第16話 「カプリのカニ、仕入れて来た。」

 〇島沢尚斗


「カプリのカニ、仕入れて来た。」


 ゼブラとミツグがカニを持ってナッキーのトレーラーハウスに来た時。

 俺はナッキーとマノンと三人で、ベッドにうつ伏せになって譜面に音譜を書き込んでいた。


「…おいおい、野郎三人でそりゃないだろ…地獄絵図だぜ…」


 ミツグが大げさに嫌そうな声でそう言うと。


「間違いないな。後は二人でやってくれ。」


 ナッキーは笑いながらベッドを降りて、キッチンへ向かった。



 マノンが、ナッキーにメッセージソングを提案しても。

 しばらくは何も書かなかったナッキーだが…

 何か吹っ切れたのか。

 それとも…今も限界を知らず膨れ上がる彼女への想いを、捨てる事が出来ないと気付いたのか。

 ナッキーは、次々と名曲を書いて来た。


 その曲を俺とマノンでアレンジしたり…

 でも、いつもほとんど手を加えなくてもいい状態で、ナッキーは持って来た。



「誰がこんなに食うんだよ。」


 キッチンから、ナッキーの笑い声が聞こえる。


「食うだろ。こないだは足りないって騒いでたじゃないか。」


「日々内臓は年を取るって言うのに…」


「よく言うよ。」


 三人の会話を聞きながら、俺とマノンは譜面にペンを走らせ…


「これでええんちゃう?」


 マノンが、起き上った。


「最後の大サビは半音上げてかないか?」


「ああ…なるほどな。ナッキーの一番ええ声が出るキーまで上げた方が、盛り上がりそやもんな。」



 Deep Redは…

 結局、隠してたつもりでも、ナッキーの体調不良がメディアに取り上げられた。

 彼女と別れたせいだ、っていう噂もあちこちに書かれて。

 情けないだの失望しただけの…

 ナッキーへの残念なコメントが事務所に多く届けられた。


 …勝手に言ってろ。



 活動を控えている間…こうして、メンバーで集まって飯を食ったり。

 曲を作ったり。

 リビングセッションで盛り上がったり。

 これはこれで…すごく必要な事をしていると実感できた。

 変に忙しい時より、音楽に、より密接している気がして。


「おっ、今のフレーズカッコいいな。」


 何気なく弾いたマノンの1フレーズを、誰かが評価して展開していく。

 そんな毎日が、Deep Redの未来を作ってくれている気がした。



「ここのカニ、本気で美味いよな。」


 カニを食う時だけは、音楽の話も途絶える。

 楽器も置いて、黙々とカニに食らい付く。



 さくらちゃんがいなくなって…もうすぐ二年が経つ。


 年明けと共にリリースした『All about loving you』は、瞬く間に大ヒット曲となった。

 ナッキーの体調不良をキッカケに、ここぞとばかりにDeep Redを叩いていた業界情報誌は。

 手の平を返したように大絶賛の記事を書いていたが…俺たちがインタビューに答える事はなかった。



「あの歌を出した後にさ。」


 カニを食いながら、ナッキーが言った。


「周子が…泣きながら謝りに来たんだ。」


「え?」


 俺達の手が、一旦止まる。


「…さくらがいなくなる前の日…さくらに…酷い事を言った…ってさ。」


「……」


 俺は…さくらちゃんがいなくなった日の、事務所での周子さんの姿を思い出していた。

 何か絡んでる。

 そう思わせるような…少しうろたえた表情だった。


「でも、周子のせいじゃない。」


 ナッキーは、一人…カニを食いながら続ける。


「キッカケにはなったかもしれないが…原因は俺だ。だから、俺がいくら歌った所で…さくらは帰って来ないかもしれない。」


 …届かないのだろうか。

 こんなに…ナッキーが自分の想いをさらけ出しているのに…


「みんなには付き合わせてわりーなと思うけど…ま、ついでにもう何曲か、頼む。」


 ナッキーは自分の食ってるカニに視線を落としたままで、そう言った。


「…もう何曲かとか言うなや。俺はずっとそのままでもええで。」


 マノンがそう言って、カニを手にした。


