第4話 アイドルとまでは言わないが…

 〇島沢しまざわ 尚斗なおと


 アイドルとまでは言わないが…

 そこそこに人気者になったら、歳は取らない気がしていた。

 が、そんな俺達も74歳…


 マノンは若干若いが、Deep Redも、もはやじじい集団。

 近年は再結成の話も出なくなった。


 解散はしていないが…もうプレイできるほどの力がないのも当然で。

 特に、ドラムのミツグはそんな体力もない。

 ベースのゼブラに関しては、多くの孫に囲まれての隠居生活を満喫している。



「よ。調子どうだ?」


 入院中のベッドで暇を持て余してると。

 ナッキーが顔を覗かせた。


「あー、今ちょうど会いたいなーって思ってたとこだよ。」


「よく言うよ。」


 ナッキーは椅子を出して座ると。


「入院、長くなりそうか?」


 持っていた袋から、雑誌を数冊と、果物を出した。


「胸腔鏡で、ちょちょいと取ってもらったら、退院らしい。」


「なんだ。そんなもんか。」


「そんなもんとはなんだ。病人だぞ?」


 事務所で受けた健康診断で引っかかって。

 再検査を受けたら…肺にポリープが見つかった。

 愛美まなみは大騒ぎしたが、幸い小さなもので、胸腔鏡で取れると言われた。



「夏にさ、事務所のミュージシャン総出のイベントをしようと思って。」


 ナッキーが、ミカンをむきながら言った。


「え?今なんつった?」


「…耳まで遠くなったのかよ…」


「いや、夢みたいな話が聞こえたから。」


「…事務所のミュージシャン総出のイベント。」


「マジで?」


「マジで。」


「よし。明日切ってもらって、明後日退院する。」


「バカ言うなよ。」


 久しぶりに、ナッキーが元気な気がした。

 ここんとこ…懇意にしてる桐生院家の人々が亡くなって(人々、と言うのは、同じ日に時間差で二人が亡くなったから)、少し落ち込んでいたように見えたが…

 今日は、元気だ。

 本当に。



「これ、一応企画書とイメージ。暇な時に読んでくれ。」


 そう言って、大きな封筒を渡される。


「それにしても、急だな。」


 封筒から分厚い書類を出すと、そこにはイベントの詳細が。


「思い立ったが、だろ。」


「まあな。」


 ほんと、こいつは…じじいになってもバイタリティ溢れるヤツだな。

 書類を見てると、自分が二十代の頃に戻ったような気がしてくる。

 今も若手を育てるために、あちこち駆け回って。

 おとなしく会長室に座ってろ。と言ったところで、一時間もすれば『こういうの、どうかな』と、何か閃いて動き出す。


 そんなナッキーに憧れて、何人のミュージシャンがビートランドの門を叩いただろう。

 ナッキーは、人を育てる能力にも長けている。

 その人間に、才能があるかどうか、瞬時に見極める。

 …ほんと…

 こんなじじいになっても、カッコいいヤツだ。



 …さくらちゃんがいなくなって…ナッキーは、廃人になった。

 しばらく歌えなかった。

 だけど、何もできない無力さに苛立つ俺達を後目に…ナッキーは、自力で復活した。



 あれ以来、さくらちゃんとは…もう会う事はないだろうと思っていたが…

 色んなことを経て…まさかの展開があった。


 さくらちゃんは…ナッキーの子供を産んでいた。

 だけど、それと同時に…人のものにもなっていた。

 それが分かってからというもの…ナッキーは周子さんと入籍し、長い独身生活にピリオドを打った。


 その周子さんも、七年前に他界。

 今はまた、気ままな独り身。



「…さくらちゃん、大丈夫なのか?」


 ミカンを食いながら問いかけると。


「何が。」


 ナッキーは、視線をミカンに落としたまま…そっけない。


「何がって…身内が二人も。」


「ああ…大丈夫だろう。知花も、千里もいるし。」


「……」


 さくらちゃんの話題になると、ナッキーは誰とも目を合わさない。

 忘れたいと思っているのか…それとも、忘れられないから辛いのか。

 そのわりには…

 事ある毎に、桐生院家に出入りしている。


 …俺としては…

 もう、遠慮はいらないんじゃないか…とは思うが…


 何しろ…


「じじいだしな…」


 つい、口に出してしまうと。


「誰に向かって言ってんだ?」


 ナッキーは、前髪をかきあげて笑った。


 …本当、こいつ…

 一人だけ、時間が止まってると言うか…

 いつまでも若い。

 …もしかしたら…

 ずっと、恋をしたままだからなのか…


 などと、俺は思ってしまうのだが。



「ナオト。」


「ん?」


「…ありがとな。」


「あ?何だって?」


 ナッキーが、らしくない事を言うから…つい、聞き返す。


「おま…ほんっと、耳遠くなったな。」


