第18話 「お待たせしました。」
〇高原夏希
「お待たせしました。」
さくらの落書きを見ていると…紳士が現れた。
もっと待ってもいいぐらいだった。と思った。
「こちら、全商品になりますが…本当に良かったんですか?」
下に降りると、目の前には大量の紙袋。
あと、箱もあると言われて…それはトレーラーハウスに送ってもらう事にした。
外を見ると…野次馬が待ち構えてる。
俺は紙袋を持って外に出ると。
「できれば、さっきここで見た事はみなさんの思い出の中だけに。」
大きな声で言った。
「確かに…また何か叩かれて歌えなくなっても困るしな!!」
ゴシップ記事で、俺の様子を知ったのか。
同年代の男が俺の肩を叩きながら言った。
「ふっ。全くだ。」
「もしかして、あのラヴソングは彼女に?」
「そう。」
「じゃあ、ずっと待ってた彼女と…今日ここで再会できたって事!?」
「ああ。」
「すごい奇跡に出くわした!!」
店の前で、俺は素直に受け答えた。
「明日、みんなにハッピーな事があるように。」
そう言ってチョコを配ると。
「もう、すっかりハッピーだけどね!!」
何人もの人が、そう言って握手を求めた。
「頑張れよ!!ニッキー!!」
「頑張ってね!!」
みんなと手を振り合って。
俺は店の中に戻る。
少し早いが、閉店らしい。
まあ…買い占めたしな…
「……」
まだ、信じられない顔をしているさくら。
そっと頭を撫でて抱き寄せると…
「…なんで…?」
さくらは、俺の顔を見上げた。
…ちくしょう…
いなくなった後は…色んな感情に襲われたが…
こいつ…
やっぱ、可愛いな…
こんな顔されたら、もう…
愛してる。
この気持ちしか…湧かない。
「…あの…Deep Redの…ニッキー…ですよね…?」
ずっとバタバタと忙しく動いていた三人の店員が、声をかけて来た。
「ああ…はい。」
「記念写真!!いいですか!?」
「……」
すごい勢いで言われて、つい体を引いてしまった。
「…オーナーの娘さん達なの。すごく…お世話になってる。」
「…オーナーは、あの爺さん?」
「うん…」
さくらと小声でそう話して。
「いいですよ。写真。」
俺は娘さん達の間に入る。
誰が俺の隣に来るかでもめて、結局何枚も同じような写真を撮った。
「あの…サクラとは、どういった…」
オーナーに問いかけられて。
俺は小さく笑って答える。
「今から口説こうかと。」
すると…
「今日は、もう仕事あがっていいよ!!明日も休んでいいから!!」
オーナーと娘さん達は、満面の笑みでそう言ってくれた。
明日は…俺もオフだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
俺がさくらの手を取ると。
「えっ…?」
さくらは驚いた顔で俺を見て。
「今から口説くって言っただろ?」
その言葉に…心なしか、赤くなった。
…本当は、いい歳して…怖い。
キスをした。
抱き合った。
だけど…ダメかもしれない。
そんな気持ちも…なくはない。
店の裏から出て。
「ん。」
手を差し出すと…
「……」
さくらは無言で俺の手を握った。
一度壊れたものを直すのは、無理かもしれない。
同じようにしようとして、微妙な違いに違和感を覚え歪みが出て…ますます壊れてしまう可能性だってある。
…さくらに…
どう伝えれば届くだろうか。
歌には書けなかった…
俺の、弱さ。
〇森崎さくら
「今、どこに住んでる?」
店の裏から外に出た。
あたしは…まだまだ…夢を見てるみたいで…
差し出された手に、少しだけためらって…手を伸ばした。
「…そこ…」
すぐそこのアパートを指差す。
「そこ…?」
そりゃあ…聞き返したくもなるよね。
あたしには似合わない、ちょっと小洒落たアパート。
廉くんと晋ちゃんには、あたしのイメージって…こうだったのかなって、ちょっとビックリした。
それとも…ケリーズの近くを選んだら、ここしかなかったのかな…って。
「…ちょっと…なかなか気に入る部屋がなくて…」
小さく…そう答えるしかなかった。
「……」
なっちゃんはあたしの手を引くと、あたしの部屋の前まで来て。
「入っても?」
真顔。
あたしは…ここまで来て、聞くかな…って思いながら、ドアを開けた。
とりあえず…本当に何もない部屋。
あたしは仕事に持って行ってる小さなバッグを椅子に置いて…
どうしよう…
お茶でも…入れる?
