第15話 晋とさくらとで生活を始めて、もうすぐ一年。

 〇丹野たんの れん


 しんとさくらとで生活を始めて、もうすぐ一年。

 俺がボーカルを務めるFACEは活動も順調で、この夏に出したアルバムがチャートインしてからと言うもの…なかなかオフも取れないほどになった。


 そんなわけで、三人での生活とは言っても…

 さくらはまるで一人暮らし。

 そこそこに広さのあるあの家で一人は…きっと寂しいに違いない。



 プレシズの季節を前に…Deep Redのナオトさんから、あるシンガーのバックバンドをしてくれないか。と言われた時は。

 何が悲しくてバックバンド?と思った。

 プロになるためにアメリカに来て。

 なかなか認めてもらえず…耐えるばかりのような毎日に、少しイラついてたのもあった。


 それを知ってて…バックバンド?

 世界のDeep Redのナオトさんが、なんでそんな事を?

 なんて思ったが…


「ナッキーの彼女なんだよ。」


 ナオトさんは、ニコニコしながら言った。



 高原さんは…俺達の中でも、特別な存在で。

 Deep Red自体すごいバンドだが、その中でも特別の特別…

 同じボーカリストの俺からしたら、神だ。


 その、神が選んだ女。

 興味深かった。


 が…会ってみると…まるで子供。

 年を聞けば16歳と言うし…

 俺の神は、いったいどうしちまったんだ!!ってのが、正直な気持ちだった。


 だけど…アレンジ能力の高さ。

 音を正確に捉える耳の良さ。

 最初に抱いた『この小娘が⁉︎』みたいな気持ちは、すぐに消え去った。

 喜んで…あいつのバックバンドを務めた。



 ライバル。

 そんな印象を持ったかもしれない。

 だけど、周りは俺がさくらに惚れてると勘違い。

 …まあ、嫌いじゃない。

 むしろ、好きな方だ。

 だけど…それは恋愛のそれとは違う。


 俺は今も、瑠音るねに想いを寄せたまま。


 …意外としつこいな。



 Deep Redのギタリスト、朝霧あさぎりさんとの結婚が決まった時。

 素直に…あいつの幸せがそこにあるなら、と。

 祝福した。


 渡米して、会う機会も…なくはなくて。

 二人の愛に溢れた様子を、目の当たりにする事もあった。

 子供を産んでも、あの楽しかった学生時代を思い返させる笑顔を見せられると…幸せを願っても、祈っても。

 俺の気持は消化できないものなんだな…と気付いた。



 さくらは…

 俺と晋にとって、妹的な存在だ。

 何か理由があるんだろうけど、家族もなく、変にソツなく何でも出来る女…

 たぶん、さくらは一人でも生きていける能力を持っていると思う。


 だけど…

 何か…何とかしてやりたい。

 そう、思わせられる。



 もうすぐ、クリスマス。

 晋が、さくらに。


「クリスマスプレゼント、何がええ?何か買うてやるで?」


 頭を撫でながら言った。

 するとさくらは。


「…ううん、何も要らない。」


 泣きそうな笑顔で…答えた。


 …確か…

 死産したのは、クリスマスイヴだった…と聞いた。

 あいつにとって、クリスマスイヴは悲しい日。

 子供の命日。



 イヴの夜は、ライヴが一本。

 だが、早い時間に終わる。

 臼井は彼女と過ごしたいと言ってたし…

 俺も晋も、残念ながら浮いた話の一つもない。



 俺と晋は…

 さくらのために、あるプレゼントを用意する事にした。



 〇森崎さくら


「よお、おかえり。」


「…え?」


 あたしは、ドアを開けて驚いた顔のまま、立ちすくんだ。

 だって…


「…今夜、ライヴって書いてある…」


「おまえこそ、職場のパーティーって書いてあるぜ?」


 廉くんと、玄関の横のスケジュールボードを指差す。


「ライヴはちゃんとやったぜ?終わってすぐ帰って来た。」


「…あたしだって、パーティーあったよ?」


 コートを脱ぎながら言うと。


「ほんとかよ。」


 廉くんはあたしの頭をポンポンとして。