「悪口は聞こえるぞ。」



 ナッキー。

 礼なんか言うなよ。

 終わりみたいじゃないか。


 俺達に、終わりはないんだよ。

 俺は、ずっと…そう信じてるんだ。


 さくらちゃんとおまえにも…

 終わりはないって。


 できれば…

 俺が生きてるうちに。

 て言うか…

 Deep Redのみんなが生きてるうちに。


 リトルベニスで挙げられなかった結婚式を…

 …じじいとばばあの結婚式なんて、って。

 思わなくもないが。



 俺は…見たいんだよ。




 〇二階堂にかいどう りく


「おう、陸。」


 病室のドアを開けると、予想外に元気な声のナオトさんがいた。

 肺にポリープがあって手術なんて言われたら、俺だったらビビりまくって落ち込んでるのに。



「どうですか。手術前の緊張感は。」


「寝てる間に終わるって言われてるから、なんて事はない。」


「これ、見舞いです。」


「あー、いいのに。」


「がっぽり稼いでるんで、気にしないで下さい。」


「ははっ。間違いないな。」


 椅子を出して座ると、椅子が暖かい…


「誰か来てました?」


「ああ。ナッキーがな。」


「会わなかったな…」


「あいつ、年寄りのクセにトレーニング好きだから、階段使ったんじゃねーか?」


「あり得ますね…」



 ナオトさんは、世界のDeep RedとF'sの鍵盤奏者で、うちのバンドのキーボード担当マコこと島沢真斗の実父。

 マコも随分と飄々とした人間だが、ナオトさんはその上を行く。



「…高原さん、何か言ってました?」


 ミカンを渡されて、それをむきながら問いかける。


「何かとは?」


「…なんて言うか…義母さんとの事。もういいんじゃないかなって思うんですけどね。」


「あー…それはみんなが思ってる事さ。でも、あいつは何か自分の中で決めた事があって、それを頑なに守ろうとしてる気がする。」


「…決めた事…」


「わかんねーけどな…」



 知花という娘がいた事が分かった時。

 高原さんは、すごく喜んだ。

 俺達のデビューは朝霧さんのプロデュースだったけど、知花が娘だと分かってからは…高原さんのちょっかいの出し具合がすごくて。


「もう、おまえがやれや。」


 って、朝霧さんが呆れたぐらいだ。

 まあ…腰を据えてそんな事をするほど、高原さんは一か所にとどまらないから。

 結局、俺達のプロデューサーは朝霧さんのまま。



「陸から見て、どうなんだ?あの二人。」


「んー…俺は桐生院で生活してないから、見かけないだけかと思ってたんだけど…」


「うん。」


「高原さん、結構親父さんに呼び出されて桐生院に行ってたわりに…義母さんと二人きりになるような事は絶対なかったって。」


「…へえ…」


「あの家の全員が、その事に気付いてるんですよね…」


「……」


 俺の溜息まじりの言葉に、ナオトさんは首をすくめて。


「まあ…桐生院の親父さんを思うと、複雑だからなあ。」


 ミカンを手にした。


「でも、呼び出してたのは、親父さんですよ?」


「…そこなんだよな…よく分からないのは…」


「…まあ…知花の誕生日は分かるとしても…」


 桐生院家は、イベントが多い。

 クリスマスイヴは、知花の誕生日。

 ついで…と言って悪いが、華月と聖も誕生日。

 それを大々的にやるのは分かる。

 もちろん、高原さんもプレゼントを抱えてやって来てた。


 でも…


「普通に俺と麗が行って飯食ってる最中に、今日は飯が美味いから呼ぼう。なんて連絡するんすよね…高原さん、忙しい人なのに。」


「え?そんな事でも呼び出してたのか?」


「そ。なんかー…高原さんも、弱みでも握られてたのかって言うぐらい、真面目に来てたなあ…」


「……」


 本当に…

 思い出してみると、それこそ違和感だらけだ。

 だけど、親父さんは本当に高原さんを好きだったようで。

 二人で飲みながらそれぞれの仕事の話をしたり、やりもしないのに釣りの話をしたり。


 友情は…あったように思える。

 だけど…違和感なんだよな…



「葬儀の夜に、一緒に暮らさないかって提案したらしいんすよね…」


「えっ、誰が。」


「桐生院家のみんなが。」


「…それ、いいな。で、ナッキーはなんて?」


「当然のように断ったけど…聖が何か秘密を握ってるらしくて、脅したようで…」


「ナッキーの秘密?」


「ありもしない秘密を『あの事』って言っただけかもしれないんすけどね…でもいつも冷静な高原さんが狼狽えてた。って。」


「何だろうな…ナッキーが狼狽えるような『あの事』…」


 それがあってもなくても。

 同居の申し出は、俺も賛成だ。

 聖までが言うんだ。

 きっと…親父さんの願いでもあるんじゃないか?


