第20話 「結局、みんなには言ってないのか?」

 〇島沢尚斗


「結局、みんなには言ってないのか?」


 俺がそう言うと、ナッキーは大げさに首をすくめて。


「おまえが言うなっつったからだぜ?」


 ピザとビールを持って座った。



 さくらちゃんと復活して…

 さぞ毎晩トレーラーハウスを留守にしてるんだろうと思いきや。


 ナッキーは。


「あいつも仕事してるから、お互いの休みの前の日だけ泊まりに行ってる。」


 と…意外としおらしい事を言った。


 あれだけ、記憶の中では目も当てられないほどのイチャつきぶりだったのに…

 よく抑えてるもんだ。



「ライヴに誘った。」


「…来るって?」


「渋ってたけど、来ないとは言わなかった。」


「…変装でもさせれば。」


 俺は嫌味のつもりで言ったんだが…


「そうか。その手があったか。」


 ナッキーは真顔で。


「名案だ。伝えておこう。」


 ビールを飲んだ。



「…ナッキー。」


「あ?」


「無理してないか?」


「何に対して。」


「…全てにおいて。」


「全然。」


「……」


 確かに…

 無理をしているどころか…

 恐ろしく自然体のように思える。


 それは…

 出会った頃のような。



 だとしたら。

 さくらちゃんとの再会で、ナッキーはいい方向に動いたのかもしれない。

 修復ではなく、スタートだと言っていたが…

 それで何かが切り替わったのかもしれないな。



「それとー…活動休止の件なんだけどさ。」


 ナッキーがビールを飲みながら言った。


 …この話は…

 納得しているにも関わらず、どこか胸が痛む。

 俺達、まだまだやれるだろ?