「一時間後に、リビング集合な。」


 そう言って、自分の部屋に入って行った。


 …クリスマス、するのかな…

 あたし、そんな気分じゃないんだけどな…



 今日は…あたしの赤ちゃんが死んだ日…


 仕事中も、ずっと気分が沈んでしまって。

 デレクも、娘さん達も…みんなが心配してくれて。

 …ダメだな、あたし。

 こんなに…自分の感情が隠せないなんて…



 産まれてたら…一歳。

 もう、歩いてるかな…



「……」


 考えては、泣きそうになった。


 ダメダメ…

 あたし、本当…

 成長してなさすぎる…



『さくら、先に風呂入るか?』


 ドアがノックされて、廉くんが声をかけてくれた。


「え?廉くんは?」


『俺は帰ってすぐシャワーした。今、晋が出て来たから、おまえも先に入れよ。』


「…うん…あの、でも…あたし…」


 ドアを開けずに、ドア越しに話す。


「…クリスマスって…気分じゃなくて…」


『…三人で、映画でも見ようぜ。』


「…え?」


『チキン買って来たから、それ食いながらコーラ飲んで、ビデオ見て、家族みたいにして過ごそうぜ。』


「……」


『一人で、祈らなくていい。俺らもいるんだから。』


「……ありがと…」


 ドアに頭をつけて…そっとつぶやく。

 あたしが一人で落ち込んでるの…気付いてたんだ…



『じゃ、後でな。』


「うん…」



 廉くんの気配が消えて。

 あたしは、ドアに頭をぶつけたまま…小さく溜息をつく。


 …クリスマスだよ。

 あの二人にも…楽しいって思える一日だった方が、いいに決まってる。


 うん。

 あたし、ちゃんと笑わなきゃ。


 頬をパシパシと軽く叩いて、あたしはお風呂に向かった。



 お風呂から上がって髪の毛を乾かしてると、窓の外には賑やかなイルミネーションの元、家路を急ぐ人が見えた。


 …一人じゃないって…暖かい。

 なっちゃんも…今夜は誰かと過ごしてたらいいな…

 …って…

 あたしが思うことじゃないか…


 そんな事を考えながら、リビングに行くと…



「お、来た来た。」


「よし。始めるぞ。」


 二人はテレビの前に並べたソファーの真ん中にあたしを座らせて、グラスを持って来た。


「さ、飲め飲め。」


「えっ?お酒?」


「シャンパンだよ。クリスマスだぜ?」


「あ、うん…」


「メリークリスマース。」


 三人で乾杯して…

 あたしの左側に晋ちゃん、右側に廉くん…

 なぜか、ぎゅうぎゅうに…密着して座る。



「…狭くない?」


「別に?」


 二人はあたしの後…背もたれに手を乗せて。


「まずは、これだな。」


 ビデオの再生ボタンを押した。

 流れて来たのは…


「これ、俺らの最新映像。」


 FACEのライヴ映像だった。


「わあ…初めて観る!!」


 つい、前のめりになってしまった。

 だって、本当…こういうの観る機会なくて。

 一緒に暮らしてるのに、廉くんがどんな風に歌って、晋ちゃんがどんな風にギターを弾くのか…あたしは知らない。


 廉くんはステージを走り回って、サビでは飛び跳ねて…

 それにお客さんが応えて…

 会場全体が揺れてる感じ。


 晋ちゃんのソロは耳に残りやすいキャッチーな感じなのに、すごく速くて…ギターキッズが熱くなる理由が分かるって納得。


 以前は…常に音楽に触れてたけど…

 日本に帰って、離れた。

 こっちに戻って、触れる機会はあったのに…触れなかった。

 どこかで、あたしにはもう…音楽を楽しむ権利はないって気があるのかもしれない。


 だから…余計にワクワクした。

 FACEのステージはすごく楽しくて、刺激的だった。


 …歌いたい…

 少しだけ…

 胸の奥が、熱くなった。




「おまえ、もっと肉食えや。」


 丸いバスケットの中に入ったチキンを回されて、あたしはそれを一つ手にしてがぶりと食いついた。

 FACEのライヴ映像の後、ここ数年のMTVの番組を編集してある物が出てきて。