 …と、俺は勝手に思う。



「同居…実現しないかなあ…」


「ですよね…」


 親父さんと義母さんは、仲は良かった。

 ちょっと変わり者の義母さんを、親父さんはいつも愛しそうな目で追っていたし…義母さんも、親父さんを労わっていたし…いつもそばにいた。


 でも。と思ってしまう。


 たぶん、誰にも計り知れない愛の形っていうのが、あの三人の中で行き交っていて。

 それは、俺達にはどうにもできないのかもしれないが…



「…それ、なんすか?」


 ふと、ナオトさんの枕元にある書類が目に入った。


「ああ…ナッキーが持って来た。夏にやるらしいぜ。」


 書類を渡される。


「…BEAT-LAND Live alive…」


「事務所所属のミュージシャン総出イベント。」


「えっ。夏に?」


「そ。体力作りしなくちゃな。」


「って…周子さんのトリビュートアルバムもやってんのに?」


 秋ぐらいから、作詞家で高原さんの奥さんだった藤堂周子さんのトリビュートアルバムの制作に入って。

 色んなメンバーでのコラボは、とても刺激になってる反面…アレンジ力を試されたり、覚える物が多かったりで、かなり気忙しい。

 その上、こんな大イベントを企画するとなると…


「もう取りかかってないと…」


「取りかかってんじゃないかな。」


「…あの人、ほんっと動くの好きですよね…」


 俺が呆れた声で言うと。


「止まると死ぬらしいからな。」


 ナオトさんは、何か思い出したのか…

 苦笑いをしながらそう言った。



 〇桐生院きりゅういん きよし


「聖、あの事って何だ?」


 翌朝、みんなだるそうだった。

 まあ…あれだけ飲めば、朝起きるのが辛いのも当然。

 でも、頑張ってみんな早起きしてる。

 たぶん…これが聞きたかったから。



「別に何でもないよ。」


「あ?」


「ただ言ってみただけなんだ。そしたら…おっちゃんのあの剣幕。父さんとの間に、よっぽどみんなには知られたくない秘密があるんだろうな。」


「おまえー…」


「ま、いいじゃん。ここで暮らすの、考えてくれそうだし。」



 本当は…

 父さんから…その秘密についてを聞いた。

 すごく衝撃で、しばらく誰にも会いたくないほどだった。

 だけど…せめてもの救いと言うか、しっかりしなきゃと思わされたのは。

 その事実を。

 母さんが知らないって事。



 父さんは、長い間苦しんでた。

 おっちゃんと母さんを想えばこその…葛藤。

 もっと違う形で会えたなら、どんなに良かったのだろう。と。




「行って来ます。」


 今日は会社に行って、父さんの私物を片付けて…それから大学に顔出して…

 大学院には進まない事を話さなきゃ…


 周りからは、行く末は社長だし、就活に苦しまなくていいから羨ましいと噂されて来た。

 まあ、そうだけどさ。

 そうだけど…

 プレッシャーもハンパないんだよな…



 まだまだ先だと思ってた事が、いきなり目の前…しかも至近距離に現れて。

 父さんが生きてる間に…って、瞬く間に社長に就任して。

 …まだ全然、実感も何もない。

 頑張ろうって気持ちは、もちろんある。

 だけど…自信があるわけじゃない…。



「あ。」


「え?何だよ…いつから?」


 門を出ると、いずみがいた。


「さっき。連絡しようか悩んでたとこ。」


「今日まで現場じゃなかったっけ?」


志麻しまに聞いたの?」


「うん。泉お嬢様は、他の現場をお持ちだったので…」


「似てない。」


「ははっ。申し訳なさそうに言ってたぜ。」


「ま、立場上変わってはもらえないからねー。」


「そりゃそうだ。」



 自然と、並んで歩いた。



 付き合って一年が過ぎた。

 泉の下で働いてる志麻が、俺の姪にあたる咲華と結婚すると…

 泉と志麻は身内になる。