 つい…

 そう思ってしまう。



「正直、夏までには活動休止してもいいかなって思ってたんだけどさ。」


 …やっぱりな…

 こいつは、有言実行タイプだし…


 実は、あのアルバムは…発売後…

 世界中でトップチャートに躍り出た。

 だが、みんな活動休止の事が怖かったのか…正確なセールス数は把握してないようで…


 まあ…俺もその一人だ。


 早々にトリプルミリオンを超えたあたりから、もう数字は見なくなった。

 事務所でも、俺達がピリピリして見えたのか…

 誰も、数字を言わなくなった。


 アメリカで、細々と演れていれば良かったが…どこで何に火がついたのか。

 俺達は、ワンダー賞という信じられない名誉な賞をもらった。

 …まあ、ナッキーのさくらちゃんに対する愛が…

 世界を震わせたって事だよな…



「実はさ。」


 ピザを頬張りながらナッキーが言った。


「ああ。」


「上と話してて、ワールドツアーの話が出て。」


「…あ?」


「今までみたいな、小さい規模じゃないやつ。」


「…え?え?でも…」


 確か…上には一千万枚売ったら活動休止するって…ナッキー、話したよな…


「それぐらいで活動休止って小さい事言うなって叱られた。」


「……」


「今、何枚売れてるか、知ってるか?」


 俺はピザにもビールにも手が伸びず。

 黙々と食ってるナッキーを見ているだけだった。


「…一千万枚…超えたとか?」


「もう、その倍以上売れてる。」


「え!!」


「だから、社長に言われた。」


「な…何を…」


「ワールドツアーに出たら、きっと今のアルバムは簡単に一億枚超えるって。」


「…一億…」


「だから、今までのアルバムも五千万枚以上売ってから、休みやがれってさ。」


「……」


 俺としては…

 本当に…なんて言うか…


 気の合う仲間たちと、バンドを演れていれば良かった。

 別に、スターになりたかったわけじゃない。

 アメリカでデビューして…そこそこに有名にはなった。

 50万枚売れたってさ。なんて言いながら、ビールを飲んで。

 二枚めのアルバムがミリオン取った時も…さほど大騒ぎはしなかった。


 いい出来だったもんな。ってぐらいで…

 売れたかどうかは他人事。

 いつも俺達は、好きな事をやってただけで…



「…ワールドツアーか…」


 それで…いよいよ終わるのか…

 少し肩を落としてしまった俺に。


「おまえ、二人めが産まれるのって六月だっけな。その頃は少しスケジュール空けてもらえよ。」


 ナッキーは淡々とピザを食いながら言う。


「…ああ。」


 少しムカつく気分を抑えて、俺もピザに手を伸ばすと。


「歴史に残るような最高のツアーをして、次に進むぜ。」


 ナッキーは、ニヤリとしてそう言った。


「……」


「Deep Redは、誰も欠けちゃいけないんだ。」


 …そうだった。

 俺達に…終わりはない。

 次に進むんだ。



「こき使ってくれるよな…社長も。」


 溜息まじりに言うと。


「あの事務所への恩返しのつもりで、派手にやってやろうぜ。で、堂々と辞めてやる。」


 ナッキーは…昔見た事のあるような、元気な笑顔を見せてくれた。



 〇森崎さくら


「ワールドツアー?」


 その話を聞いて、あたしはワクワクが止まらなかった。


 Deep Redが!!

 ワールドツアー!!

 それも…すごく大きな規模の!!



「だから、一年ぐらいこっちにいない事の方が多い。」


「そんなの、何てことないよ!!すごい!!」


 あたしが嬉しそうに言うと、なっちゃんは頬杖をついて。


「連れて行きたい気持ちは山々なんだが…我慢しよう。」


 優しい笑顔で言った。



 なっちゃんは…

 一緒に暮らしてた時より、すごく…なんて言うか…

 大人な気がする。

 あたしの事、本当は信じられなくて当たり前なのに…

 すごく信じてくれてるって感じる。


 うちに泊まるのは、お互いの休みの前の夜。

 会うのは…お互いの時間が同じように空きそうな時。

 前みたいに、四六時中ベッタリって言うより…お互いのプライベートもあって、だからこそ…

 会った時は、一緒に居る時間が…より濃い気がする。


 あたしはケリーズでの出来事を話すし、なっちゃんも仕事の話をするようになった。



「ああ…そう言えばさ。」


「ん?」


「ナオトにだけは、さくらの事を話したんだけど。」


「…うん…」


「ライヴ、来にくいなら変装してくればどうかって言ってたよ。」


「……」


 あたしには…

 何となく、嫌味に取れたんだけど。

 なっちゃんは、クスクス笑ってる。


「おまえの変装、本格的だもんな。」


「…あはは…」



 そっか…

 ナオトさんに…話したんだ。

 うん…まあ、なっちゃんが楽な方がいいから…


 あたしが複雑な顔をしたのか、なっちゃんはすぐにあたしの顎を持って。


「こら。今のそれ、口に出せ。」


 半分笑ったような顔で言った。


「…なんで?」


「ん?」


「なんで…分かっちゃう?」


「観察してたから。」


「……メンバーに、話して良かったのかなって…」


「ああ…ナオトに話したら、他の奴らには言うなって言うから、とりあえずはあいつだけ。」


 あたしのせいなのに、ちょっとズズーンとなった。


 ナオトさん…

 あたしの事、怒ってるんだよね…?



「また、そんな顔する。」


「だって…」


「誰にだって時間は要るだろ?」


「…うん…」


「俺は、ナオトにだけは隠したくないんだ。」


「…うん…」


「本当は、みんなにも言いたいが…ナオトがそう判断したなら、時間をかけようと思う。」


「…うん…」


「大丈夫。俺の仲間だ。」


「……」


 なっちゃんの仲間…

 うん。

 そうだ。

 あたしが消えて…なっちゃんが壊れて…

 そのなっちゃんを、支えてくれた人達。



 あたしは、本当に…申し訳ない気持ちで顔も出せないのが本音だけど…


 でも。

 いつか…

 なっちゃんの大切な仲間たちと…


 あの、カプリで笑い合えたみたいに。

 また…

 笑えたらいいな…。



 * * *


『今夜はつぶれるまで帰さないぜ!!』


「……」


 あたしは一階後方の真ん中の席で。

 感動に震えていた。


 なっちゃんは、前の方のいい席を取ろうとしてくれたんだけど…全体が観たいからって、後ろにしてもらった。

 ここなら、少し高い位置にあるから、前の人が立ち上がっても観れる。



 オープニングから、会場は興奮のるつぼ。

 座ってるお客さんなんていない。

 以前のライヴでは、感動して呆然と立ち尽くして眺めてしまったけど。


 今夜は…あたしも踊るーーー!!



