第2話 「誓。」

 〇桐生院きりゅういん ちかし


ちかし。」


 葬儀が終わって、仏間でぼんやりしていると。

 双子の姉、うららがやって来た。


「…ドタバタだな。」


「本当にね…」


 うららは僕の隣に腰を下ろすと。


「あー…疲れた。」


 足を前に投げ出して、首をコキコキと鳴らした。



「父さん、苦しまなかったって?」


「ええ…母さんと姉さんときよしと義兄さんと高原さんに看取られて。」


「ははっ。ベストメンバーだな。」


「そうね。」


 CMから映画まで、幅広く映像を扱う会社を経営していた父さんとは、あまり仲良くなかった。

 僕は、おばあちゃまと華道にかかりっきりで。

 父さんの会社には一切興味を持たなかった。


 …意地になっていたのかもしれない。

 桐生院家は、華の家なのに。と。


 それでも、長男である僕に…父さんは少しだけ、会社に興味を持って欲しかったようだけど。

 年の離れた弟、きよしに丸投げ。

 まあ、どう考えても、きよしの方が向いてる。



 僕は、大学で同期だった乃梨子のりこと。

 華道を世界中に広めるために…一年の大半を海外で過ごしている。

 そんなわけで…

 父さんとの距離は、ますます開いた。


 それでも、クリスマスは毎年帰って…我が家で過ごした。

 姉さんと、姪っ子の華月かづきと、きよしの誕生日。

 その日だけは、全員が集まった。

 そんな時は、ああ、温かい家族だな…と痛感させられた。



「父さんって…不器用な人だったわよね。」


 麗がつぶやく。


 不器用…

 まあ、そうだったのかな。


 たまに帰って来て、温泉旅行に誘っても。

 父さんは誘いに乗らなかった。

 おばあちゃまと、僕と乃梨子のりこ

 三人で、花の話をしながら…のんびりとした旅をする事が多かった。


 父さんに断り続けられる僕達を気にしてか、日帰りの時は母さんが同行した。

 そんな時、おばあちゃまは。


「貴司は父親と出掛けた事がないから、自分もどうすればいいのか分からないのかもしれませんね。」


 と、さりげなく父さんの肩を持った。



 …僕は、厳しく育てられたけど…おばあちゃまが好きだった。

 祖母であり、師匠。


 乃梨子との結婚にも、色々尽力してくれたのはおばあちゃまだった。



「……」


 麗が廊下に目をやる。

 襖の向こうに、人の気配。

 誰かと話しながら、ここに向かってる。


『……ああ、分かった。後でな。』


 そして、襖が開いて…


「あ…先客。」


 顔を覗かせたのは、高原さんだった。


「どうぞ。」


 麗が慌てて正座をして。

 それを見た高原さんは。


「いいよ楽にしてて。麗の足を眺めれる方が俺もラッキーだ。」


 笑いながら、入って来た。


「こんなおばさんの足、どうでもいいクセに。」


「そんな事はないさ。麗はまだまだ可愛いお嬢さんだからな。」


「もうっ。」


 正直…

 昔は、この人が苦手だった。

 世界的に有名なバンドのボーカリストってだけでも、派手な経歴なのに。

 見た目も派手で…言う事も、調子がいいように聞こえる。


 だけど、この人は…


 嘘を言わない。



「ちょっと待ってな?」


 仏前に手を合わせた高原さんは、一度出て行って。

 戻って来た時には、缶ビールを手にしてた。


「結構飲む人達だったよな。」


 仏前に、二つ…父さんのと、おばあちゃまの。

 そして、ポケットから…


「ほら。」


 僕と、麗にも。


「親父さん達の話でもしながら、飲もう。」


「……」


「……」


 麗と、顔を見合わせた。


 プシッ


 缶ビールを開けて、一口。


「はあ…この後も、飲まされるんだろうな…」


 僕が苦笑いすると。


「間違いないな。千里が飲まさないわけがない。」