 まあ…二階堂自体、全員身内みたいな関係性だもんな。


 …上下関係はキッチリしてても。


 って。

 俺、泉を嫁にもらう気満々だな。



「…何、ニヤニヤして。」


 泉が怪訝そうに言う。


 こいつ、まだ一言もお悔やみ言ってくれてねーよ。

 気ぃ使ってんだろうな…

 相変わらず不器用って言うか…

 朝早くから、門の前に待ち伏せとかするかよ。

 こんな真冬に。

 …まあ、何とかは風邪ひかないか…



 手を握ると、案の定冷たい。

 俺はコートから手袋を出すと、片方だけ渡した。


「いいよ。」


「良くない。」


「…ありがと。」


 泉が手袋をしたのを見届けて、してない方の手を握る。

 以前なら瞬時に拒否られてるだろうけど…

 こんな時だから、おとなしく繋がれてやってくれてる。



「…なあ、泉…」


「…ん?」


「おまえ、兄ちゃんが早乙女さんの息子だって知って、めっちゃへこんだ事あんじゃん。」


「あー…うん…」


「うちの姉ちゃんは…高原のおっちゃんの娘なんだよな…」


「………えっ?」


 この泉の驚きは…


 何?今更。


 の、驚きだ。


 姉ちゃんがおっちゃんの娘だって事は、意外と有名だったりする。

 むしろ、うちの家族の鈍いメンバーの方が知らないかもしれない。

 …咲華とか、華月とか…いや、さすがに咲華は知ってるか。

 何となくそうかな…とは思っても、まさかね…と思ってるはずだ。

 だけど、おっちゃんとばあちゃんには一緒になってもらいたい。

 これは…全員が思ってる。



「…で?」


 泉が困った様子で言った。


「高原さんと、どう接したらいいか…って話?」


「いや…」


 俺は少しだけ青空の覗いた空を見上げながら。


「おっちゃんの事、我が家に父親として迎えてあげたいんだよな…」


 小さくつぶやいた。


「…すごいな…あたしだったら…無理だけど…」


「たまに会う程度だったら、無理だったかもしれないけど…昔からずっとそばにいてくれた人だからさ。」


 どれだけの…

 どれだけの気持ちを押し殺して。

 うちに来てくれてたんだろ。



 幸せになって欲しい。

 母さんにも…おっちゃんにも…。



「…泉。」


「ん?」


「泉が、考えるようになれたら…いつか、結婚しような。」


「…聖…」


「俺、焦ってはないし、泉に結婚願望なければしなくてもいいとは思う。だけど、寄り添う相手は…俺だから。」


「……」


「おまえがどんな危険な場所に行ってもさ…俺、信じてるから。ちゃんと、俺の所へ戻って来るって。だから、おま」


 突然…泉が俺の言葉を遮った。

 胸元を掴まれて、頭をぐい、と引き寄せられて。

 強引な…男前なキスをされた。


 …何だよ、泉。

 らしくねーなー…



 泉の腰を抱き寄せる。


 …あー、もう…


「泉…」


 泉を抱きしめて、耳元で言う。


「…ホテル行こ。」




 〇朝霧あさぎり 真音まのん


「明日やなあ。」


 俺が椅子に座ると、ナオトは目を細めて。


「よくもまあ飽きもせず…毎日カウントダウンに通いやがって…」


 ぷいっと枕に頭を沈めた。


「ちょちょいと切ってもらうんや言うてたやんか。なあ、ちょい聞いてん。」


 俺が小さめのギターをケースから出して弾き始めると、ナオトは身体の向きを変えて。


「…あー…うん。いいな。」


「せやろ?後半はキーボードでオーケストラチックにしたらええんちゃうかなーって。」


「なるほど…サビ前のとこ、こう…もうちょっと…コード増やしてさ…そうそう。うん。」


「おお…ええ感じやん。」


 ナオトと、ハイタッチ。



 歳を取るにつれて、Deep Redも大きく変わった。

 リズム隊の二人は、最初こそは若手を育てたり、ドラムクリニックやベースクリニックも定期的に開いて、音楽から離れずにいた。