 少し酔っ払ってしまった三人で、一緒に歌ったりして…盛り上がった。



 死産してからは…一度も歌を口ずさんだ事さえなかった。

 三人で笑いながら歌って、盛り上がって…

 日付が変わって、一時間が過ぎた頃…



「よし、次はこれ観るぞ。」


 廉くんが入れたビデオは…


「…えっ…」


 あたしを驚かせる物だった。


「おー、懐かしいやん。」


「え…えっ?え?え?なん…なんで?これ…」


「あんな大きいイベントだからさ、撮影してたんじゃないかと思って、問い合わせたら…あった。」


 廉くんが笑う。


「もしかしたら、残したくない物になってたんやろけどな。」


 晋ちゃんも、笑う。


 テレビ画面には…プレシズ。

 あたしが、白いワンピ着て…ステージに出て来た。


「……」


 何となく…見るのが嫌な気がしたけど…

 自分の歌う姿なんて見た事ないし…


「ははっ、おまえのBurn、会場の度胆抜いたよなあ。」


 晋ちゃんが手を叩いて笑う。


「おっ、ここ。俺と晋のソロ…めっちゃ練習したよな。」


「プレシズでギターソロデビューとか、あり得へんわ。このエセギタリストが…」


「おお…結構弾けてるよな。よし。次のライヴでは、俺もギター弾くぜ。」


「やめとけや。」


 二人の会話を聞きながら…

 あたしはじっ…と、映像を見入った。

 あたし…楽しそう…



 気が付いたら、二人ともギターを持って来てて、そうじゃない、ああじゃないって言いながら…弾いてる。


 曲が…All Though The Nightになって…

 あたしが客席で…貴司さんのネクタイピンを借りてる…


 …貴司さん…元気かな…

 最後に見た顔は…すごく冷たくて…

 あたしの知ってる優しかった貴司さんとは…別人みたいだった。

 …あたしが、悪いんだよね…


 ワクワクしてた気持ちが、少し萎んだ。

 だけどそれを二人に気付かれないように、あたしは前のめりになったまま。

 そのまま曲は最後の…


「来た来た。停電。」


「ホンマ、やってくれたよな…天下のプレシズ。」


 二人はギターを置いて、あたしと同じぐらい前のめりになった。


「イマジン、ええ歌やなー思った。」


 晋ちゃんが、映像のあたしに合わせて…口ずさむ。

 廉くんも、同じようにして歌い始めて…

 あたしは…少しだけ笑えた。



 会場を歩くあたし。

 肩を組んで、一緒に歌ってくれるお客さん達。


 キャンドルの明かりで、ボンヤリとした会場は、カメラのピントが合わなかったのか…あたしの白いワンピを追う途中で、数人の知った顔が映るも…ハッキリは分からない感じだった。


「あはは。心霊映像だな、こりゃ。」


 廉くんが笑う。


「酔いそうや。」


「ほんと……」


「……」


「……」


 揺れる画面の前に…

 肩を組んで、楽しそうに歌うDeep Redが映った。


 …なっちゃん…


 なっちゃんの姿が映った途端、あたしの目からポロポロと涙がこぼれて。


「…ふっ…」


 我慢しようとしたのに、声が漏れて。


「ったく…」


 廉くんがTシャツの袖で、あたしの頬を強引に拭いた。


「泣くぐらいなら、会いに行けっつーの。」


「……」


「ま、時間がかかるんも分かるで。」


 そうしたら…晋ちゃんも、反対側から同じことをして…

 ちょっと、顔が痛いんですけど…



「…鼻水ついた…」


「……」


「……」


 二人は無言で腕を引っ込めた。

 それと同時に映像が終わって。

 廉くんが、ビデオテープを替える。


「これ、まだどこにも出てない新作。つーか、お宝。心して観ろよ。」


 そう言って…なぜか二人とも…あたしと腕を組んだ。


「…これ何?」


 あたしが鼻水をすすりながら、組まれてる腕を見ると。


「深い意味はない。」


 二人は顔を見合わせて笑った。

 テレビ画面には…


「…あ…」


 Deep Red…!!