「義兄さんなりの弔いだから、とことん付き合えば?」


「ふふっ…ほんと…義兄さんて…」


「何をするにも豪快だからな。」


「あはははは。」



 僕と乃梨子の間に、子供はいない。

 僕はたいして気にしてないが…乃梨子はずっと思い悩んでいた。

 だから、ずっと…うちにいるのが辛かったと思う。

 可愛い盛りの華月かづききよしを目の当たりにして…


 どうして自分に子供が出来ないのか。

 よく…泣いていた。

 そんな時だった。

 高原さんに、海外進出を勧められたのは。


「色んな世界を見るのも、悪くない。」


 …力強い言葉だった。


 世界の花事情を知るのは、とても新鮮だったし…刺激になった。

 それまでふさぎ気味だった乃梨子も、自分で華道を活かしたアート展を企画したりするようにもなった。

 型にとらわれる事なく、世界の人々がもっと花のある生活に馴染む事を願って…僕達は、地道な活動をしている。



 子供がいなくても、平気。

 そう、乃梨子が言ったのは…

 そんな活動を始めて、三年が過ぎた頃だった。


 どうしても欲しければ、養子を迎える覚悟もしていたが…乃梨子は、二人で頑張ろうと言ってくれた。


 おばあちゃまには、検査をしないのかと聞かれたけど…

 どちらかに問題がある。と言われるのは、心苦しいから嫌だ。と、乃梨子が言い張った。

 父さんも母さんも、それについては何も言わなかった。



「…高原さん。」


「ん?」


「父さんとおばあちゃまのそばにいてくれて、ありがとうございました。」


 正座して、頭を下げると。

 麗もそれを見て…ゆっくりと正座して。


「…あたしからも、ありがとう…ございました。」


 頭を下げた。


「…俺みたいな変わり者を受け入れてくれた人達だからな…こちらこそ、感謝だ。」


 高原さんは、僕達を真似て正座をして。


「…そろそろ宴かな。」


 目を白黒させて言った。



 〇桐生院きりゅういん 華月かづき


華月かづき。」


 来ていただいたご近所の方を、門の前でお見送りしてると。

 後ろから安心する声が聞こえた。


詩生しお…来てくれたの?」


 ツアー中だし…これないと思ってた詩生しおが、そこにいた。


「遅くなってごめん。さっき帰ったんだ。」


「疲れてるんじゃない?今日じゃなくても…」


「何言ってんだよ…おまえの大事な家族が亡くなったって言うのに…」


 あえて…あたしからは連絡しなかったんだけど。

 母さんのバンド、SHE'S-HE'Sは、仲がいい。

 母さんとりく兄の身内って事で…メンバーの早乙女さおとめさんにも話が行くし…そうなると、当然その息子の詩生しおにも話は行く。



「…大丈夫か?」


 詩生しおがあたしの顔を覗き込む。


 …ずっと、気が張ってたから…

 大好きな詩生しおに見つめられると…安心して…


「…うん…」


 涙が出た。


「…一度に二人だもんな…辛いよな…」


 詩生しおはそう言って、あたしの頭を抱き寄せる。


「…でも、一人じゃないなら…寂しくないのかなって…」


「そうだな…きよしはどうしてる?」


「うん…会社関係の人の応対とかで大変そうだったけど…さっきは縁側にいた。」


「そっか…」


 きよしは、あたしと同じ歳の…あたしの叔父。

 母さんの、歳の離れた弟。



 おじいちゃまは忙しい人で…

 しょっちゅう海外にも行ってたし、休みもなかった。

 うちは大家族だし、愛に溢れる家だな…って思うけど…

 あたしの勝手な見解では…おじいちゃまは、母さんと聖には甘くて。

 ちかにいうららねえには…そっけなかった気がする。


 まあ…誓兄と麗姉が育ち盛りの頃は、大おばあちゃまも元気だったから、子育てはまかせっきりだった。って聞いたけど…

 それにしても。

 なぜか…差があるように思えてた。


 だからなのか、誓兄も麗姉も、大おばあちゃん子だった。