「俺も、今のスタイル嫌いじゃないぜ。進化もしなきゃな。」


 ミツグも、カニに手を付けた。


「ま、フロントマンがやりたいようにやりゃいいのさ。うちの花はおまえだし、おまえが枯れてちゃ話になんねーからな。」


 ゼブラがそう言うと。


「おっ、なんや今ええ事言うたな。」


 マノンがゼブラを茶化して。

 汚れた手同士で…ハイタッチをしたもんだから…


「おまっ…!!カニが散ったぞ!!カニが!!」


「ははっ。顔についてるで。」


「やめろよ…こんな狭いとこで…」


 俺は、そんなみんなの様子を見ながら…笑う。



 ナッキー。

 好きにやれよ。

 ほんと…


 俺は、進むのも停まるのも…

 おまえと一緒って決めてるんだ。


 いいんだ。

 もっと、俺達を巻き込んでくれ。



 〇丹野 廉


「尊敬する人物は?」


「同じ日本人だからって言うわけじゃないけど、事務所の先輩のDeep Redですね。」


 何度、こんな質問をされたか分からない。

 だけど、俺の答えはいつも決まってる。



 Deep Redは、高原さんの…さくらへの『All about loving you』を皮切りに、次々とヒットソングを生み出した。

 その全てが…さくらへの楽曲だ。

 俺達、誰もがそれに気付いてる。


 …さくらも。



 だけど依然さくらは高原さんに会う気はないらしい。

 なぜそこまで…?と思うが…

 子供を死産した悲しみや苦しみは…俺達には計り知れない。



 Deep Redの面々に隠したまま(臼井にも)、俺と晋はさくらとの共同生活を続けて。

 もうすぐ…二年が経つ。

 FACEは春にはワールドツアーに出かけるし…

 俺としては…

 できれば、その頃までに…

 さくらを高原さんに会わせたいと思っている。


 勝手な理由だが…

 有名になると、家にまで押しかけてくる輩が増えた。

 俺と晋は不在の事が多いが、さくらに害があっては困る。


 そしてやっぱり…何よりも…

 高原さんの歌を聴いて、心が揺さぶられない男はいないと思う。

 晋は、さくらの死産を知らない分…一日も早く高原さんに会わせたいと思っていたようだが…


 俺としては…

 さくらの傷が少しでも癒えるまで…と思って…


 いたが。



「なあ…これ以上さくらを一人にしとく日が続くんは…俺、ちょっとどうか思うんやけど。」


 ある日、晋が真顔で言った。

 確かに…今までと状況が違う事や、春に始まるワールドツアーのリハーサルもあって、帰っても深夜だったり…

 そんな時にも、家の周りで待ち伏せするファンがいて、結構な迷惑ぶりだ。


 さくらは『変装してるから大丈夫』なんて笑うけど…

 それもいつまで持つか…



「とりあえず、俺らはずっと無関係やったって顔せなな…いくら何もなかった言うても…こない近くで一緒に暮らしてたんバレるのは、俺は胸が痛いで。」


「…んー…高原さんは許してくれるとは思うけど…」


 俺はむしろ、ナオトさんの方が怖い。

 なんで俺に相談しなかった!!って、怒鳴られる気がする。

 怒鳴られるだけならいいが…

 仕事を干されるような何かが起きてしまいそうな予感さえする。


 実はナオトさんにはそれほどの力がある。

 色んなアーティストのレコーディングに参加してるし…

 ナオトさんの鍵盤で歌いたいと言うシンガーは数知れず…

 ロック界のみならず、音楽業界全般から支持を受けている鍵盤奏者。

 大物からのオファーも多い。

 また、それを軽くあしらえるのもナオトさんならではで…


 …うん。

 怖い。



「どういう作戦で行く?」


「俺ら、こういう企ては下手やからな~…」


「さくらと待ち合わせて…そこに高原さんに行ってもらうとか…」


「んなベタなやり方、怪し過ぎるやん。」


「じゃあ、どんなのがいいんだよ。」


「…せやな~…」


「……」


「……」


「…雑貨屋…かな。」


「高原さんが雑貨屋に何の用があんねん。」


「…んー…」



 こうして、俺と晋は…

 下手に、案を練った。