 左隣はカップルで来てる女の子で、右隣はバンドをしてるっぽい男の人二人組だった。

 みんなDeep Redが大好きみたいで、ギターソロまで歌っちゃうから、それが面白くて…

 客席をも楽しめた。



『えー…もう知ってると思うけど…4月1日からワールドツアーに出るぜ!!』


 前半が終わった頃に、なっちゃんが水分補給をしながら言った。

 シンバルの音と共に、客席も盛り上がる。


『ほんっと、社長も無理させるよな。いきなりぶっこんで来やがって…』


『いい曲作ったおまえが悪い』


『悪いのかよ』


『会場、よく押さえられたよな』


『どんな力を使ったのか…』


『チケットって売れてんのか?』


『やったはいいけど、客席ガラガラとか…』


 MCって言うか…

 メンバー同士の会話になってて。

 客席はそれを、笑いながら聞いてる。


 …ロックバンドだよね?


 あたしも、その微笑ましい光景を笑いながら聞いてた。


『ちなみに、ワールドツアーに参戦してくれる奴、いるかー?』


 なっちゃんが、客席を見渡す。

 拍手したり、拳を振り上げたりして応える人がいて。

 だけど、急な話だったからか…それはあまり多くはなかった。


『あー、少ないなあ。そりゃ残念』


 なっちゃんは首をすくめて。


『実は、Deep Red…このワールドツアーが終わったら…』


 え?

 何?


 会場が静かになる。


『無期限の活動休止に入ります』


「……うそ……」


 突然の宣言に…会場中に悲鳴が上がった。

 あたしも、信じられなくて…ただ呆然とするしかなかった。



『俺達、日本のバンドなのに、アメリカでデビューして…正直ここまでやれるとは思ってなかった』


 なっちゃんが、前髪をかきあげる。


『調子に乗って、プロを目指した仲間たちとアメリカに来てデビューできた。もう、それだけでも満足してるぐらいだったのにさ…最初のアルバムが50万枚売れたって喜んで、次がミリオン行ったって他人事みたいにビール飲んで笑って』


 その言葉を聞いて、ナオトさんが下を向いて…泣いてるのかと思ったら、笑ってた。


『…何だよ。何笑ってんだよ』


『いや…俺もそんな事思ってたからさ…』


『ははっ、さすがだよな。俺ら』


 スポットライトが、なっちゃんとナオトさんに当たる。


『まさか、こんなに売れるバンドになるとも思わなかったし、ワンダー賞なんて天地がひっくり返ったぐらいの奇跡だぜ?』


『あー、間違いない』


『俺達、あの頃のままなのに、おかしいよな』


 メンバーの皆さんも、それぞれ…意見を言って。

 あたしは…ステージにいるのは本当に…気の合う仲間たちなんだな…って。

 そう思って眺めた。



『さあ、今夜が俺達の最後のライヴになるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、後悔しないように、しっかり楽しんで帰れよ!!』


 なっちゃんの言葉を聞いて…

 後半は尋常じゃない盛り上がりになった。

 あたしのために作ってくれたという…『All about loving you』は、客席との大合唱になって。

 あたしの隣のカップルは、抱き合って泣きながら歌っていた。



 アンコールの前に、ライヴ会場の人があたしにメモを持って来た。

 開いてみると。


『明日お互い仕事だけど、今夜泊まりに行きたい』


 なっちゃんからのメモ。

 あたしは、そのメモを持って来た人に『OK』と伝えて欲しいと頼んだ。



 アンコールは三回もあって。

 すごく、すごく盛り上がった。


 ライヴが終わると同時に、ロビーでは。


「ワールドツアーのチケット、買わなきゃ!!」


「どこの会場までなら追いかけられるかな…」


「あたし、有給全部使うわ!!」


 そんな声が飛び交っていた。


 あたしは…アドレナリンが出過ぎて。


「…走って帰ろ…」


 会場から7km、アパートまで走った。





 アパートに帰って、シャワーをしながら…ライヴの余韻に浸った。


 …なっちゃん…カッコ良かったな…

 何度も、胸がキュッとなった。

 あたしのための曲…本当に…最高で…

 ハードな曲もカッコいいけど…

 バラードも…


 涙が出ちゃいそうなのを、何度も我慢した。

 ちゃんと、聴きたい。

 ちゃんと見たいって思って。



 だけど…活動休止って…どうして?