 厳しく育てられた。とは言ってたけど…それも、大人になると分かってくる部分もあって。


『厳しくて、やな祖母さんって思ってたのよねー』


 って笑う麗姉に、大おばあちゃまは。


『麗は可愛いのに口が悪い』


 って、いつもボヤいてた。



 ついでに言うと…

 おじいちゃまは、あたしにも甘かった。

 もちろん、あたしの兄姉にも。

 だけど…麗姉のとこの紅美くみちゃんとがくくんには…そこまで甘くはなかったと言うか…


 まあ…一緒に暮らしてなかったからかな…とは思うけど…


 でも、いつだったか…違和感を覚えた。

 そして、もしかして…と思い当たった。


 おじいちゃまが可愛がるのは…

 さくらおばあちゃまの血縁に当たる者。

 誓兄ちかにい麗姉うららねえは、母さんと聖とは母親が違う。


 おじいちゃまは、さくらおばあちゃまが大好きだったから…



「あ…高原さん。」


 門を入った所で、高原のおじちゃまにバッタリ。


「ああ、詩生しお…ツアー中じゃなかったか?」


「はい。でも明日は近場なんで。」


「そうか。無理はするなよ。」


「はい。」



 詩生しお達のバンドDEEBEEは、今は国内だけど…春にはヨーロッパツアーにも出かける。

 結婚はしばらくお預けだけど…

 今は、あたしもモデルの仕事が楽しくて。

 お互い、この距離感を大事にしたいとも思う。


 離れてても…

 あたし達は、大丈夫。



「今玄関から入ると、千里に飲まされるぞ。」


「う…」


 おじちゃまは笑いながら。


「華月、裏から回ったらどうだ?」


 あたしに言った。


「うん…その方がいいかな。」


「で、帰りに一杯だけ飲んで帰れ。」


「神さんが一杯で許してくれるかな…」


「そこは、華月の腕次第だな。」


「う…が…頑張る…」



 おじちゃまは…おじいちゃまが亡くなる数日前から、ずっと病院に行ってくれてた。

 あたしが訃報を聞いて駆け付けた時も…優しく頭を撫でてくれて…

 通夜の時も、葬儀の時も…

 ずっと、さりげなく誰かを励ましたり…会場の設営にも動いてくれたり…

 本当に頼りになった。



「あら。」


 裏口に回ると、おばあちゃまがいた。


「あ…このたびはご愁傷様です…」


「ご丁寧にどうも…」


 詩生しおとおばあちゃまがお辞儀し合って…


「どうして玄関から入ってもらわないの?」


 おばあちゃまが、あたしに言った。


「父さんが飲ませるから、裏に回れって。」


「まあ。誰が。」


「高原のおじちゃま。」


「……なら、間違いないわね。」


 おばあちゃまは優しく笑って。


「来てくれて、どうもありがと。」


 詩生しおに、もう一度ゆっくり頭を下げた。



 …おじいちゃまが亡くなって…

 おばあちゃまが泣いてる所を、一度も見てない。

 だけど、ずっと…気が抜けたような雰囲気で。

 それが心配だったりする。



 誰か…

 おばあちゃまについててくれないかな…って。

 そう思う時はいつも。


 高原のおじちゃまの顔が浮かぶのよ…





 〇桐生院きりゅういん うらら



「大丈夫か?」


 一足先に我が家に帰ってリビングで休んでると、りくさんが帰って来た。


「…おかえりなさい。良かったの?義兄さんに引き留められなかった?」


知花ちはなにベッタリだったから、抜けて来た。」


「そう…」



 父さんと、おばあちゃまが亡くなった。

 イギリスに留学中のがくには帰国させたけど…

 渡米中の紅美には、連絡をしなかった。


 今、重要なレコーディングの最中。

 紅美は、世界のエマーソンと言われる人の、最後の作品に参加させてもらっている。

 後で、何で知らせてくれなかったの!!って怒るかもしれないけど…うちの子達は、父さんとは縁が薄い。


 …あたしも…かな?