 だけど結局…



「…タレこもう。」



 そうするしかなかった。




 〇森崎さくら


「サクラ、どうした?元気がないね。」


 新しい商品を並べてると、デレクがあたしの顔を覗き込みながら言った。


「え?ううん、そんな事ない。元気です。」


 笑ってみせると。


「そうかい?もし体調が悪いなら、無理をせずに休むんだよ?」


 デレクは白いヒゲを揺らせて笑った。


「もう、パパはサクラに甘いわね。」


 長女のエイミーが、あたしの隣で笑う。



 …あの家を出る事になった。

 確かに…ここ数ヶ月は、家を知ったFACEのファンに家の周りを囲まれたりして、困った事もあった。

 …仕方ないよね…

 あたしみたいな部外者が居たら…何なのかって噂になると困るし…



 廉くんと晋ちゃんは、この店の近くにアパートを借りてくれた。

 しばらくは、そこで生活しろって…

 他に気に入る所を、またゆっくり探せって。

 元々荷物の少ないあたしは、またもやスーツケース一つで家を出た。

 …アパートでスーツケースのポケットの部分に、メッセージカードが入ってるのを見つけた。


『今まで楽しかった。ほんと、ありがとな。でも、おまえと暮らしてた事がバレたら、俺達は無職になっちまう可能性も無きにしも非ず。絶対口外するなよ。これは読んだら焼いてくれ。』


 あたしはションボリとした気持ちで…それを焼いた。

 あたしと暮らしてた事がバレたら…廉くん達に不利な事態が…って、どうしてなんだろう。


 まあ…ゴシップネタには…なるか…



「サクラ、ディスプレイ、任せていいかな?」


「あ、はーい。」


 バレンタインデーに向けて…あたしは提案をした。

 こっちでは、女の子がチョコを贈る習慣はないみたいなんだけど。

 日本では、二月は女の子のお祭りみたいなもんだって。

 あたしは、二階堂にいてよく知らなかったけど。

 晋ちゃんと廉くんが、バレンタインの思い出を話してくれて。

 あたしも…なっちゃんとのバレンタインを思い出して…

 この寒さに震える二月が、気持ち暖かくなればいいなって。


 HAPPY VALENTINEって、文字を切り抜いて。

 本命チョコ、義理チョコ、友チョコ…

 ラッピングして、並べてみた。



「わあ、可愛い。」


 ディスプレイに並べてる最中、店の外からそれを眺めてた女の子達が、声を上げた。


「あたし達も、交換しない?」


「いいかも!!」


「入ってみよ?」


 早速のお客さんに、デレクも大喜び。

 チョコの品数は多くないけど、メッセージカードとラッピングは色んな種類があって。

 あたしは、友達となら手作りチョコが楽しいかも?と、で作りチョコキットをおススメしてみた。

 幸先は…良かったんだけど…



 やっぱり、アメリカでは男性側からのイベントだからか…

 義理チョコも存在しないからか…

 あたしの提案は、すぐに下火になった。


 うーん…

 あたしは、チョコ好きなんだけどなあ…

 男の人から花束もらうのもいいけど、自分が作ったチョコをプレゼントするって、ワクワクしちゃうけど…


 店の前でディスプレイを眺めて。


「んー…」


 唸る。


 チラシを入れるにはお金がかかるし…

 何か簡単に…


「……よし。」


 あたしは店の奥に眠ったままになってた、誰の物か分からないクラッシックギターを手にした。

 汚れを取って、弦を確認すると…

 うん。弾けそう。


「デレク、これ使っていい?」


「ああ、いいよ。」


 チューニングして…適当なコードを弾きながら…店の入り口で歌った。



 あたしの好きなチョコレート

 大好きな彼にもプレゼントしたい

 これがあたしの好きな味

 覚えてて 好きになって


 あたしの好きなチョコレート

 大好きなパパにもプレゼントしたい

 仕事の疲れを取って

 いつもありがとう 明日も頑張って


 あたしの好きなチョコレート

 大好きな友達にもプレゼントしたい

 女同士で食べるチョコは格別

 これからも笑っていよう?