少し悩みながらキッチンに立とうとすると…
「…さくら。」
なっちゃんが…大好きな声であたしを呼んだ。
「さくら…」
優しく…抱きしめられる。
「…さくら…」
だけど…どうしたらいいのか…
「さくら。」
なっちゃんは、ずっとあたしの名前を呼んで。
抱きしめたと思ったら…離れて、あたしの髪の毛を撫でながら、顔をじっと見つめたり…
だけど…あたしは…なっちゃんの目が見れなくて…
ずっと、なっちゃんのシャツのボタンを見てる。
「…あんな派手な事しておいて…今さらだけど…」
「…うん…」
「今、一人なのか?」
今…一人なのか?って聞かれた…よね…
…うん…
あたしは、言葉には出さず…頷いた。
すると、なっちゃんは優しくあたしを抱きしめて…
「…俺が、全部悪い。」
耳元で…つぶやいた。
「…え?」
「おまえに我慢ばかりさせた。」
「…え?な…何…?」
なっちゃんの言ってる事が分からなくて、あたしは腕から離れて…なっちゃんを見つめる。
「…これも…ごめん。先に謝る。」
「…何?」
「…日記を…読んだ。」
「…日記…?」
日記…日記…
あたし、日記なんてつけてたっけ…
「…キッチンの引き出しに入ってた、ハードカバーの…」
「…キッチンの引き出し…?」
「……」
「…………あ‼︎」
思い出した‼︎
日記って言うか…
あた…あたしの…もろ本音じゃないーーーー‼︎
「よっよよよよ読んだ⁉︎」
なっちゃんの腕をガシッと掴んで、身体を揺さぶる。
「……うん。」
「……」
あたしは口を開けたまま、目も見開いたまま、なっちゃんを見つめて青い顔になった。
あれって…
二階堂の事は…書いてない…?よね?
何…何書いてたっけ…
最初の方…
絶対人に読ませたくないような…
あたしの、気持ち…
…それより…
問題は…
…最後の方。
愚痴しかない‼︎
愚痴どころか‼︎
なっちゃんの悪口だったかも‼︎
あーーーー‼︎
そりゃあもう…ガックリとうなだれたあたしを見て。
なっちゃんは…
「あれを見て…さくらは、俺よりもずっと大人だなって思った。」
静かな声で言った。
「…愚痴ばっかりだったよね…?」
なんであたし…あんなの残して…!!
自分の失態にワナワナと震えるあたしをよそに、なっちゃんは…
「嬉しい事もいっぱい書いてくれてた。」
って…優しい声…
「……」
「カッコいいとか…サイコーだとか。」
「……」
な…
なんで…処分しなかったんだよ…あたし…
まあ…そんな所に気が向かないほど…いっぱいいっぱいだったしな…
…もう。
なんで読んじゃうの!?
…って…
怒れないよね…
あたしが急に出て行って…
なっちゃん、絶対…
「朝起きたら、おまえがいなくて。」
突然の低い声に、あたしの顔が上がった。
「嘘だろって思った。」
「……」
「荷物もない、ベッドは冷たい…明日はリトルベニスに発つって言うのに…どこ行ったんだ、って。」
「……」
…怖い…
この先を…聞くのが怖い…
……だけど。
聞かなきゃだ。
あたし、この人を苦しめた。
傷付けた。
聞かなきゃ。
「…休み前、最後の仕事だったけど、行けなかった。」
「……」
「放心状態になってる俺を…ナオトが見つけて…それから、色んな奴が来た。」
「……」
「何も食えなかったし、風呂にも入らなかったし…酒ばっか飲んで…思考回路もバカになってたし…」
「……」
「そんな時に、あのノートを見付けた。」
「……」
「おまえに…ずっと我慢させてた…」
「……」
「自分に幻滅して…しばらくは歌も歌えなくて…ひたすら後悔ばかりした。」
涙を浮かべる資格さえない。
あたしは…そう思って、必死に…なっちゃんの言葉を無言で拾って…
あたしの痛みとして…受け止めようとした。
本当に…
あたし…
なんて酷い事…
「…正直…おまえを恨んで憎んで忘れられたら…どんなに楽だろうって思ったよ。」
「……」
憎んで欲しかった。
殺したいほど、憎んで欲しかった。
そうされた方が…あたしだって…
「…だけど、憎もうとしても…目を閉じると浮かぶさくらは…いつも笑顔でさ。」
「……」
「憎もうとすればするほど…もっと好きになって…もう、わけ分かんねー状態になってさ…」
…ダメ。
泣いちゃダメ。
あたしは唇をかみしめて、涙を我慢した。
「…情けない男だな。ほんと。」
「……」
「…でも、このままじゃいけないって思い始めたのは…歌えない事に気付いた時だった。」
なっちゃんはあたしの頬に手をあてて。
「歌えない俺なんて、存在する価値もないって思った。でも、もしそれをさくらが知ったら…ガッカリするだろうなって思ったんだ。」
食いしばってる唇に…優しく指を這わせた。
「そうは言っても…なかなか立ち直れなかったし、みんなにも迷惑をかけた。でも周りの助けもあって…俺は歌えるようになった。」
「……」
「さくら。俺は…一人じゃ立ち上がる事もできない、弱い男だよ。」
「……」
「さくらの苦悩を…思いやる事もできなかった。」
「……」
「ダメな男だけど…こうなっても、さくらの事が…愛しくてたまらない…。」
もう、ダメだった。
あたしの目からは、ポロポロと涙があふれて。
食いしばってた唇も…アヒルみたいになっちゃって…震えて…
あたしは…勝手に自分で自分の首を絞めただけなのに…
なんで…なっちゃん…自分を悪く言うの…?