 もしかして…あたしがいなくなった事で、メンバーの間で何かあったのかな…

 実際、あたしが戻って来た事…ナオトさんにしか話してないみたいだし…


 今日、変装はしていかなかったけど…

 何となく、あれも嫌味に聞こえちゃったしな…



 …ダメダメ。

 一度に全部が良くなるわけないよ。

 あんなひどい消え方をしたのは、あたし。

 本当なら…許されないはずなのに。

 あたしを待って…待ち続けていてくれたなっちゃん…

 作り直すんじゃなくて…一から始める…


 うん。


 周りの人にも、いつか…受け入れてもらえるように…

 今は、あたしは自分の事をちゃんとしていよう。



 バスルームを出て、ケリーズで買った天使の木彫りの置物の前に座る。



「…あなたのパパ、すごくカッコ良かった。」


 もし…ちゃんと産んであげられたら…って思わない日はない。

 だけど、あたしは痛みを忘れないでいるためにも…

 毎日、この天使に話しかける。



 髪の毛を乾かしてると、ドアをノックする音。


「はい。」


『ただいま。』


 カギを開けて、ドアを開く。


「おかえり。」


「……」


 なっちゃんはあたしを見下ろして優しい顔をすると。

 ギュッと抱きしめて。


「どうだった?」


 耳元で言った。


「…一言じゃ言えないよ…」


「じゃ、後で順を追って聞こう。シャワーしてくる。」


 額にキスをして、なっちゃんはシャワーへ。

 あたしはキッチンでホットミルクにハチミツを入れて、ゆっくりと飲んだ。


 …ん。おいし。



 椅子に座って…今夜のライヴを思い返す。


 幕が上がる前から…もう、ゾクゾクしてた。

 ナオトさんのピアノのイントロが鳴り響いた瞬間、客席は総立ちになって…

 それと同時に幕は上がるんじゃなくて…一気に落ちて。

 立ち込めてたドライアイスに照明が混じって…


 …Deep Redだった。


 ほんとに…カッコ良かった…



「何飲んでる?」


 頭をタオルで拭きながら。

 なっちゃんがバスルームから出て来た。


「ハニーミルク。」


「美味そう。一口。」


「ん。」


 なっちゃんは椅子を引いて座ると。


「うん。美味い。」


 あたしにカップを返しながら笑った。



 …今日、あんなステージを見せてくれた人が…

 ここで、頭を拭きながら…あたしのハニーミルク飲んでるなんて…

 あたし…


「どうした?」


 あたしが両手でマグカップを持って、少しニヤけてると。

 なっちゃんが目を丸くして問いかけた。


「…ステージに立ってた人が、あたしのカップでハニーミルク飲んだ…って。ちょっと…ニヤけちゃった。」


「ははっ、なんだそれ。」


「だって…すごく…カッコ良かったから…」


「……」


 どの曲も…なっちゃんは全力で。

 キラキラしてて。


「…活動休止って…」


 思い出して問いかけると。


「ああ…解散じゃないぜ?」


 なっちゃんはタオルを首にかけてベッドに行くと、Tシャツを着て戻って来た。


「俺、事務所を作ろうと思って。」


「…事務所?」


「ああ。音楽事務所。」


 思いがけない言葉に、あたしはキョトンとしてしまった。

 だって…なっちゃん…


「もう…歌わないの?」


「歌うさ。でも、今みたいにテレビ出たりツアー出たりは…もういいかなって。」


「……」


「育てたいんだ。」


「…育てたい…?」


「日本から、世界へ発信できるミュージシャンを。」


 それは…

 とても、なっちゃんらしい気もした。

 だけど…


「メンバーは…納得してるの?」


「ま、してるようなしてないような、かな。でも、終わるわけじゃないから。」


「うん…」


「さくら。」


 なっちゃんはあたしの腰に手を回して。


「…俺が事務所を作ったら…そこで歌わないか?」


 距離を縮めて…言った。


「…え?」


「おまえの歌が聴きたい。」


 あたしは、口を開けてなっちゃんを見た。


「…あたしは…」


 お店の前で歌ったぐらいなら…歌えるとしても…

 あたし、カプリを最後に…ちゃんとした歌なんて…歌ってない。

 それも、歌おうとしてダメだったから…


 もう、怖い。



 ハッキリ言えなくて…うつむくと。


「…ま、ブランクあるからリハビリからだな。」


 なっちゃんはそう言って、あたしの頭を撫でて。


「さ、あっちでゆっくり感想を聞かせてもらうとするかな。」


 あたしを抱えてベッドに向かった…。

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