「待望の新曲だぜ。」


 つい…立ち上がりそうになって…腕を組まれてる事に気付く。


 …怖い。

 …ううん…聴きたい…

 でも…やっぱり怖い…


「ほら、観ろよ。こんな高原さん、初めてだろ?」


 下ろしてた視線を上げると…


「…髪の毛…」


 ずっと、背中の真ん中より長かった髪の毛が…

 短くなってて…


「最初はビックリしたけど、男の色気ムンムンだよな。」


「俺も高原さん見て、髪切った。」


「え、マジかよ。」


「せやかて、カッコええやん。ま、俺は同じようにはならへんかったけど。」


 二人が話してると…イントロが始まって…



「…バラード…」


「珍しいよな。」


 それはスタジオでの映像だった。

 なっちゃんは…以前より少し…痩せて見えた。


「……」


 英語の…その歌詞は。

 今も、自分はあの夢から覚めずにいる…って歌い出しだった。

 幸せに溢れた、あの夢の中で…

 一人で君を待ってる…って。


 そして…

 今も…君の全てを愛してる…って…



「…ええ歌やな…」


 隣で…晋ちゃんが、涙で声を詰まらせた。


 …そっか…

 晋ちゃんも…今も、彼女に対して…こんな気持ちなのかもしれない…



 今まで…こんなに優しく歌うなっちゃんは…Deep Redでは、見た事はない。

 あのトレーラーハウスのリビングで…あたしに、歌いかけてくれるなっちゃんと同じ…

 …これは…Deep Redのニッキーじゃなくて…

 なっちゃん…なんだ…



「…まったく…この人、全世界におまえへのラブソングを発信する気だぜ?」


「……」


「今までのDeep Redやったら…あり得へんかったな。高原さん、自分はさておき、バンドの人やし。」


「でも、こうなった。それだけ、高原さん…おまえの事本気で待ってんじゃねーの?」



 映像が終わって、三人でシャンパン飲みながら…本音を話そうって事になった。

 廉くんも晋ちゃんも…

 忘れられない人の事を、切々と語った。

 それは、すごく分かる気がしたし…胸が痛かった。


 特に…

 晋ちゃんの彼女…

 早乙女涼さんの話は…


 大切な人に知られず出産をする…所までは、あたしも…同じはずだった。

 だけど、あたしには…彼女のような強い意志がなかった。

 あたしは、貴司さんの好意にも甘えてたし、今も…廉くんと晋ちゃんに甘えてる。

 赤ちゃんが死んだのに…のうのうと生きてて…笑ってる…

 なっちゃんも義母さんも貴司さんも傷付けて…


 早乙女涼さんが…幸せになってるといいな…って思ってると…



「…あいつな、見合い結婚したんやて。」


 晋ちゃんが…うなだれて…告白した。


「えっ?」


 驚いた声を出したのは、廉くんだった。


「そ…それ、本当の話か?」


「ああ…色々考えて…子供の事、もう少し詳しく聞きたい思うて…誠司に連絡したら…」


「……そうか…」


「…ええ人らしい。」


「……」


「ホンマ…俺、アホやな。子供産んだって知った時に…なんですぐ連絡せえへんかったんやろ。」


 こんなに…酔っ払ってる晋ちゃんは、初めて見た。

 しばらくすると、晋ちゃんは酔いつぶれて寝てしまって。


「悪いな。結局、晋の愚痴会みたいになって。」


 廉くんが、晋ちゃんに毛布をかけながら言った。


「…ううん…晋ちゃん…それで最近少し元気なかったのかな…」


 あたしがつぶやくと。


「元気なかったか?」


「うん…だって、いつだったかな…手ぶらで仕事行った事あったじゃない?」


「…ああ…そう言えば、あったな…」


 廉くんは前髪をかきあげて、溜息をついた。



 晋ちゃんは、ギターを置いたまま仕事に行って。


「俺、ボケが始まったらしいわ。」


 一時間ほどして、走って取りに帰って来た。

 あの時は…二人で大笑いしたけど…

 考え事…してたんだろうな…



「…こいつもさ…一人で溜め込む奴なんだよな…」


 廉くんは、晋ちゃんを見ながら言った。


「別にムードーメーカーになんてならなくていいのにさ。常に笑って…雰囲気良くしてくれるのは晋でさ。」


「…昔から?」


「ああ…そうかな。普段は無口なんだけどな。急にスイッチ入るって言うか…」


「…そうだね…」


 傷付いた事があるから。

 人の痛みが分かるから。

 誰かに優しくしたい。

 誰かに笑っていて欲しい。

 きっと、晋ちゃんはそういう人。



「…うちと職場の往復生活から、もう一歩出てみる気にはならないのか?」


 突然、廉くんが言った。


「……」


「…ま、おまえの傷は…おまえにしか分からないからな…」


 あたしの傷なんて…

 周りの人に比べたら、なんて事ない。

 だけど、あたしが動く事で傷付く人がいる。

 そう思うと…

 もう、誰も傷付けたくない…



「…Deep Redの昔の映像観るか?」


「え?」


「もう、勢い付いただろ?昔の高原さんも、めちゃくちゃカッコいいぜ?」


「……うん。」


 あたしは…

 もう、戻れないって思ってる。

 でも、だったら…

 一ファンとして…

 なっちゃんを応援すればいいと思った。



 映像の彼らは、本当にすごくて。

 カッコ良くて。


 廉くんも眠ってしまって。

 外が明るくなってきた頃。

 あたしは…一人で、Deep Redの新作映像のビデオをセットする。


 テープの上に『All about loving you』ってシールが貼ってあって…

 もし、これが…本当にあたしのために作られた歌だとしたら…

 あたしもよ…。って。

 歌い返したくなる。



 短くなった髪の毛。

 マイクを持つ…きれいな手。

 通った鼻筋…

 長いまつげ…

 何度も…キスした唇…



 一人で君を待ってる



 なっちゃん…


 お願い…



 もう…




 待たないで。

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