なんで…あたしを責めないの…?
なんで…今も、あたしを…
こんなに…愛せちゃうの…?
「…なっちゃんは悪くないの…」
震える声で言うと、なっちゃんは優しく涙を拭ってくれた。
「…怖くて…幸せが怖くて…あたし…」
「…周子に聞いたよ。」
「……え…?」
あたしは耳を疑った。
…周子さんが…?
あんなに…熱く、あたしに…あたしを憎いって…
「酷い事を言った、って。」
「……」
「でも、それを言わせたのは俺だと思ってる。全ては俺のズルさや弱さが原因…」
「そんな風に言わないで。」
あたしは、なっちゃんのシャツを握りしめて言った。
「なっちゃんは…悪くないの…本当に…」
「……」
「…あたし…この三年間の事は…話せない事ばかり…」
あたしは…言葉を選ぶように、ゆっくり話し始めた。
「元々、話せない事だらけだったあたしを…なっちゃん、好きになってくれて…なのにあたしは…なっちゃんの事、全部知りたがって…欲しがって…そのクセ、全部が手に入ると思うと…怖くなって…」
なっちゃんの目にも…涙が浮かんでるように見えた。
「いい子にしてなきゃって、我慢し過ぎた事もあるけど…でも、それって…なっちゃんだって、あたしを傷付けたくないからって言わなかった事もあるわけで…」
「…さくら…」
「あたし、ずっとなっちゃんから逃げてた。裏切って傷付けて…罪を背負う事で許されるなら、あたしに不幸が訪れるのは当然なんだって思いもした。」
「何言って…」
「でも…ダメだ…ね…」
「……」
「…なっちゃんの事…やっぱり…好きだもん…」
「…さくら…」
「許されたいって…思っちゃう…」
「……」
なっちゃんが…初めて、あたしから視線を外した。
自分勝手なあたしは…それがすごく不安で。
なっちゃんのシャツを持つ手に力を入れた。
すると…
「……何があったかは…聞かないよ。」
なっちゃんは…シャツを握ったあたしの手を見てた。
「…え…?」
「さくらが言いたくなったら…その時に全部聞く。だけど…俺からは、何も聞かないし…言いたくないなら、言わなくていい。」
「……」
なっちゃんはゆっくりと視線を上げて…あたしを見た。
「俺は…今もずっとさくらの事を愛してる…」
「……」
「鬱陶しい男だって思うか?」
「そんな‼︎」
「……」
「……」
何も聞かないって言われて…
少しホッとしてる自分もいるけど…
何も言わなくて、伝わるわけがないって思う自分と。
だけど…赤ちゃんの事は言えない…
…桐生院家の事も…
そしたらさ…
結局、あたしはなっちゃんに話せないことだらけで…
また、しんどくなっちゃうんだよ…
…繰り返すの?
あたし…
なっちゃんに、また…辛い思いをさせるかもしれないのに…?
「さくら。」
あたしがゴチャゴチャ考えてるのが分かったのか…
なっちゃんは、あたしの前髪をかきあげると。
「…先の事は分からない。」
ささやくような声で言った。
「…今、一緒にいたいなら…一緒にいよう…」
「…なっちゃん…」
「あの時…おまえ、そう言ってくれたよな…」
あれは…
なっちゃんが、あたしに恋をしてるって告白してくれて。
それから…最近まで、女の人と暮らしてたって告白されて。
…結婚願望も、子供が欲しいって気持ちもない…って告白されて…
そんな男でもいいって、誰も言わないよな…って
「今は…今しかないから…って。」
なっちゃんの目から涙がこぼれて。
あたしは…もう、自分ではどうにもできなかった。
また、なっちゃんを苦しめるかもしれないと分かってても。
強く、抱き合った。
深い深いキスをして。
そのまま…ベッドに運ばれて…
あたし達は…また、一つになった。
あたし達の愛は…苦しめあう事から、逃れる事は…
…できないと分かっていながら…。
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