 けどなあ…

 特に、子沢山、孫沢山のゼブラは…

 家族との時間を大事にしたい。ちゅうて、仕事を減らした。

 ナッキーはそういうの、理解しとるからな…


 思い出したように、アルバムを作ったりもしたが、ツアーはしいひんかった。


 俺は神千里に誘われて、数年前まではF'sでギター弾いとったし。

 ナオトも一緒に。

 Deep Redとしての活動は…もう何年ないやろ…


 もうそろそろ、最後になんかやらへんかな…

 CD出すか、一回だけでもLIVEやるか…

 思うてたら…



「事務所所属ミュージシャン総出のイベントをやる。」



 ナッキーから聞いた時は、自分がじじいやいうの忘れて、跳び上がってもうた。



「…この曲、実現させたいなあ…」


 俺が呟きながらアルペジオしとると…


「老人病人を刺激したら困るなあ。」


 ノックもなしに、ゼブラとミツグが入って来た。


「おまえら、生きてたのかよ。」


 ナオトがミカンを投げる。


「明日だってな。最後に顔見とこうと思って。」


「殺すな。」


「マノン、今弾いてたの、アレ?」


 椅子を引っ張って来たミツグが。


「あれ、録音して形に残せばいいのにな。」


 俺の隣に座って言うた。


「最後に聴いたのって…SHE'S-HE'Sの壮行会の時だっけ。」


「ああ…ナッキーが歌うのは、あの時初めて聴いたなあ…」



 つい…四人でしみじみしてまう。



 プレシズに出演する事が決まったさくらちゃんを手伝うて、みんなで準備をして。

 最後の日に、さくらちゃんが…


「なっちゃんが…作ってくれた歌なんだけど…あたしが独り占めにするの、もったいないから、聴いてもらっていいですか?」


「ナッキーがさくらちゃんに?おー…どんなラブソングだ?」


 最初は、茶化したろ思った。

 ナッキー自身のラブソングなんか、今まで一曲も存在しいひんかったし。


「プレシズが決まったって言ったら、カプリで特別ステージをやらせてくれて…そこでね、アンコールもらって…あたしがもらった歌だけど…なっちゃんに、と思って…恥ずかしいけど、捧げますって歌ったの。」


 さくらちゃんはアコギをチューニングしながら、照れ臭そうに笑うた。


「なっちゃん、ボロボロ泣いちゃって…それ見たら、あたしもつられて…あはっ、なんか、自分達の世界って感じ?」


 あの時のさくらちゃんは…

 カプリでのナッキーを思い出してたんかな…

 チューニングが終わると、右手の指輪を大事そうに触って。

 歌い始めた。


 If it's love



 なんか…ついて来ぃひんかった彼女でも思い出したんやろな…

 しんが、ボロ泣きしよった。

 そしたら、ナオトも号泣しだした。

 まあ…俺も…メンバーらも…かなり…堪えたけど、結局泣いた。


 いっつも人のために動いとるナッキーに、こない想える相手ができた思うたら、めっちゃ嬉しかった。


 せやのに、さくらちゃんは。


「この曲って、あたしの誕生日にくれたけど…みなさんに対する愛の歌でもあるなって。」


 ナッキーの愛は、みんなの物や、て笑うた。


 愛だ。

 愛以上だ。



 あのまま…幸せに真っしぐらなはずやったのに…

 あれから色々あって、さくらちゃんは人の嫁になっとって。

 それでも、会える距離…言うか、複雑な関係性のまま…何十年も…


 SHE’S-HE'Sの壮行会でナッキーが歌うた時…

 胸が締め付けられた。


 ナッキー。

 もう、ええやん。

 諦められんクセに、何カッコつけてんねん。

 俺ら、もう時間ないで?


 歌うたら、ええやんか。

 もう一回。



 …さくらちゃんに。

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