 あたしの好きなチョコレート

 ねえダーリン 買うなら『ケリーズ』で買って

 あたしはオレンジのラッピングがいいわ

 メッセージカードは二番目の棚にあるやつにしてね



 適当に歌うと、興味を持ってくれた人が立ち止まって聴いてくれた。


 そして…


「オレンジのラッピング、どこにある?」


 男性が二人、お店に入ってくれた。


「ありがとう。奥の棚に。」


「パパに買ってあげたくなっちゃった。」


「花束をプレゼントする予定なんだけど、何か気の利いたメッセージカードはある?」


 次々と…お客さんがお店に。

 これには、デレクも…三人娘さん達も驚きで…もちろん、あたしも。

 あたしがここで働き始めて、一番忙しい一日になった。




 〇高原夏希


「目線こちらにお願いします。」


 久しぶりに取材を受けた。

 と言うのも…

 俺がさくらに書き続けているメッセージソングも…

 かれこれ…4曲。

 その全てがヒットチャートでトップに輝き、秋にはその全曲と、ハードなナンバーを収録したアルバムを出した。


 まさに集大成。



 作り始めてからは、駆け足だった。

 何をそんなに生き急いでる?と聞かれるぐらい…

 俺達は曲作りとアルバム制作に没頭した。


 生き急いでる…ように思われても仕方がない程。

 俺達はメディアに出る事もせず、ひたすら作品作りをした。



 …さくらがいなくなって…歌えなくなった時は…

 もう俺は、正直…生きている意味がない。とさえ思った。

 歌っていてこその俺が、歌えない。


 苦しかった。



 マノンが言ってくれた、さくらへの歌を書く事…

 どこかで…さくらが聴いてくれるなら…

 いや、もしかしたら、聴いてくれていないかもしれないが…

 それでも。

 それでも、俺の気持ちを伝えなくては。と思った。


 さくらがいなくなっても、俺の気持ちは今もずっと変わらない事。

 これからもずっと変わらない事。

 あの日の思い出が今も、日常のように…俺を励ましてくれている事。


 …女々しいと言われようが、これが自分で…

 さくらを想う気持ちだけで、俺は歌う事に復帰出来た。



 メンバーには…本当に助けられている。

 なんで俺を見放さないんだ?

 もう、見限れよ。

 何度…そう思ったか分からない。


 だけど、あいつらは…トレーラーハウスへ来ては、バカ騒ぎをした。



 アルバムが一千万枚以上売れたら、活動休止。


 それは…もう遠くない話になっていた。

 先月、俺達は日本人としては初めての…格式高い賞、ワンダー賞を獲得した。

 秋に発売したアルバムは、今も売れ続けている。

 みんな口には出さないが…とっくに目標達成しているのは間違いない。

 …このままいけば、Deep Redは今年活動休止に入る。



「高原さん、ちょっといいっすか?」


 取材を終えて廊下を歩いてると、FACEのボーカル、丹野廉が声をかけて来た。


「ん?何だ?」


「この後、時間ありますか?」


「ああ…特に何もないけど。」


 廉は『実は…』なんて言いながら。

 一枚の写真を差し出した。


「?」


 それを手にする。

 街のどこかで撮ったような一枚。

 同じくFACEのギタリスト、浅井 晋が、ピースサインをしている。



「それ…フィルムが余ったからって撮った物なんですけど…」


「これが?」


「…後ろの、雑貨店の中…」


「………えっ…」


 俺は食い入るように、その写真を見た。

 晋がピースサインをしている後ろに、『ケリーズ』という雑貨店が。

 その店のレジに…


「…さくら…?」


「…ですよね…?」


「こ…これ、ど…」


「一緒に行きますか?俺、今からその近くで晋と待ち合わせなんです。」


「……」


「何悩んでるんですか。行きましょう。」


「……」


「高原さん。」


 ふいに、腕を掴まれた。


「手を離したままでいいんすか?」


 廉にそう言われて。


「…連れてってくれ。」


 俺は、廉と事務所を出た。

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