 CM会社を経営してた父さんは、あたし達が小さな頃から不在の事が多くて。

 あたし達を育ててくれたのは、おばあちゃまと、姉さんだ。

 父さんは優しい人だったけど…思い出はあまりない。



 姉さんが神さんと結婚して、ノン君とサクちゃんが産まれて…

 神さんが婿養子に入って…

 それで、桐生院家は賑やかになった。

 本当に…賑やかで、楽しい家族になった。

 だけど、それは…父さんのおかげじゃない。


 一緒にいる事が少なかったから、甘やかされてたとは思う。

 だけど、あたしは別に甘やかされたかったわけじゃない。

 一人の人間として、向き合って欲しかった。

 だけど父さんは、仕事が大事で…

 いつも、家に居なかった。



 病気になって社長から退いて。

 聖に社長の椅子を譲った途端…安心したのか、亡くなった。


 まあ…幸せな人生だったんじゃないかしら…



「義母さん、大丈夫そうか?」


 陸さんがコーヒーを淹れてくれた。


「…ありがと…んー…大丈夫…だと思うわ。」



 帰る前…二階に上がると、父さんの書斎に母さんがいた。

 あたしにとっては、継母というか…

 複雑な関係。

 母さんは、姉さんと聖の産みの母で。

 あたしと双子のちかしとは…血の繋がりがない。



「何してるの?」


「ん?ああ…うらら。もう帰るの?」


「うん…ちょっと疲れちゃって…」


「顔色、良くないわね。しっかり休んでね。」


 この人が…この家に来た時。

 あたしは、意地になって『さくらさん』と呼び続けた。

 だけど、とにかく明るくて…あたしに意地悪な事を言われると、意地悪で返して来たり…

 へこたれない。


 あたしの事、可愛い可愛いって言い続けてくれて…

 思えば、あたしのコンプレックスは、あの頃から少し減り始めたのかもしれない。



 あたしの結婚式の時…

 誰よりも泣いてくれた。


 麗、キレイよ。

 すごく、すごくキレイよ。

 って…


 二階堂の庭で行われたパーティーの時も…

 父さんなんかより、ずっとしっかり挨拶して回ってくれてたし…

 結婚生活で悩みがあると、あたしはすぐに実家に帰ってしまって。

 母さんには、色々相談に乗ってもらってた。


 …紅美が家出した時も…

 あたしは、全然ダメな母親で…

 死んでしまいたいって…口走ってしまった。


 あの時、母さんは…あたしを抱きしめて。


『大丈夫。死にたいって思っても、人間はそう簡単には死ねないの。大事な人がいるなら、なおさらよ。大丈夫。麗、紅美が帰って来た時のために、一緒に頑張りましょう?』


 そう…何度も言ってくれた。


 それでも弱かったあたしは…

 結局、心配と迷惑しかかけてないけど…


 それでも。

 あたしは、娘として。

 母さんの幸せを願ってる。



「…高原さん…母さんの事、お嫁にもらってくれないかな…」


 あたしが小さくつぶやくと。


「ははっ…みんな思ってるみたいだな。」


 陸さんが笑った。


「…あなたも思ってる?」


「んー…義父さんには悪いけど、相当前から。」


「…あたしも、相当前から。」


 顔を見合わせて、笑う。


「…色んな事情があったんだろうけど…」


 陸さんは、あたしの肩を抱き寄せて。


「最後に落ち着く場所は…自分に素直になって決めて欲しいよな…」


 優しい声で、そう言った。



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