっ?お…お仕置き…って…?」


 そのままベッドにおろされて…


「さくら、好きだよ。」


 目を見て…言われた。


 …ああ…もう…

 何度そう言われても、あたしは…クラクラしちゃう。

 それほど、あたしも…なっちゃんの事…



「あ…あたしも…」


 小さく答えると、なっちゃんは自分が下になって、くるりとあたしをなっちゃんの上に乗せた。



「あたしも、何だ?」


 優しい声。


「え…?」


「何。」


「…好き…」


「もっと。」


「……愛してる…」


「もっと。」


「……なっちゃん、愛してる。」


「まだ足りない。」


「……」


 あたしは唇を尖らせてしまったけど。

 なっちゃんはそれに指を押し当てて。


「もっと言え。もっと俺を欲しがれ。俺がいなくちゃダメだってぐらい。」


「……」


 そ…そんなの、もう…とっくにだよ!!

 そう思うのに…


「口に出して、本当にしろ。」


「…意地悪…」


「叱ってくれって歌ったじゃないか。」


「う…」


 そ…そうだけど…



「…こんなに人を愛せる物なの?って言うぐらい…なっちゃんの事、好きだよ?」


 あたしは、なっちゃんの胸に顔を埋める。


「…逃げ出した後…なっちゃんの事…考えまいとしてた。全部が怖かったから。」


「……」


「あたしがいなくなったら、きっと…なっちゃんと周子さんと瞳ちゃんは上手くいくって。家族になれるんだって…勝手にそう思って…もし、本当にそうなってたら悲しいクセに、いい子ぶっちゃって…」


 なっちゃんの左手が…あたしの髪の毛に触れた。


「なっちゃんの事…愛し過ぎて…怖くなった…。あたしなんて、いつか…捨てられちゃうかもって…」


 そう言った途端。


「あたっ。」


 顔を持ち上げられて、頭突きが来た。


「バカだな、おまえ。」


「……」


 額を押さえながら…なっちゃんを見る。


「本当に、俺の事見てたのか?」


「…見て…た…よ?」


「本当に俺の事見てたら、俺がおまえを捨てるなんてあり得ないって分かるだろ?」


「…でも…だって、あたしって…」


「何。」


「…子供っぽいし…」


「おまえ、俺に向かってロリコンだっつったじゃん。」


「あっあれは!!」


「ロリコンだろうが何だろうが、俺は…」


 なっちゃんはあたしの前髪を優しくかきあげて。

 頭突きした額に、そっとキスをした。


「さくらに触れる時はいつも…この指先で伝わればいいのに、とかさ…どうすれば、俺の想いの大きさや深さが伝わるんだろうって、本気で思ってるんだぜ?」


「……」


「伝わらないか?俺の気持ち。」


 あたしは、ゆっくり…そして、ぶんぶんと首を横に振った。


「そんな事…ない。伝わってる。もう…十分なぐらい…」


「十分なんて言うな。」


「だって…」


「俺は、まだ足りない。」


 なっちゃんはくるりとあたしをベッドに横にすると。


「言い足りないし、言われ足りない。」


 唇に、キス…


「なっちゃん…」


「さくら、もっと愛してくれ。」


「…もっと、愛していいの?」


「もっと、もっとだ。」


「なっちゃんの事…壊しちゃうかもしれないよ…?」


「言っただろ?今の俺はハガネより強い。」


「……」


「真正面から、来いよ。」


「なっちゃん…」


 何度も、愛してるって言った。

 もっと言ってもいいって言われると…すごく嬉しくなった。

 あたし、もっと…なっちゃんを欲しがっていいの?

 怖がらなくていいの?



 あたしの中で…


 一つ。


 暗い影が…無くなった。

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